生きる
最終話です
その後もしばらく忙しい日々が続いたけど、予想通り少しずつ落ち着きを見せてきていた。
そして混雑以外にも予想通りな出来事が起きた。
「考えていただけましたか?」
そう問いてくるのはリーゲルさんだ。案の定レシピを知りたがっている人は多いらしい。
でも、公開していないのはソースと麺とスープ。それからドレッシングくらいだろう。
何が知りたいのか。
「お米の炊き方と、スープと、ドレッシングです」
「じゃあお米の炊き方だけ教えますよ」
全部じゃないことに残念そうだったけど、それくらい自分で考えてほしい。
でもご飯くらいはいいだろう。
そんなわけで、新たにレシピが公開された。
最近ようやく魔力コントロールが上手くいくようになり、魔石に魔力を込めることに成功した。
横でサリーアンに見てもらいながらだったけど。
これで魔法も自爆技じゃなくなるんじゃないかな。まだ試してないけど。
なんだかようやくこの世界の住人になれた気がする。
そんな風に順調な毎日を送っていた。
明日も同じような日になるだろうと眠りについた、ある日のこと。
夢を見た。
「…、今日の夕飯何にしようか」
見えない。
わかる。
知っている。
あれは…母だ。
でも、見えない。顔が見えない。
「肉がいいな。…もいいだろ?」
見えない。
父だ。
相変わらず顔は見えない。
「昨日魚だったし、肉がいいな」
…私だ。
…私?
「…」
聞こえない。
思い出せない。
いつからだろう。
あの頃の私の名前。
ナナじゃなかった。
朝だ。
「夢か…」
懐かしい、両親と、昔の私。
顔を思い出せなくなっていることに、薄々気が付いてはいた。
あの頃の私と、今の私を繋ぎとめているものは、この記憶しかないことも。
でも、思い出してはいけないとも思っていた。
だって、もう、あの頃には。
「…あれ?」
起き上がれない。
久々だね。これ。
「また金縛り…いや、喋れてるじゃないか」
あれ、体が動かない! 金縛りじゃないのかなこれ!
「ぬおおおお…ダメだ。首から下が全然動かない」
唐突な全身麻痺…実は病気だったとか。
いや、そんなことはないだろう。だって昨日まで元気だったもの。
何か変わったことあったかな。
「何か変な物食べてたらサリーアンも動けてないはず」
いつも通りの食事だったし。
夕食はサリーアンと一緒に食べたし、その後何も食べてないし。
「サリーアンは起きれてるかな」
動けないから確かめようもないけど。
「どうしようかな…二度寝するか」
久々の二度寝。最近忙しかったし、毎日営業していたから二度寝なんてできなかった。
こう…ベッドで横になってると、自然と眠くなってくるのよね。
眠い。
それにしても、なんで動けないのかね。
もしかして。
「夢が原因…なんて」
そんなことあるかね?
あー…本格的に眠くなってきた…
「ついにきちゃったねえ」
「うぇ?」
どこここ。真っ暗で何も見えない。寝てたんじゃなかったっけ。
「ここはそうだねえ、夢、みたいなところ」
あれ、いつの間にか少年がいる。
「やっぱり寝てるのね」
「どうして僕が来たかわかるかい?」
「…人形を見に来た…とか」
「あは」
そう言うと、彼は嬉しそうに笑った。
「いいね。嫌いじゃないよ。そう言い切っちゃうところ」
「やっぱり、私を作ったのは貴方なの?」
「そうだよ」
そう言うと彼はフワフワと浮き始めた。
「暇だったから」
「どうして体が動かないの?」
「それは君のせいだよ」
そんなこと言われても。
彼は私の目の前に降りてくる。
「幽体離脱って知ってるかい?」
「え? うん…」
肉体から幽体っていうか、魂っていうか、そういうのが抜けるやつだよね。
「君の体は今、そういう状況だよ」
「えー?」
でも浮いてる感じとかしないのに。よくある描写では、寝てる肉体を宙から眺めてるような感じじゃない。
あの時は首から下が動かないだけだった。
「それは僕のおかげ」
「もうよくわかんない」
何が起きてるの。
「通常、肉体と魂は強く結びついている。精神、感情、脳、心臓、あらゆるものが肉体と魂を結び付け、その肉体が死を迎えるまで、魂が離れていくことはない」
彼は私を見ながら邪悪に笑う。
「でも、君は違う。君は出来上がっていた肉体に無理矢理、魂を入れた、所謂不完全なもの。肉体と魂の結びつきは希薄だ」
お前のせいだろ。
「あはは。その体と、君の魂を結び付けているものは一つ。感情だ。それしかうまく繋がらなかった」
欠陥品すぎる。
「だから、君があの体を拒否すると、あっさり肉体と魂の繋がりが解けて離れてしまうんだよ」
「別に拒否した覚えはないと思うけど」
「本当にそうかい?」
……あ、もしかして、あの夢を見たから…?
「別に君が意識していようがしていまいが関係ない。君が前世に思いをはせれば、それは肉体を拒否していると同義だ」
判定がシビアすぎる!
「つまり、忘れろってこと?」
「そうだね。というより、すでに忘れつつあるでしょ? それは肉体の防衛本能によるものだね。今のまま生きたいのなら、そのまま忘れるしかないね」
恐ろしい体だなあ。
「でも料理とか忘れると困る」
「それは平気さ。忘れるのは思い出。知識は消えない」
つまり、みそ汁の作り方を知識として引き出すのはオッケーで、味噌を入れすぎてしょっぱくなった話を思い出すとアウトなわけね。
難しすぎません?
「はあ…もういいや」
「いいのかい?」
「だって、覚えてても仕方ないし、どうにもできないでしょ。私は死んで、生まれ変わったんだから、それでいい」
「やっぱり君は当たりだったね」
私は複雑な気分だよ。
「それより、いつ動けるようになるの?」
「前世のことから意識を逸らせば、そのうち動けるよ」
寝て起きたら動けるようになってるかな。
「そういえば、さっきの、幽体離脱っぽくならなかったのはなんでなの?」
「ステータスに書いてあっただろう?」
「そういやなんか意味がわからないのがあったな。文字化けしてたの」
「それが僕が与えた加護さ。あれがあるから、君の魂が肉体から出て行くのを防いでいるんだよ。あれがないと、あっという間に抜け殻だからね」
怖っ。
「さて、もう聞きたいことはないね。そろそろお目覚めの時間だ」
「え、ちょ」
「いつまで寝てんの!」
耳元で叫ばれた。
「もう掃除終わったよ。早く起きて準備しないとお店開けないよ!」
寝ぼけまなこでサリーアンを見る。いつも通りだ。
体を起こす。うん。動ける。
変な神様との会話も、覚えてる。
「サリーアン」
「なに?」
眉間にしわを寄せながら答える彼女に思わず笑いが零れる。
「ふふ、今日は休みにしよう」
「は?」
「なんでもおごるよ。今日は遊びに行こう」
「ちょ、ええ~。何なのいきなり」
「なんとなく。今日はこの世界に染まりたいなって思って」
「はあ?」
外に出て、この世界をもう一度見る。
今生きてるこの世界を、もう一度よく認識する。
私に今必要なことだと思う。
不可解そうな表情をしながらサリーアンは部屋から出て行った。
あ、そうだ。
「ステータスオープン」
名前 ナナ
年齢 14
性別 女
体力 100/100
魔力 1000000/1000000
装備 魔法のローブ
汚れない服
スキル 食材庫
アイテムボックス
神のカゴ
「誤字じゃ…ないんだろうなあ」
加護っていうか、籠だよね。
…。
「は~。もういいや」
お金が貯まったら、世界中を旅して回ってみたいな。
そうすれば、この世界とこの体に、もっと馴染むだろうから。
「いってきます」
転生ニート、異世界で生を得ました。
この後に番外編を一つ投稿して完結とさせていただきます。
本編はここで終了です。
ここまで見ていただき、ありがとうございました。




