一人暮らしに向けて
「ここです」
案内された場所は確かに地図の通りの場所だ。
人通りもそれなりにあり、周りには様々な系統のお店も並んでいる。
今泊まっている宿屋よりも商業ギルドが近いのも良い。
中も見れるというので見せてもらうことに。
中はテーブル席が二つ、カウンター席が六つほどのこじんまりとした広さだ。
中はたまに掃除されているくらいなのか、薄っすら埃がたまっていた。
「一階は元々食堂として利用されていました。カウンター席だけなら一人でも営業可能かと思います。もし難しいようでしたら相談していただければ、信用できる者を斡旋致します」
確かにカウンター席だけならなんとかなるかな?
人を雇うか…自分がそんな立場になるなんてなんだか実感がわかないなあ。
でもスキルのことがあるから難しいかな。
カウンターの奥が調理スペースだ。そんなに広くはないが、屋台よりは大分マシだろう。
そんなに大きくはないが、石窯もある。
「冷蔵庫は備え付けです。魔石を取り付ければ問題なく使えますよ」
この世界の冷蔵庫は水の魔石を取り付けて使用するらしい。ちなみに冷凍庫は氷の魔石が必要になる。冷凍庫は冒険者ギルドくらいにしか置いてないらしいが。
アイテムボックスは時間が止まるから冷やしたりすることはできないのよね。
そう考えると冷蔵庫は便利だ。
一階の奥の方にトイレやらお風呂やらの生活スペースがある。
さらに階段を昇って二階に寝室になる部屋が二つある。
部屋には特に何もなく、ガランとしている。
宿の部屋よりは大きいけど、それでも広いとは言い難い。
でも、一人で暮らすには十分だ。
「どうでしょうか」
「いいですね。ここにします」
「ありがとうございます。では一度、ギルドに戻って契約内容の確認をお願いします」
商業ギルドに戻ってまたも別室へ。
家は購入ではなく賃貸にした。理由は単純にお金が足りないからだ。
家を買うだけなら払えるが、その後の家具の購入やお店で使う調理器具、食器類を買うお金が無くなってしまう。
契約内容を確認してサインする。ギルドカードを渡せば向こうで処理をしてくれるので、すぐに終わった。
「それでは明日、清掃を行いますので、入居は明後日からになります。明後日、商業ギルドに鍵を取りに来てください」
「わかりました」
無事に家を借りられました。
次の日、いつものように宿で朝食をいただくために一階に降りる。
ネリンさんがいたので朝食を出してもらう。
食べていると手が空いたらしいネリンさんが飲み物を持って隣の席に座った。
もう一か月もここに連泊している私は、ネリンさんととても仲良くなった。
手が空いているとこうして隣で休憩してくれて、ご両親もそれを黙認してくれるくらいには。
「ナナちゃん明日出てっちゃうんだ」
「家を借りたからね」
「寂しくなるなあ」
「同じ街にいるんだから、またいつでも会えるよ」
「うん。絶対食べに行くからね」
「ありがとう」
明日には借りた家に移り住むことを話してある。
ここでの生活は楽しかった。
気さくなネリンさんにコミュ障だった私はとても助けられた。
コミュ障だからといって、人と関わりたくないわけではないのだ。
でも好んで話しかけにいく勇気のない私にはネリンさんくらい気安い人の方が助かるときもある。
異世界に来たばかりで、どうしても孤独と不安感を消せなかったけど
「この宿屋で過ごせて楽しかったよ」
「またいつでも泊まりにきてね」
「今日はまだ泊まるけどね」
そんな風に笑い合いながら食べている朝食は、ホットドッグモドキである。
少し前からこの街では、いろんな食事処でパンに具を挟むという食べ方がされるようになったそうだ。
この宿も例外ではなく、というかどこよりも早くホットドッグモドキを作り上げた。
ケチャップもマスタードもないのでモドキなのだが、今日トマトソースのレシピが公開されるから、それを使えばもっと美味しくなると思う。
という話をネリンさんにしておいた。
今までたくさんお世話になったから、せめてものお礼だ。
それを聞いたネリンさんはすごい喜びようだった。
今日は新しい家で使う家具や、お店で使うお皿や鍋などを買いに行く。
それと、屋台でお世話になった人たちにお礼を言いに行きたい。
携帯電話などの電子機器がないから不便だと思う反面、直接会って話すって大事なんだなって思ったりもする。
前に来た鍛冶屋に到着。
大きい鍋とかほしいし、フライパンも今ある数じゃ足りないかもしれないから追加購入しないと。
「いらっしゃいませー。おや、また来てくれたんだね」
「こんにちは。その節はどうも」
前にも会った小柄な女の子だ。
実は何度か屋台の方に買いに来てくれたことがある。
「今日は何をお探しで?」
「今度お店をやることになりまして」
「あらまあ。すごいじゃないの。お嬢さんの作る料理は美味しいもんね。是非食べに行かせてもらうよ」
「ありがとうございます。それで調理器具一式を追加購入と、大きめの鍋とかほしいです」
「調理器具はそっちだよ。大きめの鍋は…今あるのはこれくらいだね」
そう言って出された鍋は、今まで使っていたものよりは大きいけど
「これも欲しいですけど、もう少し深さのあるものってありますか?」
うまく使いこなせるかはわからないけど、せっかく料理店を開くんだから、いろいろ試したい。
「これ以上のは今はないね。注文として新しく作ることになるよ」
ああ、値段が上がるやつね。まあいっか。
「じゃあ注文でお願いします」
「わかったよ。ちょっと待っててね」
そういって奥の部屋に向かったので、他の調理器具を見て待っていると。
「お待たせ」
「注文か? どんなやつが入用だ」
どうやら奥にいた鍛冶師を連れてきたようだ。気づけばいつも鳴っていた金属を打つ音がしなくなっていた。
…随分と小柄な男性だな。でも髭も生えているし、子供には見えない。しかも服の上からでもわかる筋肉が付いている。
「なんだ、ジロジロ見て」
「いや、すいません。ここのご主人ですか」
「そうだ。俺はゾイ。そっちは妻のベルだ」
「ナナです」
「…もしかして、ドワーフを見るのは初めてか?」
なんと。あの噂のドワーフさんでしたか。
鍛冶屋っていったらやっぱりドワーフだよね。
小柄なのは種族特性みたいなものかな。
「ドワーフは小柄なやつばっかりだからな。髭でもはやさねえと子供扱いしやがる」
ああ、やっぱり。
もしかしてベルさんも見た目以上には年齢いってるのかな。
「こんなおばさんの年齢なんか聞くんじゃないよ」
そんなおばさんになんか見えないんですけど。特殊性癖をお持ちの方が喜ぶよ。
「なにか失礼なこと考えてない?」
いやいや、そんなことは。
さすがに心を読む能力はないよね?
雑談もそこそこに、鍋の注文をさせてもらう。
「四日後くらいに取りに来てくれ。代金はその時にもらう」
「わかりました」
そういってゾイさんはすぐに奥の部屋に引っ込んでいってしまった。
「すまないね。接客なんてろくにしないから。鉄打ってる方がいいって言って」
「大変ですね」
昔からああなんだよ、なんて言って苦笑しているベルさんは、なんだか楽しそうだ。きっと旦那さんが大好きなんだろうな。
私の両親は…。両親は…あれ?
「他の調理器具はこっちのでいいかい?」
「…え、ああ。はい」
得体の知れない違和感が胸をよぎった気がしたけど…きっと気のせいだ。
調理器具、お皿、コンロ、ベッド、イス、テーブル…などなど。
新しい住まいに必要なものを買って回る。
きっと買い漏らしはあるだろうけど、その都度買えばいい。
次に広場に行って屋台で食べ物を買いながら、お世話になった人達にお礼を言って回った。
新しくお店を持つのだと話すと、みんな応援してくれた。
一か月という長いような短いような時間だったけど、周りの人がみんないい人だったから屋台という仕事も続けることができたんだと思う。
ここで屋台をやれて良かった。
キリが悪い気がします。大目に見てください。




