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ココアの解決編2

 全員が席に着く。まずは、さっきのパパゲアの部屋の調査結果を報告する。


「血痕!?」


 明らかに不意を突かれた様子のヴァンが仰天している。


「け、血痕て、どんな血痕だ?」


「乾きつつありましたが、それなりに大きな血痕です。おそらく、かなり出血をしたはずです。つまり、パパゲア氏は部屋で殴り殺されたことは確定と見て間違いはありません」


「いや――ああ、悪い、続けてくれ」


 余程血痕のことが予想外だったのか、ヴァンはぶつぶつと何やら呟いている。まあ、いい。


「ええと、ともかく、殺害現場が部屋、そして紐がカーテンのものだと分かったことで、僕には全ての謎が解けました。犯人は――」


 自らの心臓の鼓動。緊張のために乱れているそれを落ち着かせるように深呼吸をしてから、


「ティアさん、あなたです」


 場は、しんと静まり返る。ティアは呆然としている。


「……よろしいですか、ヴァンさんが言ったように、犯人がパパゲア氏を縛ったのは持ち運びのためです。縛っておいて、引っ張ることでパパゲア氏の死体を運びやすくする。しかし、犯人はそれにロープなどではなくカーテンを縛っている紐を使っています。強度も定かでない紐を、です。このことから何が分かりますか?」


「……事件は、計画的ではなかった、ということ?」


 ライカのおそるおそるの質問に、僕は頷く。


「そうです。縛るものを用意してこなかった。少なくとも見た目からは、そこまで強くないようにも見える紐を使わなければなからなかったということは、手元にロープの類を準備していなかったということです。つまり、メアリさんが言っていたように、この事件は計画的なものではなかった。突発的なものだったのです!」


 誰からも反論は出ない。それを確認してから続ける。


「さて、そうなると、犯人はパパゲア氏を部屋に訪ねたことになります。それも深夜。クロードさんが退出した後だから、かなり遅くです。そんな時間に、パパゲア氏を訪ねることができる人間――それは、家族以外にありません。つまり、メアリさんかティアさんです」


「ちょっといい? 内密の話があるから深夜に訪ねるとか、事前に話をしてたかもしれないでしょ?」


 自分に火の粉が飛びそうになったからか、メアリが反論してくる。


「いえ。そんなことはあり得ません。よく考えてみてください。本来、パパゲア氏の部屋では内密の話はできないはずなんです。何故なら――」


「奥方がいらっしゃるから、ですね」


 アオの相槌に僕は頷く。


「ティアさんがメアリさんの部屋に行ってパパゲア氏が一人きりになる、これを事前に知ることができるのはティアさん自身だけです。だから、そんなことはありえない。そうなると、ティアさんとメアリさんのどちらかが深夜にパパゲア氏の部屋を訪ねて、そこで予想外のトラブル、おそらく酒に酔っていたパパゲア氏と売り言葉に買い言葉で争いになり、結果としてパパゲア氏を殺害してしまった。そういうことになります。ではどちらが犯人なのか? まず、一つはメアリさんの方が先に眠ったという証言からして、ティアさんの可能性が高い。もちろんティアさんが眠った後でメアリさんが目を覚まして部屋を出たという可能性もありますが、少し考えにくいですね。そして、もう一つは死体の運搬です。いえ、死体を紐できつく縛るのもそうですね。元々女性には重労働です。ましてや、それを少女が行うのはいかにも難しい。以上のことにより、犯人はティアさんです」


「ちょ、ちょっと乱暴すぎるわ。そもそも、私は北側に行っていないのよ? それはゴーレムが証明したじゃないの」


 言葉遣いを乱しながらティアが反論してくるが、想定内だ。


「ええ、そうです。しかし、それはよく考えれば大した話ではありません。謎でもなんでもないんです。簡単な話です。犯人は、キッチンを使ったんです」


「運よく通り抜けられたと? けれど、死体を引きずったまま――」


 ディーコンが突っ込んでくるが、


「通り抜ける必要はありません。犯人は、死体をキッチンに放り込んだだけです。通り抜ける必要も何もない」


「では、放り込んだ時に、運よく棚が崩れなかった?」


「いや、崩れたんじゃないですか? 中のものがばんばん崩れて大騒音が出たところで、何も困りませんよ。いいですか? 僕たちはその頃部屋で寝ていたんです。あの、防音機能のしっかりとした部屋で」


 そう。普通の館と同じように考えていたからいけなかったのだ。あの夜、全員が部屋にいるならば、どれだけ外で大騒ぎしようとも気付かれる可能性は低かった。ただ、それだけの話だ。


「さて、そう考えると犯人の思惑も、思惑というより思いつきですけど、分かってきます。どうして館を一度沈没させたか。確かにエジソンさんの言うようにここまでのことが起こるとは犯人も思っていなかった。ただ、湖底にぶつかったことで衝撃が発生する。それだけが重要だったんです。その衝撃でキッチンのものが崩れた。そして、何故だか知らないけれどちょうどその時キッチンにいたパパゲア氏がそれらの下敷きになって死んだ。そんな風に偽装したかったんですよ。もちろん、よく考えれば無理があります。部屋には血痕が残っているし、そもそもキッチンにパパゲア氏が入り込むわけがない。それでも、予想外に人を殺してしまった犯人にはそれしかなかったんです。もちろん、部屋の血痕やらは何とか誤魔化すつもりだったんでしょう。犯人――いえ、もうティアさんでいいですね、ティアさんからすれば自分の部屋でもありますから、どうにかして人より先に中に入るチャンスをつくって、血痕をごまかすつもりだった。全ては、犯人が予想しなかった潜水館の破損によりご破算になった。そういうことです!」


 言った。とうとう、言ってしまった。ティアは――黙って僕を見ている。その表情は妙なものだ。憤っているようにも、呆れているようにも見える。


「こんな――こんな、屈辱。ああ、けれど――どうですか、ヴァン様」


 何故か、ここでティアはヴァンに訊く。


「え、俺? ……ううん、そうですねえ。まあ、言いたいことはいくつかありますけど……ちょっと待ってください、血痕かあ」


 未だに、あの血痕のことが気になっているらしく、ヴァンは唸りながら自分の頭をノックしている。


「……ちょっと俺忙しいんで、エジソンさんどうぞ。あなたなら、今のココアの話、反論できるでしょ」


 そんな、片手間みたいに。


「そ、そうですなあ」


 居心地悪そうに、エジソンはティアと僕の顔を見比べた後、


「残念ながら、ココア様のお考えにはいくつか無理があるかと……一番大きな問題は、やはりキッチンかと思われます。旦那様は、キッチンに浮いていました」


「ええ、ですから死体は元々キッチンにあったんです。そこに水が流れ込んで――」


「いえ、よろしいですか? 『浮いていた』のです。ココア様が仰る方法では、旦那様は崩れた棚などの下敷きになります。その後に水が流れ込んだからといって、死体がそのまま浮かぶとは考えにくいと思うのですが」


「――うっ!」


 全く、予想外の方向からの反論に思考が停止する。


「あとさ、お母様を庇うわけじゃあないけど」


なんとメアリが口を出してくる。


「その、はっきり言っちゃうとただの想像よね、想像。証拠もないしさ。犯行自体が偶然だって言うなら、お母様があたしの部屋に来るのを偶然誰かが見かけて、それであの人の部屋に行ったってことだって考えられるじゃない?」


「うっ、そ、それは……」


「カーテンの紐使ったのだって、単に計画で縄を準備していたらそれがばれると疑われるから、敢えてこの館の中にあるものを使う計画だって可能性もあるわよね? 犯人はこの館の動力とか、例の部品のことを知っているくらいだから、事前にこの館のことをよく調べて――あれ?」


 そこでメアリは首を傾げて、


「そう、そうよ。あれ? 最初からおかしくない?」


「確かに」


 ライカが引き取る。


「この館の動力室から重要な部品を抜き取れば館は浮上できず、そしてまたその部品を戻せば簡単に浮上する。それを知らなければそもそもこんな事件は起こせないんでしょ? で、それを当然に知っているのはエジソンさんだけ。他の人間は、意思を持って調べなければそんなことは知ることができない。だとすると――」


 館が破損したことは計画外として、その他については全て計画的? だとすると、僕の組み立てた推理は全て崩壊していく。


「い、いやあー。ははは……」


 頭をかいて笑うしかない。


 だがティアは、激怒して当然のこの状況下で激怒するよりもむしろ、何かを考えている。さっきからずっと、物思いに沈んでいるかのような。そしてそれは、ヴァンも同じだ。いや。


「……?」


 僕が盛大に推理と犯人告発を失敗したという状況下で、まるでそれを気にする用もなく、全員が何事か考え込んでいる。


「どうやらそう簡単に解決する問題ではありませんね」


 突如として、アオが声を上げる。


「どうでしょう、ある程度腹を割って話しませんか、ヴァンさん、エジソンさん」


 仮面越しのくぐもったものながら、冷たさを感じる声でそう言われ、ヴァンとエジソンは顔を上げる。その顔にあるのは、困惑ではなく、決意と諦観。


「あ、アオさん?」


 何が起こっている? 意味が、意味が分からない。救いを求めるように名を呼ぶが、


「私は、アオではありません」


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