事情聴取2
続けてこちらが質問する前に、逆に質問をされた。
一体僕が何者なのか、というのを特にギンジョ―という男が執拗に突っ込んできた。気持ちは分かる、というか当然の疑問だし、アオイも誤魔化しきれなくなったらしい。申し訳なさげにちらりとこちらを見た後、
「ココアは、ヴァン・ホームズの助手っす。彼がこの事件の捜査に参加する予定なんすけど、どうしても外せない用があるとかで、先に助手にだけ参加してもらっているっていう次第で」
ヴァンの名が出た途端、ギンジョ―は固まる。ずっと俯いていたハヅキが顔を起こし、ソラは目を閉じてから、
「予言が、当たってしまった」
と呟く。
「え?」
「こちらの話です。そういうことでしたら、こちらとしても協力します。いいですね、ギンジョ―、ハヅキ」
ソラの言葉に、二人は頷く。
「じゃあ、質問の続きをしてもいいですか?」
ヴァンの名の効果に戸惑いながらも言うと、
「ああ、やってくれ」
ギンジョーの態度からも棘が消える。
「では、被害者のイワンなんですけど、ええと、つまりしつこくソラさんに付きまとっていたってことは、ずっとここにいたんですか? この町、ええと、シンダイに」
「あいつはペースの人間だ。住んでいるのもペースだよ」
手を振りながらギンジョ―は答えて、
「ただ、ここは国境付近だ。ペースの人間からすれば訪れやすい。数年に一度くらいの頻度で、あいつが言いがかりをつけてきたり俺たちの周囲を嗅ぎまわったりしているのを見つけて、俺が追い払ったりはしていたよ」
「じゃあ、その……つまり被害者と皆さんは、あまり良好な関係というわけでは――」
「トラブルがあった、と言うことで間違いありません」
再び俯いていたハヅキがぼそぼそと呟く。
アオイを見ると頷いている。どうやらこのあたりは知っている情報らしい。そりゃそうか。だったら資料にも書いておいて欲しいが。ともかく、動機の面ではこの三人が犯人でもおかしくないということか。
「あの場所、聖域に鍵がかかっていないのは分かりましたけど、この屋敷自体には、侵入は可能なんですか?」
質問を変えてみる。
「この本部は正面入り口も裏口も鍵はかかっていません。朝の集会が終わってからは受付もいませんし、誰でも入ることは可能です……」
そこまでぼそぼそと呟いてから、ハヅキはぱっと顔を上げて、
「ああ、でも……裏口はこの季節、開かないと思いますが……」
「開いたとして、通れるのかよ、あそこ?」
ハヅキとギンジョ―の会話を聞きながら、裏口について後で調査をしなければいけないとメモをしておく。
「それで、見回っていたハヅキさんとギンジョ―さんは、ハヅキさんが死体を発見するまでの間に何も気になるものを見つけたりはしていなかったんですか?」
あくまでの念のための質問だったが、その瞬間にさっと奇妙な空気が流れる。ギンジョ―とハヅキが互いを目だけを動かして見つめ合ったのが一瞬、すぐにハヅキは顔を伏せ、ギンジョーは僕を真正面から見返し、
「ないな」
「ありません……」
なんだろうか、今のは、嘘をついている? いや、それとも、ギンジョ―とハヅキは互いに互いを疑っているのか?
「ここで死んでいるから俺たちを疑うのも分かるけどよ、イワンを殺す動機だけで言うなら、殺しても不思議はない奴は山ほどいるはずだぜ」
さっきの間を誤魔化すかのようにギンジョ―が言うが、その内容はなかなか興味深い。
「そうなんですか?」
「元天才少年だか何だか知らんが、今ではただの食い詰めものだ。色々といかがわしい仕事で金を稼いだり、方々から借金をしたり、噂はよく聞くぜ」
「私たちのところに……顔を出すのも、多分……強請をしようとしていたのだと思います」
ハヅキの発言に、
「それはつまり……強請ることができるようなネタを、イワンが持っていたと?」
すると、ハヅキは失言と悔いたのか、更に顔を深く俯かせる。
代わりにソラが、
「持っていなかったからこそ、彼はそれを手に入れようと我々の周辺を嗅ぎまわっていたのです」
と感情をこめず言う。
「でもほら、火のないところに煙は何とやら、って言うじゃないですか。まさか、何もないのに強請るネタを手に入れようと嗅ぎまわるわけがないですよ」
少し怖いが意を決してそう言ってみると、
「お前いい加減に」
さすがに怒ったのかギンジョ―が立ち上がろうとするが、それをソラは手で制して、
「先ほど言ったように、彼は――私が例の事件の犯人だと疑っていました」
「それが、強請りのネタだと?」
「彼はそう信じていました」
それきり、ソラは黙ってじっとこちらを見てくる。じっと。
何となく、僕も黙って見返す。
ガラス玉のようなその瞳を見ているうちに、ふと重力を感じられなくなる。
気のせいだと思い、気を取り直してしっかりと立とうとするが、足元がおぼつかない。
体がふらつく。
「――大丈夫ですか」
ソラの声。それがはるか遠い場所から、何重にもなって聞こえる。
「ええ、大丈夫です」
はっきりと言ったつもりだが、多少舌がもつれる。寒気がする。
透き通ったソラの瞳の中に、ずるずると引きずり込まれていく感覚がある。気分が悪い。
「お疲れの様です――明日にもご協力はさせていただきますから、今日はお休みになられたらいかがですか?」
「いや、そんな」
ヴァンが来るまでにできるだけ調べておかなければ、そう思うが全身が震えだす。
視界一杯に、ソラの顔が歪んで広がってくる。
「いや、確かに顔色悪いっすよ。ホテルに戻ったらどうっすか?」
遥か遠くから、アオイの声が響く。
そういうわけにもいかない。調査を続けなければ。質問を。だが、考えがまとまらない。何か質問をしなければならないのに、その質問が出てこない。
「ああ、あの、箱の中にあった、ナイフ。あれは」
ようやく出てきた質問はこれだ。
「もう探偵に話したように、あれは俺たちのものじゃあない。見覚えがない」
ひずんで聞こえるギンジョ―の声。
「そもそも……ご神体である歪杯の傍にそのようなものを置くなど、我ら信徒がするはずがありません……絶対にありえない」
これまでの態度からは思いもよらない、ハヅキの力のこもった否定。それもひずんで聞こえる。
「ああ、あの、その……歪杯って一体何ですか?」
まるで自分の声ではないように聞こえる声で何とか質問を続けるが、
「知りたきゃあうちの経典を持ってけ。さすがにやばいと思うぜ。さっさとベッドで寝てろよ」
明らかに心配しているギンジョーがそう言って何かを渡してくる。手足の感覚が不確かな中、かろうじてそれを受け取る。本だ。
「ちょっと大丈夫っすか」
体が楽になる。アオイが肩を貸してくれたのだとぼんやりと分かる。
「またお会いしましょう。大丈夫、まだ時間はあります――まだ」
奇妙なことを言うソラの歪んだ像が視界の中を広がったり縮んだりを繰り返している。寒気が胃の底を凍らせてくる。もう無理だ。
最後にメモを落とさないように固く握りしめて、意識が薄れていく。




