調査1
「犯人はどうせティアかメアリでしょ」
互いに身体検査をしている最中、何の気なしに接近したライカがぼそりと呟くので驚く。
「えっ」
「そんなに妙な話? パパゲアの財産狙いに決まってるでしょ。金持ちのやりそうなことよ」
吐き捨てるライカの体は小刻みに揺れている。豪胆そうなライカでも、かなり精神的に追い詰められているようだ。
「い、いやあ、それは……」
「滅多なことを言うなよ」
困っているところに、身体検査の終わったヴァンが近づいてくる。
「あれだな、金持ちとか貴族とか、生まれながらに恵まれてる奴に偏見持ちすぎだな、ライカは。成りあがり者だからだぞ。気持ちはよく分かるけど」
自分もザ・成り上がり者のヴァンは頷く。
「……それを言われると耳が痛いわね。でも、偏見くらい持つでしょ。多少マシになったとはいえ、さ。ロクでもない人生で命を賭けて日銭を稼がなきゃいけない人生を送ってきたんだから」
遠い目をするライカ。貧乏ゆすりがようやく止まる。
「―ーあれがなきゃ、議員になんてなれるはずもなかった」
「ああ、あれ、ね。というかさ、お前、本当に言うなよ、あのこと」
何故かヴァンが焦る。
どうしたんだろう? 気になるが、訊いても絶対に教えてくれないのは分かる。
「言わないわよ、死にたくないし……。ともかく、死んでいったのよ、たくさん、友達も。そういう子どもが出ないように法律通そうと夫婦で頑張ってるわけ」
「平民の星だな」
「馬鹿にしてるでしょ」
「してない」
「ま……いいわ。あたしなんてまだマシな方で、もっと厳しい生まれで地獄みたいな生活送ってた連中なんて山ほどいるわけだし、そんな偉そうなことを言うつもりはないわ。旦那がそうだしね」
「ディーコンが?」
意外そうなヴァンの声。僕も意外だ。横目で、青白い顔をして身体検査を受けているディーコンを見る。どちらかというと、育ちがよさそうだが。
「あいつ、冒険者時代に出会ってるんだけど、まあ、昔のあいつは狼みたいだったわよ」
「今、チワワみたいなのに……」
ヴァンが呟く。
というやり取りがありつつも、身体検査は特に問題なく終了した。そう、特に問題なく、だ。それはいい意味でも、悪い意味でも。つまり、身体検査で新たに分かったことはなかったということだ。
予想通りというべきか、身体検査の結果簡単に犯人が分かるということはなかった。
そして、沈黙。身体検査が始まる前のヴァンの言葉が僕の頭の中を、身体検査の途中ですらぐるぐる回っていた。他の皆もそうだろう。
疲れ切った全員の体に力を、ということでエジソンが食事を出してくれる。
キッチンまで行くにはぐるりと回るしかないので、パーティールームの片隅に置かれていてまだ無事な缶詰類が主だ。
全員空腹だ。とはいえ、先のことを考えれば一気に食べるわけにもいかない。
結果、テーブルに着いた全員がパンをひと切れ、イワシの缶詰、ワインを一杯、そして水、といった献立で食事が始まる。
「――ふう」
質素なものとはいえ、疲れた体に一口ごとに栄養が染み渡ってくる感覚がして思わず息が漏れる。
「食事中に悪いが、さっきの話の続きいい?」
ヴァンがパンを口に放り込みつつ、言ってくる。
「犯人は、今この場では身に着けてないにしろ、どこかにその聖遺物を隠し持っている。この館を自由自在に動き回れる。かなりまずい状態っていうのは、同意してもらえる?」
誰からも反論はない。
「で、考えたくもないけど、そもそもどうして犯人が竜玉を持ち去ってこの館を沈めたかを考えてみよう。そうすると、もう三つしか俺には思いつかない。一つ、それが何か分からずに金目の物だと思って持ち去った。二つ、自分ごと皆殺しにするために館を沈めたかった。三つ、館を沈めることで外からの介入を防ぎ、俺たちを閉じ込めたかった。さて、三つは何のために? どう考えても、第二第三の事件を起こすためだ。さあて、そこで、俺たちはこのパーティールームで一丸となってずっと互いに監視し続けるというのを提案する。どう?」
はっとする。どうしてあんな不安を煽るようなことを言ったのか。しかも、すぐに対策を話し合えない身体検査の直前に。ヴァンは、最初からこの条件を全員に呑ませるつもりだったのか。
「そうすれば、この浸水した館を自由自在に動く犯人だって手出しはできない。でしょ? まあ、かなり快適ではないけど、椅子やテーブルをフルで利用すれば水に濡れたこのパーティールームでも眠ることができないこともない、と、思うけど」
互いに信用できなくなって、それぞれの部屋に戻る。そこで次の事件が起こる。それを、何よりもヴァンは防ごうとしている。そういうことか。
「……あれ?」
だが、ちょっと待てよ。
「あのお、ちょっといいですか?」
「何だねワトソン君」
「ココアです。あの、ヴァンさんの言う通りにしていたら、つまり誰も怪しい動きはできないってことですよね?」
「当たり前ですね」
何を当然のことを、とでも言いたげな顔でディーコンが頷く。顔色がまた少し悪くなってきつつある。この状況下では仕方がないが。
「いや、だったら、犯人がこの中にいるとしたら、その竜玉を元の装置に戻せないんじゃないですか?」
全員が、ん? という顔をして見てくる。ヴァンだけが妙な目つきをする。
「い、いやだって、結局犯人が装置にその聖遺物戻さないと僕たち助からないじゃないですか。でも、皆で一緒にいたらそれをしないでしょ。自分が犯人だって言うようなものだし」
無言で、全員が互いに顔を見合わす。
「……だ、だけど、そのままだったら自分も死ぬんだから犯人だって途中で……」
おろおろとティアが反論してくる様子は、僕というよりも自分自身に言い聞かせるようだ。
「いやあ、それはそうなんですけど、そうなると結局、犯人と僕たちとのチキンレースになっちゃう、気が、するん、ですけど……」
意味ありげなヴァンからの視線を横顔に受け、どんどん言葉に力がなくなっていく。
「……結局、どうするのが正解なんだよ!」
叫び、テーブルを叩いて立ち上がるクロードに、誰も答えられない。
「俺は、もう、誰も信じない! 部屋にこもらせてもらう!」
怒鳴るとクロードはパーティールームを飛び出していく。
「……死亡フラグ」
横でヴァンが意味不明な言葉を呟く。
「悪いけれど、あたしたちも部屋に戻らせてもらうわ」
そういうのはライカ。横のディーコンは驚いた顔で妻を見る。どうやら夫婦の打ち合わせなしで突然言い出したようだ。
「二人なら、何かあっても対処できるでしょ。それに、お互いのことは信頼しているし。ガラスの向こうが湖というのが少し恐ろしいけれど、このままここにいるよりは安全。それがあたしの判断よ。悪いわね、ヴァン」
「いやあ、まあ、いいさ」
苦笑して肩をすくめるヴァンを後目に、ディーコンの方は最後まで戸惑いつつ、夫婦は部屋を出ていく。
残された者たちはお互いの顔を見合わせている。いや、正確にはメアリとティアは全然顔を合わせていないが。ここまで仲の悪さを表に出しているのも凄い。取り繕う余裕がない、ということもあるだろうが。
「あ、あの、ヴァンさん、すいません」
こうなったのは自分の不用意な一言が原因だ。消えたくなりながら謝ると、
「ん? ああ、いや、ああいう意見が出てくるのは分かってた。当然だよ。別に気にするな。むしろ俺は――」
そこでヴァンは言葉を切って、パーティールームを見回しながら、
「……ところで、これから事件の調査をしようと思うんだけど、誰か付き合わない?」