↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/345

推理(1)

 下山は取りやめになった。

 ひとつには、ウィッチの精神的なショックが大きすぎるため。もう一つは、僕が止めたためだ。

 危険を冒して下山せずとも、当然ながら犯人は安全な下山方法を用意しているはず。それなら、これから犯人を捕まえてそいつにそれを聞き出せばいい。

 そういう僕の主張が受け入れられ、今四人ともダイニングキッチンに集まっている。


 既に火が消えて燃やすもののない暖炉の周囲は冷えている。ショックを受けているウィッチは半分寝るようにして毛布に包まったままソファーに座り、タリィは赤いコートを着込み座ったまま貧乏ゆすりをして、そしてヴァンは微動だにせず立ったままこちらを見ている。


「わざわざあんな言い方をするってことは、お前が考える犯人はエーカーじゃないということだな」


 体も目も、いや見た限りは口すらも動かさないままにヴァンが言う。


「はい」


 だがそのヴァンの威圧感にも僕は動揺しない。もう、僕がやるべきことは決まっている。真実を明かすこと。それをすればいい。そうすればこの状況も終わる。


「ココア」


 タリィが明らかに信用していない目で僕を見てくる。


「俺の天才的な推理が間違っていた、ということか?」


「まあ、そうです。エーカーさんは犯人じゃあない」


 多少言いにくいが、そう言うしかない。


「ちょっと待って。犯人じゃないなら、じゃあ、エーカーはどこに……」


 と言いかけてまたウィッチは絶句して顔を白くする。最悪の想像をしてしまったのだろう。そして、僕にはそれを否定する根拠はない。


「お前の推理を話す前に、まずはこの天才の推理の何がおかしいのか、どうしてエーカーが犯人じゃあないかを説明してくれ。そうではないと納得できない。元名探偵のヴァンならともかく、凡人のお前に否定されるなんてな」


 憎まれ口を叩きながらも、タリィの目線は定まっていない。今までになく弱気な印象がある。おそらく、平然としたふりをしながらもクロイツの死体を見た衝撃がかなりあるのだろう。ウィッチと同じくらい、本当は動揺しているのだ。クロイツが死に、エーカーが消えていることに。


「その前に、ヴァンさん」


「ん?」


「僕の夢じゃなければ、ヴァンさんはウィッチさんと、タリィさんの推理が60点みたいな話を昨夜してませんでしたか?」


「何? この天才の120点の推理が60点だと?」


 失礼極まりない、とばかりにタリィが眉を吊り上げるが、


「ああ、したした」


 一方のヴァンはあっさりと肯定する。


「昨夜のことね。そういう話、確かに、したわ」


 まだ白い顔をしてウィッチが補足する。


「一体、どうして60点だと?」


「んん?」


 予想外の質問だったらしく、ヴァンは眉をひそめて、


「いや、だってかなり曖昧な部分が多かったし、納得できるかどうかっていったら6割納得程度じゃなかったか?」


「本当に、そんな理由ですか? ひょっとして、ずばりそのまま、タリィさんの推理が6割程度真実だったから、じゃないですか?」


「……どういう意味だ?」


「そのままの意味です。ヴァンさんには分かっていた。この事件の真相が。そして、それを6割くらいタリィさんが見抜いていたから、そんな言葉がぽろりと出た。違いますか?」


「意味がよく分からないな」


 嘘だ。僕には分かる。ヴァンはもう、自分が何を言いたいのかすっかり分かっている。


「タリィさんの推理、大筋では合っていた。けれど、犯人だけが違っていたんです」


 僕はまっすぐに指を目の前の人物目掛けて突きつける。


「犯人はあなたです、ヴァンさん」





「塔が出現した方法、それはタリィさんの推理した方法で間違いないと思います」


 言葉もないヴァン、タリィ、ウィッチを後目に僕は推理を続ける。もう、溢れ出して止まらない僕の疑念をそのまま吐き出しているような状況だ。

 一緒に飲食も寝起きも共にした人物、憧れだと思っていた人物を犯人だと告発する。奇妙な状況に僕は自分が何を感じているかを把握できていない。


「ただ、タリィさんの推理でかなり曖昧な部分がありました。それは、あの塔にどうやって水の魔術を仕掛けたか、です。何度も言うようにこの寮はあの時、半密室でした」


「だから、俺の意識がない間にエーカーが出て行ってやったんじゃあないのか?」


 タリィの言葉に、僕は首を振る。


「とてもそうは思えません。だって、いつ意識を取り戻すか分からないわけですから。ここから、塔まで行って、水をかけて色を洗い落としてから戻って来る。山歩きに慣れているエーカーさんだって、どれくらい時間がかかるかわかりません」


 現に、塔の場所まで道なき道を歩いた身からすると、下手をすれば夜が明けかねないんじゃあないかとすら思う。もちろん、その時は道があったとすれば同列に比べられないだろうが、それにしても。


「僕がその疑問を口にした時は、不自然にヴァンさんが止めましたよね。考えても無駄だって」


「そうだったかな」


 とぼけているが、一瞬だがヴァンの目が泳いでいる。


「ええ、そうでした。だから、余計に印象に残っているんです。そりゃあ、犯人が多少不合理な動きをするのは仕方ないかもしれません。けど、もしもエーカーさんが犯人で全員が寝ている隙に塔まで行って水の魔術を使って、それから戻ってきて何もなかったように酒を飲み始めるって、いくらなんでも無理がある。計画の時点で破棄されますよ」


 だから、あの時のヴァンの発言は誘導だったのだ。タリィのエーカー犯人説を否定させないための。


「犯人は、白く塗ってあった塔を、この寮から水洗いしたんです。そうとしか思えない」


「ここから? 馬鹿な、どうやってだ」


 ヴァンは呆れ顔をする。ウィッチも、困惑を顔に浮かべている。


「簡単ですよ。こうやって、です」


 そう言って僕は、かちり、と。

 爪を立て、例の鎧戸を外す。


「ここからでは、角度的に塔は見えません。けれど、場所を変えれば見えます。例えば――」


 一度言葉を切り、


「誰かの部屋の鎧戸を外せば見えるはずです。各部屋にこの鎧戸はある。そうですよね?」


 僕の指摘に、いったん誰もが黙る。


「じゃあ、あれか?」


 ヴァンは顔をしかめている。さも馬鹿なことを聞いた、とでも言いたげに。


「俺は酒に酔っ払ったふりをして、自分の部屋の鎧戸を外して、そこから塔を見て水をかけたと? あのな、魔術には視認が必要なんだ。今更その説明がいるか?」


「明確な視認が必要なのは、正確な魔術の行使に、です。そこまでの正確さはいらないはずだと仰ったのはヴァンさんですよね」


「そこまでの正確さはな。だが、ここからかなり離れた場所にある塔は、正確さ以前にそもそも見えない」


「何故、見えないんですか?」


 僕の追求に、困ったようにヴァンはため息をつく。


「まず第一に、霧で見えない。そもそも、見えなかった塔を見えるようにするために水の魔術を使うという話だろうが」


「ええ。ですが、あなたは霧を吹き飛ばすことができる――それも、塔までの距離の霧を、全て。一瞬とはいえ、です」


「――ああ、そうか」


 そこでヴァンは顔を歪める。


「お前たちの前で、それを見せたか。確かにな」


 そう。塔が消えた時に、透明な筒を伸ばすかのように霧を晴らし、そこに塔がないことをはっきりとさせた。いや、それ以前にも。


「あの塔の窓の奥にいる少女。あの少女の姿を自分も確認した。そう仰ってましたよね、ヴァンさん」


「ああ、言った」


 僕たちが霧が晴れた一瞬目にした、ニャンに似ているらしい少女の姿。それを自分も見たと、そう言っていた。


「あれも、ただただ霧が晴れるのを待っていて見れたわけじゃあない。ご自分の魔術で霧をどけたんじゃあないですか?」


「否定するのも妙な話だな。確かに、そうだ。じゃあ、俺が大体の塔のある方角の霧を吹き飛ばしたとしよう……真夜中に、塔が見えるか?」


 そう、ここは町ではない。山中だ。霧がなかろうと、夜には真っ暗闇になる。だが、だからこそ、だ。


「さっき、タリィさんが言ってくれたじゃあないですか」


「ん? 俺?」


 黙って話を聞いていたタリィがぴくりと反応する。


「ええ。あの少女は絵で、それが蝋燭か何かで照らされていたんだって。この辺りは真っ暗闇です。だから、霧さえなくなれば、蝋燭の明かりははっきりと見えるはずです。それで、塔の位置が分かる。もう一度言いますが、塔を水洗いするためには正確な視認は必要ない。そうですよね? だから、大体の位置さえ見えればそれでいい」


 最初は半信半疑の体だったウィッチとタリィも、いまや真剣な顔で僕の話を聞き、そして明らかに疑念のこもった視線をヴァンに向けている。


 だが、それでもヴァンは一向に堪えた様子がない。


「なるほどなあ。なかなかうまく理屈をこねるものだ。ただ、それだったら俺じゃなくともいいんじゃないか?」


「まず、エーカーさんとタリィさんは、向かい合ってお酒を飲んでいました。早く部屋に入って、魔術を使いたいならそんなことをするわけがありません。だからまずこの二人は除外されます」


 視界の端でタリィがほっと息を吐く。安堵しているようだ。


「かなりの範囲の霧を風で吹き飛ばすのも、遠く離れた場所にある塔を水で洗い流すのも、どちらもかなりの魔術と言えます。ウィッチさんは、土の魔術以外はからっきしだ、という証言がありました。本人はそんなことないと抵抗してましたけど、それにしたって風と水の魔術でそんなことができる腕前とも思えません。失礼かもしれませんが」


「いやあ……残念ながら、実際そうだから気にしないわよ」


「安心しました。そして、僕は自分が犯人でないことを知っています。これで、残るはヴァンさんだけです。加えて、ヴァンさんは風の魔術については、それができるところを僕たちの目の前で見せてくれましたから」


「ふうん、なるほど」


 首をこきこきと鳴らすヴァンは未だに焦りを見せない。


「じゃあ、そもそもの大前提を聞くが、俺がこれを計画することが可能なのか? 別に動機は何だ、みたいな無粋なことは言わないよ。俺は前もってこの寮の鎧戸がどの位置にいあるか知っていないといけないし、タリィが言ったように塗料の調合と実験が必要だ。大体が、この同窓会に出席したのだって、偶然だ。出席するはずの当人が体調を崩したから代役で急遽出席することになっただけだ。この同窓会に参加するのは偶然、この寮のことも知らないし、絵具の調合なんぞしたことがない。その俺が、こんな計画をするっていうのか? ああ、それとクロイツの死体の件もある。絵がどこからか来たのは別にいい。どうにでもできるだろう。だがクロイツがどうやって消えて、そして死体がどうやってでてきたのか、その謎も未だそのままだ」


「クロイツさんがどこに消えて、どこから現れたか。それについては、かなり不愉快な想像ですが、できないことはありません。ヴァンさん、あなたはあの夜、魔術で塔を水洗いした後、クロイツさんの部屋に忍び込み、彼を殺害した。そして、彼の関節を外したり、骨を砕いたりした」


「はあ?」


 ヴァンが顔をしかめる。


「えぐいことを言うなあ。そうやって、無理矢理に例の空気口から押し出した、とでも言いたいのか?」


「そうです。もちろん、それをしたら寮の外壁のすぐ傍に死体がある状態になる。けれど、塔までの霧を吹き飛ばせるあなたなら、その死体をさらに遠くに吹き飛ばすことは可能なはずです」


「不可能だ、と言えば嘘をつくことになる」


 渋々といった様子ではあるがヴァンは肯定する。


「塔のある方向とはずれた方向に死体を飛ばせば、霧に紛れて見つかる可能性は低い。しかも、です。よく考えて見れば見つかったところで構わないわけです。半密室からクロイツさんが消え、骨を砕かれた状態で外に出ている。同時になかった塔が出てくる。これだって十分不思議ですからね」


 見つからなければより不思議だし、見つかったところで事件が台無しになったり犯人が特定されることもないわけだ。


「それで、昨日の夜にこっそり寮を抜け出し、外に落ちているクロイツの死体を拾って戻ってきて地下のアトリエに置いた、というわけだ……俺が」


「ええ。そもそも、今朝突然アトリエを見に行くヴァンさんは怪しかったです。僕たちに死体を見つけさせたかったんじゃあないですか? それに、クロイツさんの死体のチェックを率先してやって、すぐに無駄だからやめようと言って下山しようとした。あれは、僕たちに死体を調べられないようにするためでは? 調べれば、クロイツさんの体があの狭い空気口を通れるように砕かれていることがばれてしまうから」


「……ふむ」


 いつの間にか、ヴァンの右目には挑戦的な光が宿っている。


「クロイツはいいとして、エーカーが行方不明なのはどう説明する?」


「確かに、そこは難しいところです。ただ、ヴァンさんは元名探偵という立場だということを考えると、エーカーさんに何か吹き込むことは比較的可能なはずです。次はエーカーさんが狙われている、とか。そして、それに真実味を持たせるための伏線もはっておいた」


「俺が何かしたか?」


「僕に、エーカーさんに気を付けるようにと言いました。僕は律儀にそれを守って、エーカーさんに注目していましたけど……今考えれば、あれはエーカーさんが誰かに観察されている、と気配に気付いて危機感や不気味さを持つように僕を動かしたんですね」


「……なるほどなるほど」


 一瞬だけ目を見開いた後、ヴァンは薄く笑う。


「多少、ココアを侮っていたかな。多少、だが……それで、エーカーに自発的に消えてもらったと?」


「いえ、実際には、どうにかして一時的に寮の中のどこかに隠れてもらっただけだと思います。そうして、後でエーカーさんも殺害してクロイツさんと同じようにして外に出した」


「面白い。とても面白いな、ココア。今の話は……70点やってもいい」


 そして笑いを消し、


「だが肝心の話がまだだ。いいか、俺がこれを計画することは不可能だ。俺という隠居貴族がこの同窓会に参加したことは偶然で、俺にはこの山や霧中寮、そして塗料に関する知識はない。そして以前から知識を準備しておく理由もない。違うか?」


「違いません」


 僕は頷き、


「――あなたが、本当にヴァン・ホームズであるなら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] ココア語り手でのヴァン登場で偽物の可能性は思ったけど芸術の未来の下りや「カメラ」発言があったから本物のはず。 それすらミスリードならまんまと引っかかったわ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。