第8章:火耕栽培
真夜中のサイレンが、焔の非番を切り裂いた。
まただ。旧第三地区、灰島の再開発予定地。
だが、無線が伝える現場の状況は明らかに異常だった。「火元特定不能」「延焼速度、異常」――そして、「緑色の煙を確認」。
緑色の煙だと? 焔は現場へ急行しながら、隣でデータを睨む雫に叫んだ。「雫さん、ありえない!植物が燃えれば煙は黒か白だ!」
現場は植物園の跡地だった。だが、そこに焔が知る植物園の面影はなかった。
原型を留めないほどに捻じ曲がった鉄骨のドームを突き破り、例の「燃えないツタ」が、まるで意思を持つかのように空へと伸びている。
そして、そのツタは燃えていなかった。
燃えているのは、ツタが根を張る「土壌」そのものだ。
「馬鹿な……土が燃えているのか?」
消防隊の放水が、ジュウウウッと甲高い音を立てて白い水蒸気と化す。土壌に撒かれた特殊な燃焼促進剤が、高火力で地面そのものを焼いているのだ。
「焔くん、見て!」
雫が指差す先で、焔は戦慄すべき光景を目撃した。
炎に焼かれた土壌から、ツタがまるでエネルギーを吸収するかのように、新たな芽を勢いよく伸ばしている。
「……過繁茂だ」
焔が絞り出す。
「普通の植物なら、こんな高濃度の薬品と熱で根が焼けて死ぬ。だがこいつは違う。この熱と薬品を『肥料』にしてやがる……!」
焔の脳裏で、栽培学の知識が組み上がる。
「蓮見教授の言った通りだ。これは『栽培』だ。火災で土壌を強制的に殺菌し、灰島が開発した薬品(=特殊なN-P-Kと微量要素)を燃焼促進剤と共に撒く。その『死の土』で、あのバケモノだけを育てる……!」
「火耕栽培」
その言葉が、焔の口から呪いのように漏れた。
さらに異常なことに、現場には他の植物や生物の気配が一切なかった。
「……アレロパシー(他感作用)だ」
焔は、ツタが放つ異様な匂い(第6章で嗅いだ匂いだ)に気づく。
「こいつは、自分以外の全ての生物の生育を阻害する化学物質を撒き散らしてるんだ。この一帯を、自分だけの『農地』に変えるために」
「データを取ったわ」雫が震える声で言った。「この土壌汚染のパターン、このままじゃ……この地区一帯の生態系が数年で完全に崩壊する」
「そんな悠長な話じゃない」
焔は、炎の中で青々と茂るツタを睨みつけた。
「これは実験だ。もし、この『火耕栽培』が完成したら……灰島は、日本中のどこでも、好きな場所を焼き払い、この植物だけの世界に変えられる」
破壊と再生のサイクルが、あまりにも邪悪な形で完結していた。




