第十二幕・朱に交わる
「いらっしゃいませ、お客様。会員カードはお持ちでしょうか?」
「はい、ご確認ください」
「…確かに。ようこそ、【ジュエル・オフ】へ」
歓楽街ガルドヴォワールは、文字通り夜の街。
昼間は廃墟の様に殺風景だが、一たび日が沈めば爛々と輝く。
そしてその根本となるのが、ありとあらゆる需要を満たす風俗店の数々だ。
此処【ジュエル・オフ】もその1つであり、表面上は若い女性をキャストとするシンプルな接待飲食店。
しかし条件が見合えば個室で二人きりになることも可能であり、個室なら本番行為も容認されている。
「エマちゃーん、個室の指名入ったよー」
「えー…って、何だよアスカか!」
「ご機嫌よう、エマさん。また、お話を聞かせて頂けますか?」
「ああ、いいぞ。一応、対話が本業だからな」
明日香とエマは、二人で個室へと入る。
当然、本番行為に備えて防音は完璧。
店側からの定期連絡は入るものの、監視されることもない。
即ちこの瞬間、此処は二人の完全なプライベート空間と化すのだ。
「しっかし、お前もよくやるよなぁ。話がしたいなら個室でなくても良いのによ」
「すみません。どうしても、表では話し辛い事もありますから」
「ま、いい心掛けだ。すっかり、この街に順応したな」
「ふふふ、ありがとうございます」
「それで?今日は何について聞きたいんだ?」
「そうですね………では、今回は統制機関について、もっと詳しく聞かせてくれませんか?」
真っ当な労働者へ必ず訪れる、月に一度の給料日。
給料日の度に明日香は、必ず【ジュエル・オフ】を訪れていた。
目的はキャストの一人にして、知己であるエマに会う為。
当然ながら相応の支払いを要するものの、対話をしつつ密かに情報収集するには打って付け。
エマとしても自身のノルマを満たせるので、両者に利益がある関係だ。
しかし関係の結果、明日香は悟りつつあった。
この街は、この国は、自身の知る世界ではないと。
「統制機関かー………正直、もう特に話せる事はない。あたい達にとっては、単に目の敵だしな」
「…以前にも少し伺いましたが、この世界の法律を司る重要な機関、でしたよね。それが目の敵と言うのは…?」
「…この街に居る連中は、どいつもこいつも傷物なのさ。もう、明るい道には戻れない。いや、統制機関が戻してくれない」
「…そうまで、厳しいのですか?この国の法律は…」
「んー、何とも言えないな。結局は魔術師か、魔術師でないかで体感が違うし」
「…あの、これも以前から気になっていたのですが………魔術師、と言うのは?」
「そりゃあ、魔術が使える奴の事だ。って言うか、何でそんな当たり前の事を聞くんだよ?」
「い、いえ、その………あまり、魔術というものには縁がないと言うか…」
「え、そうなのか?お前には良家の生まれっぽい雰囲気を感じてたんだけどなー」
「…例え、良家だとしても。必ずしも優秀であるとは限りませんよ?」
「…それもそうだな。悪い、下らない事を言った」
「いいえ、どうかお気になさらず。エマさんの審美眼は、とても的確ですよ」
「ははっ、何だよ事実。ムカつく奴だな~」
エマはけらけらと笑い、明日香の脇腹を肘で小突く。
対する明日香はこそばゆい攻撃を素直に受け取り、くすくすと笑い返す。
単なる利益だけではない。
例え話すことはなくとも、同じ空気を吸っていて、互いに仄かな心地よさを感じられる。
友と呼ぶには十分な要素だろう。
「…ところで、エマさんはその………魔術が使えるのですか?」
「だったら借金なんかして、こんな風俗店で働いてる訳ないっての。ま、中には接客が好きでやってる連中も居るんだろうけどさー」
「…では、もしこれからエマさんが魔術師になれたとして、どんなことがしてみたいんです?」
「ん、そうだなー………こう、指先でシュボって、タバコの火を点けてみたいな」
「ふふふ、それは格好良いですね。でも、火を点けるだけなら道具を使えば良いのでは?」
「ああ。だけど道具って、燃料を使うだろ?タバコだって、無料じゃない」
「…当然ですね」
「だけど魔術師なら、燃料が無くても火が点けられる。何だったら、材料なしでタバコを作れる魔術師も居るからな」
「…成程。確かにそれは、とても凄いことですね…」
「ま、正直に言って腹は立つけど。魔術師には自分達こそ主導者だって、お高く止まってる奴も多いしな」
「…あながち、間違いではないから、余計に困りものですね」
「そうなんだよなー………っと、そろそろ出るか?あんまり長いと、料金が割り増しになるし」
「ふふふ、そうですね。名残惜しいですが、今回はお開きにしましょうか」
二人は揃って個室を出ると、エマは引き続き次の指名を待つ。
一方の明日香は会計を済ませ、店を後にした。
そしてそのままの足で現在の居住地に向かい、すっかりお馴染みとなった賃貸物件へと帰宅する。
其処は現代で言う1LDK相当で、一人暮らしをするには十分な間取りになっている。
(…まだ、鵜呑みには出来ませんが。エマさんの話が本当なら、少なくとも魔術師とは我々で言うところの、生産者に該当する訳ですね)
しっかりと戸締りをし、汗を流した明日香は、エマとの会話で得た新たな知見を鑑みていた。
魔術師、即ち生産者。
火を起こしたり、タバコなどの趣向品を作るなどは、正しく生活に必要となる物資の提供である。
もっとも、生活に必要となる物資の提供と言うのは、魔術を使わずとも道具や技術を使用することで可能ではある。
(…恐るべきは、物資の提供において、一切の原価が掛からないであろうこと)
この世の全ての生産物は、必ず一定の材料を消費し、また時間を要するのが鉄則。
しかし魔術師はあらゆる生産を、自分自身の体力だけで済ませてしまう。
その上で手っ取り早く求められている品を提供し、申し分ない質を誇る。
(…もし、現代でそんな奇跡が罷り通るとしたら?下手をすれば、全ての技術者達が淘汰されてしまう………或いは、故にこその魔術…)
明日香は思わず、唾を飲み込んだ。
本来ならば現代に生きる身にとって、魔術とは夢物語に過ぎない。
特にこれまでアニメやゲーム等に関心がなかった明日香からすれば、会話として発する機会もなかった。
しかし、既にガルドヴォワールに来訪して、半年が経過しようとしている。
幸いサニーのお陰で当面の生活は整っており、歓楽街の雰囲気にも慣れた。
またエマとのやり取りのおかげで、最低限の常識を得られつつある。
故に、これからは避けて通ることは出来ない。
此処が異世界である事実と、魔術と言う名の圧倒的な奇跡から。
(…ならば、次に私が目指すべきはただ一つ)
凛とする瞳が見据えるのは、統制機関カレンデュラ。
既にエマからは、この国の法律を司る重要な機関だと教わった。
そしてこの機関には、多くの魔術師達が集っている事が予測される。
(…或いは、貴女も其処に居るのでしょうか?街中の、預言者…)
全ての元凶であろう、街中の預言者。
既に明日香は、彼女の発見と打倒に闘志を燃やしている。
そして行く行くは黒崎信の所在を明らかにし、元の世界へと帰る事が彼女の到達点だ。
(…さて。となれば、先ずはサニーさんと話を付けねばなりませんね。とても、骨が折れそうですが…)
ほんの少し憂いを残しながらも、明日香は就寝する。
一方で夜が深まるに連れて、歓楽街は盛況となる。
日々の不平不満を、吹き飛ばそうとするかのように。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




