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研究塔

挿絵(By みてみん)


 研究塔の見取り図を見せながら、メアリは説明を始める。


「これはカルコサ湖の湖底に存在する施設だ。ああ、もちろん、あたしたちがつくったわけじゃない。つくれるわけない、こんなもの。で、今、あたしたちがいるのがここ、研究室ってところ」


「研究室?」


 思わず、食器棚の方を見てしまう。


「ま、今じゃあ、はっきり言って、食堂よ、食堂。ただの食堂」


「昔はちゃんと研究もしていたのよ。研究をしながら、飲食するスペースも暇ももったいないからそのままこの研究室で食事をしていたのが、いまや食事しかしていない状況よ。ああ、一応、アリバイづくりのように報告書は出しているけど」


「ええっと」


 いまいち意味が分からない。それに、気になるものがある。見取り図に書いてある、『予言機』だ。なにこれ?


「ああ、そもそも、そうね、最初から話さないといけないか。ええっと……」


「潜水館の事故についての調査と研究を行っていたところ、我々の財団がこの建造物を発見いたしました」


 ひきとったのはエジソンだ。


「湖底に建造物――ありえないこの事態を、当然我々は国に報告しました。そこから、国の極秘事業としてこの建造物の調査が始まったのです」


「え? ちょっと待ってくださいよ。どうして国の事業としてこれが――」


 言いかけてすぐに気付く。湖の底の建造物。今の技術では到底つくることができないそれがあるということは、つまりその正体は何か。

 聖遺物。その所有数がそのまま国力に影響を与えるとすら言われているそれ。


「つまり、聖遺物を手に入れるチャンスだって考えたわけですね、シャーク国は」


 よくよく考えてみれば当たり前のことだ。

 潜水館に使われている『竜玉』は、聖遺物の可能性が高い。それが、ある種以前の事件の動機のひとつでもあった。そして、その『竜玉』を再び使用して潜水館が稼働している以上、国が関わっていないはずもないか。


「そういうことね。だけどさ、肝心のその建造物が、全く開かなかったのよ。国に協力してあたしたちが潜水館で入り口らしきところまで近づくことはできたの。だけど、そこからどうしようもできなかった。そう、どうしようもね。まず、潜水館の入口と建造物の入口を限りなく近づけるところまではできたけど、それだけ」


 そこで私が呼ばれました、とディーコンがメアリに続く。


「どうしてディーコンさんが?」


「忘れていますか? 元冒険者で、元々あの『竜玉』は私が発見したものです。上からの要請で、竜玉の使用のサポートを、と言われまして。はっきり言ってしまえば、交換材料として」


 そう言えば、孤児や貧民に対する保護のための法案がこの前通ったばかりだったが、ひょっとして。


「もちろん、竜玉については私よりもエジソンさんの方が詳しいでしょうけど」


「いえいえ。わたくしはあくまでも潜水館に組み込んだ上での使用についてしか研究しておりませんでしたから。近づけた後に、潜水館からこの研究塔までの間の海水を排除して通路をつくったのは、ディーコン様のサポートなしではできませんでした」


「まあ、正直、私が役に立ったのは最初の時だけだ。一度辿り着けてしまえば、それ以降は、潜水館を改造して研究塔の入口とジョイントするようにできましたからね」


「そこ、男同士で褒め合っても気持ち悪いわよ、気持ち悪い。でも、その後も前途多難。というか、入り口の扉が開かなかった。で、そこで、とうとう名探偵にお出まし願ったってわけよ」


 そうか。ヴァンは名探偵でもあるけれど、同時に聖遺物の専門家でもあるはずだ。そこまで詳しい話は聞いていないけれど、彼から聖遺物について、一般には知られていない話を聞いた。そう、ドラゴンイーターという種族についての。


「で、入り口は開いた。俺の眼でね」


 そう言ってヴァンは自分の眼帯をとんとんと指で叩いて見せる。眼?


「水晶があって、そこを俺が覗き込んだら開いたんだ。多分、網膜認証か何かかな」


 言っている意味は分からないが、つまりヴァンの眼が鍵になっていたということか? だが、だとしたら。最初のセイバーにえぐられたヴァンの眼。何か、つながっているのか?


「で、中を見たらびっくり。色々なものや資料がたくさん。ゲラルトさんは狂喜乱舞したらしい。最初のうちはね」


 口を歪めるヴァンの声は冷たい。


「予算を組んで、極秘の研究と調査を始めて、これについて知っている俺やメアリ、エジソン、ディーコンは他言無用を誓わされた上、半強制的にここの研究と調査に関わらされてね、気の毒なことに」


「なあに、私なんぞはどうせ暇だったからいいさ」


 あっけらかんと言ったディーコンは、


「ただ、結果が出ない仕事はむなしいものだけどね」


 結果がでない?


「そう。調査の結果、この研究塔は、まあ、俺もちょっと因縁のある怨公ってドラゴンイーターの研究所だったことが判明した。だから俺の眼でドアが開いたんだろうね。だけど、ただの研究所じゃなくて、何というか、ここは子どもじみたところもあった怨公の、秘密基地みたいなものでね。いい言い方をすると、ロマンあふれる場所、ざっくりと言っちゃうと、普通に考えても何の役にも立たない、興味本位のがらくたをつくってはそのまま廃棄している趣味の場所だったみたいだ」


「調査の結果や、この場所で発見したもののほとんどがただのゴミみたいなものだと分かってからは、どんどん予算は縮小されてな。大勢いた警備員も俺一人になっちまった」


 エーカーが口を出してくる、が。


「いや、そもそもどうしてエーカーさんが警備員になっているんですか?」


 それにルイルイも。


「それは後で個人的に聞いて。今は、この研究塔の話を続けるわよ」


 メアリが話を本筋に戻す。


「そうやってどんどん期待されなくなって、最初は情報漏れたら口封じに殺すくらいの勢いだった情報規制もどんどん緩くなっていってね……上の方からすると、もはやこの研究塔のことをどうやって着地させるかに頭を悩ませているわけよ。公にしたら、かなりの予算をひっぱちゃったのにほとんど意味がありませんでした、ってことになって何人もの首がとぶし、かといって秘密にし続けたら余計な予算を食い続けるし」


 話がどうも嫌なところに転がりつつあるな。


「ええっと、ひょっとして僕がヴァンさんに呼ばれたのって、僕が記者だってことに関係あります?」


「鋭いわね。そういうことよ。ココアには、今回の件を軟着陸するための手伝いをしてほしいってこと。人気絶頂の記者さんにしかお願いできないのよ。こう、湖の底には遺跡があって、その遺跡の調査を実はしていましたってことを記事にしてほしいの。元々は聖遺物狙いの極秘プロジェクトでしたってことは誤魔化しつつ、調査に予算を使う価値は十分にある遺跡だっていう、いい感じの印象を国内外に持たせるような記事を」


 超ハードル高い。


「ちょ、ちょっと待ってください。いやー、それはどうでしょう、そのー……」


 断れるなら断りたい。


「言っておくけど、研究塔のことを知った時点で断れないわよ。断れるならあたしたちだって断りたいし。現状、あたしたちこの研究塔のことを知ってしまった人間全員、貧乏くじをひかされてるわけだからね、抜けたくても抜けられないの。それを、抜けてもいい状態にしてもらうために記事を書いてって頼んでいるわけ」


「ええー……」


「嫌がるのも分かるけど、もうちょっと話を聞いてからにしてもらうわよ。見取り図に、『予言機』っていうのがあるでしょ。これをうまく記事にしてもらえば、かなりすごいことになるはずなのよ」


 あ、予言機か。気になってはいた。


「一体、何なんですか?」


「名前の通り。予言する機械よ。一日の間に起こることを全部予言する」


「……え?」


 それは、本当だったら、かなりすさまじいことになるんじゃあないだろうか。予言?


「色々と制限あるんだけどね。まあ、そういうわけで取材をしてほしいのよ」


 そうしてメアリはちらりと目を横にやる。視線を追うと、そこには天井まで届きそうな高さの金属製の柱時計がある。


「大体、積み下ろしに一時間はかかる。なにせ大量だからね。潜水館が出発するまでの間にとりあえず見に行ったら?」


 それは別にいいのだが、何か変なことを言っていた、気がする。


「うん? あと一時間で、潜水館が浮上するってことですか?」


「まあね」


「……もし、それに間に合わなかったら、僕たちって置いていかれるんですか?」


「そんな心配しないでも、待ってもらうことくらいはできるよ」


 呆れた顔のヴァンが安心させてくる。


「どうせ、他に潜水館を使うこともないでしょ?」


「もちろんです、ヴァン様。元より、一週間に一度のここへの輸送以外には何も使いませんから。ああ、しかし、わたくしとメアリは外で色々と用がありますので、一度わたくしたちだけでも地上に戻らせてもらいますが。それからもう一度潜水させましょう」


 そういうことなら、とりあえず安心か。


 じゃあ、ということでメアリとエジソンの案内で予言機の部屋へと移動することになる。ルイルイとエーカー、それからディーコンはそのまま研究室でお茶をするらしい。というわけで四人だけで部屋を出て、警備室をつっきって奥の扉に向かう。


「他の物が役に立たないと分かったから、最後に残った予言機の研究だけが継続されてるのよね。研究主任がつきっきりよ。その主任の説明を聞いて、とりあえず今日は地上に戻ってホテルでもとったら?」


喋りながら、メアリは見取り図を見せてくる。


 メアリの説明によれば、一週間に一度、一週間分の物資を一気にこの研究塔へと運び入れる。それは倉庫2に置かれるらしい。一方、一週間で溜まった廃棄物は全て倉庫1に置かれている。その廃棄物を今度は潜水館に積み入れて、地上に輸送し、そこで廃棄する。そういう手はずだそうだ。そのため、かなりの量の積み下ろしが必要になるのだが、例の情報規制の縛りのせいで、それに使うことのできる船員を大量に雇うことができない。結果として、毎回一時間程度は時間がかかるそうだ。


 だから時間ならまだあるから、たっぷり取材しろ、という話だ。はいはい、と聞き流しながら例の予言機の部屋へと入っていく。扉が開き、中が見える。


 中の部屋、中央にあるのは、巨大な、金属製の柱。そうとしか思えないもの。だが、その表面はあまりにもなめらかで、一切の継ぎ目も段差もない。完璧な円柱。なるほど、これは、僕たちの技術ではつくることができないものだ。聖遺物。その見た目だけでそう実感する。


「おお、来たか」


 その巨大な円柱の傍に立っていた男が、こちらを向く。


「思ったより遅かったな。てっきり、凡人共らしくトラブルでもあったのかと思っていたぞ」


 快活な口調でそう言う男の両手は手錠で封じられている。異様だ。だが、その異様さは手錠そのものではない。手錠をしていることには違和感はない。そうではなくて、その男がここにいること自体の異様さだ。


 そう、手錠をしているのは当たり前だ。何故なら、その男は殺人犯なのだから。


「なんだ、そこの凡人記者は久しぶりに見たがそんな間抜けな顔をしていたか?」


「お前の顔を見て、ぽかんとしているんだよ」


 フォローをしてくれるのはヴァンだ。


「当然でしょ? お前は牢獄にいるべきなんだから」


「だからここにいるじゃあないか。湖の底の牢獄以外の何物でもないだろう、ここは?」


「はっ、言えてる」


 メアリが薄く笑う。


「それでは取材か。もちろん、今回は俺の作品ではなく、この予言機についての取材だろう? 心配するな、俺は天才だ。彫刻や建築以外のことについても、しっかりと語れるところを見せてやろう」


 天才芸術家とかつて呼ばれていた殺人犯、タリィ・モウディがそこにいる。

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