強制送還
「でも、びっくりしたでしょ。急に移動になんてなって」
楓が自分の机でカレーを食べていると北原が声をかけてきた。
「はい・・・」
そりゃそうでしよ、と言いそうになって、慌てて返事だけした。
初日に馴れ馴れしいのはよろしくない。
「瀧澤さんがスパイだったなんて思わないよね、あんな大人しそうな人が」
・・・。
好奇心には勝てずに聞いてみる。
「よくあるんですか?その・・・こういうの・・・」
「他部署に潜り込んでパワハラを見つける事?」
「はい。何か、びっくりしちゃって」
「滅多にないけどね。ほら、そもそも宇宙基地には問題を一切おこし
た事がない人が集まる訳でしょ?」
楓は頷く。
「だからそもそもそんなカーッとなる人がいないんだけど、中にはたまたま問題にならずに生きてきてしまう人もいる訳」
なるほど。というかそりゃそうだろう。
恐らく今までの職場は怒鳴られたりした方が争わずに辞めていったのだろう。
「これは人事部外には口外禁止事項なんだけど、あの人はもう契約解除されて地球に帰ったら宇宙基地にはもう二度と入れないの。
旦那さまの転勤についてこっちに来たのに大変よね。まさか離婚にまではならないと思うけど」
いや、そんな事情ならば離婚になるかもしれないんじゃないかな、と楓は思った。
旦那の転勤で夫婦で宇宙基地に引っ越してきて、奥さんがパワハラで地球に強制送還とは。
「でもしょうがないのよね。ほら、宇宙基地なんてこんな狭い所に人がそれなりに集まってる訳でしょ?
警察官も大勢いるわけじゃないし、ならば最初から犯罪者予備軍を入れないようにしようって事になったらしいのね」
「そうなんですね」
そういう理由だとは聞いたことがあったが、楓は初めて聞くかのように返事をした。
地球上でも、この宇宙基地への入国審査の厳しさは議論の対象になっている。
反対意見も多いが、同じくらい賛成意見も多い。
なにせ今まで殺人事件どころか傷害事件、窃盗事件も一切起きてはいない。
それは数年に渡り、この基地で働いてきた人達の良心のみで続いてきた。
誰でも入れるようになってしまうと、犯罪だらけの基地になってしまう可能性があるのだ。
ここにはカーッとなって人に手を上げる人間などひとりもいてはならないのだ。
例のレーンの人に対する処分は理不尽なようでも、カーッとなって怒鳴ったり喚いたりする人はここでは犯罪者予備軍扱いなのだ。
まぁ犯罪とか傷害事件とか私には関係ないな、と楓は思った。
昼休みが終わり、人事部での初仕事が始まる・・・。
人事制度?
人員配置?
労務管理?
気が重くなる。
6月中旬。
楓はなんとか人事部にしがみついていた。




