第6章:雑種強勢
白衣の男は、ツタの破片をピンセットで持ち上げ、シャーレの上で回転させた。
「……これは、植物ではないな」
男の名は、蓮見教授。雫が「権威」と呼んだ男は、整然と並んだ試験管やフラスコに囲まれ、自身もその一部であるかのように無機質だった。
研究室は、オゾンの匂いと、高周波の電子音が支配している。
「植物ではない、とは?」雫が問うた。
「比喩だ、緑川くん。厳密には、自然界の摂理を逸脱した『工業製品』だと言っている」
蓮見は、顕微鏡のプレパラートを準備しながら続けた。
「昨日、君からサンプルを受け取ってすぐに組織培養を試みた。まず驚くべきは、その成長速度だ。特定の薬剤——おそらく君たちが現場で検出した強アルカリ性溶液と、何らかの燃焼促進剤の混合物——を培地に加えると、文字通り爆発的に細胞分裂を開始する」
彼は顕微鏡を覗き込み、焔を手招きした。
「赤井消防士だったか。君は栽培学に詳しいと聞いた。これを見てどう思う?」
焔が接眼レンズを覗くと、そこには異常なほど均一で、巨大な細胞壁を持つ細胞が並んでいた。
「……細胞が、規格品みたいに揃いすぎている。まるで水耕栽培のプラントだ。それに、この気孔の数……異常に多い。こいつ、火災現場の熱気をものともせず、二酸化炭素を貪欲に取り込んでいたのか」
「その通り」蓮見は満足そうに頷いた。
「これは、複数の原種の『良いところ』だけを掛け合わせた、究極のF1(一代雑種)だ。凄まじい雑種強勢だよ。高温と強アルカリという、あらゆる生物を殺す環境で、それを『栄養』として成長するように育種されている」
蓮見は続けた。「さらにだ。こいつは、自分の種を残せない」
「種を残せない?」
「ああ。この性質は一代限りだ。親株から挿し木でもしない限り、増えることはない。つまり、開発者はこの植物の流出を完全にコントロールしている。……特許のためか、あるいは」
蓮見は、ピンセットでツタの表面をなぞった。
「あるいは、特定の『起爆剤』がなければ、ただの枯れ草にすぎないからだ。火と薬品。それが揃って初めて、こいつは『怪物』になる」
焔は、宮田さんの焼け跡を思い出していた。
(火事が、こいつを育てるための「水やり」と「施肥」だった……)
「蓮見教授」雫が口を開いた。「この植物の原種、あるいは製造元を特定することは?」
「……難しいな。だが、一つだけ手がかりがある」
蓮見は、分析結果のモニターを指差した。
「この組織片から、微量だが、極めて珍しい『菌類』が検出された。生物的防除……つまり、天敵を殺すために組み込まれた『共生菌』のようだが……こんな菌、見たことがない」
彼は言った。「南米の、ある特定の火山帯でしか確認されていない希少種だ」




