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再びの潜水館

ようやくです。すいません。

 いいところに連れて行ってやろう、という怪しさしかない言葉にほいほいとつられたのは、危機感が皆無だから、というわけではない。むしろ僕はヴァンからの誘いにのってついていったら事件に巻き込まれ続けてきた人間だ。だから、警戒はしている。


 だけど同時に、それは記事のネタがいくらでも手に入るということも意味するわけで。多少のリスクはのみこんで、ヴァンについていく理由にはなる。


 多少のリスクなら。


「う、うう」


 思わず呻きながら、目の前にあるそれを見上げる。湖の上に浮かんでいる、館。そう、館だ。とてもそうは思えないが、これが館であることは知っている。


「……潜水館」


 カルコサ湖、そしてそれに浮かぶ潜水館。

 まさか、またこれに乗り込むことになるなんて。


「なんだ、嫌そうな顔してるね」


 横にいる、僕をここに連れてきた張本人、ヴァンが呆れたことを言う。当たり前だろうが。


「心配しなくても今度は事故は起きないよ」


「いや、そういう問題じゃなくて」


 トラウマになってないのだろうか? ないだろうな、きっと。そういうのとは無縁っぽい。


「ようこそ、ヴァン・ホームズ様。ココア様」


 館から大勢の男たちが出てくる。その男たちに紛れて、一組の男女――父娘にしか見えないが、夫婦だ――が進み出て、男の方が挨拶してくる。


「あ、エジソンさん」


 潜水館が稼働している以上、この人がいるのは当然か。この人が潜水館の設計主任みたいなものだったはず。


「久しぶりに見る顔ね、ったく、物好きな記者だわ」


 口の悪い令嬢、メアリも挨拶をしてくる。


「……よく、こんなモノをまた修理、稼働させる気になりましたね」


 いや、それは仕方ないとしても、


「ましてや、自分たちで乗り込むなんて」


 自分たちだって嫌な思い出しかないだろうに。


「こっちだって乗りたくなかったわよ、こんなの。乗りたくないわよ。おカミの命令じゃなかったら、誰がこんな――」


「え?」


 どういう意味だ? 上? つまり、国からの命令って……こと?


「まあ、詳しい話は『向こう』についてからで」


 苦笑いしたエジソンに促され、僕たちは潜水館の中へと入る。


 さっき出ていった大勢の男たちは、湖の岸にたくさん用意されていた荷物を運びこんでいる。どうやら、それが男たちの仕事のようだ。つまり、『船員』ということか。館だから妙だけど。


「もう、客室なんぞも全部とっぱらってある。ほとんどの部屋はこうやって荷物を運びこむ倉庫。全部倉庫。この潜水館は、ただの輸送船ってこと」


 物珍しそうに荷物が館内に運び込まれる様を見ていたからか、メアリが説明する。


 まったく個性のない大きな木箱。それぞれの木箱には内容物を示すであろう走り書きが直接書き込まれている。横目で、ちらちらとその走り書きを確認する。


 水。食料類。日用品。金属。工具。それから――とにかく、雑多なものを、大量に。

 これを、輸送する? どこに?


「顔に疑問が書いてあるよ、ココア。それに答えてあげてもいいけど、どうせすぐに着く。まあ、後のお楽しみってことで」


 にやにやとするヴァンに僕は肩をすくめて、食い下がるのはやめておく。


 潜水館の扉が閉まる。潜水が始まるのだ。


 びくり、とついつい体をこわばらせてしまう僕に、


「大丈夫ですよ、ココア様。この潜水館は完璧です」


 とエジソンが笑いかけてくれるが、全然安心できない。


「いや、現に前に一度沈没しかけてるわけですから……」


「あんなことは二度と起きませんよ。あれは、竜玉を外されたことによる事故ですし――」


 エジソンはそこで言葉を濁す。


 あとを引き取ったのはヴァンで、


「それに、本来は竜玉が抜き取られても、この館があんな風に破損、浸水するはずはなかったんだ……本来は、な」


 何か言い方に含みがある。だって、事実として竜玉を抜き取られた潜水館は湖底に激突して破損して浸水、えらいことになった。


「そう、犯人ですら予想だにしていなかった事故だ。もしも、犯人の計画を盗み出して、そこで潜水館を破壊するように企んでいた人間がいたとしたら?」


「……まさか。考えすぎでしょう?」


「少なくとも、私はこの潜水館については、ちょっとやそっとのトラブルではあそこまでの惨事にならないよう設計した自信がありました。もちろん、あの時にそれを言っても言い訳にしかならないですし、状況的にそんなことを言っている場合でもなかったので黙っておりましたが」


 エジソンの発言に、ぞっとする。

 どういうことだ?


 そうやって話しているうちに、どうやら潜水館は潜水を開始したようだ。


「さあ、唯一残っている客室に行こう。前のようにホテルの部屋みたいにはなっていないけれど、座り心地のいい椅子とコーヒーくらいはあるみたいだよ」


 僕の疑問や不安を見透かしているであろうヴァンはそんなことを言って、館の奥へと足を進める。エジソンとメアリの夫妻もそれに続く。慌てて、僕も後を追う。





 客室で、詳しい話を知りたいのを我慢しながら4人でお茶を飲む。

 どうでもいい世間話がそれなりに続いた後。


「ええと、今、何時ですかな」


 客室に備え付けの時計で時間を確認してから、エジソンは頷く。


「そろそろですね。ヴァン様はもうご存知でしょうが、ココア様。これから行く場所は非常に不便な場所です。ですので飲料水や食料は少し貴重になります。もちろん、今日の夜には帰るおつもりでしょうから、そこまで気にされることはないでしょうが、もしよかったら少し早いですが、昼食もこちらで食べていかれますか?」


「あー、いい、いい。大丈夫ですよ。向こうで昼食にするっていうのを伝えてますし」


 ヴァンが首を振る。


「それにちょっと、エジソンさん、大げさなんじゃないですか? 貴重、だなんて。昼と夜にちゃんと物資をこの潜水館で輸送してるんだから。少なくとも、足りなくなって大変だ、みたいな話は向こうから聞いたことはないですよ。それなりに余裕もあるでしょう」


 そのヴァンの言葉にエジソンは苦笑し、


「確かに。失礼しました。このプロジェクトが始まった当初の緊張感をひきずってしまっていたようです」


「まっ、確かにあの頃はぴりぴりしてて、そういうところにも気を遣ってたけどね、今はもう。ねえ?」


 メアリも口を歪めて苦く笑っている。


 どうしよう。話についていけない。


 そんなことを考えていると、不意に今までとは少し違う振動が伝わってくる。


「接続開始!」


「接続よし」


 部屋の外から船員同士のやりとりらしい声が聴こえてくる。


「おっと、着いたようだね」


 カップをテーブルに置いて、ヴァンは立ち上がると見下ろしてくる。


「じゃあ、案内するよ。『いいところ』にね。かなり、いい記事が書けるんじゃないかな?」


 期待半分、不安半分……いや、嘘だ。不安が4分の3だ。


 今、カルコサ湖の湖底に潜水館はあるはずだ。それが、接続した? 着いた? 一体、どこに?

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