推理(2)
体調崩してちょっと遅れてしまいました。すいません。
沈黙。ただただ、沈黙だけ。
何の音もしない。耳に痛いくらいの沈黙に満ちている。世界から音が消えたようだ。世界が僕の次の言葉を待っている。そんな風に錯覚さえする。
「僕には、いえ、正確にはタリィさん以外の誰にも、あなたがヴァン・ホームズであることは分かりません。あなたとタリィさんが言っているだけです」
明らかに動揺しているタリィに顔を向ける。タリィは既に天才の仮面を捨て去り、狼狽した目で僕とヴァンを見比べている。
ヴァンはもはやタリィとウィッチを見ることなく、僕から目を外さない。じっと、片目で僕をのぞき込んでいる。
「――タリィに訊いてみればいいだろう、ココア。今、この場にいるこの男は、ヴァン・ホームズに間違いないのか、と」
「もちろん……どうですか、タリィさん?」
僕の質問に答えはない。
「断言できないはずです。ヴァン・ホームズは隠居した貴族。そして、タリィさんと主に接触していたのはヴァンさんではなく、ヴァンさんの奥さんや妹さんです。加えて、見たこと自体はあるとタリィさんは仰っていましたが、ヴァンさんは見ての通り、かなり見た目が特徴的です。白に近い金色の髪、猫背、黒衣、そして眼帯。だから、そこが強く印象に残っている。逆に言えば、そこさえ真似てしまえば、そうそう簡単には偽者だとはばれない」
「ちょ、ちょっと待て」
タリィは汗を拭う。半信半疑ながらも、彼はどうやら僕の推理に引き込まれているようだ。疑うというよりも確認の口調だ。
「だが俺は、そもそもホームズ家からヴァン・ホームズが代役で来ると連絡を受け取ったんだ。それも、偽装だというのか?」
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。例えば、ヴァン・ホームズが代役でこの同窓会に参加すると知って、本物のヴァンを、その……『どうにかして』入れ替わったのかもしれないし、知らせ自体を偽装したのかもしれません」
「あの、けどさ」
ウィッチが遠慮がちに口を出す。
「さっきもこの話になったけど、ヴァンさんが代役でこの同窓会に出席するのは偶然だったんでしょ? もし、それがなかったらどうしたの?」
その質問はもっともだ。そして、それを考えると不愉快な話になる。というより、恐ろしい話に。
「……犯人としては、この同窓会で、皆さんと顔見知りじゃない人間に入れ替わって出席するのが目的でした。ヴァン・ホームズという入れ替わるのに格好の人間が出席すると知ったからそちらに入れ替わりましたが、そうでなかったら、他に出席する予定の皆さんと初対面の人間が標的だったはずです」
つまり。
「あっ……それって……ココア」
目を見開いたウィッチが震えた声を出す。
「――そうです――多分、僕に入れ替わっていたはずです」
それに気付いた時は震えが止まらなかった。運よく、僕は今この場で生きて存在できている。そう、ただ、運がよかっただけだ。
「ただ、僕は皆さんに取材する立場。一方、ヴァン・ホームズに入れ替われば完全なゲストで貴族。どちらに入れ替わった方が、同窓会に出席した後自由に動けるかは決まっています。だから、ヴァン・ホームズの出席という偶然を最大限利用することにした」
全員の視線がヴァン、いや、ヴァンの振りをした男に集中する。
「……じゃあ、俺は誰だ?」
男はこの状況下で笑みを浮かべる。口の両端が裂けたような笑み。
「俺がヴァン・ホームズでなければ、誰だ?」
「正直、そこまでは分かりません。ただ、この寮や塗料についての知識がある。そして、この事件に確実に関係している少女、ニャン。そこから考えると、あなたはニャンの関係者じゃあないですか? 家族、あるいは恋人」
ニャンは自ら命を絶った。あるいは事故で爆死した。そう聞いている。だが。
「ニャンさんの死の責任が皆さんにある。そう思ったあなたは芸術家だったニャンさんの弔いも兼ねて、世にも不思議なこの事件を計画した。どうですか?」
再び、沈黙。重苦しい沈黙が、場を支配する。
誰も喋らない。ウィッチも、タリィも、息を呑みヴァンと呼ばれていた男を見守っている。
沈黙が長い。永遠に続くのではと思えるほどに。
だが、しばらくしてゆっくりと空気が揺れる。くつくつという、乾いた音。いや、これは、声だ。笑い声。
「……ふふ、ははは」
笑い。男が肩を揺らして笑っている。耐えきれないかのように。
一体、何がおかしいというのか。それとも、強がりか。
訝しむ僕をさも楽しそうに男は見据えて、
「失礼。なかなか面白い話だ。ああ、かなり推測が多いが、まあ、いいや。じゃあ、俺がそうだとしよう。けど、ココア、お前の説明にはいくつか矛盾点がある」
男は指を折り数えていく。
「ええと、いくつかな……片手じゃあ数えきれない。ああ、例えば、塔だ。あの塔を白く塗った。それはいいとしよう。だが、じゃあ結局のところ、あの塔はいつできたんだ?」
「え?」
塔? 古い、元々あった塔だと説明したのに。
「あの古い塔だよ。元々あった、それこそタリィたちが学生時代からあった、というのは話が通らない。だったらその時に見つかっているはずだから」
あ、と思う。この事件のことだけを考えていて、それ以前のことを想像していなかった。
「え、ええと、そうですね……この寮が学生寮として使われなくなってから、じゃないですか?」
学生が使っている頃だと塔が発見されてしまう。
「それだと比較的最近だな。話に聞いたり、ココアのメモを読んだ限りじゃあ、かなり古い塔みたいだったんじゃあないか?」
「それは、そうねえ」
ウィッチが男に同意し、さっきまでの疑惑のまなざしを男ではなく僕に向けてくるので慌てる。
「ちょ、ちょっと待ってください。新しいものを古びたものに見せるようなテクニックってあるんじゃ、ない、ですか……?」
「ああ、もちろん。天才じゃなくても、新しい石壁を古いものに見せるくらいはできる。多少なりとも齧っていればな」
タリィが同意してくるので、僕は安堵するが、
「そりゃああるだろうな。で、どうせお前の推理だとその塔をつくったのも俺かニャンだと言いたいんだろ? それはいいとしよう。偶然、いたずらか何かで古く見える石塔をつくって、今回それを利用した。まあ、いい。だが、やはりそれでもおかしい」
なおも男の反論は止まない。
「な、何がですか?」
「この山は、別に秘境中の秘境というわけでもない。今は削られてしまっているがちゃんと道があるくらいだ。誰にもその塔が発見されないってことがありえるか? もともとは白くないんだろ?」
「いえ、だからそれは、最初に白く塗りながらつくるとか……」
「じゃあ、何か? 誰にも気づかれることなく、登山ルートの近くに塔をつくりつつ、それを白く塗ってなおかつ古く見えるように加工したってことか? 大体、水洗いできるってことは、大雨が降ったり嵐がきたら結局色が落ちるわけだろ。やっぱり、あの塔が元々あって今回隠されただけだ、とするのは難しいんじゃあないのか?」
返す言葉を失った僕に、
「『どうして塔が現れたか』が問題なんじゃあない。あれは、どう見ても元々そこにあった古い塔だろう? だとしたら、『その塔がどうしてずっと消えていたか』の方が謎なんだ。お前はこの事件の範囲内でその謎を推理したみたいだが、事件の前にもこの塔は消えていた。ずっとな。誰にも発見されなかった。ここを解かなきゃ意味がない」
「じょ、じゃあ、うあ」
何か言い返そうとして、僕はもごもごと意味の分からない声を出す。
どうしよう、確かに、向こうの言っていることの筋が通っている気がする。
「大体、俺がヴァン・ホームズじゃないというのも難しいと思うがな。殺して入れ替わるんだったら、貴族、それも隠居して滅多に表に出てこない貴族をどうにかするのは難しいだろう。ホームズ家からの『ヴァンが代役で出席する』という知らせを偽装したというのもなあ、そんな簡単に貴族からの知らせを偽装できるものか? それをしたところで、もしタリィがホームズ家の誰かに問い合わせたらおしまいじゃあないか。タリィは俺の妹と懇意にしてるんだ。確かめることは簡単だろう」
ぐうの音も出ない。
「なかなか面白かったがな。ただ、目の付け所が少し違う。妙な角度から真相に近づいている部分もあるが……」
そして、男はきょろきょろしだす。
「ううん、ついでだからこの場で決着をつけようと思ったんだが、うまくタイミングが合わないな。てっきり、ココアの推理を聞いている間に来るかと思っていたんだが。まあ、そううまくはいかないか」
意味不明な言葉に僕は戸惑う。
「じゃあ、もう少し時間を潰すか。とりあえず、俺はヴァン・ホームズだ。偽者じゃあない。証明する方法としては、あれだ、魔術で思い切りでかい打ち上げ花火でも爆発させてやろうか? 一応、魔術の天才だからな。天才じゃないとできないくらいの魔術を使ってやってもいい。まさか、偶然、犯人も魔術の天才だった、なんて言わないだろう?」
平然とそう言う男――いや、ヴァンに僕は降参して全身の力を抜く。そうか。全部、僕の考えすぎか。バカバカしい。終わった。全てが終わった。
「ヴァンさん……すいませんでした」
もう、謝ることしかできない。貴族を偽者の殺人犯扱いしたなんて、下手をすれば打ち首だ。
「いやいや、いいんだ。気にするな。懐かしい感じがして、嬉しかったよ。くく、俺を犯人扱いか。学生時代からの友人――あのバカのことを思い出した……さてと」
ヴァンはちらちらと何度も視線を動かす。ようやく、分かる。彼は出入り口の扉をずっと気にしている。早く、出ていきたいのか? そう言えば下山したいと言っていた。
だがヴァンは足を組み、明らかに動こうという気配はない。何かを、待っているのか?
「……しょうがないか。俺が時間を埋めるしかないな」
呟いて、ヴァンは仕切りなおすようにぱん、と両手で膝上を叩いて、
「もう、始めるとしよう」
「――何をだ?」
黙って、僕たちのやり取りを見守っていたタリィが口を出す。
「もちろん、あれだ。謎解きだ。名探偵の推理発表だよ」
そして唐突に、本当に唐突に何の溜めもなく、ヴァンは真っすぐに指さす。
「いきなりだが、犯人はお前だ、タリィ」




