第5章:レベル2 ― 太陽の幻想 ~寿命を削って弾薬を買い、ハイリスクな『食人族の島』へ挑む~
影のない永遠の光とくぐもった静寂に包まれた『聖域』の無菌の虚無は、エリアスのすり減った神経にとって束の間の救いだった。重いオーク材のテーブルに座り、心拍数を落ち着かせるために数秒間だけ息を整える。ここの空気には地下の死臭もなければ、宇宙の冷気もない。古い紙と木材用のワックス、そしてほのかなパイプタバコの香りがした。
テーブルの反対側では、商人が手入れの行き届いた両手を顔の前で組み、あの読み取れない冷たい笑みを浮かべて彼を観察していた。3つのホログラム球体が空中に浮かんで異質で致死的な世界の断片を映し出し、商品――輝く銃弾、重い赤いシェル、そして半透明の赤いハート――が最高級ブティックの宝石のように一列に並べられている。
「この宇宙において、時間は最も高価な通貨だよ、エリアス」瞳の冷たさとは対照的な温かい声で、商人が囁いた。「そしてあらゆる真っ当な経済がそうであるように、すべてのものには値段がある。痛みの価格表をご案内しよう」
老人が細い人差し指でテーブルを軽く叩くと、各アイテムの横に洗練されたデジタルフォントで書かれた小さなホログラムの値札が浮かび上がった。
「君の頼れるベレッタの銃弾10発は、命の『10分間』だ」商人は小さな9mm弾を指差して切り出した。「ストッピングパワー(阻止能)にはより高い代償が伴う。ショットガンのシェルはたった2発で『15分間』の貢ぎ物を要求する。そして、もし引き裂かれた肉体を癒やしたいと望むなら……」指が脈打つハートのひとつへと移動した。「生命力の欠片1つあたりのコストは、『30分間』だ」
エリアスは唾を飲み込み、背筋を冷たい戦慄が滑り落ちるのを感じた。グレイの円形の顎に皮膚と筋肉を食い千切られた左腕の傷口が、鈍く絶え間ない痛みで脈打っている。金を払って止められるならいくらでも払っただろう。だが、ここでは金になど何の価値もない。
「そして、君の次の目的地についてだが」商人は3つのホログラム球体に向かって両腕を広げながら続けた。「君には選択の特権がある。道は3つの方向へと枝分かれしている」
最初の球体が拡大され、鬱蒼としたジャングル、白い砂浜、そして夜闇の中で燃える部族の焚き火を映し出した。「『食人族の島』。入場料(通行料)は30分間だ」
球体が縮小し、2つ目の球体に場所を譲る。湿った地下トンネルの映像が投影され、その壁は無数の外骨格と触角が絶え間なくうごめくことで波打っているように見えた。「『ゴキブリの洞窟』。コストは45分間」
最後に、3つ目の球体が点滅するネオンに薄暗く照らされた破壊されたコンクリートの回廊を映し出した。暗闇の中を何十体ものよろめくシルエットが足を引きずって歩いている。「『生ける屍のトンネル』。アクセスには60分間かかる」
商人は黄金の懐中時計を取り出し、乾いた金属音を立てて蓋を開けるとテーブルの上に置いた。「買い物を済ませて決断を下すまでの時間は、現実の時間できっかり5分間だ。現在、君が取引に使える時間は『05:36:17』ある。資本は賢く使うことだね、旅人よ」
時計のチクタクという音が部屋の中に響き渡り、ハンマーの打撃のように秒数を刻み始めた。
エリアスは無傷の方の片手で顔をこすり、頭脳を即座に分析計算モードへと切り替えた。「よし、ゲーマーとして考えろ」3つの球体を見つめながら、自分に囁く。「一番コストが高い目的地――60分間の『生ける屍のトンネル』は、数学的に見て一番簡単なステージのはずだ。俺が熟知している古典的な鈍重ゾンビのステージ。逆に一番安い目的地――30分間の『食人族の島』は、プレイヤーの物資を枯渇させるために設計された懲罰的な難易度のピーク、地上の地獄に違いない」
視線が『ゴキブリの洞窟』に止まった。「45分間。中間の難易度だ。寿命の消費とリスクのバランスを取るなら最も論理的な選択だが……」だが、ホログラムが鍾乳石に沿って滑り降りる犬ほどの大きさのキチン質の影を映し出した瞬間、エリアスの胃袋が肉体的な嫌悪感の万力で締め付けられた。彼の論理が、最も非合理的で人間的な「恐怖症」と激しく衝突したのだ。彼は虫が嫌いだった。ゴキブリが大嫌いだった。狭く暗い洞窟に閉じ込められ、何百本ものトゲだらけの脚がカサカサと鳴る音に囲まれ、変異した巨大ゴキブリと正面から向き合うことを想像しただけで吐き気が込み上げてきた。
「パスだ」歯を食いしばって唸った。「巨大昆虫だけは絶対に御免だ」
残るは『食人族の島』だった。潜在的に最も致死的だが、純粋な時間の消費としては最も安く済むシナリオだ。(もしそこが一番難しいレベルなら)銃弾の上に素早く視線を走らせながら、エリアスは推論した。(最高の戦利品が隠されているか、クリア時に最大の報酬が得られるステージでもあるはずだ。『ハイリスク・ハイリターン』の基本ルールだからな)
テーブルの上の時計を見る。残り2分41秒。
(買い物が先、目的地の選択は後だ)彼は自らに課した。ゲームメニューの罠はよく知っていた――移動を確定した瞬間にショップ画面が強制終了し、何も買えないまま次のステージへ放り出されることがよくあるのだ。丸腰に近い状態で島へ到着するリスクは冒せない。
『食人族の島』では人型の敵と戦うことになると予想された。素早く、知能があり、おそらく槍や弓で武装している。火力が必要だった。
「ベレッタの弾を20発もらう」早鐘を打つ鼓動にもかかわらず、エリアスは安定した声で言った。20分間が吹き飛ぶ。「それと、ショットガンの弾を4発だ」さらに30分間が彼の生命口座から蒸発した。
商人はゆっくりと頷き、優雅な手つきで銃弾をエリアスの方へと滑らせた。青年は真鍮の頼もしい重みを感じながら、素早くそれらをポケットに収めた。
テーブルの上の赤いハートを見る。弾薬だけで50分間の寿命を支払うというのはすでに大出血だった。腕の傷を治すには、さらに30分間を支払わなければならない。脳内HUDを確認する――ハートは6個中5個が満タンだ。傷は猛烈に痛み、左腕を完全に伸ばせないほど焼けるように脈打っていたが、体力ゲージにはまだ余裕があった。「やめておこう」彼は決断した。「痛みはリアルだが、ハートが2個まで減らない限り、回復のために寿命は浪費しない」
深く息を吸い込み、『聖域』の綺麗な空気を最後にもう一度だけ肺いっぱいに満たした。「よし、決めたぞ。『食人族の島』を選ぶ」
商人の笑みが心からの歓喜に近いしかめ面へと広がり、ほんの一瞬だけ、少しばかり鋭すぎる歯列が覗いた。他の2つのホログラム球体が音もなく弾けて消え、ジャングルの球体が部屋全体を飲み込むまで巨大化していく。
「素晴らしい買い物だ」部屋の境界線が輝く霧へと溶け始める中、商人が囁いた。「君の新しい時間残高は『04:16:17』だよ」
革の椅子も、オーク材のテーブルも、すべてが浮遊する16進数のコードへと断片化し始めた。それでも老紳士だけは実体を保ったまま、何もない空中に座っていた。
「最後にひとつだけ、旅人よ」商人は不自然な角度に首を傾げて言った。その瞳から柔和さの痕跡が完全に消え失せる。「自分がなぜここにいるのか、知っているかな?」
すでに波の音と新しいローディングの湿った熱気に包まれ始めていたエリアスは、拳を握りしめた。「いや」素っ気なく答える。「お前は何を知っている?」
商人は風に舞う灰のようにピクセルを剥がれ落としながら消え始めたが、その低く、喉の奥から響く悪魔のような笑い声だけが木霊した。「教えてあげよう……もし君が『食人族の島』を生き延びたらね」
光がエリアスを飲み込んだ。ローディングの空間転移に伴う苦痛な感覚の中で、青年の意識はたったひとつの不気味な思考に繋ぎ止められていた。あの商人は基本的なスクリプトではない。鈍重なゾンビや脳のない巨人どもとは違った。皮肉を言い、知性があり、悪意を持っていた。これまで遭遇したどんなエンティティ(実体)と比べても「人間くさすぎた」のだ。システム管理者なのか? それとも彼よりずっと前からここに閉じ込められ、ゲームそのものに汚染された別のプレイヤーなのか?
ローディングの暗闇が突然引き裂かれ、現実との残忍な衝突へと取って代わられた。
【レベル2:食人族の島 ― 開始】
エリアスは強烈な光に目をくらませ、まばたきをした。肺を満たした空気は濃密で焼けつくように熱く、潮風と腐った海藻、そして分解されゆく植物の匂いで飽和していた。方向感覚の喪失と戦うための自動的な動作で、即座にインターフェースを呼び出して装備を確認する。視界の中に半透明のメニューが開いた。
--- インベントリ確認 ---
【銃火器】
・ベレッタM92F(9mm):残り29発
・ショットガン(12ゲージ):残り5発
【近接武器/ツール】
・タクティカルナイフ:1本
・大型パイプレンチ:1本
【防具】
・フェーズ運動エネルギー・ディフレクター:残り1チャージ
・宇宙服:コマンドでいつでも装備可能
【体力・ステータス】
・ハート:5/6
・精神状態:極限の緊張下にある冷静さ
・所持通貨:04:16:17
インベントリを読みながら、アイテム回収の完璧主義者ならではの疑問が頭をよぎった。(俺の見えないバッグにはスロット数や重量の制限があるんだろうか?)負傷した腕を動かして可動域をテストしながら考える。(昔のサバイバルホラーでは、空きを作るために重要なアイテムを泣く泣く捨てる羽目になったものだ。だが『プロトコル0』ではそれを知る機会すら来ないかもしれないな……このクソゲーがくれる物資はあまりにも少なすぎて、インベントリがいっぱいになるなんてほぼユートピア(夢物語)だからな)
インターフェースを閉じ、周囲を見渡した。頭上の空は目がくらむほど真っ青で、真っ白な雲が浮かんでいる。太陽が容赦なく照りつけ、汗ばんだ肌を焼いた。最高に素晴らしい天気だった。
「サバイバルホラーにしちゃあ、石も割れるほどのいい日差しだな」ベレッタを握る手に力を込め、皮肉っぽく呟いた。
しかし、開けた環境はすぐにその欺瞞に満ちた本性を露わにした。彼は細い砂浜の舌のような場所に立っていたのだ。両脇には黒曜石のように鋭い黒い火山岩の高い崖がそびえ立ち、乗り越えられない自然の防壁を形成している。正面にはツタと巨大な木々の緑の城壁が視界を塞いでおり、明確に描かれた1本の小道だけが開いていた。
「屋外の島にいるってのに、一本道を進むことを強制されるわけか。見えない壁と回廊型のレベルデザイン。定番だな」
少しでも有利になるものを集めようと、エリアスは海の方へと振り返った。背後の岩場に、海藻に覆われた腐った木製の小さなボートが座礁していた。ゲーマーの本能――シークレットを見つけるためにメイン目的地の「逆方向」を探索したくなるあの抑えきれない衝動――が主導権を握った。
「何があるか見に行ってみるか」ボートへと歩み寄りながら彼は言った。
船体の内部は期待できそうに見えた。壊れた木箱、絡まった漁網、樽。使い古された木製の座席の上に、骨の柄がついた美しいハンティングナイフがあるのが見えた。
(完璧だ、サブウェポンになる)手を伸ばしながら思った。
指先が金属に触れたが、何も起きなかった。インタラクション(調査)のアイコンも出なければ、白い輝きもない。掴もうとしてみたが、ナイフは分子レベルで溶接されているかのように木製の座席のテクスチャと完全に融合しており、ピクリとも動かなかった。
「背景オブジェクト(プロップ)かよ」苛立ちながら唸った。「ただの触れないグラフィックアセットか。役に立ったはずなのにな」
それでも諦めず、船体に作られた小さな棚を調べた。何もない。舵の近くに不自然なほど場違いに掛けられた腐った楕円形の額縁の後ろすら覗き込んだが、やはり何もなかった。
空の樽の中を探っていると、絶え間ない波の音を破ってくぐもった音が響いた。
ザッ。シュッ。ザッ。
濡れた砂の上を走る足音。猛烈に速い。
エリアスは重心を低くしながら鋭く振り返った。
食人族たちはすでにボートの上へと乗り込んできていた。4人だ。背が高く痩せこけているが筋肉質で、乾いた葉の腰みのを着け、胸には灰色の戦化粧を施している。その目は動物的な怒りに満ちた細いスリットになっていた。
雄叫びすらなかった。列の先頭にいた、エリアスからわずか数メートルの男が腕を後ろへ引き、恐ろしい怪力で粗末な木の槍を投げ放った。
エリアスの反射神経が命を救った。横へと身を投げ出し、耳元をかすめる槍の風圧を感じた直後、鈍い音を立ててボートの外板に槍が突き刺さった。
片膝をついて体勢を立て直し、ベレッタを構える。デジタルな訓練がパニックを凌駕した。
バン! バン! バン! バン!
素早い4連射。4発すべての完璧なヘッドショット。食人族たちの頭が後ろへと跳ね上がり、4つの肉体が四肢を絡ませながら砂浜へと転げ落ちた。
エリアスは煙を上げる銃を両手で握りしめたまま、荒い息を吐いた。グリッチを起こし、灰色のピクセルへと溶け始める死体を見つめる。
「思った通りだ」怒りに歯を食いしばりながら、彼は呟いた。「ゲームにハメられた。俺の探索本能を釣り上げるためにボートを配置し、物資をゼロにしておいて、待ち伏せ用の閉鎖アリーナとして使いやがった。何の意味もない場所で、貴重な銃弾を4発も浪費させられたぞ」
だが、最後の死体が消え去る時、砂の上に何かが転がり落ちた。小さく丸みを帯びたアイテムだ。
警戒しながら歩み寄る。蜂の巣に似た灰色の巣のようなものだったが、両端が分厚い乾いた粘土で密閉されていた。内部から猛烈で鈍い羽音が聞こえてくる。
拾い上げた瞬間、HUDが説明文を表示して輝いた。
【変異スズメバチの巣】
説明:島の原始的な投擲武器。着弾時に粘土が砕け散り、最も近くにいる生物学的実体に襲いかかる致死的な群れを解き放つ。
「範囲攻撃(AoE)の投擲武器か」重さを確かめながらエリアスは確認した。「消費した銃弾を考えると、割に合ったのかどうか微妙なところだな。先へ進もう、このボートは死の罠だ」
後ろを振り返ることなく、彼はこの島の内陸へと続く唯一の道に沿って歩き出した。白い砂粒が軍用ブーツの下できしむ。回収できるものは何ひとつなかった。薬草もなければ、壊せる樽もない。あるのは姿の見えないセミの耳をつんざくような鳴き声だけだ。
ジャングルの入り口付近――巨大な葉を持つ木々が植物の怪物の顎のように自然のアーチを形作っている場所へと到着した。影の境界線を越えるほんの一瞬前、低い枝の上からさらに3体の人影が飛び降りてきた。
3人の食人族だ。今度の連中は槍を持っていなかった。骨の棍棒を握っていたが、エリアスを警戒させたのはその「防具」だった――硬い木材で補強された巨大ガメの甲羅で作られた、分厚い円形の盾を体の前に高く掲げていたのだ。
3人はテストゥド(亀甲)陣形を組んで入り口を塞ぎ、重い足取りで前進し始めた。
エリアスは即座に問題を理解した。(ベレッタじゃあの盾は貫通できない。弾かれて弾を無駄にするだけだ)
ためらうことなく銃をホルスターに戻し、ショットガンを抜いた。弾が5発しかないことはわかっていたが、今こそ群衆制御と防御突破の出番だった。
すぐには撃たず、足場の悪い砂の上を右方向へと素早く走った。『カイティング(引き撃ち)』だ。散弾のヒット数を最大化するため、奴らを誘導して一本の射線上に綺麗に並ばせようとしたのだ。食人族たちはその餌に食いつき、彼を追ってゆっくりと向きを変えた。
照準の中で3体が重なった瞬間、エリアスは地面に足を踏ん張り、引き金を引いた。
ドォン!
12ゲージの爆発音が岩場の間に反響した。散弾の雲が3人の食人族をまともに飲み込む。亀の甲羅の盾が乾いた破砕音と共に木っ端微塵に砕け散り、奴らの唯一の防御を吹き飛ばした。気絶して後方へとよろめく。
エリアスはスリングのショットガンから手を離し、滑らかな動きでベレッタを抜いた。
バン! バン! バン!
無防備になった頭蓋骨への致死的な3連射。敵は糸の切れた操り人形のように地面へと崩れ落ちた。
黒いピクセルが死体を消去していく中、地面にもうひとつのアイテムが残された。時間を無駄にせず拾い上げる。2つ目の『変異スズメバチの巣』だった。
「ベレッタ4発とショットガン1発で、蜂の巣2個と通行権か」狂ったように右上の隅を確認しながら計算した。
【大脳皮質崩壊まで:03:55:11】
「時間が経つのが速すぎる。急がないと」
3人の食人族が倒れていた木々の境界線を越えた瞬間、周囲の環境が暴力的で不自然な変貌を遂げた。
誰かが惑星規模の照明スイッチを切ったかのようだった。輝いていた太陽がコンマ数秒のうちに飲み込まれ、空が漆黒に染まると、冷たい星々とねじれた枝の間から差し込む赤い月が浮かび上がった。気温が一気に10度急降下し、セミの鳴き声は不吉な夜の衣擦れの音へと取って代わられた。
エリアスは心臓が跳ねるのを感じながら足を止めた。「ハードコードされた環境トリガーか。突発的な昼夜の切り替え(シフト)だ」
頭脳が素早く情報を処理する。多くのサバイバルゲームでは、時間帯が切り替わると通過済みのエリアのアイテムが再出現する仕様がある。さっきは空っぽだった砂浜のボートにも、暗闇に守られた貴重な物資が出現しているかもしれない。
引き返そうと鋭く振り返った。だが、道はもはや存在しなかった。木々のアーチの高さ、彼の鼻先からわずか数センチの空間に、半透明で微動だにしない赤いレーザー光線の密集したグリッドが浮かんでいたのだ。可視化された『見えない壁』。砂浜へのアクセスは完全に封印されていた。システムは「前に進むこと」だけを強制していた。
「クソ野郎どもめ」エリアスは小声で悪態をつき、赤いグリッドに背を向けてジャングルの暗闇の中へと足を踏み入れた。
道のりは圧迫感に満ちていた。大蛇のように太い木の根が土の地面から突き出し、歩調を遅らせる。タイマーを焼き尽くすかのように思える果てしない数分間、彼は歩き続けた。この島には有益なものが文字通り何ひとつ落ちていなかった。惨めな救急キット1つすらない。
やがて鬱蒼とした茂みが開け、円形の空き地に出た。中央の地面に突き立てられた腐った木の看板が、パチパチと音を立てる松明に照らされていた。凝固した血で描かれた2本の矢印が示されている。
左:『食人族の村』
右:『山道』
エリアスは分岐点の前で足を止め、銃を下ろした。心理戦が再び始まったのだ。
最初の思考は明確だった。(『山道』は明らかに死の罠だ。村でのメイン戦闘を迂回するための典型的なステルス用サブルートに見える。こんなゲームでそんな美味しい話があるわけがない)
だが直後、這い寄るような疑念が忍び込んだ。『システム』は学習する。システムは「彼がそう考えること」を知っているのだ。
(もしAIが、俺が山道を罠だと考えることをすでに予測していたらどうする? 俺のパラノイア(猜疑心)を計算に入れて、実は突破不可能なミンチ製造機である『村』へと俺を誘導し、逆に『山道』の方を唯一の安全ルートに設定しているとしたら?)
エリアスはこめかみを揉んだ。メタ読み(メタゲーミング)が純粋な狂気の領域に達しつつあった。「このAI、マジでイライラさせてくれるぜ。奴の論理の入れ子構造を当てっこして時間を無駄にするわけにはいかない」
左向きの矢印を見つめた。「『村』を選ぶ。俺は自分の武器を熟知しているし、地形をうまく使えば人型の集団相手なら立ち回れるはずだ」
頭の中で素早く装備を確認する。
・ベレッタM92F(9mm):残り22発
・ショットガン(12ゲージ):残り4発
・投擲武器:変異スズメバチの巣(2個)
右の矢印を無視し、村へと続く泥だらけの小道を決然と歩き出した。
長い道のりだった。あまりにも長すぎる。ジャングルの木々が次第にまばらになり、ツタが灰色の岩へと変わり、傾斜が急激にきつくなり始めた。小屋もなければ、部族の焚き火も、遠くの太鼓の音もない。あるのは剥き出しの岩と、左側に口を開けた深い奈落だけだった。
エリアスは岩だらけの断崖絶壁の縁で足を止めた。悟った。
「『山道』じゃねえか」喉までせり上がってくる怒りを感じながら、彼は吐き捨てた。「俺の選択を無視したか、あるいは見えない形でマップを湾曲させて俺をここへ誘導しやがったんだ。ハメられると思ってたよ」
断崖の縁を調べようと一歩前に踏み出した。そしてまさにその瞬間、『システム』はスクリプト化された強制イベント(イベントシーン)の時間だと判断した。
頭上の巨岩の影から、前触れの音ひとつなく、超巨大な『虎』が飛び出してきた。毛並みはまだらに抜け落ち、複数箇所で剥がれた皮膚から脈打つ筋肉が露出し、その瞳は放射能のような緑色に輝いていた。
エリアスはショットガンを構えようとしたが、筋肉が反応しなかった。あらかじめ計算されたアニメーション(ムービー)によって、肉体の操作がロックされていたのだ。
変異した猛獣が小型トラックのような重量で彼に激突した。巨大な前足が胸のど真ん中を捉え、彼を後方――断崖絶壁の縁の向こうへと吹き飛ばした。ブーツの下に虚無が大きく口を開けるのを感じる。
暗闇の中へと真っ逆さまに落下しながら、ゲームデザインの絶対的な理不尽さが彼を打ち据えた。(何もさせてくれなかったぞ)耳元で風が鳴り響く中、彼は思った。(俺のアドバンテージを強制リセットするための、回避不能な落下イベントかよ)
眼下の地面との激突は壊滅的だった。エリアスは鉄のように硬い枝の絡み合いに叩きつけられ、鋭い石と湿った土の絨毯の上を派手に転がった。骨にひびが入る音が夜闇に木霊し、彼のくぐもった絶叫が続いた。
土の混じった血を吐き出し、咳き込みながら横たわる。視界が暗転するほどの全体的な激痛だった。右脇腹の肋骨が少なくとも1本折れているのを感じ、呼吸をするたびにナイフで刺されるような痛みが走った。
HUDが警告の赤色で点滅する。
【体力:3/6】
体力の半分が吹き飛んだ。さっきのグレイに続き、今度は回避不能な落下ダメージだ。
ねじれた木の根元まで苦労して這い寄り、湿った樹皮に背中を預ける。「絶対に回復アイテムを見つけないと」痛みで霞む視界で周囲を見渡しながら喘いだ。少し離れた場所に落ちた銃を探して、手で地面を探る。
その時、それが見えた。
木から少し離れた場所、泥に半分埋もれるようにして大きな『ココナッツ(ヤシの実)』が落ちていた。ただの果物ではない。微かで魅力的な緑色の発光オーラを放っている。小回復アイテムだ。
うめき声を上げながら手を伸ばし、硬い殻を掴んで引き寄せた。タクティカルナイフを使って上部に穴を開け、中身を一気に飲み干す。
味は新鮮だったが、同時に化学的でピリピリするような刺激があった。心地よい温もりが胃袋からひび割れた肋骨へと広がっていく。刺すような激痛が引き、管理可能な鈍い疼きへと変わった。呼吸が安定する。
微かな澄んだ音と共にHUDが更新された。
【体力:4/6】
「少しマシになったな」エリアスは苦労して立ち上がり、泥の中からベレッタを回収しながら囁いた。
まだ骨がきしむのを感じながらジャケットの土を払い、谷底へと続いているように見える小道に沿って再び歩き出した。
巨大なシダ植物の間を数分間下り続けると、鬱蒼とした植物が唐突に途切れた。眼下の自然の盆地の中に、ついに目的地が広がっていた。
『食人族の村』だ。
腐りかけの藁葺き屋根の小屋が、中央の巨大な焚き火を囲むように円形に並んでいた。肉が切り刻まれ解体されるおぞましい音と共に、炎に照らされた壁の上でグロテスクな影が踊っている。
だが、村の入り口は無防備ではなかった。入り口のすぐ手前、樹皮を剥がされた4本の丸太の上に組まれた、今にも崩れそうな木製の櫓がそびえ立っていた。その上には1人の見張り(ルックアウト)がいた。他の連中より大柄な食人族で、手には湾曲した長い『骨の弓』を握っており、照らし出された外周を絶えず視線でスキャンしていた。
エリアスは苔むした巨岩の後ろに身を伏せ、敵の配置を素早く分析した。(もしあのスナイパーにサプレッサーなしの銃弾を1発でも撃ち込めば、銃声で村全体の敵視を集めてしまう。開けた場所で何十体もの怪物に袋叩きにされるぞ。どうする?)
自分の武器の上に手を滑らせ、乾いた粘土のザラザラした表面に指先が触れたところで止まった。『変異スズメバチの巣』だ。
血まみれの唇に、致死的な笑みが浮かんだ。
ベルトから蜂の巣を取り出す。遮蔽物から半身を乗り出し、ゲームの物理エンジンの重力を考慮して放物線を計算すると、無傷の右腕を大きく後ろへ引いて全力で上へと投げ放った。
蜂の巣は夜空を飛び、完璧な弧を描いて木製の櫓のど真ん中に着弾した。
パキッという紛れもない音を立てて粘土が砕け散る。1ミリ秒のうちに、黒く唸りを上げる群れが空中で爆発的に広がった。刺激された致死的な変異スズメバチたちが、近くにいる唯一の生物学的実体へと一斉に襲いかかった。
見張りの食人族は悲鳴を上げ、弓を取り落とした。虫を追い払おうとする無駄な試みの中で顔や胸を狂ったように叩き、激しく暴れ回る。盲目的にもがくうちにバランスを崩し、後ろへ一歩踏み外して櫓から真っ逆さまに落下した。
地面との激突が、乾いた音を立てて怪物の首の骨をへし折った。やがて散っていく虫の羽音を除けば、完全な無音のうちに即死したのだ。
エリアスは隠れ場所から飛び出し、村の他の連中に見つからないよう影に身を潜めたまま、食人族が落下した地点へと頭を低くして走った。
弓兵の死体はほぼ瞬時に溶け去り、地面に戦利品(ドロップ品)を残した。
期待を込めてそれを掴み取る。原始的な『骨の弓』だった。致死的で、何よりも「無音」の遠距離武器だ。だが、セットになっているはずの矢を探した瞬間、『プロトコル0』のゲームバランスの苦い現実が彼の頬を張り倒した。
汚れた地面から拾い上げた矢は、たったの「1本」だけだった。
「1本だと……?」指が白くなるほど強く矢を握りしめ、エリアスは吐き捨てた。怪物が落ちてきた櫓を見上げる。「あいつ、あの上で太ももに矢がぎっしり詰まった革の矢筒を着けてただろうが。俺の残り寿命を全部賭けてもいい、もしあいつが俺を攻撃できていたら『弾数無限』で撃ってきていたはずだ。それなのに俺にくれるのはたった1本かよ。ふざけやがって」
首を横に振り、弓を背中に背負って唯一の矢をベルトに固定した。苛立ちはすぐに消え、冷徹な集中力へと切り替わる。恒久的な物資を消費することなく、そして何より群れに気づかれることなく最初の障害は排除したのだ。
村を囲む木の柵の向こうを覗き込む。食人族たちの影は侵入者の存在に気づくことなく、ゆっくりと動いていた。悪夢の心臓部へと踏み込む時だ。純粋な『ステルスモード』で動く時間だった。
最初の小屋の間へと音もなく滑り込む前、視界の隅で点滅するタイマーへ最後の視線を投げた。
【大脳皮質崩壊まで:03:41:56】
--- インベントリ確認 ---
【銃火器】
・ベレッタM92F(9mm):残り22発
・ショットガン(12ゲージ):残り4発
【遠距離/近接武器】
・骨の弓:残り1本
・タクティカルナイフ:1本
・大型パイプレンチ:1本
【投擲武器】
・変異スズメバチの巣:1個
【防具】
・フェーズ運動エネルギー・ディフレクター:残り1チャージ
・宇宙服:コマンドでいつでも装備可能
【体力・ステータス】
・ハート:4/6
・精神状態:ステルス移行、極度の緊張
・所持通貨:03:41:56




