第十一幕・働き蜂
「くっそ~………悪いアスカ、やっぱ一人用の部屋なんて空いてなかっ、た?」
「エマちゃん、お帰り~。その様子やと、駄目だったみたいやね~?」
「…えーと。一体これは、何があったんだ姐さん?」
「ふふふ~、改めて紹介するわ~。これから暫くウチの店で働くことになった、アスカちゃんよ~」
先程までとは打って変わって、サニーは天使の様な屈託のない笑顔を見せる。
対するエマは、怪訝な表情で明日香の方を見やる。
言葉にこそしないが、その視線は説明を求めていた。
しかし当の明日香は、恥ずかしさの余りエマの顔を真面に視られない。
何故ならエマが戻ってくる前に、サニーの指示で着替えさせられたのだ。
そしてその恰好は、カジュアルな装いであるサニーとは違い、ひらひらとしたスカートが特徴的な給仕服。
それも現代における、メイドカフェなどで登場する様な、極端の代物だ。
『くーはっはっはっはっはーっ!おい信、カメラだ!写真にして学園中にばら撒いてやれ!』
『くーっくっくっくっ!否とよ我が友!これほどの至宝、映像に残さぬは大罪と言う物にて!』
(…どうして、どうしてこんなことにぃ…!)
男達の幻聴まで聞こえてくるほど追い詰められながらも、明日香は必死に食いしばる。
痴態はあくまで、契約なのだ。
今日よりサニーは、明日香の後ろ盾となる。
明日香とエマの店長の間にある衝突に関しても、何事もなく示談で終われるように取り計らう。
その代わりに明日香は、暫くはウェイトレスとしてサニーの下で働くことになったのだ。
「よーく似合っとるよ~、アスカちゃ~ん?後はお客さん達の前で笑顔、忘れんといてな~?」
「ぐ、ぐぐぐ…」
「…姐さん、本気なのかよ?堅気、だぜ?」
「うんうん、心配せんでええよ。確かにウチは、ちょーっと意地悪な所はあるけど………遊びで人を囲ったりはせぇへん」
「…ん。そういう精神は、誰よりも信頼してるよ、姐さん」
「ありがと。ほな、そろそろ店長さんの所に行ってあげな~。序でに、アスカちゃんはウチが預かるって伝えといて?」
「解ったよ。それじゃあなアスカ、また会おうぜ」
エマは軽く手を振ると、店を後にする。
そしてサニーに促された通り、店長に経緯を話した。
その結果、明日香には何のお咎めもなかった。
寧ろ店長の方から謝罪をする為、わざわざ当店へと顔を出す始末だった。
(…ああ。これでもし逃げだそうものなら、大層な不義理になりますね…)
明日香はすっかり観念し、暫くはハニーメニーのウェイトレスとして働く意思を固める。
とはいえ、元より接客は店長であるサニーが本命。
主に明日香へと求められるのは、最低限の受け応えとお客の目の保養になること。
それ以外では昼間に買い出しや掃除など、雑務が主体。
元より要領が良く、真面目な明日香にとっては、格好さえ除けば苦も無い仕事ばかりである。
また経理などの金銭が絡む業務に関しては、次第にサニーよりも明日香の方が上手である事が明らかになった。
そうして三ヵ月が経つ頃には、明日香は裏方の仕事を一任されるようになる。
自ずとサニーは、得意な営業と接客に全力を注げる構図だ。
「ふふふ~、やっぱりな~。思った通りやった~」
「…何がです?」
「いやね~。ヴァージン・スカイを出した時の反応を見て、ピーンと来てたんよ。あ、この娘はとっても出来る娘やなって」
「…恐縮です、が。つまり、最初から手駒するつもりだったと?」
「んも~、そんな訳ないや~ん。偶々、全~部、都合良く行ったって話よ~?」
「…そう、ですよね。ははは…」
辛うじて笑顔を保った明日香だったが、相変わらず内心では全身を絡めとられている様な思いだった。
しかしその拘束はやはり、恐ろしいほどに不快感がない。
これは彼女の魅力面は勿論、単純に仕事における環境面も整えられているからだ。
先ず明日香の当面の住居に関して、サニーは店の近くにある賃貸物件を即日で用意した。
自ずと通勤における不自由はなく、女性の一人暮らしに対するセキュリティ関連も申し分ない。
また待遇や給与に関しても、明日香の能力を正当に評価している。
ただし仕事中、極端の給仕服を脱ぐことだけは決して許さない姿勢だ。
(…よく、解りますね。この人が、この街で幅を利かせている理由が)
「んん~?どうしたん?何か言いたそうやね、アスカちゃ~ん?」
「い、いいえ。何でもありませんよ?」
「なら良いんやけど………おっと、お客さんやね」
サニーが視線を入り口にやると、間も無くカランカランとドアベルが鳴る。
そして全身をフード付きのコートで覆った、身長のある人物が姿を見せる。
その背後には女性の姿が数人、何れも肌面積の多い恰好をしている。
何れも給仕姿からすれば初顔の客なので、少しだけ気恥ずかしい思いで迎える。
一方のサニーは面子を見るや、やれやれと言わんばかりに呆れ顔だった。
「久しぶりやな、サニー。元気そうでなによりやで」
店内に入った人物は挨拶を交えながら、フードを外してその正体を明らかにする。
自ずとエラの部分が張ってる、いわゆる四角顔の容姿が顕わとなった。
またソフトに整えた金髪のモヒカン、眼に掛けた黒いサングラスも目立っている。
「うふふ、ご無沙汰やったね頭領さん。やっぱり、色々と大変そう?」
「せやな。色々と軌道にも乗って来て、えらい忙しいわ………んで、何となくサニーの顔が見たくなってな。わざわざ出向いたっちゅー訳や」
「ふふふ、それはご苦労様。何時もので良い?」
「ああ、頼むわ」
サニーはいつも通りシェイカーを取り出すと、カクテルの材料を揃える。
先ず非常にアルコール度数が強い、蒸留酒を二つ用意。
そして柑橘系のジュースと、特製のシロップを加えてシェイク。
これをカチコチの氷を入れたグラスへと注ぎ、完成。
その名は【アイス・ブレイク】。
氷山さえ融かす程の、燃える様な味わいを約束している。
「っかぁー!やっぱコレや!本当、全身に染み渡るわー!」
「ちょっと、あんまり大声を出さんといてよ~。此処はお酒を楽しむ場所で、騒ぐ場所と違うんやから~」
「おおっとすまん、堪忍してや。久方ぶりにサニーの御手製が味わえて、つい嬉しくなってもうた」
「うふふ、また調子のええこと言うてから~」
「いや、大真面目やで。それに、コレでなくてもええんや。サニーの御手製が味わえるんなら、ワイはこの上なく幸せなんや」
「ありがと、その気持ちは嬉しいわ~。それじゃあ、今後ともご贔屓にね~」
「くぅ~っ、やっぱアカンか~!」
男は一度がっくりと項垂れたが、切り替える様に残りの一杯を飲み干す。
対するサニーはやはり苦笑しながらも、お詫びと称して別の一杯を作り始める。
一方で明日香は、外で待機している女性陣へ柑橘系のジュースをサービスする。
サービス(これ)は非常に喜ばれたが、彼女達はあくまで外で待機すると言う。
なので明日香は店内へと戻ると、暫く二人のやり取りを眺めながら思案を重ねる。
(一見すると、軟派な殿方。けれど、この隠しきれない強烈な武の気配は一体…)
「ふふん?何やお嬢ちゃん、ワイのことチラチラ見て?もしかして惚れてもたか?」
「あ、いえ………初めましての御方でしたので、お顔を覚えて置かなければと…」
「ああ~、不要よアスカちゃん。どうせこの人は、その内に誰とも会えんようになるんやから~」
「え…?」
「…きっついな~、サニー。折角、こんな可愛いお嬢さんが気に掛けてくれたんや。土産代わりに、紹介してくれてもええやん?」
「駄~目。この娘には悪い虫が付かんようにしてるんやから。特に犯罪者さんは、お断りよ~」
「…犯罪、者?」
「おいおい、堪忍や~。犯罪者やと、初対面のお嬢さんがドン引きしてまうわ」
「はいはい。ほな凄いスケベで、女の子を侍らせるのが趣味な、野蛮人さんで良い?」
「良うないわ!ワイはそんなに野蛮やない!」
「…スケベな点は、否定しないのですね」
「あっ………いやいやお嬢さん。ワイはとっても紳士な男やで?ワイの所に来たら、この世で一番に幸せにしたるから」
「………」
「…サ~ニ~!自分のお陰で、この娘とお近づきになり損ねてもうたやんかー!」
「んもう~、させへんって言うたやん。あんまりゴネるんなら、今後は出禁にしてまうよ~?」
「ぐぅぅ………解ったわ。ハニーメニーの秘蔵っ娘、言う訳やな…」
男は再びがっくりと項垂れるも、またも切り替える様に一杯を飲み干す。
そして本来の勘定と、明日香への好意を置いて店内を後にする。
自ずと外で待機していた女性陣とも合流し、彼等は歓談しながら去って行くのだった。
「…あの、サニーさん。あの方は一体?」
「ん~、元々は傭兵稼業してた人なんやけどね~。今は、革命家なんて名乗ってるんよ」
「革命家、ですか?」
「そ。実際、あの人の思想に付いてく人も少なくはないみたいやけど………国のお偉いさん方は、彼等を野蛮な山賊団って認識しとるみたい」
「さ、山賊って………随分と大袈裟ではないですか?」
「別に不思議やないよ?実際に認可無しでノースポール山脈に拠点を置いてるし、武装もしてる犯罪者集団なんやから」
(…確かにあの方から感じ取れた武の気配は、普通とは違いました。しかし、革命に山賊とは…)
「…アスカちゃーん?まさか興味ある、とか言い出さんよね~?」
「と、とんでもありません。ただ………私はこの街に来て、知らないことが多すぎるものですから」
「うーん。確かにこの三ヵ月、アスカちゃんは本当に優秀やったけど………ちょっと世間知らずな所はあるもんな~」
「…ええ、本当に…」
明日香は内心、痛感していた。
ほんの少し前まで、現代の日本で学園生活を送っていた。
しかし現状は、不可解の連続。
サニーのお陰で不満や危険こそないが、地に足が付いていないというのが本音だ。
故に明日香は、一先ずは徹するしかなかった。
平静を装い、街の普通に溶け込み、真実を見極めることに。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




