予言機1
巨大な円柱――予言機が部屋の中央にあり、部屋の端には壁に張り付くようにしていくつかの机と椅子がある。その椅子を適当に集めてから、僕たちはそこに座らされる。
「はい、どうぞ」
と、ドアが開いて、ルイルイが研究室からわざわざお茶を持ってきてくれる。やけにカップ数が多い。
「あ、すいません」
「別にいい。今日の分の水の量は決まっていて、余らせても仕方ないから」
そう言ってルイルイは出ていく。今のがいまいちどういうことか意味が分からずメアリの方を向くと、
「いったでしょ、普段は一週間に一度だけ、地上から物を運ぶって。水もそうなのよ」
「ああ、なるほど」
「飲料水以外はそこまで厳密じゃなくてもいいんだけどね。とはいっても水が貴重だってことには変わりないけど。ついでにシャワーもトイレも一か所だけ」
そりゃそうだろ。元々、怨公ってドラゴンイーターだけしか住んでいなかったわけだし。
「ベッドもないから俺たちも寝袋生活だ。時間を確認するのにもわざわざ研究室に行かなければならない。湖底だから仕方がないが、不便と言えば不便だな」
手錠で繋がれた両手で器用にお茶を飲むタリィ。
「その代わり全部最高級だ。トイレもシャワーも使い心地は最高で使用する水の量は信じられないくらい少ないらしい。時計も数年で一秒のずれも起こらない」
「さすがに聖遺物級、というわけではないですが、かなりの高度な技術でつくられているのは確かなようです。それをあっさりとトイレやシャワー、時計といったものに使っているところがさすがはドラゴンイーターと言ったところですかな」
雰囲気をやわらげるつもりか、エジソンは大げさな口調で言う。
「ああ、お久しぶりです」
と、そこで僕たちが来た警備室からのドアから、青年が入ってくる。これまた見覚えがある。
シャークの探偵士。イースター、だった、確か。
「相変わらず湖の底で犯罪者のおもり?」
へらへらと笑うヴァンに対してイースターは生真面目な顔のまま、
「この重犯罪者を野放しにするわけにもいきません。国からの命令ならば、なおさらです」
お目付け役か。それ自体はそこまで納得できない話じゃあない。問題は、そもそも、どうしてそのお目付け役が必要な犯罪者がここにいるのか、だ。
「どうやら、そこの記者の顔を見るに、この予言機の説明をするまえに俺の説明をしなければいけないようだな」
タリィは相変わらずの傍若無人さでヴァンとイースターの会話を断ち切る。
「どこから話すべきか。そもそも、最初は俺とは何のかかわりもなかった。この研究塔の調査はな。だが、凡人たちが調査を進めて、残されていた資料などから、この研究塔にはどうやら怨公というドラゴンイーター以外に、もう一人、頻繁に訪れていたこと、そして共同で――凡人にとっては役に立たない――研究をしていたことが分かった。つまり、友人だな」
「あいつに友人がいるなんて驚きだったよ」
ぼそりとヴァンが言う。
「その友人の名は――ニャンだ。俺も、そして当然ヴァンやココアも知っている、あのニャンだ」
にい、とこちらの反応を伺いながら笑うタリィ。
そして不本意ながらも、その狙い通りに僕は思いもしなかった名前を聞いて動揺を顔に出してしまう。
「ニャンって、あの、ニャンですか」
よく考えてみれば、そもそも僕の知っているドラゴンイーターの名前などそれしかない。
「うん。そして、この研究塔のがらくたの中でも最大のがらくた。そこのそれ。予言機。これは、完全に怨公とニャンの合作らしい。ニャンにとってはかなり気に入っている作品らしくてね。この研究塔に残っていたニャンの資料のほとんどは、この予言機についてのものばかりだった」
ねえ、とヴァンはエジソンに同意を求める。エジソンが頷くのを待ってから、
「で、怨公が消えた後、そのお気に入りの作品を弄ろうにも入れなくなって、こいつが欲しくなった。それが多分あの事件の真相なんじゃないかな?」
ヴァンは眼帯をこつこつと叩く。
「とにかく、この予言機というやつは難物でね、仕組みはもちろんそもそもの操作方法も全く分からなかった。中身はわけがわからない精密機器っぽいものが色々と組み合わさっていて、下手に調べたらぶっ壊れそうだったし。どうでもいいと思っていた俺以外の、真面目にこれでシャーク国の力を増そうと考えていたゲラルトさん以下の人たちは困ったわけだよ」
「ん? 聖遺物だから壊れないんじゃないですか?」
聖遺物は、一般的には現代の技術魔術では再現不可能かつ、破壊不可能なものの総称だと思うが。
「あー、逆だよ、逆。原因と結果が逆。聖遺物はドラゴンイーターの作品でしょ? 基本、ドラゴンイーターはほぼ滅んでいるから、その作品はかなり昔のものになる。そのため、その作品の中でも、耐久力――現代の技術じゃあ破壊不可能なほどの耐久力を持っているものだけが残っているってこと。だから、ドラゴンイーターがつくった俺たちじゃあ再現不可能なものを聖遺物だって言うなら、ごくごく最近つくられた聖遺物なら耐久力は大したことがないっていうのもありうる」
そう言えば、そんな話をヴァンから聞いた気がする。
話の腰を折ってすいません、と僕が謝ると、ヴァンは続ける。
「どうにかならないかと資料を漁っていたところ、ニャンの覚書――ほとんど日記みたいなものが見つかってね。どうやら、ニャンはペース芸術学校に通っていた時期にもこの研究塔に顔を出していたようだ。で、そこで、学友――ただの学友なのかどうかなのかはさておき、タリィに予言機の実験台みたいなことをさせていた、って記録があってね」
「目隠しをさせられ、奇妙な部屋に連れていかれたことは覚えている。いくら俺が天才でも、まさかカルコサ湖の湖底に連れていかれていたのだとは思いもしなかったが。あの当時は潜水館もなかった。いやはや、どうやって地上とここを行き来していたのやらだな。狭い箱のようなものに詰め込まれた記憶があるが」
「ふうん、潜水艦みたいなものかな」
ヴァンが言うので、
「え? いやいや、ヴァンさん、潜水館は狭い箱じゃあないですよ、全然」
と訂正しておく。
「ああ、いや、そっちの館じゃあなくて、船の……じゃあなくて、ともかくその記録があったんで、タリィなら何か分かるんじゃあないかということになって、特例でここに引っ張ってきたわけ。もちろん、普通には無理だよ。上の上の更に上の方で話がついたんだ。あの当時は、もうゲラルトさんとか狂喜乱舞だったし、国の上の方も皆大量の聖遺物と、うまくいけば超技術も手に入るんじゃあないかって浮かれてたからねえ」
「そして、この天才を牢獄から出すことに最後まで上に歯向かって反対していたのが、このイースターだ」
「当然です」
立ったままのイースターは冷たい目でタリィを見下ろす。
「犯罪者を野放しにできるわけがない」
「野放しか。ある意味、これまで以上の牢獄に移動したようにしか思えないがな」
皮肉な口調のタリィはせせら笑ってお茶を飲む。
どうやら、僕たちだけにしてはカップが多かったのはタリィとイースターの分だったらしい。
「研究室の時計以外に時間経過が分かるようなものがないから、お茶を全員決まった時間に飲む習慣があるのよ。いつもルイルイが手配してくれてる」
タリィのカップを見ていたのに気が付いてか、僕にだけ聞こえるくらいの声でメアリが補足する。
「ともかく、俺は実験される側だったが、それでも天才だから何となくのところは掴んでいた。あとは、ここで大量にある資料と睨めっこをしながら、実際の予言機を使って実験をしていくことになった。そういうわけで、俺がこの予言機の研究主任というわけだ」
「はあ、なるほど……納得はいまいちできてませんけど、とりあえず分かりました。じゃあ、この予言機ってものについて、教えてくれませんか?」
メモを取り出す。まずは取材しないと。
「いいとも。といっても、説明自体は簡単だ。これはその名の通り、予言をする機械だ。ほら、そこにスイッチがあるだろう?」
タリィが指さした先を見ると、円柱のなだらかな表面に、ボタンが存在している。大体、僕の腰くらいの高さだ。ボタンと他の部分の色が同じこともあって、気付かなかった。
「あれを押すと、この予言機は範囲内の情報を読み取り、それを基に計算を始める。そうして、未来を予測する。その後に、予言機に問いかければいい。読み取った未来を教えてくれる。質問と答えの形でだけ、だが」
問いかける?
「声で?」
「声で」
つまり、喋りかければいいのか。それだけでも超技術だ。
「ただし、複雑な質問はダメだ。答えがはいかいいえ、固有名詞になるような、シンプルに答えることができるような質問でないと通る可能性は低くなる。簡単な質問がいい。たとえば……試してみるか」
タリィは立ち上がり、予言機のスイッチを押す。ぶううん、という音が響く。いや、これまでずっと鳴っていたのだ。気にしていなかっただけで。音が大きくなった、というのが本当だろう。
そうして、しばらくして唸り声のようなその音はまた小さくなる。
「計算が終わった。これで、今日の未来を予測したことになる。後は質疑応答でそれを聞きだすだけだ」
思った以上に簡単だ。
「予言せよ――まずこう呼びかける。こんな感じだ。予言せよ。最後に眠りにつくのは誰か」
再び唸り声のような音が大きくなって、
『――ココア』
突如として、無機質でイントネーションもおかしな声が響いて僕の名を呼ぶので仰天する。
「う、げ、げげっ、何ですか、これ、どうして僕の名前を――」
「言ったはずだ。さっき、このボタンを押した時点で情報を読み取る。それは物質だけではなく、情報全てだ。ここも、ということだ」
タリィはこめかみを指でノックする。
「げえ、思考や記憶もってことですか?」
がらくた、どころの話じゃあない。この予言機、世界を支配できるんじゃあないか?




