プロローグ
「異世界の名探偵2 帰らずの地下迷宮」発売です。電子書籍は本日3/5には発売、紙の方もあと2、3日中には各書店で発売すると思います。
是非是非よろしくお願いいたします。
未来という現在『存在していない』ものについて思考し、語ることができるというのは人間性の根底と言っていい。すなわち未来予測こそが人が動物と決定的に異なっている行為だ。未来があくまでも仮定であるからこそ、それは他の獣には決して行われない。
――P・アルコウ
『認知革命、あるいはそれ以外』より
予言機は、確かに予言した。
大きな事故も事件も起きず、誰も彼も無事であると。少なくとも二十四時間の間は。
そして、予言は外れることがない。そのはずだった。
だが、それにも拘わらず、目の前に死体があった。死体。死体なのだろうか、本当に?
殺した本人だというのに、その犯人は疑っていた。何故なら、その死体はドラゴンイーターのものだからだ。そう、犯人のようなただの人間とは違う、本物の超越者。不老不死であり、その膨大な時間を興味のある分野の研究につぎ込んだ末に、人間からすれば神域にあるとしか思えない技術や能力を持った者たち。その一人。
だから、今そこに倒れているドラゴンイーターが、本当に死んでいるのかどうか、犯人には確信がなかった。
まあ、いい。
おそるおそる倒れたドラゴンイーター――おそらくはその死体――を眺めていた犯人は気を取り直した。
どの道、もう後戻りはできない。殺せなかったのであれば、すぐにでも蘇ったドラゴンイーターに殺されるだけだ。だとすれば、考えていても時間の無駄。早く、逃げなければ。
ドラゴンイーターを刺したナイフを握ったまま、踵を返し、その、おそらくは死体、から距離を取るように、走り出した。部屋を出て、そのままこの場所から逃げ去るために出口に向かおうとしたところで、思い直した。
そうだ、最後に、あれを見ておこう。自身がドラゴンイーターという超越者を殺すことができた理由、あの怪物が油断した原因。予言機を。
角を曲がり、この施設の中央、鈍い起動音をかすかに響かせ続けているそれに歩み寄った。
この予言機に、今日も何も起きないと予言されていたからこそ、あのドラゴンイーターは油断していたのだから。恩人のようなものだ。人ではないのだから、恩人というのも妙だが。
まさか、自分のようなただの人間が、この予言機を利用して裏をかくとは、思ってもいなかったのだろう。そう、予言機を利用したトリックを。
背伸びをして、そのスイッチを押してみた。起動音がひと際大きくなった。予言機が、未来予測を開始した証拠だ。間違いなく、予言機がまだ正常であることを確認して、犯人は頷いた。
この機械は、共にあのドラゴンイーターを殺した、いわば共犯者――盟友みたいなものだ。健在であってくれるに越したことはない。どうやら、あのドラゴンイーターが刺されようが何をされようが、この予言機は問題なく動くらしい。それは犯人にとって嬉しくもあり、そして――
シンプルなスイッチがある以外は、つるりとした金属面で囲まれた円柱型の柱にしか見えないそれを見上げて、犯人は最後に呟いた。
「さよなら」
もちろん、それに予言機が答えることはなかった。
映していた青空が揺れ、やがて波立ち、崩れていく。
そうして、不自然なまでに少ない水しぶきとともに、湖面から巨大な『館』が現れる。周囲に集まった人々は、だが、その事態を目の当たりにしても一切の動揺をしていない。まるで当然のことのように無感動にそれを観察している。
「どう思われますか?」
浮上した館を見ていた初老の男性――エジソン・モネが傍らの男に問いかける。
「どう、とは?」
「うまくいくと思いますか――今度こそは?」
「いかないと破滅ですよ。俺はもちろんのこと、あの人もね」
疲れた顔で笑う男は、ディーコンという名だ。
「あの人というと、ゲラルト様のことでしょうか?」
「もちろん。この計画はあの人の肝いりですからね。聖遺物が手に入ると踏んで、国が傾くほどの予算をつぎ込んで、色々なところに手を回して。議員じゃなくなった俺を無理やりに引っ張り出したりなんてね」
「ていのいい奴隷みたいなもんでしょ」
ひょこっと二人の男の間に顔を出す少女。メアリ・モネだ。
「ずばり言いますね。全く反論の余地はないですが。あの人もそのつもりで俺を引っ張り出したんでしょうけど……」
「それと、忌々しいことにあたしを引っ張り込むためでしょ、どうせ。あたしと旦那を」
口を歪めてメアリは吐き捨てる。
例の事件の関係者であるディーコンを今回の件の責任者に据えることで、あの事件を公にしてもらいたくないメアリを繋げる。そういう意図があるであろうことは、関係者ならば誰でも予想していた。
「モネ家がスポンサーになるとはね。まったく、パーティーで大分吐き出して持ち合わせが少ないっていうのに最悪だわ」
苛ついているメアリに、ディーコンはふっと笑みを漏らし、
「スポンサーになって、うまみがあればまだしも、今のところ『これ』ですからね。俺とゲラルトさんと一緒に、モネ家も沈む日も近いんじゃないですか?」
「冗談じゃないわよ、ったく……」
そこまで話をしたところで、浮上した館の出入口が陸地と結びつけられる。やがて重々しい音と共に扉が開き、館からぞろぞろと『乗客』たちが降りてくる。多くは雇われの魔術師だ。
その中から、顔色の悪いひょろりとした眼帯の男が降りてくる。
「ああ、ヴァン、どうだった?」
メアリが大声で男を呼ぶ。
男、ヴァンはメアリの方を向くと、ひょこひょこと力のない足取りで、しかし奇妙な素早さで近寄る。
「うまくいったよ」
そうして、いとも簡単にヴァンは言う。
その言い方があっさりとしすぎていて、ディーコン、メアリ、そしてエジソンは一瞬反応できずに固まる。その間にヴァンは更にひょこひょこと距離を詰める。
「う、うまくいったって、どういうことよ」
我に返るのが一番早かったのはメアリだ。
「だから、うまくいったよ。扉は開いた。ああ、それからやっと謎が解けたよ、ありがとう。来てよかった」
「謎?」
メアリがオウム返しにする。
「これだよ」
ヴァンが指で示したのは、自らの眼帯。
「ようやく――どうして俺の眼球なんてセイバーが欲しがったのかの謎が解けた。いやまったく、よく考えればあの『異世界かぶれ』がやりそうなことだ」
三人とも、ヴァンの語る内容が分からず唖然として黙る。だが、ヴァンはそんな三人の様子を気にすることもなく、生気のない笑みを浮かべて、
「あの湖底にある開かずの扉、あれは――網膜認証か何かだ。俺の眼が鍵になっていたよ」
申し訳ありませんが、「異世界の名探偵名探偵2」に合わせてちょっと無理矢理気味に投稿しているので、プロローグ以外についてはまだまだ投稿できません。大分間が空くと思います。プロットちゃんとできてないし(あと久しぶりに見取り図書く予定です)。空いた時間は「異世界の名探偵2」を何度も何度も読み返していただけるとありがたいですが、でもそれよりももっと有意義な時間の使い方が腐るほどありますから難しいですね。




