第4章:死んだ土
深夜の火災現場は、昼間とはまるで違う貌をしていた。
規制線テープが、湿った夜風にはためく音だけが響く。
放水で泥濘んだ土は、焦げた匂いと化学薬品のツンとした異臭を放っていた。
焔は息を詰め、規制線をくぐり抜けた。
(火事場泥棒ならぬ、土泥棒か)
自嘲しながらも、その目は獲物を狙う猟犬のように鋭い。
彼は消防士の知識で、最も高温で燃焼した「火点」、すなわち宮田の家で「燃えないツタ」が最も繁茂していた壁際へと直行した。
「……これだ」
懐中電灯の光が、異様な光景を照らし出す。
焼けた土は、通常なら有機物が炭化して黒くなるはずだ。だが、そこにあるのは、まるで薬品で脱色されたかのような、白く乾いた無機質な砂だった。
焔は耐火グローブを外し、素手でその「砂」を握った。
(冷たい。まるで命が死に絶えている)
土の匂いがしない。微生物の気配も、腐植の温もりもない。
焔は無意識に鼻をすすり、持参した土壌採取キットを取り出した。ビニール袋にサンプルを採取し、その場で簡易土壌酸度計(試験薬)を振りかける。
「な……」
試験薬は、瞬時に色を変えた。
中性を示す緑色を遥かに通り越し、紫を通り越し、インクのような濃紺色に染まった。
pH8.5…いや、9.0を振り切っている。
「アルカリ性…? バカな、日本の土壌は基本的に弱酸性だ。こんな数値、石灰をぶちまけても一日じゃこうはならない」
これは自然現象ではない。意図的に、強力な化学物質によって「殺された」土だ。
焔は、もう一つのサンプルを採取した。最初の火災現場の土と、宮田の土。二つの「死んだ土」のサンプル。
(緑川さん、あんたが欲しがった『データ』だ)
これが、あの「燃えないツタ」が育つための「苗床」なのだとしたら?
火災は、この異常な土壌を作るための「耕起」だとしたら?
背筋を冷たい汗が伝った。これはもはや、栽培学の知識が踏み込んではいけない領域——命の摂理を歪める、「実験」の匂いがした。




