推理(3)
またしても、沈黙。驚愕、あるいは呆れからか。
誰もが、数秒の間反応しない。
「……俺が?」
タリィは、ぽかんとした顔をしている。
「そう、お前が犯人だ、タリィ」
対するヴァンは落ち着き払っている。
「塔を出現させた――正確には違うが、まあ、あの塔を出したり消したりしたのはお前に確定。クロイツを殺したのがお前だっていうのは確定とまではいかないかもしれないが、状況的にお前だろうな」
「おいおい、さっきまで犯人候補だったお前が、今度は俺を犯人だと? まあ、エーカーが犯人だと言い出した俺が言えた義理じゃあないが。それにしたってさっきから話があちこちに飛びすぎだ。付き合っていられない」
立ち上がろうとするタリィを、
「話だけでも、聞いてみましょうよ」
ぐっと、彼の肩に手を置いて押しとどめるのはウィッチだ。彼女は、どこか冷めた目をしてタリィの肩に手を置いている。いや、押さえつけているのだと見ていても分かる。
「――ウィッチ?」
意外な反応にタリィも混乱したらしく、気勢をそがれた様子で座りなおす。
「……クロイツが死んで、エーカーも消えた。分かるでしょ、タリィ。もしも、エーカーも死んでいたとしたら、怪しいのはあたしかあなた。ヴァンさんやココアは部外者。とても犯人とは思えない。そして、あたしは自分が犯人じゃないと知っている」
「なるほど……つまり、ヴァンを信じるわけか」
「少なくとも、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばす気にはなれない」
一瞬だけ眼光鋭くウィッチを睨みつけたタリィだが、すぐに顔を緩める。
「いいさ、ヴァン。この天才が犯人だというのなら、その証拠を出してくれ。それなら付き合おう」
余裕を取り戻したタリィの態度に、張りつめていた場の空気が一瞬緩まる。
「助かるよ、タリィ。だが、今この場で説明が要らないくらいに明確な証拠を出すことはできない。説明が必要だ。長い長い説明が。だから、まずは俺の話を聞いてくれ。それを聞いて、皆で判断してくれればいい」
一度言葉が切られる。誰からも異論はない。そうして、ヴァンの話が始まる。
「――とにかく、この事件で一番の不思議は塔の出現だ。絵から塔が消えたことは、そこまで不思議じゃあない。そうだろ? 絵を上から塗り直すなり、絵をすり替えるなりすればいい。難しいかもしれないが、実物の塔を出現させるよりも難しいとは思えない。だから、まず考えるべきは塔の話だ。そっちの謎が解けたら、他の謎も一緒に解けるかもしれない」
塔の出現。僕やタリィは、塗料を水の魔術で落としたのだと考えていた。だが、ヴァンにその考え方の矛盾点を突かれた。
「物事は単純に考えるべきだ。ひどく単純にな」
ヴァンはそう前置きをしてから、
「あの塔を一晩でつくったとは考えにくい。だから、元々あの塔はあったと考えるのが自然だ。そこまでは、タリィやココアの意見に異を唱えるつもりはない」
「ちょっといい? 本当に、塔が以前からあったというのは確定と考えていいの?」
ウィッチが疑問というより確認の口調で言う。奇しくもさっきのタリィと同じような口調だ。
だが、そうだ。以前からあったというのならヴァン自身が言ったように、ここまで発見されていないことが矛盾してしまう。
「ああ、そう考えた方が自然だ。足場の件もある」
「足場?」
唐突に意味不明な単語が出てくるので戸惑う。いや、足場という単語の意味自体は分かるが、この事件において足場とは何のことだろう?
「実物を近くで見てはいないが、あの塔には出入り口がない。そうだろ? 何故かは知らないし、犯人も知らないのかもしれない。だが、あの塔の内部に誰かいる、もしくは何かがある」
本物の少女か、それとも少女の絵か、という話か。
「ともかく、あの出入り口のない塔の中に出入りするには、あの塔の窓を使ったと考えられる。だが、あのもろい塔を直接よじ登るのは危険だ。となると、木材か何かで足場を組んで、それを使って塔に入ったんだと思う。ただ問題は、それなりに大がかりなその足場が、痕跡含めて何も残っていないってことだ。あればお前らが見つけてるはずだろ。この寮の周辺と違って、地面を荒らした跡すらなかったってことは、つまり、それなりに以前にその足場は組まれ、そして解体されて今では痕跡すら残っていないってことだ。よって塔はそれ以前からそこにある。説明終わり」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。だって、塔の中にいる少女は、『今』そこにいるんですよ?」
あの少女が絵だろうが実物だろうが、今そこにいて、移動している以上、昔に足場が組まれていて今はない、というのは意味が分からない。見えたり見えなかったりしたということは、絵だとすれば、誰かが移動させていたはずだ。それとも、あの塔の中にいたのは本物の少女で、遥か昔からずっと住んでいるとでも言うのか?
だが、僕の質問を、
「その話は後でするよ」
とヴァンは平然と受け流して、
「ともかく、あの塔はもともとあった。ずっと前から。ところが、あの場所にずっと前から塔があったとすると、これまでに誰にも発見されていないというのがおかしい。ここが悩みどころなわけだ」
「ずっと、他の人には見えなくなるような仕掛けがしてあったとか?」
一応、思いついたことを口にしてみるが、
「ほう、どんな?」
そのまま、ヴァンは興味深そうな顔で問い返してくる。
「え? ええと、ほら、例えば……そうだ、塗料ですよ、塗料。やっぱり、色を塗ってたんです。だけど、白じゃあなくて、それでニャンさんが塔に何か描いてたっていうのは、どうですか?」
「――ニャンが?」
意表を突かれたのか、ヴァンが口を大きく開ける。
「そうです。ニャンさんって、ほら、この『霧に浮かぶ塔』みたいに、見た人に何か特有の印象を与える絵を描けるんでしょ? だったら、水で落ちない塗料で、見た人が塔のことを認識しなくなるような、絵を……」
言っている途中に自分でもあまりにも荒唐無稽だという気がしてきて、どんどん語尾が弱くなりついには喋るのをやめる。
実際、タリィやウィッチはあからさまに呆れた顔をしている。だが、見ればヴァンは眉を寄せ、僕ではなく宙の一点を睨み何か考えに沈んでいる。
「――絵を……」
恐ろしいくらいに、真剣な顔をして。
「あの……ヴァン、さん?」
「――あ、ああ……そうか」
ふっと、ヴァンは視線を僕に戻す。
「……いや、それは、都合がよすぎるだろう。それがありなら、何でもありだ。まるでそれじゃあ――」
言い淀んでから、
「とにかく、他の選択肢が全て消えた場合――そんな場合がありうるかどうかは別として、そうなったら考慮してもいいかもしれないが、それまではなしだ、それはな」
「じゃあ、一体どうして見つからなかったと思っているの?」
ウィッチの合いの手に、ヴァンは指を振って見せる。
「よく考えてみろ。塔はずっと以前につくられている。だが、塔がずっと以前からそこにあったのなら発見されている。この矛盾を解決するにはどうすればいい?」
「……あっ」
思わず声が出る。気づいた。そうだ。
「ずっと以前にある塔が、『そこ』にあるから問題なんですか?」
「そうだ。そういうこと。塔はずっと昔につくられたが、登山ルートの近くにずっと昔からあったとするとおかしい。なら、そこが間違いなんだ」
「つまり――」
だが、僕はやはり首を傾げてしまう。どうしたら、そんなことができるというのか。
「どこかにあった塔を、移動させたってことですか?」
あんな巨大な塔を、しかも崩れそうな古い塔を丸々移動させるなど、どうやって。
「違う違う」
あっさりとヴァンが首を振り否定するので、必死でその方法を考えていた僕は拍子抜けする。
そして、ヴァンは続けて何でもないことのように、
「移動したのは塔じゃない。俺たちの方だ」




