推理(4)
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
「悪いが、意味が分からない。意味不明だ」
タリィが一言で斬って捨てる。僕も同意見だ。僕たちが移動した?
だが、無視をするかのようにヴァンは説明を止めない。
「塔が一晩で建つよりも、よっぽどこっちの方が現実的だ。そう思わないか? 寮の周囲には道以外にろくなものがない。逆に言えば、道さえ削り取ってしまえば、同じようなだだっ広い、何もない野原に移動しても分からない。おまけに周囲は濃い霧。ある程度周囲の地形が似通っていれば、誰にも判断できない」
ヴァンは首を捻ってから続ける。
「最初は方向なんかを誤魔化している小細工の類かとも思ったが、塔がこれまで山道を通った誰にも見つかっていないということは、そもそも塔はこの寮から見える範囲にはあってはいけない。だから、位置自体が変わっているとしか考えられない」
「そりゃあ、そうかもしれませんけど……ど、どうやって寮を移動させるんですか?」
「うっ」
僕の疑問に、ヴァンはのけぞって驚く。どうやら本当にそこまで驚いたらしい。
「信じられない発想だな。大胆だ。俺より探偵の才能あるかもしれない。寮を移動? そんなわけがないだろう。地表を削り取って滑らせるのか? 大地震だな。寮の壁とかもぶち壊れそうだ。いや、それができたとしても、逆ルートが不可能だ」
逆ルート?
意味が分からない。
「塔が絵から出現する。この不思議な現象には意味がない。どう考えても、意味があるとは思えなかった」
「意味、ですか?」
「ああ。不思議だ、という以外に意味がないんだよ。それで犯人がアリバイをつくるだの、殺しやすくなるだのということは起こらない。人を不思議がらせる以外に意味がないんだ。塔の出現はな。犯人にとってメリットはない。だから、それ自体、その現象自体が目的だと考えられる。ということは、どういうことだと思う?」
そう問われたが、僕には意味が分からない。ということは、どういうこと?
「――観客が、必要」
呟いたのはウィッチだ。
「そうそう、さすがはウィッチ、芸術家だな。そういうことだ。その現象を見て不思議がる観客がいなくちゃ、この現象は成立しない。つまり、皆殺しはない。犯人は誰かを観客役として残す可能性が高い。不思議がって、そしてこんな不思議なことがあったと吹聴してくれる観客役をな」
「それって」
ようやく、ヴァンの言いたいであろうことが見えてくる。
「僕、ですか?」
「多分、そういうことだ。記者という立場も含めて、ココアは観客役にうってつけだ。だとしたら、最悪でも、ココアだけは生還させなきゃいけないはずだ。不思議がらせたまま、な。となると、地滑り、あるいは何らかの他の大仕掛けを使ってこの寮を移動させたとすると、今度はどこかのタイミングで元の位置に戻さなければならない。それはなかなか難しい……というより、俺にはそんな方法思いつかない」
「え? じゃあ……」
「もっと現実的に考えろよ」
そう言ってヴァンは肩をすくめてから、
「簡単な話だ。霧中寮が二つあったんだ」
ぽかん、と僕は口を開けて反応できずにいる。意味がよく分からない。そっちの方が、信じられない発想だ。
「何を言っている?」
タリィは冷たく言い放つ。語るレベルにない、とでも言いたげに。
だがヴァンは意に介した様子もない。語りを続ける。
「見てみろ、このシンプルな造形を。白い立方体。内部も、家具という家具はほとんどない。このリビングダイニングも、テーブルとソファーだけだ。全く同じ建造物をつくることがそれほど難しいとも思えない。天才と呼ばれる建築家にとっては、特に」
「挑発のつもりか? 確かに、俺の才能だったらできるさ。それも、いとも簡単に。同じ家具を揃えることもそれほど難しくはないだろう。労力と時間はいるがな。ソファーやらテーブルやらを買って、山奥まで何往復もして運び込むことを考えたらその生産性のなさに気分が悪くなってくる」
「だが、お前はそれをやった。ゼロから秘密裏につくることを考えたら、数年がかりかもしれないが、それをやったんだ、タリィ」
一方のヴァンは静かに、もう一方のタリィは吐き捨てるように、言葉を投げ合う。誰も口をはさめない。
「天才を馬鹿にするな。俺なら、半年もあればそっくりそのままつくれるさ。ウィッチが言っていただろう、俺は模倣は得意なんだ」
自分の不利になる内容を、胸を張って宣言するタリィはどこか清々しい。
「だがな、ヴァン。俺が馬鹿みたいな労力、時間、それから財力を使って山のどこかに霧中寮そっくりの建造物をつくった。そこまでよしとしよう。仮にだが。都合よく、それにぴったりな場所があって、そこに寮を建てた、と」
「誘導するなよ、タリィ。一応言っておくが、話の順序が逆だ。俺が予想するに、そもそも使えそうな場所を山中に見つけたところから、この計画が始まった。だから計画に都合がいいのは当たり前だ」
「ふん、名探偵だけあって詭弁がうまいな。だが、いいとしよう。そうだとして、だ。一体、いつ俺たちは移動した?」
そうだ。移動したタイミングはいつなんだ。いや、待てよ。僕たちが塔を見つけたのはいつだった。そうだ。朝起きて、そして塔を見つけた。だとしたら。
「寝ている間、ですか?」
意識せずに口走った言葉に、
「そうだ」
ヴァンは深く頷く。
「そうとしか思えない。俺たちが寝ている間に、運ばれたんだ。荷物ごとな」
「馬鹿な」
呆れたようにタリィがせせら笑い、
「どうやって運ぶ? お前の言い分だと、偽の霧中寮の周囲には道がないんだろう? 夜霧の中、そこまでたどり着くことができるわけがない。それに、俺は何往復しなければならないんだ? 夜が明けてしまう。そもそも、運んでいる最中に起きてしまったらどうする? というかな、そもそもヴァン、お前は忘れてしまっているかもしれないが、俺はエーカーと一晩中酒を飲んでいたんだぞ」
矢継ぎ早に、無数の反論が出てくる。そのどれもが僕から見ても妥当なものだ。ヴァンの言っていることは、まるで世迷言のようにしか聞こえない。
だがそれでもヴァンは、揺るぎない。力強くはないが、それでも揺れることなく立ち続けている。朽ちかけた古木のようだ、とふと感じる。
「分かっている分かっている……話は一つずつ、だ。ええと、そうだな、まずはあれだ、どうして起きなかったのか、の話からするか。というより、俺がそもそもこの推理を組み立てた発端はそれだ。そこから考えだしたんだ」
「え?」
意味が分からない。どうして起きなかったか、がスタート?
「簡単な話だ。俺は、何度も言うが、さすがにあそこまで酒は弱くない」
意味が僕たちに浸透するのを待つように、ヴァンは一度言葉を切ってから、
「酒だけじゃあなくて、何か混ぜられたんじゃあないかと一番に疑ったんだ。いや、これは、真面目な話だ。いくらなんでも、普通に酒を飲んであそこまで体調悪くならない。なったことはないからな、あそこまでは。ずっと言っていただろう」
確かに、言ってはいた、が。あれは言い訳でも何でもなく、本当に、心の底から、「これはおかしい」という意味だったのか。
「多分、俺にとってよほど酒と薬の相性が悪かったんだろう。一番心配していたのは案外、薬を盛ったお前じゃないのか、タリィ。あそこまであからさまだと、酒に問題があったんじゃあないかと俺が疑うだろうからな。実際俺は疑ったし、他の奴らもそう思ってもおかしくなかった」
「睡眠薬を盛ったとでもいいたいわけか。はっ、昨夜はお前は自分からエーカーに頼んで睡眠薬を飲んだみたいだが?」
タリィの皮肉に、
「あれは色々と考えた結果だ。後で説明するよ。ともかく、俺たちは皆、酒だけでなく睡眠薬も盛られていた。俺が一番ひどい目にあったが。別に薬を盛るのが難しいなんてことはない。別に誰も警戒してないからな。俺たちに薬を飲ませて自分だけそれを免れるなんて簡単なことだ。特に、最初に自分用のワインを一人で飲んでいたお前ならな。エーカーの最初の方の酒にだけ薬を入れれば事足りる。薬を入れた一本目が空になるのを見計らって自分のワインを飲み干せばいい」
「それは、まあ、確かに」
ずっと黙っていたウィッチが同意する。確かに、僕としてもまるで警戒していなかったから、こっそりと薬を混ぜられたとして気付かなかったと思う。というか、普段、そんなことを警戒しているわけがない。
「多分、何度か実験した上で薬を盛ったんだろう。そこまで効いても不自然に思われるから、その場で急激に眠気が襲ってくるわけではないが一度寝てしまったらなかなか目を覚まさない、くらいの分量に調節してたはずだ。何度も言うが、俺が薬と酒と相性が悪くて、あそこまでとんでもないことになったのは予想外だったろうな」
にや、とさも面白そうに言うヴァンの顔色は、どんどんとよくなっていっている気がする。本来の彼は、こうなのかもしれない。やつれていた顔に生気がゆっくりといきわたっていく。
「そうやってぐっすり眠った俺たちを、荷物と一緒に荷車に積んで運んだんだ」
荷車?
「タリィは身体能力が高いらしいが、それにしても俺たちや荷物をそのまま抱えて運ぶとは思えない。荷車を使ったはずだ。そこら辺から考えると、多分、本物の霧中寮から偽の霧中寮までは、そこまで離れていない。そして、急激な勾配もなく辿り着ける場所にあるはずだ。そうでなければ荷車を使って一晩のうちに輸送することが難しい。で、それくらいの距離なら、お前たちが塔に向かった方法を使えば移動は可能だ。例えば元々、自分にしか分からないように地面に目印を刻んでおくか何かして、その上でロープなんかを使うとかな」
「――あっ」
目印、でぱっと思い出す。
岩に刻んであった傷。それを眺めて、よく意味が分からないことを呟いていたヴァン。
「ああ、そうだ」
僕の叫びに反応してヴァンは横目でこちらをちらりと見て、
「あの傷が多分目印の一つだとは思ったんだが、そこからどう行けばいいのかが分からないから意味がない。目印の意味を知らないとそれを辿って確実に戻る自信はない。まあ、その目印の作者じゃないんだから仕方ないな。あれは、本人にしか分からないようにしてあったんだろうから」
肩をすくめ、ヴァンは続ける。
「とにかく、これなら可能だろう? どうだ?」
「馬鹿な。肝心なことが残っている。エーカーと俺がずっと一晩中酒を飲んでいた、このことについてだ」
話にならない、とばかりにタリィは即座に反論する。
「ああ、それか」
ちらりと、ヴァンは何故かウィッチに目をやる。
するとウィッチは、目をそらして頬をぽりぽりとかく。
……何だ? どういうこと?
「――あれは、エーカーが嘘をついたんだろう」
全くもって簡単に、ヴァンが答える。多少言いにくそうではあったが。
「……俺とエーカーが共犯だったと? 共犯は考えにくいと、お前が言ったんじゃあなかったか?」
「共犯じゃあない。タリィ、お前がエーカーを利用しただけだ。その……エーカーの心情や性格をよく理解していた、お前がな」
陰口じゃあないぞ、とそこで前置きしてから、ヴァンは続ける。
「一日、二日一緒にいただけで大体あいつの性格は分かった。見栄っ張りだな。自分を大きく見せたい。タフガイ気どりだ」
どう聞いても陰口だ。
「で、どうも、特にウィッチの前だとそれが酷い気がする。それにほら、絵のことについて、ウィッチに絵の才能がないとか言ったり、あの塔のない絵を描くのはウィッチには無理だとか言ったりしていた。あれもよく考えてみれば悪口に見せかけてウィッチがこの事件には関係ないとかばっていたんだろうな。あと、ウィッチによく話を振ったりしてたんで、まあ……」
言いにくいのか、ヴァンはまたちらりとウィッチを見る。
ウィッチも気まずそうに肩をすくめてから、
「そうね、まあ。自分で言うのも恥ずかしいけど、その……エーカーはあたしを、その、ちょっと意識してたんじゃない?」
ええー、全然気づかなかった。しかし、確かに言われてみればエーカーは自分を大きく見せる言動が多かったし、ウィッチにもやたら話しかけていた。
「俺が気付くくらいだから、ずっと一緒にいたタリィ、お前がそれを分かっていないわけがない」
「くだらない。凡人の恋愛模様なぞこの天才が気に掛けるか」
吐き捨てるタリィの言葉を無視して、ヴァンは続ける。
「で、そうなればウィッチの前で、酒で意識を失っていたなんて言えないってことを、お前は計算していた。違うか? それに、正直にエーカーが意識がなかったことを告白したところで、それで計画が丸つぶれになるわけでもない。うまくいけばラッキーくらいのものだったのかもしれない」
「で、でも、こんな大事になっているのに、自分のメンツを優先しますか、エーカーさんって?」
短い付き合いだが、そこまで自分本位な人間には見えなかった。
「そこがタリィの巧妙なところだ。クロイツの失踪が分かって各々の証言が重要になったタイミングで、エーカーの意識があったかないかが重要なことじゃあない、というように話を誘導していったんだ。覚えているか? タリィは、自分が見た限りはエーカーは起きていた、と証言した。そして、自分の意識が朦朧といていたが、誰かが通れば気付いただろう、ともな。あれで、エーカーはわざわざ自分が見栄を張ったことを告白せずとも、どちらにしろ出入り口は使われなかったから関係ない、と安心したわけだ。それでも気がひけたらしく、最後は微妙にぼやかしていたけどな。ちょうどトイレに行っていたタイミングだったら分からないとかなんとか」
確かに、エーカーは最後まで「絶対に誰も通っていない」という断定を避けていた。まるで人の証言に合わせているような奇妙なエーカーの証言の仕方。今考えれば、かなり不自然だった。
「全てお前の想像だ。それに、事態がどんどんと深刻になっていくなかで、ずっとそのことを黙っているのは不自然だ」
タリィは表情を変えず反論する。
「逆だよ。深刻になっていけばいくほど、今更自分がちょっとした見栄を張っていたことを言い出すことができなくなっていったんだ、多分。それに、何度も言うが、エーカーはどちらにしろあの出入り口は使えない――つまり、この寮が密室状態だと思っていたんだ。というか、お前の証言でそう思わされたんだが。わざわざ恥をかかないだろ」
「ううん、でも、逆にエーカーがそこまでタリィの証言を信じてたことも妙な気がするけど。だって、タリィが嘘ついていたらその前提が崩れるわけでしょ?」
納得できないらしく、ウィッチが首を傾げる。確かに、同窓生とはいえそこまで無条件にエーカーがタリィを信用していたというのは不自然な気がする。
「今となってはそう思うだろうが、あの時点では状況が不思議すぎてそもそもこの事件に犯人という存在がいるのか、いるとして自分たちの中にいるのかもはっきりしていなかった。おまけに、酒に薬が盛られるとも思ってなかったエーカーとしては、自分が意識を失う前提でタリィが嘘をついているとは中々思いにくいだろうさ」
「もう一度言うが、全てお前の想像だ。妄想と言ってもいい」
「どうかな? 証拠とまでは言わないが、あの夜のお前とエーカーの証言には不自然な部分があった。ほら、俺がトイレを水浸しにした、という話だ。あれ、お前が掃除したらしいが、それはいつのことだ?」
そう言えば、そんな話があった。
「……何?」
唐突な話の転換にタリィは片眉を上げて当惑を表す。
「夜、飲んでいる途中でお前がトイレ掃除したなら、お前が長く席を外していたことがエーカーから証言がなかったことが妙だ。そもそも、お前は意識が朦朧としたタイミングがある、とは言っていたがトイレに行ったという証言はなかった。逆に、エーカーは何度かトイレに行ったと証言している。だが、トイレが水びたしになっていた、という話はあいつからは一切出ていない」
ヴァンはひやりとした目をして、自らの顎を撫でる。
「思うに、タリィ、お前はトイレ掃除などしていない。俺たちを運ぶので忙しかったはずだ。ところが、証言の途中で俺がそんなことを言い出したから困った。偽の霧中寮のトイレは水浸しじゃあない。当然だが。俺がそんなことを言っているのにトイレがきれいなままだったら、怪しまれる。さすがに一晩じゃあ水浸しだったトイレが乾くということもないだろうからな。だから、咄嗟に自分が掃除をしたのだということを怒りながらアピールした。違うか?」
「……違う。邪推だな。どうして、お前はそこまでひねくれた考え方ができる?」
「どうして、か。理由は簡単だ。俺は」
す、とヴァンは身を乗り出し、笑う。
「トイレを水浸しになんてしてないからだよ――あれは、カマをかけただけだ」
息を呑む。だとしたら、あの時点でヴァンは既に、タリィを疑っていたというのか。
無表情だったタリィの目が吊り上がる。敵意。
「貴様」
対照的にヴァンは口の両端を吊り上げる。明らかな嘲り。
「お前とエーカーの証言があまりにもあやふやだったからな。ちょっと試してみただけだ。そう怒るな。それに、それでお前が犯人だと短絡的に考えたわけじゃあない。結局のところ、二人が入り口を見張っている状態では塔の出現は起こせないはずだと思って、そこから逆算しただけだ。お前たち二人が嘘をついている、とな。あくまでカマをかけたのはその補強だ。そしてカマをかけた時点では、まだ確定はしていなかった。お前が犯人なのか、エーカーが犯人なのかは。ただ、共犯説は消えた。お前とエーカーが共犯なら、こんなあやふやでカマをかけられたらボロが出るような証言になるはずはないからな」




