推理(6)
「それで、どうする?」
黄金の目を宙に向けて、レオは脱力している。
それは自分の犯行が暴かれて諦めたというよりも、楽しい遊びの終わりが見えて、心地良い気怠さに身を委ねているようだ。
「どうするとは?」
「想像だろう? 君の言う全ては。証拠は、どこにある? どうやって俺がやったと証明するんだ?」
「そうだ、身体検査すれば、ジンからすり取った鍵があるんじゃねえか、もしくはこいつの部屋か」
ボブがいいことを思いついたとばかりに言うが、
「どうだろうな。俺がこいつだったら、まだ二階が煙で包まれている間に、鍵は全力で壁の穴の向こうにぶん投げてるな。別に使う予定はないんだ。レオの膂力なら、魔術強化をすれば森の辺りまで届くはずだ。鍵は単に凍った血が解けるまでの時間稼ぎのわけだし、森に落ちた鍵一つ、騎士が総出で探そうとでもしないとそうそう見つからないだろうからね」
「妥当なところだな」
他人事のようにレオが賛同する。
「身体検査は必要ない。あの時、犯人を証明するのを手伝ってくれる、そう約束してくれたな、レオ」
レオは約束を破るような真似はしないし、つまらない嘘もつかない。確信があった。
「無論、覚えているさ。確かに約束した。俺は何をすればいい?」
果たして、レオはそう言って頷く。
「この場にいる全員で、大聖堂の地下に行こう」
「なっ、待て、そんな」
死人のような顔のままのミンツ大司教が口をぱくぱくと開けながら声を発する。
「いや、それでいい。それをすれば、一切の決着が着く」
アイスが疲れたような息を漏らす。
もう、終わらせたいのかもしれない。
「いや、待て。さっき、俺は、もしも俺だったら建国祭で爆破すると言ったな」
「ああ」
「あれは、俺の大嘘かもしれないぞ」
にやりとレオは笑う。
「どういう意味だ?」
「本当は、君達に像の顔を確認させた翌日にでも、既にもう元の像に入れ替えているかもしれない」
「む……」
その言葉にアイスが狼狽えるが、
「悪足掻き、というより、悪ふざけか。悪ふざけはよせ、レオ」
俺は気づけば、どっと疲れていた。
あまりの疲労に立っているのさえつらくなってきた俺は、もう早く話を終わらせて座ることしか考えられない。
「どちらにしろ同じことだ。いいか、レオ、この全員で像を見に行って、俺とキリオが見たあの像の顔がヴィクティー姫のものでないと分かった時点で、もう終わりなんだ」
「どうかな? 首がすげ替えられていたことはそれで証明できるかもしれないが、そのすげ替えをしたのが俺で、この事件の犯人も俺だという証明にはならないだろう」
少し不満そうな顔をするレオは、きっと早く事件を終わらせようとしている俺に文句を言いたいのだろう。
もう少し遊ぼうぜ。
そんな声が聞こえる気すらする。
「そのすげ替えられた首と同じ顔を俺とキリオが見ている限り、この事件の犯人は首をすげ替えた犯人と同一人物か、少なくとも共犯関係だ。そしてすげ替えた首を俺とキリオが確認するように、大聖堂地下への侵入を誘ったのはお前だ、レオ。この事件で入れ替わる機会があったのもお前」
疲れ果てた俺は、深く息を吐いて、レオの黄金の目を見る。
見れば見るほど、美しい瞳だ。
「なあ、レオ。俺とお前の論文に共通する判断基準があるだろ。普遍的、合理的に判断すべきだって基準だ。この基準で世界を変えるんだって、お前が息巻いていたあれだ。どうだ、レオ? その基準に基づいて判断したなら、この場合、お前を犯人だと判断できるか?」
「参ったな」
一本取られた、とレオは苦笑して、
「それを言われたら、こう返すしかないな。犯人だと判断できる、と。今から大聖堂地下に行って首のすげ替えが判明したなら、それは俺を犯人とする十分な根拠だ」
「じゃあ、今から」
立ち上がるライカを、レオは片手をあげて止めて、
「いいよ、面倒臭い。それに結果は分かっている。面倒だから、まだ首を元に戻してはいないんだ」
そうして、本日何度目かの、そしてこれまでで一番の静寂に大広間が包まれる。
誰もが、呼吸すらせずに、止まる。凍りついている。
「そんな、じゃあ、本当に、レオ」
真っ赤な目を見開くキリオを見て、ふっと笑ってから、
「ああ、お見事だ、ヴァン。俺だよ、殺したのは」
そして犯人はその罪を認める。
「何故だっ、どうしてっ、ヴィクティーを!?」
途端、目を血走らせてレオに掴みかかろうとして、慌てて騎士に止められるウラエヌス。
「生ける屍というのは、見ていて不愉快になるからな」
レオは立ち上がる。
その姿は、いつもよりも巨大にも見える。自信だ。自信と気迫が漲っていて、まるで巨人のように見えるんだ。
罪を暴かれた犯人とも思えない。
暴いた側の俺は、ちっぽけな存在だった。
疲れ果てて、今すぐにでも泥のように眠りたい。
目の前の巨人に対抗できるとは思えず、俺は無意識のうちに後ずさっている。
それは他の人間も同じ心情らしく、ジンやライカの護衛も、幾人かの騎士も、皆圧倒されたように、レオに近づかない。
「生きるとはつまり、意思を持って何かを為すことだ。それをしないものは屍。幼馴染としてのせめてもの情けだ、介錯してやろうと思ってな」
平然と、ごく当然のように言い切るレオにアイスは顔色を失い、ミンツは震え出す。
「レオ」
俺は、どうしようもなく疲れていたが、それでも知りたいことがあった。
「首は、姫の首はどうしたんだ?」
それは、俺の一縷の希望でもあった。
ヴィクティー姫の首はまだ見つかっていない。入れ替わった時にテキト布の下にでも凍らせたまま隠したのだろう。
あの煙幕の中なら、処分の方法はいくらでもある。魔術で粉々にしたとか、あるいは適当な場所に放り投げる。土深くに埋める。
だが、俺はそんなことをレオがしているとは思えない。いや、思いたくない。首は、どこかに保管してあるんじゃないだろうか。そんな希望を持っていた。
それは姫の両親への慰めであり、レオを友人として知っている俺やキリオへの慰めでもある。レオにも幼馴染としての情があったのだと、そう思えるための。
「首か」
だが、その質問にレオは猛獣が牙を剥くのによく似た笑みを浮かべて、
「食べ残しのデザートだけでは、足りなかったからな」
一瞬、意味が分からずに俺は棒立ちになり、そして。
「はっ?」
遅れて、理解する。
いや、そんな、馬鹿な。
「うあああああああ!」
悲鳴と、何かが床に当たる音。
振り返れば、ウラエヌスがうつ伏せに倒れている。レオの言っている意味を理解して、気絶したのだ。
いや、ウラエヌスだけじゃあない。
今や、誰もが倒れる寸前のようによろめき、顔を青白くしている。
俺も含めて。
馬鹿な。
「さすがに丸齧りしたわけじゃあないぞ。魔術で砕きながら」
「黙れっ!」
白い顔に鬼気迫る表情を浮かべてアイスが叫ぶ。
「ふん、まあ、いい」
そして、レオは横目でゲラルトを見る。
誰もが取り乱している中、ゲラルトだけはいち早く冷静さを取り戻し、ステッキに寄りかかるようにしながらも少し青い顔でレオを睨んでいる。
「さすがだ。経験の差だな、ヴァン。君にはまだまだ凄味と気合が足りない。これからの課題だ」
俺に視線を戻し、そんなことを言う。
「レオ」
俺の側に寄ってきて震えているキリオが、名を呼ぶ。
レオはちらりとキリオに視線をやり、
「ヴァン、キリオと仲良くしろよ。それにしても、くく、握ったつもりが、俺も握られた側だった。ふん、愚かしいとは思うが、仕方がない。生まれつきの業だ」
俺への忠告のような、独り言のような内容を呟く。
「何の、話だ?」
意味が分からず、俺が聞き返すがレオは苦笑するだけだ。
そして、ようやく動き出した騎士達とライカとジンが、剣を抜いてレオを取り囲む。
「騒々しいことだ」
片眉を上げてから、
「さよならだ、ヴァン。もう会うこともあるまい。君と友人で色々と楽しかったよ。随分疲れているようだ、早く寝た方がいい」
レオはそう言う。
知っているさ。
事件を解決しようとしたからだけじゃあない。犯人がお前だからだ、レオ。お前が犯人だということをどう処理していいのか、悲しんでいいのか驚いていいのか怒ればいいのか、それが分からずに脳髄がショートしているんだ。だから、もう、疲れてたまらない。何も考えたくない。
だが、俺の口からはそんな想いは言葉になって出ることはなく、ただ息だけが漏れる。
どこかへ連行されていくレオの姿を見ながら、よろめくように手近な椅子に倒れるようにして座り込む。
心配そうに顔を覗き込むキリオに「心配するな」の一言をかける余裕もなく、にわかに騒がしくなっていく周りを気にすることもなく、俺は目を閉じる。
そして、意識を手放す。ようやく探偵役が終わった安堵だけを感じる。
誰もこんな役目、したいわけがないだろう。それでも、この世界には名探偵が必要らしい。
そんなことを思っているうちに意識が深い闇の底に沈む。
これで何も考えなくて済む。
こうして、事件は解決された。
エピローグに続きます。




