第3章:レベル1 ― システムの欺瞞 ~安地ハメを学習したAIの罠と、崩壊するマップの常識~
エリアスは敷居を跨ぎ、実験室の閉所恐怖症を誘う暗闇を背後に残した。目の前に広がる回廊は、不自然な光に濡れた工業地帯の悪夢だった。壁はもはや単なる鉄筋コンクリートではなく、呼吸しているかのように見える錆びた配管と圧力バルブの有機的な絡み合いだった。頭上のネオンは単に点滅しているだけではなかった。「グリッチ」を起こしていたのだ。このエリアのコード自体がポリゴンを正しくレンダリング(描画)するのに苦労しているかのように、赤い光が歪んだ電気ノイズを放ちながら脈打っていた。
感覚を研ぎ澄ませ、右肩にショットガンをしっかりと押し当てたまま、彼はゆっくりと前進した。ブーツが冷却液と凝固した血の水たまりに沈み、彼を身震いさせる粘り気のある音を立てる。今にもBGMが変わり、オーケストラの合唱か部族の太鼓の音がボスの登場を告げるのではないかと身構えていた。だが、聞こえるのは蒸気の噴き出す音だけだった。
素早く視線を動かし、網膜に焼き付けられた不可視のHUDを確認する。5つの真紅のハートが心強く脈打っていた。一方、右上のタイマーは無言の死刑宣告だった。【大脳皮質崩壊まで:05:12:14】。
死角に目を配りながら進んでいると、床の上の金属的な反射がエリアスの目を引いた。灼熱の蒸気を噴き出す巨大な排気バルブの横に、何かが落ちていた。ショットガンの時のような神々しいスポットライトには照らされていなかったが、床の汚物に対してくっきりと浮かび上がって見えた。
エリアスは片手で銃を前方へ向けたまま膝をつき、そのアイテムを拾い上げた。配管工が使う大型の『パイプレンチ』だった。重く、グリスで汚れ、塗装が剥げている。重さを確かめた。「キーアイテムだな」彼は自分に囁いた。「環境パズルを解くためでなければ、レベルデザイナーがバルブの近くにこんなユニークな工具を配置するはずがない」タクティカルナイフの隣、ベルトにそれを差し込んだ。役に立つかもしれないし、サバイバルホラーにおいてインベントリ管理はすべてだ。
赤くグリッチを起こす配管の回廊が突然広がり、広大な円形のホールへと出た。その構造は巨大な冷却サイロの底を思わせた。中央には一段高くなった金属製のプラットフォームがあり、壁に溶接された工業用の垂直タラップ(梯子)を使って登れるようになっている。空間は巨大だった。あまりにも広すぎる。
エリアスのゲーマーとしての本能が瞬時に作動し、確率とステータスを計算した。自分の状況を分析する――ベレッタの弾が8発、ショットガンのシェルが3発。
(ボス戦のアリーナか、あるいはラッシュイベントの会場に見えるな)影から影へと視線を走らせながら、彼は推論した。(だが、単体のボス戦のはずがない。筋が通らないぞ。もしあの扉から出てくる奴がステージボスの典型的なHPを持っていたら、合計11発の弾丸じゃ第1形態にかすり傷をつけることすらできない。数学的に不可能だ)
彼はアリーナ内で唯一戦術的優位を取れるポイント――垂直タラップへと向かった。冷たい鉄の最初の段を掴もうと手を伸ばしたまさにその時、人間の咆哮と引き裂かれる金属板の音を混ぜ合わせたような、甲高く耳をつんざく絶叫が空気を切り裂いた。
たった今彼が出てきたばかりの回廊の奥から、連中が現れた。大群だった。
感染者の群れ(ホード)がアリーナへとなだれ込んできたのだ。だがエリアスにはその数を数える時間すらなかった。群れの先頭にいた1体が、不自然な速度で集団から飛び出したからだ。よろめくゾンビではない。『ランナー(走るタイプの感染者)』だ。萎縮した筋肉が汚染されたアドレナリンを送り出し、狂犬病の捕食者のように四つん這いで前方へと猛ダッシュさせていた。
怪物は1秒で距離を詰め、顎を大きく開いて怪物じみた跳躍を放ち、エリアスの頸動脈を真っ直ぐに狙った。
シューティングゲームの前で過ごした無数の時間によって培われた反射神経が、主導権を握った。エリアスは考えなかった。動いたのだ。タクティカルスリング(負い紐)に吊るしたままショットガンから手を離し、電光石火の動きでベレッタを抜くと、空中の標的に向かって発砲した。
バン!
9mm弾が空中の怪物の額のど真ん中を正確に貫いた。血まみれのピクセルと脳漿の雨となって頭蓋骨が爆発する。命を失ったランナーの肉体がエリアスの足元に激突し、慣性で滑って止まった。
ベレッタ残弾:7発。
エリアスは1秒も無駄にしなかった。タラップの段を掴み、必死の俊敏さで梯子を駆け上がると、一段高いプラットフォームの上へと身を引き上げた。荒い息を吐きながら振り返り、銃を構える。
彼の眼下では、残りの群れが押し寄せていた。合計8体だ。最初の1体とは異なり、こいつらは古典的な「鈍重な感染者」だった。たるんだ肉、ガラスのような目、不器用で予測可能な動き。梯子の根元に群がり、彼に届こうとする哀れな試みの中で腐りかけの両手を上へと伸ばしてともがいている。
エリアスはベレッタを下ろし、高低差を見下ろした。奴らが登ってくるには、この垂直タラップを使って1体ずつ、頭部を完全に無防備に晒しながら登るしかない。完璧なチョークポイント(隘路)、理想的な戦術的キルゾーンだった。
8体のゾンビが不器用に梯子を登り始めた。汗まみれの顔にほとんど退屈そうな表情すら浮かべながら、エリアスは銃をしまい、タクティカルナイフを抜いた。こんな基本的な雑魚敵相手に、貴重な銃弾を浪費するつもりはなかった。
最初のゾンビがプラットフォームの縁から顔を覗かせた。エリアスは頭頂部に向かって真っ直ぐに刃を振り下ろした。カツン。カツン。カツン。動的な部位欠損を防ぎつつも不可視のHPを確実にゼロにする奇妙なゲーム物理に支配された、5回の標準化された打撃。敵は喘ぎ声を漏らして後ろ向きに落下し、下にいた仲間を巻き込んで倒れた。
エリアスはその作業を繰り返した。次から次へと、感染者たちは自らの死に向かって登ってくる。刺す、刺す、刺す……。作業は機械的なルーチンへと変わった。数分のうちに、8体の切り刻まれた死体が梯子の根元でグロテスクな肉の山を築いた。銃弾は1発たりとも消費していなかった。
ズボンで黒い血に汚れた刃を拭いながら、氷のように冷たい思考が脳裏に忍び込んだ。
(なぜ、こんなに簡単だったんだ?)眼下の墓場を見下ろしながら、彼は自問した。(何かがおかしい。どんなAIだって、代償も払わせずにこんな美味しいポジション(安地)をプレゼントしてくれるはずがない)
『システム』からの返答は、待つまでもなかった。
8体目の鈍重なゾンビの死体がピクセルとグリッチの雲となって消滅した瞬間、ホールの反対側の端にある重装甲の両開き扉が、鈍い轟音と共に大きく開いた。
床が揺れた。
濃密な煙の中から、2体のマストドン級の巨影が現れた。身長はほぼ3メートルに達し、木の幹のように太い両腕と灰色の皮膚の下で脈打つ黒い血管を持つ、異常肥大した筋肉と変異した肉の塊だった。その足音は、金属の上で金床を叩くように響き渡った。
「こいつがサプライズってわけか」エリアスは唇に緊張した苦い笑みを浮かべて叫んだ。「撒き餌と釣り針だな」
鈍重なゾンビの群れは、彼をプラットフォームの上に追い込み、檻の中に閉じ込めるためだけの罠だったのだ。あの2体の巨人が梯子を登る必要などない。その怪物じみた両腕なら、支柱を根こそぎ引き抜くか、縁から彼を直接薙ぎ払うことが簡単にできる。
冷たい悪寒が背骨を駆け抜けた。『システム』は学習していたのだ。チョークポイントを好み、鈍重な敵に対してナイフを使う彼のプレイスタイルを記録し、彼自身の戦略を罰するためのオーダーメイドの罠を生成したのだ。AIはただゲームを進行させているのではない――彼と共に「進化」していた。
エリアスはナイフを鞘に収めた。本気を出す時だ。ショットガンを前へ構えてストックを肩にしっかりと当て、最初の巨獣が耳をつんざく咆哮と共に突進してくるのに合わせて照準を定めた。
巨人がコンクリートすら粉砕する拳を振りかぶる。エリアスは冷徹に距離を計算しながら待った。5メートル。3メートル。1メートル。
引き金を引いた。
12ゲージの轟音がアリーナに反響した。散弾の弾幕が怪物の顔面をまともに捉え、濃密な血の爆発と共に顔の半分を吹き飛ばしたが、巨人の不可視の体力ゲージは途方もなく巨大らしかった。倒れることなく、気絶して後方へとよろめいただけだった。
エリアスはスリングに吊るしたショットガンから手を離し、ベレッタを抜いて露出した頭蓋骨へと狙いを定めた。バン! バン! 脳への完璧な2発。肉の山は膝から崩れ落ち、そのまま顔から地面へと激突した。
2体目の巨人がすでに目の前に迫っていた。ショットガンをポンプして次弾を装填する時間はない。エリアスは不器用な前転で横へと飛び退き、自分の頭をわずか数ミリの差でかすめた怪物の拳の風圧を感じた。立ち上がりざまにショットガンを構え、フォアエンドを引いて装填すると、怪物の胸板へゼロ距離で発砲した。
巨人が絶叫し、黒い血を吐き出す。エリアスは最後にもう一度武器を持ち替えた――ベレッタだ。バン! バン! 眼窩へと正確な2発を叩き込む。2体目の巨像が仰向けに倒れ込み、絶命した。
エリアスは荒い息を吐きながら立ち尽くし、銃口から立ち昇る煙が汗まみれの顔を撫でた。今やアリーナは非現実的な静寂に包まれていた。
頭の中で武器庫の残弾を計算する。
残弾:ベレッタ3発。ショットガン1発。
アドレナリンでまだ震える手で垂直タラップを降りた。アイテム回収者としての本能が主導権を握る。11発もの弾丸を消費したのだ、ゲームバランス的に必ず物資の補填があるはずだ。煙を上げる2体の巨人の死体に歩み寄り、弾薬やアンプル、素材がないかブーツで変異した肉やボロボロの服の間を探った。何もない。死体は黒いピクセルの雲となって溶け去り、文字通り「何ひとつ」ドロップしなかった。ビデオゲームの不文律がまたひとつ破られた。このシステムはサディストだ。
小声で悪態をつきながら、彼は大虐殺を終えたバルブと配管のエリアの出口へと向かった。この屠殺場から外へと続く重厚な気密扉へと歩み寄る。
だが、彼の手がコントロールパネルに触れたまさにその瞬間、『システム』は再びちゃぶ台を返すことに決めた。
鋭く鼓膜を突き刺すサイレンが空気を引き裂いた。ホール内の赤い照明が点滅をやめ、沈没しかけの潜水艦の中のように狂ったように回転し始める。背後の扉の重い油圧ロックが、紛れもない金属音を立てて閉まった。閉じ込められたのだ。『ロックダウン(封鎖イベント)』だ。
天井から、飛行機から投下された鉛の箱のような音を立てて、彼の目の前3メートル未満の場所に何かが文字通り落下してきた。衝撃で金属格子が大きくへこむ。
エリアスは目を見開いて一歩後ずさりした。
目の前に、悪夢がそびえ立っていた。ゾンビだったが、その肉体は膿んだ肉に直接リベット留めされた分厚い工業用金属プレートで完全に覆われていた。頭部は両肩に溶接された重い鋳鉄製の兜の中に収められており、盲目的な怒りに燃える両目が覗く細いスリットが1本開いているだけだった。
背後の扉は閉ざされている。目の前の扉のパネルは赤い光を放っていた。この怪物を倒さない限りロックは解除されない。ゲームは血の貢ぎ物を要求していた。
他に選択肢はなかった。エリアスはショットガンを構え、巨像の装甲された頭部を真っ直ぐに狙うと、最後の12ゲージ弾を発射した。
衝撃は壊滅的だった。ゼロ距離射撃の威力で威圧的なゾンビは後方へと吹き飛ばされ、ねじれた金属板の轟音と共に地面へと転がった。だが、怪物がゆっくりと立ち上がり始めた時、エリアスは苦い真実を目にした。装甲はへこんでいたが、しっかりと固定されたままだった。頭蓋骨を貫通していなかったのだ。
カチリ。ショットガンは空だった。完全に弾切れだ。
エリアスは後ずさりし、計算高い彼の頭脳に初めてパニックの亀裂が走りそうになった。容赦ない遅さで立ち上がる装甲怪物を観察する。手元にあるのはベレッタの惨めな3発の銃弾と、あの鎧に当てれば折れるであろうナイフ、そして重いパイプレンチだけだ。
(パイプレンチだ)頭をフル回転させながら、彼は考えた。(あれは近接武器じゃない。パズル用のアイテムだ。この部屋の中に必ず使い道があるはずだ)
アリーナの周囲を円を描くように走り始め、重厚でありながらも一歩で広大な距離を詰めてくる装甲ゾンビの猛烈な突進をかわし続けた。視覚的なヒント、手がかり、何でもいいから必死に探す。
死の追いかけっこが果てしない6秒間続いた後、密集した換気ダクトの絡み合いの下に隠されたあるディテールに気づいた。塗装の剥げた大きな六角ボルトで封印された、小さな工業用ハッチがあったのだ。彼が持っているパイプレンチと全く同じ口径だった。
ゾンビが突進し、バルブを根こそぎ引き抜くパンチを放って部屋中を目もくらむような蒸気で満たした。エリアスはその目くらましを利用し、ダクトの下へと滑り込んだ。六角ボルトにパイプレンチを噛み合わせる。全身の力を振り絞って引っ張った。肩の筋肉に鋭い激痛が走ったが、ボルトは金属のきしみ音を立てて回った。
ハッチが開き、壁の中の暗い空洞が露わになった。だが問題があった――曲がったパイプが入り口を部分的に塞いでいたのだ。ハッチが完全には開かない。手首がやっと1本通るかどうかという隙間しかなかった。
装甲ゾンビが振り返り、地面で身動きが取れなくなっているエリアスへと鋼鉄の視線を向けた。虫けらのように踏み潰そうと重い両拳を振り上げながら、前進してくる。
選択肢はなかった。恐怖を無視し、エリアスは擦りむけた素手を冷たい金属の狭い隙間へと無理やりねじ込んだ。暗闇の中を狂ったように手探りし、関節を擦りむく。指先が硬いプラスチックに触れ、続けてショットガンシェルの紛れもない円筒形に触れた。目を閉じたままそれらを鷲掴みにし、怪物が真上で拳を振り上げたまさにその瞬間に、腕を乱暴に引き抜いた。
最後の1ミリ秒で横へと転がる。1秒前まで彼の頭があった場所に金属の拳が激突し、床を大きくへこませた。
エリアスは立ち上がり、血まみれの手を開いた。戦利品は――ショットガンのシェルが2発と、ベレッタの貴重な銃弾が3発。
時間がスローモーションになった。純粋なゲームの筋肉記憶に導かれた滑らかさで、エリアスは赤いシェル1発をショットガンの薬室へと滑り込ませ、鋭い動作でフォアエンドを引いた。
ゾンビが咆哮しながら振り返る。距離は1メートルを切っていた。
エリアスは鋳鉄製ヘルメットのスリットのすぐ下にショットガンの銃口を突きつけた。
「ゲームオーバーだ」彼は呟き、引き金を引いた。
至近距離での爆発は凄まじかった。ゼロ距離から放たれた12ゲージの衝撃波が、錆びたリベットを吹き飛ばした。鋳鉄のヘルメットが宙を舞い、鈍い金属音を立てて部屋の反対側へと転がると、皮膚が剥がれた灰色の顔面が露わになった。
怪物が衝撃から立ち直るのを待つことなく、エリアスはショットガンを落とし、ベレッタを抜いて無防備になった眉間のど真ん中に照準を合わせた。
バン!
銃弾が頭蓋骨を貫通した。装甲ゾンビはほんの一瞬だけ立ったままでいたが、やがて巨大なトランプの城のように前のめりに崩れ落ち、エリアスの足元に激突した。
部屋に再び静寂が戻った。ネオンの赤い輝きが消え、落ち着いた白い光へと切り替わる。サイレンが沈黙した。
エリアスは長く震える息を吐き出した。新しく手に入れた弾薬を残りの弾と合わせ、規則正しく武器をリロードする。
ベレッタ残弾:5発。ショットガン残弾:1発。
彼はビデオゲームのメカニクスに関する執拗なまでの知識のおかげだけで生き延びたのだ。開発者がどう考えるか、そのサインを読み解く術を知っていた。「結局のところ、簡単すぎるな」額から血の混じった汗を拭いながら、彼は呟いた。「行動パターンが予測しやすすぎる」
目の前の扉のパネルが、赤から鮮やかな緑色へと変わった。障害は突破された。次のレベルへと進むことができる。
冷静さを取り戻し、HUDのハートがまだ満タンを示していることを確認する。それから本能的に右上へと視線を走らせ、喉の奥で息を呑んだ。【大脳皮質崩壊まで:04:56:03】。あの地獄のような戦闘で、貴重な16分間を奪われていた。時間は容赦なく流れ続けている。
彼は重い鉄の扉を押し開けた。
その直後に起きた出来事は、彼に自分自身の正気を疑わせた。
敷居を跨いだ瞬間、そこにあったのは別の回廊でも実験室でもなかった。世界が停止したように見えた。苦痛な数秒間、視界が巨大な四角いピクセルへと断片化された。アナログテープを早送りしたような激しいノイズが鼓膜を突き刺す。奇妙で、攻撃的で、欠陥のあるローディング。この世界のマトリックスにおけるグリッチだった。
視界がクリアになった時、エリアスは論理的にも建築学的にも何の意味もなさない環境の中に立っていた。部屋の移動ではなかった。「世界そのもの」が完全に切り替わったのだ。
オゾンと下水道の悪臭は消え去り、滅菌された金属の匂いがする無菌で冷たい空気へと置き換わっていた。そこは超モダンなデザインで統一された、清潔で真っ白な巨大ホールだった。だが、彼の息を呑ませたのは部屋そのものではなかった。
正面の壁一面が、たった1枚の超巨大なガラス窓で構成されていたのだ。
「俺は……一体どこにいるんだ?」その場所の広大さに吸い込まれるような声で、彼は囁いた。
おぼつかない足取りでガラスへと歩み寄る。冷たく透明な表面に手をつき、信じられないというように目を見開いた。世界観やジャンルの物語的論理から完全に逸脱したその唐突な背景の変更を、ゲーマーの頭脳が処理しきれずにいた。
ガラス窓の向こうにあったのは、香港ではなかった。下水道でもなければ、地下研究所でもない。
何百万もの冷淡に輝く星々が散りばめられた、無限で凍てつく漆黒の虚無だった。宇宙の暗闇の中に浮かび、何千キロも離れた彼方にあったのは、青と緑の巨大な球体――『地球』だった。
エリアスはガラスに額を押し当て、ショットガンを脇に力なく垂らした。彼は深宇宙を漂う「軌道ステーション」の中にいたのだ。
震える手でジャケットに指を突っ込み、残された唯一の論理的な錨である『レベル1のラミネートマップ』を取り出した。微かな星の光に照らされたガラスにそれを広げる。紙の上のインクがジュージューと音を立てて焼けていた。地下回廊の線と実験室の図面がねじれ、理解不能な16進数の文字列へと溶け出すと、最後には完全に真っ白な紙だけが残った。もはやマップはない。ルールも存在しない。
「なんだよ、これ……」胃の底から純粋で理解不能な恐怖の最初の波がせり上がってくるのを感じながら、彼は呟いた。「一体どういう意味なんだよ!?」




