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アオの正体

 意味が分からず、アオ以外の全員が顔を見合わせる。


「ああ、といっても、これまで通りアオと呼んでほしいんですけど、ああっと、学者のアオという人間は、今この瞬間も大学にいます。私ではない」


「じゃあ、あなたは、どなたです?」


 ティアが当然と言えば当然の疑問を口にすると、


「それは言えません」


 と馬鹿にしたような答えが返ってくる。


「名前はご勘弁を。あと素顔も。職業柄ね。とはいえ、正体は言えます。ヴァン君は――ああっと、さんだっけ? それとも様? どう呼んでたっけ?」


 アオの口調がどんどんと乱れてくる。


「何でもいい。ともかく、確かに俺はあんたの正体は何となく分かっているよ。目的もな。一緒なんでしょ、俺と?」


「そういうこと」


「どういうことだよ! お前らだけで納得していないでさっさと喋れ!」


 クロードの怒鳴りにアオは肩をすくめて、


「私は、調査員ですよ。ペース国のね」


 あまりにも予想外な言葉に、僕の思考が止まる。


 だが、明らかに別の理由で固まっている人間が数人、視界にいる。ショックを受けている者たち。ティア、メアリ、エジソン。


「やっぱりか」


 だが、ヴァンはそれに対して頷き、


「レイのとこの関係だろ?」


「聖遺物判定官のレイ・コルト卿ですか。確かに協力はしてもらっていますが、別の部署ですよ」


 聖遺物?


「どうしてアオの名を騙ったかと言えば、別に招待客なら誰でもよかったんですよ、このパーティーにさえ潜り込めればね。ただ、他の招待客と顔見知りでなく、更に仮面の収集が趣味だというアオが一番都合がよかったので、お願いして名前を貸してもらったんです。名誉のために言っておくと、本物のアオは仮面の収集が趣味だし時折被ったりもしているらしいですが、こんな場でもずっと仮面を被り続けているほどの変り者じゃないですよ」


「ちょ、ちょっと待てよ。一体、何がどうなってる?」


 混乱するクロードに対して、


「……聖遺物か」


 ディーコンが呟く。納得したように。


「ご遺族の前で言うのもあれだけど、パパゲア氏は、いわゆる、そのお、お金は持っているけれど発明の方は趣味レベルというか、まあ、そういう感じで、お題目だけは大げさで人目を惹くけれど実態はゴミみたいな発明ばかり。いわば、変り者の金持ちの道楽としての発明もどき、が実態だった」


 さすがにここまで言われたら怒るかと思ったが、モネ家からは何の反論もない。というよりも、全員どこか神妙な顔をしている。


「その彼の今度の発明は、本当にこれまで潜れなかった深い水の底へと潜ることができる館。どうやら本物らしい。いくら金に糸目を付けず、一流の技術者を集めて高価な材料を使ったとしても、それでも怪しいと思うのは当然でしょう。おまけに、その潜水館のお披露目の前にペース国からシャーク国へと移っている」


 ここまで言われれば、僕にも飲み込める。


「つまり、こういうことですか? この潜水館には、聖遺物が使われている。それも、ペースで見つけたものが。だから、シャーク国に移ってから、この潜水館はお披露目された」


 聖遺物。現代の技術では再現不可能な現象を起こす、破壊不可能な遺物。主にダンジョンの最奥などで発見されるらしい。この聖遺物の数がそのまま国力に結びつくとすら言われていた時代もあるらしい、が。


「聖遺物は全て国で管理されている。今頃、新しい聖遺物が発見されたとでも?」


 ライカが首を捻る。


「例えば、大昔にパパゲア氏は闇マーケットか、あるいは冒険者から直接かもしれないが、その聖遺物を手に入れたのかもしれない。それからずっと自分の家の金庫にでもしまい込んでいた。ほとぼりが冷めるまで」


 そうして、その聖遺物を使ってこの潜水館をつくりあげたというのか。


「そんな無茶な。聖遺物の裏取引だなんて、売った方も買った方も極刑は免れないだろ。それを買って、しかもこんな形で大々的に見せつけるなんて」


 自殺行為だ、とクロードは半信半疑のようだが、


「ありうるわよ、ありうる。あの人、名誉欲の塊みたいなものだから」


 娘であるメアリは認める。


「少なくとも、シャークの上の方はその疑いが高いと考えた。それで、うちの部署――まあ、諜報です、はっきり言って。そこから、私が送り込まれたというわけです。このパーティーで、この潜水館に聖遺物が使われているかどうかを確かめるために、ね。しかし、本来だったら聖遺物かどうかを判断するのは別の部署で、そことは表向きは協力していますが、まあ、内々で管轄の綱引きみたいなものがありましてね。さっき名前が出た聖遺物判定官のレイ・コルト卿なんかは私が調査するのは不満でしょう。特に、最近は暇で暇でしょうがなかったみたいだから、久しぶりの仕事だと張り切っていたみたいですからねえ」


 そこでアオは仮面をヴァンに向けて、


「プライドなのかそれとも何かあるのか、裏から手を回して自分の知り合いを招待させるよう誘導する、という手を使ったようですね」


「迷惑な話だよ。俺がこういうパーティーに招待されるなんて妙だと思ったんだ。貴族なんていくらでもいるんだから、どうしてその中でも俺を呼んだのか。そうしたら、レイから連絡があってな。俺への依頼だ。俺にそのパーティーで調査をして、情報をよこせだとよ」


 舌打ちしたヴァンは、そこでエジソンに顔を向ける。


「で、俺とそこの偽アオがここまで腹を割ったんです。正直に答えてもらってもいいんじゃないですか? 俺たち全員の命がかかってるんだし。ねえ、あの動力室には、本当は何があったんですか?」


「――宝石です」


「エジソ」


 ティアが咄嗟に何か言いかけて、黙る。ちらりとだけティアを見て、エジソンは続ける。


「あそこには透き通った紺碧の宝石が設置されているはずでした。我々は竜玉と呼んでいました。魔術では操作の難しい水や海水の操作を簡単に、それも大規模に行えるようになる、魔術師補助用のマジックアイテムです」


「マジックアイテムとは言い方が大人しすぎますね。その大規模というのは、どれくらい大規模なんですか?」


 アオの言葉に、エジソンは、


「十分な魔力さえあれば、川の流れを変え、湖を割り、海の上を歩くことができるでしょう」


 それは、つまり。


「専門外のあたしでも分かる。それは、確実に、聖遺物ね。普通のマジックアイテムの域を超えている」


 ライカの発言はおそらく全員の総意だ。


「……おそらくは。ただ、信じて欲しいのですが、我々技術者も、旦那様のご家族もあれが本当に聖遺物なのかどうか、どうやって手に入れたのか、その一切は存じません。旦那様はあれについて何も仰りませんでしたし技術的なこと以外には竜玉について話すことはタブーになっていました」


「で、その竜玉とやらが持ち去られている。それが、潜水館が沈んでいる理由か……」


 しばらくの間黙っていたヴァンは、不意に顔を上げ、


「サイズは?」


「竜玉は、そうですね、拳大の宝石です。美しい球の形をしております」


「……あまりしたくない想像だけどさ、あの衝撃で吹き飛んだその竜玉とやらが、ぶっ壊れたガラスから外に飛び出して湖の底に転がってるなんてこと、ないですよね?」


 ヴァンのその発言にぎくりと全員の顔が強張る。

 それは、イコール終わりだ。


「それはありえないかと。我々が設計した装置にしっかりと組み込まれていましたら、人が取ろうとしなければ竜玉は取れません。装置自体が破壊されてでもいない限りは」


「なるほど。それで、犯人がそれを捨てるわけもないか、俺たちを道連れに自殺するつもりでもなければ」


 また、こちらがぎくりとするようなことをヴァンが言う。


「じゃあ、まだ犯人はそれを持っているのかな? 全員の身体検査をすれば犯人は分かる?」


 ライカの提案にはっとする。


「して悪いことはないと思うよ。多少気が利く犯人だったら、他の奴の部屋に投げ込むくらいはしているかもしれないけど」


 ヴァンが頷き、


「……さて、これで身体検査をするとして、だ。おそらく見つからない。そこまで間抜けじゃない。とすると、皆で身体検査をしたりされたりしながら考えておこう。犯人は竜玉を持っている。ということは、この浸水した潜水館の中で唯一、自由に動き回れる存在だってことだよ。それをどう考えるか、身体検査が終わるまでに意見を固めておいてよ」

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