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推理(5)

「レオが入れ替わったという仮定で、もう一度事件を見直してみましょう」


 一応宣言するが、ほとんどの人間がさっきからの衝撃的な展開についていけないのか、ぼんやりとした顔をしている。

 違うのは、明らかに楽しんでいるレオ、見極めるように静かな目をしているゲラルト、そして必死に平静と威厳を保とうとしているらしいアイス王妃だけだ。


「レオが入れ替わったタイミングは、レオの表彰が終わった直後、その時しかありえません。素直に考えるならば、ヴィクティー姫はその時に殺害されているはずです。ですが、その後に聖堂に入った俺もキリオもジンさんもライカさんもボブも、ヴィクティー姫の死体を見ていないし、部屋が血塗れになっていないのも確認している。ヴィクティー姫、というか姫に化けたレオが、聖堂を出る時にジンさんとライカさんが最後の確認をした時にも何の異常もなかった。そうですね?」


「あっ、そ、そうよ、何もなかったわ」


 はっと我に返ったライカが返事をする。


「ちなみに、その時に儀式用の長剣は見ましたか?」


「え?」


 予想もしていなかった質問なのか、ライカがフリーズする。


「ジンさんはどうです?」


「い、いや、どうだったか……だが、何の異常もないと俺達は思った。少なくとも、血に塗れた長剣がなかったのは確かだ」


「なるほど、分かりました。さて、そのあと聖堂は閉められて、姫のふりをしたレオは二人に護衛されたまま式場に入り、二階に上がったところで爆薬を爆破させます。そして煙に紛れて身につけていたテキト布とヴェールを脱ぎ去り、処分する。その場で魔術で焼却したのか? 燃えカスなら、爆発現場にいくらでもあるものな」


「さあな」


 俺の質問にレオは笑ったまま肩をすくめる。


「ともかく、そうしてレオに戻ってから、爆発に気づいて自分の部屋から出てきたふりをすればいいわけです。ここで忘れてはいけないのが、聖堂の鍵の一つが、ジンさんの手元からなくなっている事実です。ジンさんは不思議がっていましたね、近づいてくる気配があれば、すり取ろうとする気配があれば、気づくはずだと」


「……自惚れるわけじゃあないが、相当の手練れじゃないとそう簡単に鍵を奪われはしない。それくらいの実力はあるつもりだ」


 実際に鍵を奪われているために恥だと思っているのか、口では自信ありげに言いながらもジンは苦痛に耐えるように少し身悶えする。


「だとしたら、すり取られたのはそのタイミングでしょう。爆発が起こった瞬間に、護衛対象のはずの姫にすり取られる。これなら気づかずとも無理はない」


「だけど、あたしの鍵はすり取られてないわよ? どうして? それとも、ゲラルトの推理にあるように偽物だとか?」


 ライカが疑問の声をあげる。


「それは、必要がないからです。重要なのは鍵をひとつ奪うことですから」


 俺の説明にライカは頭をかきむしって、


「ど、どういうこと?」


「後で分かります。重要なのは、この後で我々は全員大広間に閉じ込められ、更に式場とその付近には大勢の騎士がやってきたということです。この状況で、こっそりと抜け出して聖堂に向かうことは不可能です」


「その通りだ。騎士に指示を出せる私やウラエヌスですら不可能だったろう」


 アイスの背筋は未だに真っ直ぐと伸びている。この状況でも威厳を失わないその姿は、むしろどこか物悲しい。


「ということは、マーリン先生が扉をこじ開けるあの瞬間まで、聖堂内に入ることは不可能です。どんな手を使おうと。そして、開けた時点で部屋は血塗れになって死体は存在している。つまり、こういうことになります」


 一度言葉を切って、俺はゆっくりと言う。


「何もなかった聖堂に、いつの間にか自動的に死体が出現し血塗れになった」


「あるわけがない、そんなこと」


 ボブが顔を引きつらせる。


「うん、ないでしょ、そんなこと」


 困惑顔でアルルもそれに同意する。


「そうです、ありえない。だから、考え方を変えるしかありません。こう言い直しましょう。『死体と血が隠されていた聖堂に、いつの間にか自動的に死体が出現し、血塗れになった』」


「天井か!」


 がつり、と硬質の音が響く。

 立ち上がったゲラルトが、興奮も露わに力一杯ステッキで床を叩いた音だ。


「天井に隠されていたんだな、死体は。聖堂内部にある隠せる場所はそこしかない。あの聖堂は天井が高い。蝋燭による明かりだけでは天井付近まで照らせない。闇になっていた。あそこに死体が隠されていたら、いやしかし、それがどうして自動的に床に落ちる? 何故だ、何もなかったはずだ、時間が経過しただけだ。時間経過で」


 自問自答の末、そこで絶句したゲラルトは目を見開き、すとんと椅子に腰を戻す。


「そうか、僕としたことが……だから血塗れだったのか」


「ゲラルトさんは辿り着いたようですね。そうです、死体を隠す場所は天井しかありません。天井付近は闇になっていましたし、ヴィクティー姫がいる時点で、普通の人間は顔を上げにくいですからね、絶好の隠し場所です。後は、隠した死体が時間経過で自動的に床に落ちる仕組みを考えるだけです」


「しかし、騎士達は何の仕掛けも発見できなかったと」


 俺とゲラルトの顔を見比べながら、ミンツが弱々しく反論する。


「レオは、水と冷気の魔術を使って天井付近にヴィクティー姫の死体を磔にしたんです」


 そして、俺は説明を始める。


「聖堂に入った後のレオの行動を説明しましょう。入ってすぐに、レオはヴィクティー姫を殺害します。しかし、これは首を斬っての殺害ではありません。後頭部を殴るとか、首の骨を折るとかして素手でほとんど出血のない殺害方法を選んだのだと思います。レオの力なら簡単なことです」


 そこでウラエヌスが耐えきれないように顔を背ける。できれば耳も塞ぎたいのだろう。

 アイスは同じ姿勢のまま真っ直ぐに俺を見ているが、瞳が細かく震えている。


 気遣うな。探偵は、事件を終わらせることだけ考えろ。


「そして、まずはヴィクティー姫からテキト布の大部分を剥ぎ取ります。これは自分が身に付ける用のものですね。そして、それをよけておいて、残った僅かなテキト布を魔術で焦がします。こうすることで、テキト布は入れ替わりに使われたのではなく大部分が焼失したのだと思わせようとしたのでしょう。それから、レオは冷気の魔術でヴィクティー姫の首の辺りを凍らせたのです」


「えっ?」


 キリオが驚きの声をあげる。


「こ、凍らせた?」


「そうだ。レオ、お前の実力なら、至近距離にある、それも何の抵抗もしない死体の一部を凍らせることなんて数秒でできるだろう。詠唱も予備動作もいくらでもしていいわけだしな」


「当然、可能だ。俺の能力ならな」


 躊躇いなくレオは認める。


「そして、首を凍らせた後に、儀式用の剣で全力で首を切断します。重要なのは、この時には血が流れ出ないということです」


「儀式用の剣で刎ねられたにしては、断面が綺麗だったが、なるほどな、そういうことか」


 全てを悟った様子のゲラルトは目を閉じている。


「ここまで一分程度でできるはずです。それが終わったら、まずは殺害時の少量の出血をヴィクティー姫に残したテキト布で拭き取ります。それから、首のなくなった死体を片手に担いで、天井までレオは登ります。無茶に聞こえるかもしれませんが、レオなら可能です。俺とキリオはそれを知っています」


 キリオを抱えたままであの大聖堂の壁を軽々と登っていったレオ。奴なら十分にできるだろう。首がない少女の死体はキリオよりも軽いだろうし、聖堂の壁を登る際には部屋の隅を登ればいい。何も一面の壁を登らなくてもいいのだ。


「天井に着いたところで今度は、魔術で首の断面を解凍します。それから、水の魔術で首の断面からの血液を操る。別に細かいコントロールは必要ありません。天井に血をぶちまけて、ヴィクティー姫の死体が纏っているテキト布に血を染み込ませるだけです。後は、その姫の死体を、テキト布ごと天井に磔にするだけです。血液を凍らせてね。壁を登って磔にしたという発想から遠ざけるために、あえて部屋の中央に死体が落下するようにできる限り壁から遠ざけて磔にしたのは、細かい部分に拘るお前らしいな」


 そこまで説明を終えて言葉を切ると、大広間がしんとなる。


 誰もが俺ではなくて、今やレオの顔を見ていた。

 本当に、こいつが犯人なのかと疑っているのだ。


「さて、後は降りてテキト布とヴェールを身につけ、身体操作でヴィクティー姫に成り代わるだけです。後は時間経過で凍った血液が解け出せば、死体は落下して地面に激突し、その衝撃で血は飛び散るし天井からも流れ落ちる。儀式用の剣に血が付着したのはこの時でしょう。全身の裂傷は、凍らせて磔にした時に皮膚が剥がれるようにしてできたもの。鍵を奪った理由は、もうお分かりですね。血液が解けるまでの時間稼ぎです。とは言っても、この季節の気温のために、完全には血は解けきらなかったようですが」


 俺は、聖堂で目にした凍りついた血のことを思い出す。あの時は、気温のせいで凍ったのだと思っていたが。


 いつの間にか、レオの周りから人がいなくなっている。

 誰もが立ち上がり、自然とレオから距離をとっている。


 そんな中で、レオは余裕ある態度を崩さず、組んだ足を揺らしながら体重を椅子の背もたれにあずける。


「いくつか質問があるが、いいか?」


 そのレオの口調から、反射的にレオとキリオと三人で犯人当てクイズをしていた時のことを思い出した。俺の正解を聞いた後で、こんな口調でよくレオは解答の粗探しをしたものだ。


「ああ、もちろん」


「それを五分でやるのは不可能ではないかもしれないが、さすがの俺でも骨が折れる。計画的な犯行なんだろう? もしも間に合わなかったらそれで失敗するような計画なのか?」


「いや、そうでもない。もちろんお前は自分の能力に自信を持っていたから間に合うと思っていただろうが、万が一間に合わなくてもどうにかなる。聖堂の扉の鍵が開いたら音でお前は気づくはずだ。そして鍵が開いてから俺が実際にその部屋に入るまで、少しだが猶予がある。まさか、俺が全く緊張せずにずかずかと早足で入ってくる人間じゃないことはお前もよく知っているだろう?」


「もちろん、君は小心者の友人だよ」


 ふふ、と笑うレオは全くいつもと同じ様子で、追い詰めているはずの俺の方がおかしな気分になってくる。


「作業の途中でも、鍵が開いたのを聞いたらすぐにヴィクティー姫に成り代わればいい。たとえば蝋燭を消して、完全な闇の中で表彰をしてもいい。強引にでも死体に気づかせないようにすれば、何とかなる。かなり不自然だし、終わった後確認しにきたジンさんとライカさんも不思議に思うだろうが、最終的にキリオに顔さえ見せておけば、入れ替わるタイミングが存在しないことになるはずだ。まあ、あくまで万が一の時の最終手段だろうけど」


「じゃあ、凍らせた血液が表彰中に解け出したらどうするんだ? 一滴でも、表彰中に雨のように降ってくれば気づかれるだろう」


「だからお前は上を向いていたんじゃないのか? まるで祈るかのように。あれは、魔術で凍らせ直していたんだ。ずっと聖堂内にいるお前なら、目が慣れて薄闇の中でも、ぼんやりと天井付近の様子が見えてもおかしくない」


 視認することさえできれば、死体との距離は決して遠くない。せいぜいが中距離。十分、魔術を行使できる範囲内だ。


「どうやら、君の説を十分に否定する材料はないようだ」


 そうして、全身の力を抜いて、レオが大きく息を吐く。

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