推理(5)
場を、ヴァンの語りが支配している。
「思うに、タリィ、お前は天才だと自称するだけあって発想は面白いが、その発想に基づいた計画が崩れそうになると結構簡単にボロを出す。自信がありすぎて失敗した時のことをあまり考えていないんだろうな。他にもいくつかボロが出ているところがあるんだが――まあ、話は順番にいこう」
呆然としている僕とウィッチ、そして敵意をみなぎらせているタリィを後目に、ヴァンはまたソファーの背もたれに体を預け、
「とにかく、そういうことで偽の霧中寮に俺たちと荷物を運び、ちゃんとそれぞれの部屋に運び込んで準備完了。あとはエーカーの前でお前は酒を飲んでいたわけだな。で、エーカーが目を覚ました瞬間は、お前は意識が朦朧としているふりでもしておけばいい。そうしたら、タフガイ気どりが見栄を張ってずっと起きていたとか言ってくれる可能性が高くなる」
やっぱり、さっきからエーカーに少々辛辣なのではないだろうか。
「ちょっと待って、クロイツは――」
はっと目を見開いてウィッチが問うと、
「あっ、そうそう、そうだ。クロイツね。ああっと――」
少しだけヴァンは言い淀んでから、
「もちろん、クロイツは偽の寮には運ばない……本物の霧中寮で殺したんだ」
その答えに、ウィッチは唇を噛む。
「多分、その時点でクロイツの死体は地下のアトリエに運んでおいたんじゃあないかな……救いがあるとすれば、眠ったまま苦しまずに逝けただろう、ということくらいか」
ため息をついてヴァンはタリィを見やる。
タリィはただヴァンを睨みつけている。
「さて、ここまでくれば別に後は誰にでも予想がつくだろう。その偽の寮には本物の寮とほとんど一緒だが、違う部分がある。一つは、掛けられていた絵。『霧に浮かぶ塔』の塔がないバージョンが掛けられている。二つ目は、地下のアトリエにクロイツの死体の絵が置いてある。そして三つ目は、すぐ近くに古い塔がある」
確かに、そもそも別の建物だったとすれば、今まで経験してきたいくつもの不思議な出来事の多くは、不思議でも何でもなくなる。
「古い塔は元々あった歴史のある塔で、あれが何なのか、どうやってお前が見つけたのかは知らない。だが、その塔にも以前から仕掛けをしていた。足場を組んで、窓から入り、中に絵と蝋燭かランプかをセットしておいたんだ」
「絵? やっぱりあれ、絵だったんですか?」
僕は呻く。あの少女が絵だったとは。だが、それにしても。
「でも、絵だとしても途中で移動してますよね? タリィさんが、それをできるんですか?」
「絵は移動していない。ともかく、そうやって設置しておいて、あとは誰かが偽の寮から塔を見つけてくれるのを待つ。誰かが騒ぎ出したら集まって、ほぼ全員が集まったタイミングで風の魔術で霧を薄くする」
「あっ」
思わず僕は声を漏らす。あまりにもタイミングよく、少女の姿が見えた。確かにタイミングが良すぎた。そうだ、ヴァンがやったように、風で一時的に霧を吹き飛ばせるとしたら、タリィがあの時それをやったのだと考えれば謎は解ける。
「そうしたら塔まで行ってみようということになる。で、塔まで行くと窓辺にいたはずの少女がいない。多分、ここまでがお前にとって一連の重要な要素だったんだろう? 芸術なんぞには疎いが、それでも何となく分かる。絵から抜け出た霧に浮かぶ塔。霧が晴れた一瞬、塔の窓辺に少女がいるのが見えて、だが近づけば幻のように消えてしまう。幻想的だ。これらは『作品』として全部セットだったわけだな、お前の中では」
「ねえ、その絵が近くに行ったら見えなくなっていたっていうのは、一体どういうことなの?」
ウィッチの疑問はもっともだ。だが。
「別に大した話じゃない」
と、ヴァンは言い放つ。
「角度の問題だよ。この寮から塔を見れば角度的に窓から奥まで見通せる。ところが、近くにいけば窓を見上げるしかない。角度的に少女の絵が見えなくなる。それだけだ」
「いやいや、あの少女――少女の絵は、窓辺にあったんですよ?」
「そう見えただけだよ。その類の絵を書くのは難しいことじゃなかったはずだ。タリィが天才ならな。お手本もあることだろうし。いや、ひょっとしたら贋作ではなく『真作』なのかもしれないが……ニャンが手掛けていた作品の一種。ほら、言っただろう、『マジックアート』だよ。遠近感を錯覚させる絵。タリィ、俺にはそんな絵を描く才能はない、とでも言ってみるか?」
僕もウィッチも、ゆっくりと、おそるおそる、タリィの方を向く。ずっと黙り、ただ敵意を発散させている天才に。
「……何故だ」
一瞬の沈黙の後、タリィの口から出たのは理由を問う言葉だ。
「ん?」
「何故、偽の寮に移動しているなどと思った? 最初のきっかけは、何だ?」
「ああ、最初の最初か。ええとだな」
ヴァンは腕を組み、思い出すように天井を睨んでから、
「なかったはずの塔があって掛かっている絵も違って、ということはよく似た別の建物にいると考えた方がはやい、とは薄々思っていたんだ。証言の曖昧さからお前かエーカーが怪しいんじゃあないかと思っていた。それに、感覚的な話だが違和感があった。だんだんと強くなっていったんだ。自分が、昨日までの世界にいないような違和感」
うう、と僕は呻きたくなる。それは、僕も感じていた。あの違和感。奇妙な出来事に混乱しているためだとばかり思っていたが、何のことはない。本当に別の場所に移動していたのだ。
「人間の感覚か……そうだな、それは、侮れない」
思うところがあるのか、タリィは呟く。
「特に同じ芸術家であるウィッチの感覚は鋭かったみたいだな。ウィッチは意識せずに核心を言っていた。自分たちが絵の世界に迷い込んだみたいだってな。当たらずとも遠からずだ。それに、違和感に耐え切れなくなって彫刻をぶっ壊してた。あれは、彫刻への違和感じゃあなくて、本人も気付かないうちに感じていた周囲の世界そのものへの違和感からだろ、多分」
ああ、とウィッチが声を漏らす。
「そうそう、あと塔のなくなった絵をお前が外した時、お前のコートに埃がついたのが決定的だった」
「何?」
薄っすらと僕も覚えている。絵を壁から外した後、タリィがコートの埃をはたいていた。だが、あれが一体?
「つい前日にウィッチが隅々まで掃除しているそうだから、そうそう埃なんぞないはずなのに絵の額に埃がたまっていたってことだろ、あれは。ってことは、そもそも別の絵、というか別の場所なんだろうなと、思った。偽の霧中寮の方はお前が掃除したんだろうが、どうしてもスケジュール的な都合で2、3日前になったんだろうな。もちろん、俺たちが目を覚ますまでの時間にも掃除はしたんだろうが、隅々までする時間的余裕はない。だから、絵の額に埃が残っていた」
「えっ、タリィさん、潔癖症っぽいのに」
緊迫した雰囲気にも関わらず、あまりにも意外な話に思わず僕が感想を口にすると、ヴァンは僕を向いて苦笑する。
「時間との戦いだったから細かい部分まで手が回らなかったというのがあるんだろう。それに、タリィはそもそも潔癖症じゃあない、多分。そこかしこでそこまで神経質ではないところが出てたよ」
え? だって、あれほどコートが汚れるのを気にしていたのに。
「この計画で、タリィはコートには特に注意しなけりゃいけなかった。俺たちを偽の霧中寮に運ぶ途中にコートが汚れたら、一体その汚れはなんだってことになるだろうからな。夜の山中を往復して汚さないようにするには細心の注意が必要だ。俺たちが起きた後も、ひょっとしてどこか汚れているんじゃあないかとついついチェックを何度もしたくなるのも分かる。だから、いっそのこと常にコートを気にしているキャラにしていたんだろう」
「……なるほどな。かろうじて、筋は通っているように思う」
幾分、落ち着きを取り戻した様子のタリィは口を開く。
「だが、それはそこまでの話だ。その後はどうなる? 塔は、再び消えた。塔の消失は、俺たちが眠っている間ではない。気付けば消えていたんだ。分かるか? お前の言った方法では、塔は消せない。塔が出現したり消えたりしたのは、お前が言ったような方法ではないということだ」
そうだ。結局、ヴァンの話はそこが矛盾している。塔が出現したところまではいいとして、その後が説明がつかない。
推理が瓦解して窮地に追い詰められているかと心配してヴァンの顔を見るが、彼はむしろ嬉々としている。
「そこだよ。俺が本当に感心してるのは。この事件の肝は、むしろそっちだ。人間は、空だと分かった箱を、もう一度開けて何が入っているかを確かめたりはしない」
謎のたとえに僕は混乱し、同じようにきょとんとしている様子のウィッチと顔を見合わせる。




