ココアの解決編1
落ち着かなければ。
全員で再びパーティールームに戻り、話を再開する。
……つもりが、全員が何かしら重く考え込んでいて、戻って席についてもしばらくの間、誰もうんともすんとも言わない。
「ど、どういうことでしょうね、一体?」
できるかぎり明るく、僕が声を出してみる。
「どうもこうもない。廊下を誰も通っていない以上、犯人は決定だろ」
クロードが睨むようにして、
「犯人はそこにいるエジソンだよ。そいつ自身が言っていたように、キッチンはそいつしか通れないんんだ」
「ちょっと待ってよ」
慌てたように、メアリが割って入る。
「あくまでも難しいってだけでしょ、通るの。そりゃあ、失敗したら棚が倒れて物凄い音が出るかもしれないけど、運よく成功したのかも。さっきも言ったけど、この事件自体行き当たりばったりってこともありうるんだから、そうだったのかもしれないじゃない? 偶然よ、偶然」
「ありがとうございます、お嬢様……それに、よろしいですか、クロード様、わたくしが犯人だとしても、それでもやはり奇妙です。わたくしがキッチンを通って北側に向かった。それはいいでしょう。しかし、旦那様はどうやって北側に?」
「それ、は――」
クロードは黙る。
そう、そうなのだ。妙なのはそこだ。ゴーレムは、パパゲアが通ったことを否定している。
「生きていても死んでいても、パパゲアはキッチンを通れない。通れば、棚やらが崩れる。そういうことね」
ライカがまとめる。
「エジソンはキッチンに慣れてる。死体を、うまくキッチンの中に押し込んだのかもしれねえだろ。運よく、それがうまくいったんだ」
苦し紛れにクロードが言うと、
「それだと、小柄な奴が運よくキッチンを通ったというのと大した違いはないわね」
それをライカが斬って捨てる。
正論だ。それになによりも。
「……結局、どうして、っていう話には戻ってきますよね。じゃあ、百歩譲って犯人がギャンブルをして運よく成功したとしても、犯人がそれをした理由は何なのかって」
誰も僕の疑問には答えない。答えられない。
「――理由」
ヴァンが、何か遠くを見る目をしながらとんとんと自らのこめかみを指で叩いている。
「ええと、とにかく、いいですか、エジソンさん。抜け道とか、そういうのはないんですよね?」
「ええ。北へは廊下を抜けるか、キッチンを抜けるかです」
「そしてキッチンは、通り抜けるのが難しく、湖底への激突後はそもそも密室になっていた……」
お手上げだ。
重苦しい雰囲気。
「動機から考えるのはどう? どうして、お父様が殺されたのか? お父様が死んで得をするのは誰か?」
ひくひくと頬を痙攣させるようにして半笑いでメアリが言う。もちろん、ティアへのあてつけだ。誰も相手にしない。と、思っていたが。
「動機ですか――そう言えば、パパゲア氏には殺人の噂がありましたね」
予想外の方向、アオがそれに反応する。しかも、かなり不穏当な発言で。
「くだらない噂です」
ティアが一笑に付すとヴァンも続いて、
「あれだろ、昔、殺した男をカルコサ湖――つまりここに沈めたって話。ところが重要な物品を身に着けたままでうっかり沈めてしまった。だから、カルコサ湖に潜水館を沈めて、自分でそれを回収しようとしてるっていう――俺も調査でその話は聞いたことがあるけど、確かにくだらない噂だよ。妙にカルコサ湖にこだわっているように思えたから、それについて面白おかしい噂話が生まれただけだ。実際には、カルコサ湖で潜水館の実験を行うのはかなり妥当な話だ。いきなり海上でやるのもあれだろうし、かといってあんまり規模が小さくてもね。それに、学術的価値から文句を言われにくい」
その説明を聞きながらも、僕は別のことを考える。
もし、本当にパパゲアが人を殺してこの湖に沈めていたとしたら? そして、沈める際に、他の遺跡に紛れるように、古い石棺に入れて沈めたと、したら?
館に入り込んでいたあの石棺。あの中身は、今、一体どこにある? カルコサが入り込んで、復讐のために動き出しているとしたら――もしそうだとしたら。
「くそっ、今頃は、俺はコステロ伯爵のパーティーに参加する予定だったってのに」
ばん、とクロードがテーブルを蹴り上げ、その音で僕の不吉な想像は中断する。
「カードに、酒に、美女に、玉突き……カードと玉突きで貴族相手に金を巻き上げてやるつもりだったんだ、くそっ」
天を仰ぎ、文句を言うクロードのことを全員無視する。
「エジソンさん、そう言えば、パパゲア氏の遺体を改めて調べてもらいましたけど、何か分かりました?」
「いえ、水上にあったこともあって詳しいことは……ただ、おそらく死因は頭への鈍器の一撃です。致命傷と思わしきものを発見しました。それから、これも」
エジソンが取り出したのは鍵だ。
「旦那様のポケットにありました。部屋の鍵です。マスターキーの意味はあまりありませんでしたな」
そうだ。元々は、パパゲアの部屋に入ろうという話になっていた。それどころではなくなって、すっかり忘れていた。
「さっそく、調査しましょう」
このまま、ここにいても仕方ない。息が詰まるだけだ。そう言って僕は立ち上がる。
だが、一緒に立ち上がってくれるのはエジソンとライカだけだ。
「悪いけど、ちょっと、遠慮するわ。疲れたわ」
メアリがそう言って手を振ってくる。確かに、色々とあった、少女の体力が尽きるのも仕方ない。そもそも肉親が亡くなっているのだ。
そしてクロードはさっきからずっと天井を見上げてぶつぶつ言っているだけだ。
ヴァン、ヴァンは何か気になることがあるのか、ずっと遠くを見ている。こちらを見向きもしない。
「……とにかく調査に行きましょう」
廊下を、滑って転ばないように慎重な足取りで進む、パパゲアの部屋の前に。鍵を開けると、全員で顔を見合わせてゆっくりとドアを開ける。
内部は、ごく普通。僕とヴァンのところと大して変わらない。だが。
「……これは」
変わっていることが二点。一つは、床を転がっているワインの空き瓶とグラス。どうやらテーブルの上にあったものが衝撃で床に落ちたらしい。グラスの方はひびが入っている。
そして、もう一つは。
「これ、血痕、ですよね?」
「ええ……ワインではありません」
僕の確認にエジソンは同意する。
部屋の中央、床にべったりと、もう既に乾きつつあるがそれでもそれなりの量の血痕がある。これが意味するのは、つまり。
「パパゲアは、この部屋で殺されたってこと? ……だとしたら、どうして死体があんなところに?」
ライカの疑問には僕は答えられない。
「ここがダンジョンなら、帰還石を利用したとかも考えられるけど、そういうわけでもないもんね」
夫が元冒険者なだけあって、そんな感想を呟くライカ。
とにかく、三人で手分けして、他に何か手がかりがないか探す。
「……あっ!」
突如としてエジソンが叫び、僕は仰天する。
「なっ、なな、なんですか、」
カーテンを調べていたエジソンが、珍しく興奮した様子で振り向き、
「カーテンです!」
「は?」
「カーテンを縛っている紐です。そうです、旦那様を縛っていたのは、このカーテンに付属していた紐ですよ」
「ああ!」
どこかで見たような気がすると思っていた。一面のガラス張りを隠す巨大なカーテン。それを縛るために各部屋についている紐。それか――待てよ。
稲妻のように、僕の頭の中でありとあらゆることが繋がりだす。カーテンの紐。北側。ゴーレムの証言。キッチン。『潜水館』の浸水。全て、全てが繋がっていく。
「――分かった」
「え?」
僕の呟きをライカが聞きとがめる。
「戻りましょう、今すぐに」
きょとんとしている二人をせかして、僕はパーティールームへと急ぐ。急ぎすぎて廊下で転び滑って隔離壁にぶつかりつつ、それでも急ぐ。
勢い込んで走り込んだ僕の目の前には、妙に和気あいあいとしている残っているメンバーの姿がある。しかも意外なことに話を回しているのはヴァンだ。
「……カードと玉突き得意なの?」
「商人は付き合いでゲームをすることが多い。その中で自然に鍛えられた。ヴァンさん、あんたにだって絶対に負けない」
「俺、そもそも得意じゃないし。ところでさ、ティアとできてるの?」
「いい加減にしてくれよヴァンさん、貴族だからって、あまりに失礼なことを言うと――」
「できてるに決まってるでしょ、確定よ、確定」
「メアリ。いい加減になさい。ヴァン様も、あまりお戯れに――」
「いやいや、俺としては真剣に事件のために質問を――うわっ、ココア、どうした、びしょびしょじゃないか」
転んだせいでずぶぬれになった僕を見てヴァンが仰天する。だが、気にしている余裕はない。
「皆さん。分かりました。この事件の真相が」
大声で、そう宣言する。




