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推理(4)

 しん、とする大広間。


 その中で、唯一立ち上がり震えているのはミンツ大司教だけだ。


「ふん、そうか、あの像が偽物か」


 そして名指しされたレオはむしろ周りの人間よりも落ち着き払い、尊大に足を組み直し、頬を撫でる。


「なるほど、そう考えればいつ入れ替わったのかの謎も、ヴィクティーの首がない理由も分かるな。犯人は君とキリオに本当のヴィクティーの顔を見られたくなかったわけだ。ああ、犯人、というのが俺か」


 くすくすとレオは笑い出す。


「ありえん!」


 そこで再びミンツが叫ぶ。


「ぞ、像が偽物だと? 馬鹿な、建国祭の時にいつもと変わらぬファタの像のお顔は確認している」


「もちろん、その建国祭の後に偽物に代えられたんでしょう。具体的には、ヴィクティー姫がこの表彰式に参加されることが分かった後に」


「待て、待ってくれ」


 自らを落ち着けようとしているのか、片手で頭を抱えながらアイスが声を出す。


「整理させてくれ。像が偽物だっただと? あの大聖堂の地下に、もう一つ像が持ち込まれたということか? それとも、レオの案内で君達は実は大聖堂の地下ではない、別の場所に向かわされていた、か?」


「いえ、どちらも違います。いくらなんでも人間大の大きさの像がもう一つあれば俺もキリオも気づきます。それに、俺が記憶の中にある忍び込んだ場所の特徴を喋った時に、ミンツ大司教はそれを聞いて俺達が本当に大聖堂の地下に忍び込んだのだと認めました」


「そっくりの場所を作ったっていうのは?」


 アルルが思い付きを口に出すが、


「あの場所が地下なのは確かですし、相当な広さがありました。もしも、あんな風に大聖堂の地下の間にそっくりな場所を、それも大聖堂の近くに誰にも気づかれずに作ろうと思ったら、どれだけの年月がかかるか想像もつきません。少なくとも、ヴィクティー姫の参加を知ってからじゃあ間に合うわけがない」


「はっ、はははっ、はははははははははあははっ」


 突如として、ミンツ大司教がヒステリックに笑い出す。嗄れた笑い声が裏返る。

 その老いた大司教の哄笑を誰もが唖然として見る。


「馬鹿だな貴様は。その通りだ、間に合うはずがない。偽物の像を作っただと? 人間と同じサイズの、精緻な石像を作るのに熟練の職人ですらどれくらい時間がかかると思ってる? 偽物の像を作っただと? ありえん、ヴィクティー姫のご参加が決まってから表彰式までに間に合うはずがない」


「少なくとも熟練の職人並みの腕は持っているはずですよ、レオは。かつては彫刻を趣味にしていましたし、一度趣味になると極めるまで寝食を忘れて没頭する男ですからね」


「並の職人には負けない自信はあるさ」


 自分の不利になることだというのに、レオは誇らしげに断言する。


「だから、そうだとしても間に合わないと言ってるんだ!」


 ヒステリックな笑いから一転して、ミンツは激昂する。


「そうか、地下のファタの像もミンツ大司教の管理下だったな、偽物とのすり替えなんて責任問題になる、必死に否定するわけだ」


 皮肉るレオを無視して、


「それにどうやって持ち込むんだ、その石像を? そしてどうやって元の像を持ち出す? 一人で抱えるとでも言うのか? それにどこから像を出し入れする? まさか正面入口から堂々と、とは言わんだろうな。それとも、人間大の石像を出し入れできる抜け道でも作っているというのか? 馬鹿馬鹿しい、確かに貴様らが通った抜け道を見逃していたのは不覚だがな、そんな巨大な抜け道があればさすがに発見できるわ!」


 一気に、ミンツは絶叫するように言葉を絞り出す。


「像を持ち込んだのも、持ち出したのも、俺達が通ったあの抜け道だと思います」


「馬鹿馬鹿しい! 子どもがようやく通れるくらいの狭い道を石像が通れるわけなかろう!」


「ところで」


 ふっと力を抜いて、俺は話を変える。


「聖堂の地下にある聖女ファタの像も、今回の表彰の姫の姿も、伝説にある聖女ファタの姿を元にしているということでしたね」


 突然の話題転換に誰もがついていけずに困惑し、


「あ、ああ、テキト布と長剣。それだけを身につけて聖女ファタはシャークを建国したといわれている。地下の像も、ヴィクティー姫の儀式の際の格好も、それだ」


 勢いを失ったミンツが、息を落ち着けながら喋る。


「ただ、ヴィクティー姫にさすがに粗末な染色もしていないテキト布一枚だけ渡すわけにもいかないから、白く染色した長いテキト布を何重にも巻くようにした、という話でしたね」


 その時の会話を思い出すようにゲラルトがこめかみを指でとんとんと叩く。


「それが、どうかしたのか?」


 不思議そうな顔をするレオ。


 どうやら、演技ではなくレオにもこの話をここで出す意図が分からないらしい。


「テキト布。うちの家にも沢山この布を使ったものが置いてありました。シャークの特産品であり、庶民の味方です」


「そうか、君は平民だったな」


 今までそのことを忘れていたのか、ぽつりとウラエヌスが言う。


「編み目が粗く、そのために肌触りはよくないが染色がし易い」


 俺はテキト布の特徴を言う。


「それがどうしたんだよ? そんな布のことどうでもいいだろうが」


 ボブが苛立つ。


「つるりとして、湖面のように滑らかだった」


 そして、俺のその言葉に、全員が黙り込む。突然何を言っているんだこいつは、という顔だ。

 キリオなんて、若干怯えた顔すらしている。おかしくなったのかと思われたのかもしれない。


「テキト布が、じゃあありませんよ。俺とキリオが見た、ファタの像の身に纏っていた布のことです。というより、像の布の部分と言った方が正確ですか」


「はっ」


 息を吹き返したようにミンツ大司教が笑い出す。


「ははっ、はははっ、そ、それでか? だからあの像が偽物だと? 馬鹿馬鹿しい、あの像がどれくらい古くからあるものなのかを知らんのか? お笑いだ、はっ、はははっ。そんなもの、細かい編み目など長い年月で摩耗して消えてしまうだろうよ」


「もしくは、作者が面倒で省略したのかもな」


 レオがよせばいいのに茶々を入れ、


「ふざけるな! あれは聖女ファタが後々までこの国を見守って下さろうと自らを石に変えたものだ! 作者などいるか!」


 また青筋を立ててミンツが怒鳴る。


「落ち着いてください。ここで、俺はテキト布の粗い編み目まで再現されていないから、だからあの像が偽物だと言いたいわけじゃありません」


「……何?」


 ぴたりとミンツの動きが止まる。


「顔です。問題は、顔、というより頭の部分です。俺が見たファタの像は、蝋燭の明かりの中でもまるで生きているように、髪の毛の一本一本やうなじまで細かく再現されているように見えました」


 俺が何を言いたいのか勘付いたのか、全員が息を飲み、そして。


「ちっ」


 レオが天を向き、舌打ちをする。


「凝り性なのが裏目に出たな」


「もちろん、矛盾とまでは言えません。言えませんが、ファタの象徴のひとつでもあるテキト布の編み目が存在しないのに、髪の毛の一本一本まで鮮やかに再現されている。少し不自然に思えます。そして、像が偽物である可能性。この二つの要素を考えれば」


「首を」


 苦しそうに息をしながらミンツが声を絞り出す。


「すげ替えたというのか、像の首を」


「首から上だけなら、必死で彫れば間に合わせることができるでしょう。頭だけなら、あの抜け道から持ち込みも持ち出しも可能です」


 そこで、俺は大きく手を広げる。


「さて、ではここで、実際に像の首をすげ替えて俺とキリオに見せるまでを、果たしてどういう経緯で行ったのかを考えてみましょう」


 誰も言葉を返さない。呆然としている。

 いや、レオだけが、興味深げに黄金の目で俺の次の言葉を待っている。


「表彰式にヴィクティー姫が来るというのを知った瞬間、レオの頭に計画が浮かびました。もっとも、その時点では情報もほとんどないし、計画も漠然としたものだったんでしょう。計画とはこうです。つまり、俺とキリオに間違えてヴィクティー姫の顔を認識させておけば、表彰式で自分がヴィクティー姫になって、姫の死んだタイミングを誤魔化せる」


「ま、待て、待つんじゃ、ヴァン」


 マーリンは例にない焦りを見せる。


「じゃが、それはヴィクティー姫がお主らに顔を見せるという前提があるからこそじゃろう。じゃが、その情報を知らないうちは」


「確かに細かい表彰式の情報は直前まで決まってなかったわけですし、レオが最初から全てを把握していたとは思えません。ただ、レオはこれまでバアル家当主として表彰式に何度も出席しているわけですし、その立場から教会と王城の関係にも詳しい。ある程度は表彰式の内容に予想をつけることができたはずです。それにもしもヴィクティー姫が俺達の前でヴェールを脱ぐことがない流れになったとしても、姫と入れ替わったレオが、アクシデントのふりでもして俺とキリオの前で顔を見せればいい。転びかけてヴェールが脱げるとかね。爆薬を仕込んでおいたのと同じ発想ですよ、どう転んでも仕込みを無駄にしない自信があったわけです」


 俺の説明にマーリンは黙る。


「さて、あの抜け道、つまり大聖堂の裏側にあるあの抜け道ですが、あれが今回の事件のために作られたかどうかは分かりません。レオだから、結構前に事件に関係なくああいう抜け道をいたずらで作っていても不思議はありませんから。ともかく、あの抜け道を使い大聖堂の地下に忍び込んで、レオは像の首のサイズを確認したんじゃないでしょうか? あまりにも首のサイズが違う頭の像を作れば、後でくっつける時に不自然ですからね」


 それから、と俺は続ける。


「自分が肉体操作して女性のようになった姿をモデルに、レオは空いている時間を全て費やして石を削って石像を作ります。もちろん、頭像です。首の部分のサイズにだけ気をつけてね。出来上がったら再び大聖堂の地下に忍び込み、鋸か何かで像の首を切り落とす」


 うう、とミンツが絶望の呻きをあげる。

 無残にも聖女の像の首が鋸で切られていくのを想像してしまったのかもしれない。


「そこに、粘土でも使って持ち込んだ自分がモデルの像をくっつけます。もちろんそのままだと切れ目が目立つので、上から何かで塗ってごまかします。それでも多少首のあたりは不自然になるでしょうが、まず俺達が首を集中して見るはずがないし、明かりは蝋燭だけ、おまけにそもそも俺もキリオも像を見るのが初めてなのですから、ちょっと妙に感じてもそういう像なのだろうと思うだけです。元々の頭は持ち出して、どこぞに保管しているんでしょう。そして準備が整ったら、俺とキリオを連れて真夜中の聖女像見物に向かうわけです。普通ならいきなりそんなことをすれば俺とキリオに疑われそうなものですが、レオはそんなことをしてもおかしくないキャラクターですからね」


「俺を悪ガキみたいに言うなよ」


 口を尖らせるレオは楽しそうですらある。


「いや、でも、もうすぐ建国祭じゃない。その時バレるでしょ」


 ライカがもっともなことを言う。


 その通りだ。もうすぐ行われる建国祭であの大聖堂地下の像が王族や聖職者、貴族の目の当たりにされることになる。


「多分、それまでにまた首をすげ替えるつもりなんだろうと思います。もうあの抜け道は使えないから他の抜け道を使って」


 そう言いながらも、俺には自信がない。そう、それは俺の推理のはっきりとしない部分の一つだった。一体、どうするつもりなのか? 少なくとも俺達が忍び込んでいたことがバレる以上、大聖堂の警備が強化されることは明らかだ。それなのにまた首をすげ替えることなどできるか?


「俺だったら、そんなことはしないな」


 足を組んだレオは、機嫌が良さそうに足先をぶらぶらとさせる。


「いいか、仮に、仮にだ。俺がそんなことをしたとして、また首をすげ替えるなんて面倒で危険なことはしないな」


「だったら、お前なら、どうする?」


「これは、仮の話だよな、ヴァン」


「ああ、仮に、だ」


「そうだな」


 楽しげに目を閉じた後、


「俺だったら、例の竜弾とかいう爆薬を、首をすげ替える時に石像に仕込んでおくね。俺の家格からして次の建国祭でも俺が大聖堂地下でのイベントに参加できるのは確かだ。で、その時に魔術で爆破してやるな」


 嘘だろ。

 俺も含めた全員が、その信じられない発言に驚愕して体を凍りつかせる。


「ヴィクティーの殺害と併せて、他国からの破壊工作か邪教の連中のテロだと思ってくれれば幸いだ。というより、そうなれば貴族や聖職者、王族の責任のなすりつけ合いで犯人探しどころじゃなくなるかもな、くく」


 時間が止まったように動かない俺達を尻目にレオは体を丸めて笑い、


「ああ、そうそう、おい、ヴァン、君の話はそれで終わりじゃあないだろう? たとえば、化粧品だ。魔術だけでは完全に化けるのは不可能だ。特に俺の場合、血の影響で肌の色がヴィクティーとは違う」


「あ、ああ」


 俺は気を取り直す。

 呑まれるな。相手はレオ。あの怪物だ。

 探偵が、容疑者に呑まれていては探偵小説は成り立たない。気合いを入れろ。


「化粧品の問題はあまり考える必要もない。元々お前が化けやすい顔の像を作っておけば、それに化けるためには必要最低限の、肌の色を変える白粉かクリームをごく少量でこと足りるからな。それくらいならいくらでも方法はある。例えば、爆薬と同じく前もって持ち込んでおく方法。それこそ聖堂に行くまでの道のりの途中に埋めておけばいい。あるいは、別に危険物ではないんだから、容器ごと飲み込んでおく方法だってある。あるいは、厨房にある食料品のミルクや小麦粉を代用品にしたのかもしれない」


「さすがに最後のはしないだろう。よくもまあそんなことまで思いつくな」


 レオは苦笑する。


「が、君の言うように方法はいくらでもあるのは確かだ」


「今思えば、俺の記憶の中のヴィクティー姫と王や王妃、お世話係が語るヴィクティー姫の間の違和感に早く気づくべきだった。どこまでも儚い、人形のように従順で弱々しい少女、それが話を聞く限りのヴィクティー姫のイメージだった」


「ん? それがどうしたんだ? 君が会ったヴィクティーはそんなイメージじゃなかったのか?」


 何か演技でミスをしたかな、とでも言いたげにレオが無邪気に首を捻る。


「目だ。目が鋭かった。それが話に聞くヴィクティー姫のイメージと合わなかったんだ。だが、今なら分かる。あれは目が鋭かったんじゃあない。目を細めていたんだ、そうだろう? なるべく隠すしかないものな、薄闇の中だろうと、お前のその色がばれてしまえば元も子もない」


 俺はレオの、パンゲアでも珍しいとされる黄金の瞳をじっと見る。

 吸い込まれそうな、逆に押しつぶされそうでもある黄金だ。あの状況でヴィクティー姫の瞳が多少黄金に輝こうとも、蝋燭の輝きが瞳に映ったのだとしか思わなかっただろう。だがそれでも、やはりなるべく瞳を隠そうと思ってしまうのは当然のことだ。


「はっはっは、面白い、面白い。それで、ヴァン、そろそろ本題に入ろう」


 笑って手を叩いてから、ふっとレオは真顔になる。


「だとしたら、俺はいつヴィクティー姫と入れ替わった?」


 ついに、正念場だ。


「当然、俺の表彰よりも前、そしてお前の表彰の後だ」


「そのタイミングで、俺が護衛二人の目に留まらず、聖堂に向かうチャンスがあったか?」


「ありました」


 答えたのは俺ではない。

 鉄面皮を青白くした、ヤシャが口元を震わせている。


「あの時でございますね、大広間に来た」


「ええ、俺もそう思います。その時なら、全ての条件を満たしている」


 俺は頷く。


「レオ、お前は表彰中にヴィクティー姫に終わった後で中から扉を開けてくれるように頼んでおいた。具体的にどう頼んだかは俺には分からない。ともかく、そうしてから表彰を終え、ジンさんとライカさんと一緒に式場に入り玄関ホールまで来たところで、小腹が減ったからここに、大広間に向かうと言い出した」


「ああ、そうだ。そのおかげでそこのジンとは言い合いになった」


 レオが顎でジンを示し、


「う、うむ」


 顔を強張らせながらジンが同意する。


「そこでここに入ってヤシャさんに軽食を頼んだお前はすぐに食事を終わらせて大広間を出た。そして、即座に全力で聖堂に向かったんだ。この方法なら、護衛がどのタイミングで式場に入るか、二階に上がるかを窺う必要はない。護衛二人が二階に上がる直前で別れて大広間に入ってすぐに出れば、当然護衛二人は二階にいるはずだからな」


「もしも誰かが玄関ホールにいたらどうするんだ?」


 本気で言っているというよりも、俺がどう答えるのか楽しむように目だけで笑ってレオが言う。


「可能性としてはそこまで高くはないし、仮に誰かが玄関ホールに降りてきたとしても、その目的はヤシャさんのはずだ。つまり、すぐに大広間に入る。お前は誰かがいれば用が終わって自分の部屋に戻るふりをして、ゆっくりと階段に向かいつつそいつが大広間に入ってから外に出ればいい」


「ふん、うまく考えたものだ」


 自画自賛をしているのか、それとも俺がうまくこじつけたとしてそれを褒めているのか、どちらにもとれる言い方をしてから、


「そこまではいいとしよう。外に出て全力で聖堂に向かい中に入ったとして、次の君が聖堂に入るまで大体五分少々というところか。短いが、ヴィクティーを殺害するのも肉体操作を使いヴィクティーと入れ替わるのも、不可能な時間ではない。だが、君の表彰の時に入れ替わった俺だけでヴィクティーが影も形もなかったのはどういうことだ? そして、突然ヴィクティーの首無し死体が現れて部屋が血塗れになったのは?」


「その謎は、お前が犯人だと仮定したら、すんなりと解けたよ」


 俺は静かに言う。

 レオが犯人だとしたら、そう仮定した後は、次々に謎を解くことができた。その時の俺の想いをどう表現すればいいのだろう。そんなはずはないと否定しながらも、勝手に推理が順調に進んでいったあの時の想いを。

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