顔見知りたち
湖底にいるはずだ。だから、扉を開けたら大変なことになる。そのはず。
だというのに、潜水館の正面玄関の扉が、ゆっくりと開く。
「……ええ?」
扉が開いた先にあるのは、当然ながら湖底ではない。そうではなくて、殺風景なだだっ広い空間だ。灰色の箱の内側、と言えばよいのだろうか。
「ええ、と」
つまり、こういうことだろうか。カルコサ湖の湖底には建造物があり、その建造物と潜水館が現在接続されている、と。よく見れば向こう側には巨大な鉄扉がある。つまり、ここはその湖底の建造物の玄関口にあたる場所か。
「よし、いくぞ」
「まずは、全部出しちゃえばいいんですよね」
「おお、そうだ、そうだ。」
合図と共に、船員たちが潜水館の倉庫にしまってあった荷物をどんどんと扉の向こう、例の玄関口の隅の方へと運び込んでいく。
「少し早めですね――と、そうか。いつもとは違うからか。珍客がいるから、その分ちょっと早めに準備していたですね」
声と共に現れた人物の顔には見覚えがある。ココアは自分の目を疑う。最後に見た時はかなりやつれていたが、それに比べたらまともな顔をしている。
「でぃ、ディーコンさん?」
元議員で、そしてある犯罪の関係者。政治的に大ダメージを受けながらも、再起を誓っていた男。ディーコンが、どうしてこんな場所に。
「やあ、久しぶりです」
にこ、と笑いかけてからディーコンは他の船員に指示を出している。説明は後、ということだろう。
「ああ、いつも通りあっちの倉庫に全部運び込んでください。で、例のところから持って行ってもらおう」
「いつも通りっすね。量は?」
「量もいつもどおり。お願いしますよ」
「了解です、旦那」
船員とディーコンの会話が終わるくらいには、潜水館の中の荷物が全部降ろされたようだ。それくらいのタイミングで、巨大な鉄扉がきしみをあげながら開いていく。
そして、船員たちは降ろした荷物を今度は扉の奥へと運び出す。巨大な木箱を二人がかりで運んでいく。
「場所が場所だから、一週間に一度の仕入れなんです。そのせいで大変な量になってね」
僕たちに向けて軽く説明した後、ディーコンは扉の向こうへと歩き出す。
ヴァン、そしてメアリとエジソンがそれについていくので、慌てて僕もそれに続く。
扉の奥は真っ白い廊下――というには広すぎる、廊下というより少し長い部屋、のような様子だが、
「この廊下の奥に目的地があります」
とディーコンが言ったので、廊下であっているのだろう。そして、思ったよりも天井が高い。
僕の目線を見てか、ディーコンは、
「ここは、研究塔と呼ばれています。外から見ると塔になっている」
横にいくつかドアがついているが、それを素通りして説明通り奥へと向かう。廊下の突き当りのドアを開けて、奥に進む。
「うっ」
それは、壁や床、天井こそ廊下や出入口の部分と同じく無機質な白だが、それ以外が全く違う。ものものしい雰囲気だ。壁には武器の類やロープ、鎖などが備え付けられており、金属製の机と椅子が立ち並んでいる。
また、部屋の隅には異様に太い金属のパイプがつながった巨大な機械、らしきものが設置されて、鈍い音をたてて稼働しているようだ。パイプは最終的に壁や床、天井などに突き刺さっている。
複数ある机と椅子だが、使っている様子はほとんどない。ただ一つの机を除いて、どの机にも何も載っておらず、ほこりを被っている。
唯一、使われている机と椅子。そこには退屈そうに椅子に腰かけて足を組んでいる大柄な男がいる。この男にも、見覚えがある。
「おお、ようこそ――ああーっと、警備室へ。俺が警備主任だぜ。つっても、警備は俺一人しかいねえけどな」
こちらを見てそう言う男の顔は、懐かしいが、しかし忘れようもない。
エーカー。ある事件の関係者であり、それ以来流浪の旅に出ているはず絵描きだ。どうして、こんなところに。
「そうか、今日だったな。よっと」
椅子から立ち上がったエーカーは、部屋の左側につかつかと歩くと、そこのドアを開け放つとその先に行く。
僕たちもそれについていく。左に曲がった先のドアをくぐると、そこにあるのはこれまでとは打って変わって雑然とした部屋だ。
いくつもの棚があるが、本棚もあれば食器棚もあり、その棚の上にも水差しや文具など、統一感のないものが載っている。部屋の中央にあるテーブルにも、色々と雑多なものが載っているが、その中でも書類が多いか。何やら書き込まれた紙がテーブル上を散乱している。
「ようこそ」
そして、その散乱した書類を適当に端によけてつくったスペースで、優雅にコーヒーを飲んでいる女性が歓迎してくれる。そして、その女性までもが顔見知りだ。だが、この場にいることの違和感がこれまでのディーコンやエーカーの比ではない。
なにしろ、女優なのだから。
「る、ルイルイさん……どうして、ここに?」
僕の質問に、彼女はコーヒーの湯気で少し曇った眼鏡を指で直すくらいでまったく答えてくれない。
「まあ、色々と質問は山積みでしょ、特にココアの方はね。ヴァンはいいけど、ヴァンは」
どっか、と令嬢らしからぬ乱暴さで空いている椅子に座ったメアリは、
「というわけで一気に説明させてもらうわよ。で、ココア、あんたをここに呼んだ理由もね」
そう前置きをしてから、説明を始める。
「この場所、研究塔のことからね」




