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アルター・ワールド  ~三画TRAVEL~  作者: 一夜一海
明日香編・第一章
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第十幕・蜜の味

「よーっす。姐さん、今大丈夫ー?」


 カランカランとドアベルを鳴らしながら、エマが店内へと入る。

 そしてその後に、少し警戒を抱きながら明日香が続く。

 店内は静かな音楽が流れており、格式を感じさせる内装。

 席はカウンターテーブルのみだが、非常に上質な代物。

 他にも一つ一つの要素から、店長の拘りを感じさせる。


「あら、エマちゃんやないの。まいどー」


「…は?」


 明日香は驚きの余り、思わず素っ頓狂な声を上げてしました。

 原因はカウンターテーブルの先で、丁寧にグラスを磨いているバーテンダーの姿だ。

 年恰好は二十代半ばの女性、豊かな茶髪のウェーブヘアーに、程よい化粧で彩られた美貌。

 バーテンダーらしい白と黒のカジュアルな装いながらも、誰もが思わず見惚れる様な、抜群の美人である。

 しかし明日香の驚きは、美貌(そこ)にはない。

 あくまで化粧の先にある素顔と、声色にある。


「…どないしたん?ウチの顔に、何か付いてる?」


「…ええと…」


 他人の空似かもしれない。

 そう思った明日香は、入念に目の前の女性を見返した。

 そして間違いないと判断し、同時に心から安堵した。

 彼女は自身と同じ日本人であり、同級生である飛来龍の実姉。

 今では業界の中でも、頂点(トップ)に君臨していると謳われるキャバ嬢。

 

「…お久しぶりです、夏季先輩。お元気そうで何よりです」


 飛来夏季。

 明日香からすれば、学園の先輩(ОG)に当たる人物でもある。

 当人が卒業してからは殆ど交流が途絶えていたものの、実は今でも一番に尊敬している。

 だからこそ素直に再会を喜び、行儀よく一礼した。

 しかし当の相手はと言うと、不思議そうに首を捻るばかりだった。


「…あの、どうかしましたか先輩?」

 

「…ナツキ、先輩?それって、もしかしてウチのこと言ってる?」


「えっ、と………あの、先輩?今回はどんな悪(・)戯(・)で…」


「おいおい、さっきから何を言ってるんだよアスカ。この人は此処の店長のサニー、ナツキなんて名前じゃないよ?」


「…サ、サニー?」


「そうや、ウチはサニー。生憎やけど、ナツキなんて人は知らへんよ?」


「…そんな。そんなことって…」


 明日香は大いに混乱した。

 あくまで目前の人物は、サニーと名乗っている。

 しかし見れば見るほど、聞けば聞くほど、彼女と夏季は瓜二つだ。

 この錯誤(ズレ)は明日香からしてみれば、決して納得が行かない。

 なので先ず、自身の頬を抓る事にした。

 或いは見えている全てが、夢や幻ではないかと疑ったのだ。


(…うう、痛い…)


 少し涙目になりながらも、明日香は1つ理解した。

 頬を抓ればちゃんと痛く、また現状は何も変わらない。

 エマとサニー、そしてハニーメニーと言う酒場は確かに存在している。

 決して現状(これ)は、夢でも幻でもないのだ。


「…なぁエマちゃん、この娘大丈夫?頭でも打ったんかな?」


「…まぁ、変な奴なのは確かだよ。この街で、人助けだなんて馬鹿な真似するくらいには」


「…ははーん?もしかしてエマちゃん、困ってる所をこの娘に助けてもろたん?」


「…別に、助けてくれなんて頼んでないし。そもそも、困ってなんかなかったし。ただ、コイツが無駄にお節介ってだけだよ」


「ふーん?ほな、そういう事にしとこか………で、キミキミ?お名前は?」


「はっ、はい。明日香と申します」


「アスカちゃんね?改めてウチはサニー。お近づきの印に、一杯奢ってあげるわー」


「…あっ、私は未成年で…!」


「うんうん、分かっとるよー。遠慮せず、任せといて―」


 サニーはカウンターの内からシェイカーを取り出すと、慣れた手つきで材料を入れ、カクテルを作り上げる。

 やがて心地よいシェイク音と共に現れたソレは、彼女のオリジナルの1つ。

 快晴の空の様な色彩を象る、ノンアルコールの一品。

 名付けて、【ヴァージン・スカイ】である。


「…美味しい。柑橘系のフルーツの味わいに、軽い炭酸のお陰で、のどごしがすっきりとしてますね」


「お、アスカちゃんってばよーく解っとるやん?誰かさんとは大違いやなぁ?」


「…ふん。飲み物なんて、美味けりゃ何でもいいよ。後は高いか安いかの違いだけだって」


「うーん、一理あるけど~………お酒の話題が出来んと、お客さんとのコミュニケーションに困るやろ~?」


「…ないよ、客と喋る事なんて。ヤることヤれば、金は落ちるんだからさ」


「またそんなこと言うて~。そういうガサツな所を直さんから、何時も店長さんに怒られるんやで~?」


「ははっ、それなら暫くは心配いらないよ!今頃店長は、路地裏で伸びちまって何も言えなくなってるから!」


「…っ!?…っ!?」


 隣に座っているエマの発言に対し、明日香は思わず飲みかけのカクテルを喉に詰まらせた。

 本来なら苦しみに咽(むせ)る所だが、明日香は構わず、涙交じりにエマの方へと振り向く。

 その必死の形相からは動揺、焦燥、そして批難の色が、カクテルの如く綺麗に入り混じっている。


「…エマさん。今更ですけど、あの暴漢は…?」


「店長だよ、あたいが働いてる風俗店の」


「…では、あの口論は一体…?」


「今月、同(・)伴(・)の目標(ノルマ)が未達成でさ。ま、未達成(それ)は何時もの事なんだけど………そしたらアイツ、とうとうキレやがったんだよ」


「…なる、ほど…?」


「でもさ、アンタがぶっ飛ばしてくれた。アイツ、何時もぐちぐちと煩かったし、お陰ですっきりしたよ!」


「………」


 快活な笑みを浮かべるエマに対し、明日香の顔色は見る見る内に青ざめて行く。

 そしてその対比を、第三者であるサニーは決して見逃さない。

 これまでの二人の発言や態度を加味しつつ、ことの顛末を推理する。

 そうして彼女の中で1つの結論へと至り、同時に悪戯な笑みを浮かべた。


「…因みにな、エマちゃんって結構な借金があるんよ。で、借金(それ)を今の店長さんが肩代わりしてくれててな。その代わりに、住み込みで働いてるんよなー?」


「んん?そうだけど………何だよ姐さん、今更そんなこと?」


「いやー、ね?見た目や言動で損する性質(タイプ)やけど、この街の中では割と誠実な人よなーって?」


「何処がだよ………って、おいどうしたアスカ?何だか顔色が悪いぞ?」


「ほんまやなー?一体どないしたんやろなー?」


「う、ぐぐく…」


 サニーが発する言葉は、まるで茨の棘。

 しなやかで、それでいてチクチクと刺してくる。

 そしてこの棘は、真面目な明日香にとっては効果が抜群。

 罪悪感の余り何も言えず、頭を抱える事しかできない。


「おいっ、本当に大丈夫かよ?具合が悪いなら、横になりなって」


「ちょっとエマちゃーん?此処、ウチの店やからね~?横になる場所(スペース)なんてないんよ~?」


「うっ、解ってるって………アスカ、ちょっと待ってな!近くの宿泊施設(ホテル)が空いてないか、見てくるから!」


「…えっ?ちょ、ちょっと待ってください。ホテルって、まさか…」


 明日香は想像した。

 歓楽街における宿泊施設の存在と、その意図を。

 だからこそ、直ぐにエマを制止しようとした。

 しかしエマは気にせず、店を出て行ってしまった。

 因みにガルドヴォワールにおける宿泊施設は、全てが愛の巣。

 カップルだけでなく、ハーレムまで想定されている。


「ふっふっふ~。これで二人っきりやね~、アスカちゃ~ん?ちょっとお話しよか~?」


「っ!?」


 何時の間にかサニーはカウンターの先から出てきていた。

 そして明日香を、背後から絡めとる様に抱き締めた。

 明日香からは表情は伺えないが、確信がある。

 今の彼女(サニー)はとても邪悪で、妖艶な笑顔を浮かべていると。


「これからどうするん~?このままやと、店長さんはアンタのこと許さへんと思うけど~?」


「…何とか、示談で済ませられるよう努めます。諍いを止める為とは言え、やり過ぎたのは確かですから…」


「健気な娘やねぇ~。でもな~、この街で良識(そんなの)は通用せぇへんよ。少しでも弱味を見せたら、徹底的に突かれてまうんや」


「…今の、貴女の様に、ですか?」


「んもう、いけずやわ~。ウチは明日香ちゃんみたいな素敵な娘が、困ってるのを放って置けへんだけよ~」


「………」


「…悪い事は言わへん、今回はウチに任しとき?アスカちゃんも、余計な揉め事は勘弁やろ?」


 言葉の一つ一つが、とろける様に甘く、そして濃厚だった。

 その上で不思議なほどに、安心感があった。

 それでも明日香の理性は、必死に警鐘を鳴らしている。

 此処での正しい選択は、直ぐにでも柔らかな拘束を振りほどき、逃げることだと。

 しかし実際に起こせた動作(アクション)は、小さく首を縦に振るのみだった。




此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>




拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。




良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。

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