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推理(6)

「お前は、自分たちが別の建物にいるんじゃあないかと誰かが疑うかもしれないと警戒していた。俺がそれに気付かないかどうか、様子を伺っていただろう? いやいや、それでも言い足りないか。お前は、俺たちが無意識にそれを疑うように誘導していた」


 誘導――


「あっ」


 声が出る。思い出す。

 タリィは、「……日の昇り沈みには、違和感はない」と言っていた。まるで思わず漏らしたかのように、呟いていた。

 あの時は意味が分からなかったが、今思えば、あれは僕に、場所が移動したのではないか、と思わせるように誘導したのか。いや、実際には日の昇り沈みに違和感がないのだから、むしろ「場所の移動」の否定か。だけど、そもそも言われなければその発想自体がなかった。

 頭がこんがらがりそうだ。要するにタリィは僕、というより僕たちに、「場所が移動した」という発想を植え付けつつ、同時にその発想を否定していたわけか。

 ……何のために?


「そうやって一度、意識させておいて、あるいは無意識に植え付けておいて、それを完全に否定する。そうすれば、もう、それを改めて検証することはない。そうだろ?」


 ヴァンの問いかけに、タリィは答えない。再び、彼の目は鋭く敵意に満ちつつある。


「ひょっとして寝ている間に場所を移動したんじゃあないか、と思わせておいて、その疑念を払しょくする策も仕込んでいたんだ。かなり大がかりな策をな」


 ヴァンは床を指さす。


「といっても、話は簡単だ。隙を見て地下のアトリエで他のキャンバスの中に隠しておいたクロイツの死体を目立つ場所に置きなおす。それから、寮の探索をするよう誘導する。誰かがクロイツの死体の絵を見つけ、そこに全員が集まる。そのタイミングで塔を消してしまえばいい。意識が途切れていないのに塔が消えたら、塔の出現消失は俺たち自身が移動したわけじゃあないと思うものな」


「塔を消すって、どうやってです?」


 意味が分からない。そんな簡単に消せるわけがない。


「簡単だよ、一番簡単な消し方だ。ぶっ壊すんだよ、粉々に」


 は?


「爆薬……」


 ウィッチの呟き。それは、唖然としているのではなく、納得しているかのような、噛みしめる呟きだ。


「ああ。ニャンは爆薬が好きだったらしいじゃないか。画家は化学系に詳しくなるって話もしていた。別に突飛な発想じゃあない。塔に爆薬を仕込んでおいて、あるタイミングで、どかんだ。遠目から見て消えてくれればそれでいいんだから、そうすれば十分だ」


 あまりにも乱暴で、原始的な方法だ。


「どかんって……一体、どうやってです? 炎の魔術でも使うんですか?」


「いいや。タリィは、自分も含めて全員が地下のアトリエにいる、塔を視認できないタイミングでそれをしたんだ。というか、そのタイミングでしかそれはできない」


「え?」


 そのタイミングでしか?


「爆音だ。当然だろ。爆発した音がした後で塔が消えたら、いくらなんでも爆破されたんだと分かる。だから、地下のアトリエに全員揃っていないとそれはできなかった。すんなり全員集まったが、もしもそうでなくてもタリィは無理にでも全員をアトリエ内に入れたはずだ。あのアトリエは防音で、ドアを閉めていれば音はまるで聞こえない。そう言っていたのはお前だ、タリィ。そして――」


 ヴァンの指がタリィを真っすぐに向く。


「全員がアトリエに集まった時に、ドアをきっちりと閉めたのも、お前だ。あれで、アトリエの音は中には聞こえず、そして外の音は中には聞こえなくなった。まさにあの時、俺はエーカーじゃあなくてお前の方が犯人なんだと確信したんだよ」


 ヴァンの指さしにもその言葉にも、タリィは屈する様子を見せず、むしろ目はますます尖り、敵意と自信に満ちつつあるようにも見える。


「満を持して指を突きつけ、改めて犯人だと告発する。下らん演出だ、そうやって煙に巻いてこれまで名探偵の称号を維持してきたのか?」


 吐き捨てて、タリィは挑発的に続ける。


「それで? どうやって、その状態から塔を爆破するというんだ? 何度も言って悪いが、魔術は視認しなければ使えない」


 対するヴァンは笑い、大げさに両手を上げる。


「おいおい、勘弁してくれよ。致し方なくとはいえ、お前が白状してくれたんじゃあないか。ウィッチにも確かめさせただろう」


 何の話だ?

 混乱する僕を救ったのは、横ではっとした顔をしたウィッチの言葉だ。


「――ランプ、あのランプね」


 僕も思い出す。ガラスの装飾品にしか見えなかった、あのランプ。何らかの外につながる仕掛けがあると言われていた、あのランプか。

 そうか、そういうことか。

 その仕掛けが、秘密の抜け穴などではなく。


「ランプに火を付けたら導火線に火がついて、最終的に塔を爆破するような仕掛けだったんじゃあないか? よくもまあ、そんなことを思いつくもんだ。感心するよ。といっても仕掛け自体は単純だ。大変なのは、きちんと導火線を地中を通して塔の中の爆薬にまでつなげることだろうな。ディガーのような土の魔術の使い方をしていかなければならないし、さすがに専門家――つまり、建築家以外にはきついと思う。そういった点でも、エーカーは外れる。だろ?」


 タリィは答えない。


「俺が地下のアトリエに寝転がっていたら、わざわざ俺にランプに火をつけさせようとしたよな、タリィ。自分でつければいいのに。炎の魔術はお前だってできるんだろ? 自称、万能の天才だものな。あれは、俺に体を起こさせるためだ。不自然だと思ったよ。俺が寝たままだと何かまずいのか、と。だから、気分が悪いのに無理して寝転がったままランプに火をつけてやった。そうするとどうだ、ランプに火をつけてからすぐに、振動を感じた。おそらく、立っていたなら気付かなかったか、気のせいくらいに思う程度だろうが、寝て床に体を密着させていたから、しっかりと感じ取れた」


 にや、とヴァンはいやらしく笑い、


「俺にとっては、その時点で確定だ。犯人も、トリックも。だが、問題はそこからだ」


 とんとん、とこめかみを指でノックするヴァン。


「問題はそこからって、あの時点で分かっていたならその場で解決すればよかったのに」


 僕が思わず言うと、


「状況が状況だ。解決は目的じゃあない。俺としては後は安全にタリィ、お前をお縄にして俺たち全員で下山することを目的にしていた。特に問題なのは、お前がこれ以上殺さないかって点だ。いまいち動機も分からないし、標的がクロイツ一人かどうかは分からないからなあ」


「じゃあ、その場でノックアウトすればよかったんじゃないですか? ヴァンさん、魔術の天才なんでしょ?」


 僕の素朴な疑問に、ヴァンはうろたえたような顔をする。


「武闘派だな、意外と……いやいや、タリィも自称ではあるが天才だし、身体能力も優れているらしい。そうだろ、タリィ? だから、真正面から戦うのは勘弁してほしかったし、そもそも確固たる証拠がその時点ではあるわけじゃあなかった。何よりも問題なのは、あの時に俺たちがいたのは偽の霧中寮だったって点だ」


 ああ、そうか。目的が解決じゃあない、というヴァンの話がようやくすとんと納得できる。


「つまり、犯人を捕まえたって安全に下山できない可能性がある。ふん縛ったところで、タリィが俺たちを道づれにしようと偽の寮から元の寮に戻る、あるいは偽の寮から下山するルートを教えない可能性があったからな」


 タリィの反応を待つように一度ヴァンは黙るが、タリィはヴァンを睨みつけたまま一言も発さない。


「だから俺の今回の事件に対する目標は解決じゃあない。第一目標は犠牲者をこれ以上出さないこと。第二目標はさっさと皆で安全な場所まで下山することだ。そういう意味だと、一番危ないのはエーカーだった。あいつが証言を『やっぱり寝てました』って翻すかもしれないだろう? 何度も言うが、それをしたところで事件自体が台無しになるわけじゃあないが、俺がタリィだったらやっぱり嫌だ。さっさと、死人に口なしってことにする。だから、ココアに見張ってもらった。はっきり言ってばればれだったが、それがよかった。エーカーを見張っている人間があからさまにいたら、タリィも手を出しづらいだろ」


「……うあっ!」


 声が出る。エーカーを見張っておけって、そういう意味だったのか。それにしても、ばればれって。


「で、塔を壊したってことは、こっちが何も気づかないふりをしておけば、そのうち元の寮に戻すつもりだろうと俺は予想して、何も気づかない演技を続けた。だっていうのに、意外と言ったら失礼だけど、ココアやらウィッチやらエーカーやらがぽろぽろ核心に触れるようなことを言うから、俺は慌ててそれに反論してたんだけどな。念には念を入れてってやつだ」


 嫌われ役だよ、とヴァンは顔をしかめる。


 妙に絡んだり人の説を反論していたヴァンを思い出す。そういう、ことか。


「まあ、そんなことをしながら、実は秘密裏に俺はエーカーに接触していたんだ。まあ、秘密裏と言うか、肩を借りたりしていたから内緒話をするタイミングはいくらでもあった」


「……何?」


 初めて、タリィがあからさまに動揺した様子を見せる。


「他の誰にも見られないようにしながら、今言った話を伝えてさ、エーカーも自分が意識がなかったと認めてくれたよ。で、下手したら殺されるぞって警告しつつ――」


「よお」


 声。ありえない声。全員がその声の方を向く。出入り口の方を。


 そこには、見覚えのある人物が立っている。

 寮のドアを開け、男が立っている。


「タイミングばっちりだったか?」


 ひげを震わせて、エーカーが笑う。

 なぜ、どうしてエーカーが? 意味が分からず、僕は口の震わせることしかできない。


「どこがだ。遅すぎる」


 一気に顔をしかめた不機嫌にヴァンが言う。

エピローグ含めてあと2話なんで一気に投稿していきますね。1/10中に終わらせます。

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