宇宙のカフェ
「おまたせしました」
ケーキセットを運んできたのは、先程と違う若い女性だった。
「ホットコーヒーとガトーショコラのセットです」
楓はガトーショコラを一口食べてみる。
「美味しい」
「そのケーキね、その子が作ったのよ」
奥から高齢女性が声をかけてきた。
「そうなんですか、とっても美味しいです」
「良かったわ。私ね、来月七十一歳になるの」
七十一歳。
宇宙基地や月にいられるのは七十歳までだ。
七十一歳になるその日までに出ていかなくてはならない。
「ここで三十年喫茶店をやってきたの。酷い暴力をふるう旦那から逃げてきてね、必死に息子と娘を育てた」
暴力を振るった旦那とやらは、その暴力のせいでここには来れなかったのだろう。
三十年という事は、2040年から宇宙にいると言う事か。
ここ宇宙基地がオープンした頃からいるらしい。
「三十年で地球に帰ったのはたったの二回だけ。息子の結婚式と娘の結婚式。離婚を反対した両親の葬式も出なかった」
「地上の高齢者マンションに住む事になるんだけれど、流石に宇宙基地にいられるのが後一ヶ月と思うと名残惜しいわね」
「月の土地を売って、高齢者マンションに入るのよ」
「月の土地?」
「私の父が五十年前に月の土地を買っていたのよね」
「五十年前に・・・」
五十年前はまだ宇宙基地どころか月にすら今のように自由に誰でも行ける状態ではなかったはずだ。
それどころか、コロナとかいう疫病が世界中に流行し日本経済もかなりのダメージを受けていたと聞く。
そんな頃に月の土地を買っていたというのか。
「その頃は遊び半分みたいな物だったんでしょうね。将来的な投資とかそんな考えはなかったと思うわ。
でも、月が開発されていくにつれて土地の値段も上がっていったの」
その女性は、コーヒーを一口飲んでから言った。
「父に感謝よね。
その土地を月にある大手ホテルに貸し出して、毎月そこそこの収入になってたの。
そのおかげで旦那が追ってこれないこの安全な宇宙基地でカフェも続けられた。
最後には老後の資金にもなった」
五十年前の土地購入が時を経て、この女性を助けたという事だ。
「で、次はこの子の番。よかったらたまに来てやってね」
と、若い店員の方を見て話した。
次の日。
「これどうぞ」
楓は北原にマドレーヌを渡す。
「あ、これ近くのカフェのでしょ?あそこなんでも美味しいんだよね〜」
北原がはしゃいだ声をあげた。
そうか、知ってたか。そりゃそうだ。
近所だしね。
「あそこのおばさん、地球に帰っちゃうんだよね?」
「はい。来月帰るって言ってました」
そうか北原さんも常連なのか、と楓は思った。
ひとりになれるお店がほしかったのだが。
「あの若い人が瀧澤さんの友だちなよね。だからしょっちゅう瀧澤さんがあそこのお菓子を持ってきてくれるの。
五年くらいあそこで働いてるんだけど、お菓子づくりが得意で本当に美味しいのよね〜
今度、一緒に行こう、ね!」
北原がはしゃいで話す。
「ええ、ぜひ」
と、楓はひきつった笑顔で答える。
ひとりで行きたいのだけれども・・・




