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派遣社員、宇宙へ行く!  作者: 相内みなぎ
16/25

無重力ミュージカル

お父さんが入院したのに何故帰らないのですか?

と電話がきた。


「お父さんをよろしくお願いします」

と、暑中見舞いがきた。


「早くこっちに帰って来てあげてください。お父さんが寂しがっています」と年賀状がきた。


それまで一切年賀状や暑中見舞いのやり取りなどなかったのに。


夏休みや冬休みは、課外授業やら講習やらでそうそう長くは帰れない。


正月や盆休みの一日だけ顔を出していた。


自分の家なのに帰りたくなかったからだそうだ。


母が気を使って、父親の兄弟と鉢合せしないようにしてくれたそうだ。


しかし、叔父や叔母からの連絡は止まない。


あまり無視をすれば、母親に被害が及ぶかもしれない。


とうとう根負けしたその子は、高校を辞めようとした。


学校を休んで実家に帰ったその子は一週間後、再び出席した。


学校は辞めなかった。


変わった事は、寮を出た事だった。


寮を出て、母親と一緒に暮らし始めたのだった。


東京で。


聞けば、母親は父親に殴られて警察沙汰になったとの事だった。 


娘に余計な事を言わないように兄弟に伝えて欲しい、と父親にお願いした事が原因だった。


母親と東京で暮らすことになったその子は活き活きとしていた。


学校の成績も上がり、やりたい事が見つかったと高校卒業後に専門学校に行った。


一度だけその母親に会った事がある。


東京で食品会社でパートを始めたというその母親は、以前スマホの写真で見せてもらった時よりもはるかに若々しかった。


今の生活が幸せだったのだろう。


そしてその子は楓に何度も言った。


東京生まれ東京育ちが羨ましい、と。


楓にはその子の田舎の雰囲気は分からない。


ただ分かるのは、その子と母親は二度と田舎には帰れない、帰らない覚悟でここにいるのだという事だった。


楓はぼんやり考える。


東京生まれ東京育ちが羨ましいと言われたことは一度や二度ではない。


その子からだけではない。


小学校の時だって、田舎から寮に入った同級生に言われた事がたくさんある。


でも、都会が羨ましいと言われたことだけではない。


同じように田舎から都会の寮に入ったが、馴染めずに田舎に帰った子も同じくらいいた。


その子は人混みやいつも時間に追われている感覚がつらくて息が詰まる。

いや、いつも息苦しいと言っていた。


ある日ふと思い出して、その子のSNSを覗いてみた。


そこには親戚やクラスメイトとの楽しそうな写真に溢れていた。


もう都会には行くことはないかなと書かれていた。


そして、今まで東京から出た事がなかった楓は現在


東京から出て


日本から出て


更に地球からも出て


月を経由して宇宙にまで来た。


帰りたいかと聞かれれば帰りたい。


では、帰るのかと聞かれればいや、まだいると答える。


仕事を放り出す訳にもいかないとは思うが、何が何でもここで頑張るという気概もない。


インドアな楓は東京にいた時と何にも生活は変わらない。


部屋に籠もって漫画やアニメにゲーム三昧だ。


それならどこにいても同じだろう。


宇宙に来る前に、色々な人の宇宙滞在記をネットで読んだ。


ストレスでボロボロになって地球に帰った人も多いようだ。


現に帰りたくて涙が止まらないという事はない。




そうこうしているうちにミュージカルが始まった。


演目は耳にした事があるタイトルで、地球バージョンと宇宙バージョンがある。


最近、海中バージョンも出来たらしい。


平野は地球バージョンは観た事があるようだった。


序盤に出てきた女優が無重力を利用して空中に浮かび舞い踊る。


そこに美しい歌声が重なる。


楓は引き込まれていった。



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