過去3
開会式。予行演習通りに鍵を渡され、これからその鍵をかけての試合が開始されると観客に向けて宣言される。こういう娯楽が珍しいのか、観客は大入りだ。
やはり地元だけあって、オーキには歓声がとんでいる。オーキも一応手を挙げて声援に応えている。ヴァンとソラは特に反応しない。そもそも自分たちに向けての歓声はほとんどない。一方でイワンはやけに観客に向けてアピールをしている。両手をぶんぶんと振っている。妙な少年だ。
二人の係員によって会場の真ん中に運び込まれた金庫に観客の注目が集まる。ショウトウがこれまた予行演習と同様に恭しく掲げた『黄金の瞳』を金庫へと入れると、その扉を閉める。そして金庫が会場から運び出された後、ウーヘイによりくじの宣言がされる。
ひもを引けば番号が書いてある単純なくじを引かされる。
ヴァンが引いたくじには2、と書かれている。特に観客からは何の反応もない。オーキが引いたくじには1。それが発表された時にはさすがはホームというべきか、どよめきが起こる。ソラのくじは2で、イワンのくじは1だ。イワンの時にもどよめきが起こる。理由はオーキの対戦相手だと決定したからだ。
くじの数字の意味は単純で、これは第一試合がオーキ対イワン、第二試合がヴァン対ソラになることを意味している。それぞれの勝者同士が第三試合で競い、優勝者が決まる。
次に、第一試合の内容を決めるくじが引かれる。これは公平を期すためにオーキとイワンの二人でくじを引いて、その数字の組み合わせで決められるという旨がウーヘイから発表される。
とりあえず関係ないのでヴァンとソラは下がる。ソラはさっさと控室まで戻るらしくすぐに会場を去るが、ヴァンとしてはどんな感じになるのか見ておきたいので関係者用の席に座る。
「となり、いいですかな?」
声を掛けられるので横を見ると、そこにいるのはホージョウだ。卑屈な笑みを浮かべたホージョウは、しかしヴァンの返事を待たずに隣に座る。
「いやはや、どうも、お初にお目にかかります。私はイスウで金貸しをしているホージョウというものです。ヴァン・ホームズ様のご高名はかねがね」
「どうもどうも……どうですか、勝てそうですか?」
特に話題がないので、あろうことかヴァンはそんな質問をしてしまう。彼がスポンサーをしているソラが戦う相手は自分だというのにずいぶん間の抜けた質問だな、とした後で思う。
「はっはっは、余裕ですな」
ホージョウは鷹揚に笑いながら、細くなった目でじっとこちらを観察している。目は全く笑っていない。そしてそれをこちらに隠すつもりもないらしい。
「おっと、くじが終わったようですぞ」
会場を見ると、オーキとイワンそれぞれが引いたくじに書いてある数字が読み上げられ、その数字の和が書いてある封筒がウーヘイによって開かれている。ああやって試合の内容を決めるのか。
試合内容は「造形」と出た。おやおやこれは、と思って横を見ると、さすがに隠し切れない苛立ちでホージョウは唇を震わせている。
「くそっ、出来レースじゃねえだろうな」
低く文句を呟いているが、気持ちは分かる。
造形、つまり魔術で何か形あるものをつくりださなければならない。となると、圧倒的に土の魔術が有利だ。元々、魔術というのは細かい作業には向いていない。何かをつくるよりも壊す方が向いている技術ではあるが、その中でもイワンの得意としている炎と氷は何かをつくるには一番向いていないとも言える。
「大したものだなあ」
思わず口に出る。
会場ではさっそく、オーキが手を地にかざすと、土が盛り上がり固まるとそのまま人の背丈ほどある柱のようになる。それくらいならヴァンにもできるが、その土の柱には現時点で既に大まかにではあるが意匠が彫り込まれている。あれはできない。
そしてそうやって出来上がった柱に掌を当て、オーキは目を閉じて何事か唱えている。柱に、ゆっくりとではあるが精緻な模様が彫り刻まれていく。
一方イワンは巨大な氷を目の前に出現させると、それを炎の魔術で一部を溶かし、あるいは一部は更に凍らせて形づくっていく。どうやら、氷でできた鳥をつくろうとしているらしい。大まかに、巨大な鳥だと分かる程度の形にはなっていく。それだって大したものだ。凍らせて溶かして、をしていくだけで鳥の形をつくるなんて、どれほどの正確さが必要なのかという話だ。
だがやはり、実際に出来上がっていくものは、オーキのものの方が明らかに完成度は高い。そりゃそうだ。氷と土ではつくりあげる時点でハンデがあるし、おまけに氷だと溶けて形が崩れないように常に魔術を使い続けなければならない。それをしながら、同時に炎の魔術で必要な部分を必要な形に溶かしてく。間違いなくイワンの腕は超一流だ。超一流だが、試合のテーマが悪かった。
自分の金がかかっているからだろう、関係者席のビンチョルは顔を歪ませている。
ホージョウはじっとオーキの柱を見ながら何かを考えている。何をか、決まっている。さっき彼が口に出したように、これが出来レースではないかどうか、だ。明らかにオーキに有利な競技になった。もしもこれが意図的であれば、ホージョウが金を出しているソラが優勝するのも難しいだろう。真剣にもなる。
「……あー、どうかな」
ヴァンは呟きながら考える。これはオーキが勝利という簡単な話になるのだろうか。確かに、現時点でできあがっているものの造形の巧みさだけで判断すればオーキが圧倒的ではあるが、氷と炎の魔術のみで造形する困難さはそれなり以上の魔術師ならば分かっているはずだ。その氷と炎のみであれほどのものをつくりあげている、という点で考えてみるとあるいはイワンをオーキ以上に評価したくもなってくる。実際、それを狙っているから、イワンは「造形」というテーマでありながら真正面から得意な炎と氷だけで挑戦しているとも読める。
「けど、普通に考えたら、まあ、ダメか」
俺が審査員でもダメだろうな、とヴァンはすぐに結論を出す。得意げに炎と氷の魔術を使って、必死におのれの魔術の腕をアピールしているイワンはまだまだそのあたりが青い。
この大会は純粋な魔術の腕を競い合う、というよりもナムトの思惑が複雑に絡んだ見世物に近い。ならば、重要なのは観客が納得するかどうか、だ。だったら、単純に見た目巧みな方を勝者にするに決まっている。ただでさえ、自国の代表であるオーキに対してバイアスがかかっているだろうし。これで、ぱっと見た目では明らかに劣るイワンの方を勝者にしたら下手したら暴動が起こる。そのあたり、分からないウーヘイではないだろう。
「さて、と」
ヴァンが立ち上がるので、ホージョウは首を傾げて見上げてくる。
「どうされました?」
「もう控室に戻ります」
ここから選手二人は完成度を高めるために時間を使うのだろう。だが、もう見る必要はない。オーキの勝ちだ。ヴァンはそう判断する。だったら控室に戻って精神統一でもしておく。別にそこまで優勝したいわけじゃあないが、かといって一応は国の代表なのだからあまり恥をかきたくもない。自分を旗印に進めている改革も滞ってしまう。
ぽかんとしているホージョウを尻目に、さっさと自分の控室へと向かう。だが、その途中、廊下を歩いている時に。
「――ん?」
ヴァンは足を止める。空気、雰囲気、あるいは気配とでも表現すればいいのか。それが、妙だ。人の死に関わり続けてきたヴァンだからこそ、何となく感じるものがある。事件が起きた時の、関係者が困惑の極致に陥り、それゆえにしん、と静まり返っている、例のあれだ。
ヴァンは再び歩き出す。ただし控室にではなく、自分の直感に従って事件が起きている現場であろう方向へ、だ。