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《世界》をエルフと共に  作者: カケル
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10/21

10 バハルザード

「くっ」


「ほらほら、もっと踊れよ小僧。もっと無様な姿を見せてくれ」


私が魔族と戯れている一方で、エルソルは苦戦していた。

実力不足からくるものではない。弱者を、同胞を盾に特攻させられている人間たちを傷つけまいと、一人ずつ丁寧に慎重に無力化しているからこその苦戦だった。そこに多少の魔族の介入もあり、魔力のコントロールに多大な集中力を要していたのである。


「お前の魔力コントロールは随なるものへと昇華されているようだが、長時間的なものはまだまだなようだな。最近会得したばかりか?」


短期的に身に着けたからこそ、身体に馴染み切っていない弊害。これまでの強者に対する戦いではない。それよりももっと繊細な、弱者に対する戦い。


「そんなに力を込めていいのかあ? 関係のない人間が吹き飛んじまうぜ?」


ゆっくりのっそりと、エルソルの目に映る武技を、だが全力の一割未満の力で流す。

それだけで彼らの持つ剣はバラバラに砕けてしまった。

魔力をコントロール出来たとはいえ、あくまで膨大にロスしていたそれを限りなくゼロにした技量であり、今は針の穴に握力で絞った果汁を落とすが如くの繊細な作業だ。

今度は魔力が漏れ出し、弾いた剣が、そして人間が吹き飛び、危うく後ろで構える市民の武器や人間に突き刺さるところだった。


「くそっ」


より精密な魔力コントロールを求められる。

これまでのロスのない放出、そして収束と感知に比べて何倍も難しいものだ。それもバハルザードが控えている。


「お前の後ろにはまだまだ在庫は山と積まれているんだ。そんなのでへばってたらキリがねえぞ?」


「……ッ」


一般市民の槍がエルソルの腕を掠った。

涙を流して謝る彼女に、だが彼はニコリとほほ笑んだ。


「こちらこそすまない」


街の方向へと延びるバルコニーへと走り、そこから飛び下りる。風を切り、自由落下していく身体を操り、魔法を用いて静かに着地した。振り向くと、バルコニーから続いて飛び下りてくる人々。魔法で強化され、元より頑丈な身体がより頑強になり、壁を伝って地面に着地しても傷一つ負うことなくエルソルを追従した。

剣を、槍を、矢を弾きながら、寸分の狂いも許さない魔力操作で、地味ながらも相手の攻撃をいなし、そして気絶させている。四方八方から襲い掛かってくる彼らを、エルソルは何とか食い縛って手加減して立ち回っていた。

中にはエドガーまで。


「エルソル様ッ!」


悔しそうな表情で接近してくる彼を、エルソルはさばく。リーダーとしての力がある故に、他の人よりも粘り強く、そしてタフだった。

致命傷を避けた、それでも意識を奪えるほどの攻撃を食らわせても、エドガーは立ち上がって再度攻めてくるのだ。魔族との一対一ならエドガーに軍配が上がる。


「エルソル様のお力は本当に素晴らしい。俺にもそんな力があれば――」


――力があれば、この国を護れたはずなのに、と。


「そうだな……」


――僕も何度そう思った事か。

刀と剣を交えながら、その想いを語り合う。ぶつけ合うたびに、二人の想いが刃を通して伝わっていく。


「エルソル……さ、ま」


カイルの鳩尾に柄をめり込ませて気絶させた。

崩れ落ちる彼の身体を抱きとめて、そっと地面に横たえる。


「……」


その隙を狙って、苦痛に歪めた国民たちが一斉に襲い掛かる。


「……魔力解放」


ドンッ、と――エルソルの身体が強大な魔力が周囲へ放出され、それがみるみる膨らんでいく。それに触れたものは皆、意識を手放して続々と倒れ伏していった。

弱くも強くもない魔力を用いて、その人が力尽きる程度の強弱をつけて。

土壇場で魔力の繊細さを身に付けていった。


「まだ……もっと広く」


町を、街を――城までごっそりと覆ってしまうほどに魔力を展開させ、それに触れた途端に魔族もろとも気絶していった。


「バハルザードおおおおッ!」


雄たけびを上げ、バルコニーに立つ奴を睨んだ。


「クハハハハッ、やるではないか小僧ッ」


飛び下り、人間ほどの身体つきであるにもかかわらず、着地と同時に周囲の地面、そして建物に衝撃を与えて瓦解させる。瓦礫などに巻き込まれないよう、人々を魔力で覆い守るエルソル。


「お前が私を殺したいように、私もお前を殺したいのだよッ」


指先から細い魔力を無数に生み出して、細かい動きで操るようにして――。

気絶したはずの人間や魔族たちを起き上がらせた。


「最初からこうしておけばよかったなあッ」


「どれだけ他者を弄べば気が済むんだッ」


突撃してマリオネットと化した彼らの無尽蔵な動きに何とか対処しつつ、前進していく。


「死ぬまでッ。これほど弱者を掌で転がすことほど面白いことは無いッ」


「クソ野郎がッ」


マリオネットの間を縫って襲い掛かる魔力糸を寸断できずに弾きながら、身体中に擦り傷を作りながら特攻していく。

もはや身体の構造の動きを無視して全力で繰り出してくる彼らの攻撃を流したり受けたりすることが出来ず、躱し、時にはわざと肉を切らせて、ハクジツに魔力を溜めこんでいく。

繊細で、繊細な、繊細過ぎるほどにハクジツに行き渡った魔力が、徐々に魔力糸を切り裂いていく。人々の糸が切れて崩れ落ちていくのを尻目に、エルソルはさらに加速した。


「クハハッ、いいぞいいぞ、その調子だっ」


更に増加させた魔力糸。

視界の先をゴソッと覆い隠すほどに増殖したそれらが、避ける隙間もないほどのエルソルの身体に巻き付いていく。


「くッ」


魔力を爆発させ、魔力糸を引き千切る。周囲に影響を及ぼさない程度の小さな爆発を超規模で起こして糸だけを破壊した。

随所で起こる小さな超爆発。ついぞ見た火花が散る光景とは違う、星が瞬くように美しい爆発が連続して華が咲いていた。


「おおおおおおおおおおッ!」


「暑苦しい男だなあ、貴様はッ!」


刀がバハルザードの胸に突き刺さる。

血を吐くバハルザード。

操っていた糸が垂れ下がり、地面へと散らばった。

操っていたマリオネットたちも崩れ落ちて動かなくなる。


「………いやはや、貴様には驚かされてばかりだ」


かすれた声で、バハルザードが称賛した。


「だが貴様程度、今の魔王様に勝てる道理が無いな」


「それでも僕はやる。必ずだ」


そう言って、ハクジツをバハルザードから引き抜こうとする。


「……!?」

が、抜けない。

その柄を握る手ごと糸で絡めとられ、離れようにも離れられない。


「その程度で私に挑んだ度胸には感心させられたよッ」


血を吐いていたはずのバハルザードが糸のように、いや糸として解けて。

ガバッと広がってエルソルを飲み込んだ。


「油断したなあ、小僧ッ」


地面に散らばった糸、さらには繭からも声が聞こえた。

気づく。

街中に、果ては国中に張り巡らされた魔力の糸を。

目に見えない、肌にさえ感じられない、そして魔力感知で引っ掛からないほどに細い無数の糸を。

奴の身体は糸として、どこにでも存在する。


「私の手の中だ。この国の奴ら、魔族も全員が私のためのエキストラに過ぎないのだよ」


「くっ、ああッ」


繭の中でもがくエルソル。

無限の糸が彼を絡みとり、体を覆う魔力を突き破って身体の中に侵入しようとするのを、彼は必死になって抵抗していた。


が、虚しくも、身体の細胞一つ一つに魔力糸が縫い付けられていき、身体の自由、ひいては指先一つ動かせなくなっていくのに、エルソルは歯噛みしていた。その歯噛みする動作すら徐々に奪われていき、身体が脱力していくのを見てとれる。


「貴様は終わりだ。私の駒として有意義に活用してやるから感謝することだ」


それに――と続けて。


「そこにいるエルフの女と戦わせたらさぞ面白いことになるだろうな」


空から二人の戦いを眺めていた私を見て、バハルザードがそう言った。


「……それがどうした。私はその男がどうなろうと、知ったことではない」


「クハハッ、薄情な女だ。だがこの男はそうではないぞ。仲間を想う小僧にとってお前は仲間だ。この中から感じられる小僧の怒りにこの身が焦がされそうになるな」


ゲラゲラと笑っていた。


「だがそうもう見えないのが不思議だな、エルフの女」


「…………なに?」


「気づいていないとでも? その不安な感情、そして恐怖――」


「かのじょ、に、てをだすな……」


「ほう……まだ話せるだけの余力が残っていたか」


繭の中から声が聞こえた。


「かのじょは、かんけいない、だろ」


「大ありだ。あの澄ました顔が気に喰わない。だから殺す。何をやってでも」


「おまえじゃ、かてるわけ、ない」


「いいや、そうでもない」


向かってきた魔力糸を、私は迎撃する。

途端に魔力糸が急激に力を増し、それに合わせるように私も力を上げると、さらに魔力糸の威力が上がる。


「《世界》様はそうでもない。あの女をこちらに無理やり介入させればよいのだ。あのエンシェントエルフを、全く関係のない部外者を、お前が引きずり込んだのだ」


「……このたたかいは、ぼくたちの、たたかいだ」


「私の戦いだ。すでに勝利をわが手に収めた現状。徹頭徹尾私のための戦いなのだ」


バハルザードと相対するたびに、奴の攻撃が強くなっていく。《世界》の干渉は、私の意志に関係なく作用される。

私の肌に奴の魔力糸が触れて、血が少し流れた。


「小僧、貴様がどれだけ強くなろうが、《世界》様には逆立ちしたって逆らえないのだ」


繭が開き、エルソルが見えた。両手両足を魔力糸で繋がれて、身体の至る所にもそれは及び、後は頭を操り支配するだけの状態で、敢えて止めている。


「《世界》様はな、人間の絶滅を願ってるのだよ。そして人間の消滅をもって、魔族も徐々に衰退することになる。魔族の代わりにまた誰かが支配し、それを破壊し、また支配しを繰り返す」


私の身体にドンドン傷が増えていく。流れる血の量も増えていく。


「お前が余計なことをしてくれたせいで知る羽目になった。その代償は高くつくぞ」


魔力糸が私の身体に巻き付いてくる――。


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