同窓会2
夕食は意外にも質素だ。あるいは食事に興味のある人間が四人の中にいないのかもしれない。そもそもここまで運んでこなければいけない以上、凝ったものではなく簡単かつ日持ちするものでないといけないというのもあるだろうが。
燻製された肉や魚、それから黒パン、あとは酒だけ。
ダイニングテーブルに並べられたそれを口にしながら、同窓会が始まる。
「あんたは芸術関係興味ないのか?」
豪快に肉を食いちぎり酒で飲み下しながら、エーカーがヴァンに話を振る。
「ないね」
ヴァンは酒が得意ではないらしく、グラスに注がれた琥珀色の酒を顔をしかめながら舐めるようにしている。だったら飲まなきゃいいのに。
「今の芸術は何というか、技術職だからまだいい。問題は、この後だ。全体的な技術が向上して普遍的なものになっていったら、どうせ芸術は発想で勝負するようになる。そうしたらもう終わりだな。今までされてこなかったことをやったら芸術みたいな世界になっていく……かも、知れない」
「見てきたように未来のことを言うのねえ」
ウィッチが目を丸くする。
「まあ、そうなったらもう素人にはわけわからないからなあ。ある程度芸術史とか芸術論に詳しい人間だけが意図を読み取って作品理解できるようになったらおしまいだろ、おしまい」
どうやら全く酒に強くないらしく、既にヴァンは上半身がぐらつき、口調も砕けておまけに舌がうまく回らなくなってきている。僕だって酒に強いわけじゃあないけど、いくらなんでも弱すぎる。
「なかなか面白い予想じゃないか、さすがは革命家なだけある」
タリィが笑い、グラスを揺らす。タリィは高級ワインを自腹で買っており、あろうことか「これは俺専用だからな。お前ら凡人は安酒を飲んどけ」と自分ひとりで少しずつ飲んでいる。ありえない傍若無人さだ。
「まあ、先の話だろうがな。今の時点では、彫刻だろうが絵画だろうが、とにかくどれだけ実物に近いものを再現できるかって技術比だろ、所詮」
弱いくせに酒を口にしつつ芸術家たちを前にとてつもない発言をするヴァンにこちらの肝が冷えるが、当の芸術家たちは皆、にやにやと笑みすら浮かべている。豪快なエーカーやタリィ、気さくなウィッチはおろか、あのクロイツまで笑みを浮かべているのには驚く。
「実物に近いものを、というのは語弊があるな」
そのクロイツが口を湿らす程度の酒を含みながら言う。
「我々は見たままを写し出すのではない。そこに美しさを見出し、それを写し出す」
暖炉の炎で、クロイツの顔が揺らめく。
ぱちぱちと薪の爆ぜる音。日も暮れて寒くなってきた。もしもダイニングにある暖炉がなければ皆して震えていることだろう。
「あーはいはい、それも分かってるよ。もともと美術ってのは宗教と切っても切れない関係があるからな、この世界でも。神が創りたもうた自然は美しいから、それを描く。要するに神の証明作業の一種ってことだ」
この世界でも、という言い方は妙だが、ヴァンの言いたいことは分かる。
「神や宗教も好きではないようだ」
薄い唇を舐めてクロイツが絡む。
「嫌いだね。よく神と絡めて話に出る聖遺物がどんなものなのか知ってるから、あんまり真剣に神に祈れないんだよ」
聖遺物。国によって保管される、再現不可能な効果を持つ破壊不可能な物品。確かに、神が遺したものとされているが、その正体を知っているとはどういう意味だろう?
「懐かしいわね。この寮で、芸術論を語るなんて。あの頃に戻ったみたいよ」
不意に、ウィッチがぽつりと言う。
そうか。ようやく、門外漢のヴァンが生意気に芸術を語っていたのに芸術家たちが笑っていた理由がわかる。郷愁、みたいなものか。
「そういう奇抜な芸術論を好むのはタリィだ。私たちがそれに反論するのがお決まりだった。タリィが聞き役に回るのは新鮮だな」
クロイツの陰鬱なまなざしが宙に浮き、
「――いや、もう一人いたか」
「確かに。今の話は俺というよりも、ニャンが言いそうな話だ」
ぐっと酒を呷り飲み干すと、グラスをテーブルに叩きつけてタリィが言う。
「聖遺物の話で思い出したが、まさにヴァンの言ったようなことをニャンが言ってたな。思考実験としてだ。覚えてないか?」
「あー、あーあー、あったな」
もうグラスに注ぐのが面倒になったらしく、エーカーが酒瓶に口をつけて酒を飲みながら頷く。
「あれだろ、そっくりそのまま写す聖遺物の話だ。お前も覚えてるだろ、ウィッチ?」
エーカーに話を振られ、酔いで少し頬を赤くしたウィッチが、
「あったわね。そう、確かこんな話だった――発動させたら目の前の光景をそっくりそのまま絵や彫刻にしてしまう聖遺物が発見されたとする。その聖遺物を前に、芸術家の存在価値はあるのか? そんな話だったわね」
「ああ、カメラだな、それは」
酔って状況判断能力が無茶苦茶になっているらしく、がんがん酒を呷りつつヴァンが何か言っている。
が、喋っている意味がまるで分からない。カメラって何だろう?
酔っ払いのたわごとだと考えているらしく、完全にヴァンの発言を無視して、四人はなおも思い出話に花を咲かせる。
「その聖遺物よりも素晴らしい、実物よりも美しいものを造ってやる。そう豪語したのはタリィだったか」
クロイツはそこで思い出したように僕を向いて、
「今の話、記事にしたらいいんじゃあないか? 今をときめく芸術家、タリィがかつて聖遺物を超えると発言していたんだ。どうだ?」
親切なアドバイスのようだが、口調は完全にタリィを揶揄するものだ。
「え、ああ、はい、そうですね」
ぼんやりと会話を聞いていただけの僕はいきなり話しかけられて背筋を伸ばす。いつも懐にペンとメモを忍ばせ、何かある都度メモを取るのは習慣になっている。なので今回も素直にメモする。とはいえ、どうも考えがまとまらない。そんなに酒は飲んでいないはずだけれど。正直、取材できるような状態ではない気がする。自分が。こんなに弱かったっけ?
「そうそう。メモとかしないと」
面白がってウィッチが口を出す。
「どうせ、あとからそれぞれにインタビューみたいなことをするんだろ。だったら、今別にメモとる必要はねえよ……あれ?」
そこで、エーカーは酒瓶を揺らし、
「切れたな、酒」
「まだ地下にあったわよね。エーカーの村のお酒」
「ああ、だな。かなり持ってきたから無数にあるよ、そりゃあ。取ってくるか」
さっきから大量に酒を飲んでいるにも関わらず、エーカーはしっかりした足取りで立ち上がる。
「大丈夫、一人で? 結構重いわよ」
「大丈夫だ。俺の村だったら、こんなもの飲んだうちに入らねえよ」
ずかずかと大股で去っていくエーカーの背中を見て、
「相変わらずだ、本当に」
クロイツが笑みを浮かべるが、それにどこか嫌な感じを受ける。さっきのタリィに対するものと同じ、揶揄しているかのような。
「ニャンは、いつも観客あっての芸術だって言っていた。観客に何を与えるかが重要だって」
ウィッチはぐるりと首を回して例の絵を向く。
「この絵も、そう。単なる風景画でありながら、見た人間が死を連想するように描いた。彼女はそう言っていたわね。で、その通りの絵よ」
つまり僕の反応はまさに作者の掌の上、ということか。だがそれにしても、やはりこの絵を描くためには、作者が死にとても近い人間だったとしか思えない。死を無感動に観察できる人間だったからこそ、風景画に見せかけた死を描くことができた。なぜだか強くそう思う。
「技術は素人に毛が生えた程度だけどな」
タリィが睨むようにして絵を見ながら、
「だがそれも仕方がない。ニャンは俺と違って凡人だった。その凡人が、基本的な技術の習得ではない全く別のことに時間を割いていたんだから、そりゃあ下手なわけだ」
「別のこと?」
なんだろう?
「だから、これだ。見た人間にどういった印象を与えるか。どんな影響を与えるか。それをずっと研究していた。あいつは絵や彫刻よりも宗教、心理、化学、薬学、医学……そしてもちろん、魔術。そっちを研究して、俺たちには理解できないような実験ばかりしていた。いや、薬学や化学についてはそうでもないがな。絵描きなんてしてればその方面にはある程度詳しくなる。絵具の調合なんてまさにそれだ。ともかく、この絵も結局のところ、あいつの実験作のひとつに過ぎないんだろう」
「絵画や彫刻の技術に特に優れていたわけではない、というのには賛成だが、彼女が凡人だったというのには同意しかねるな」
クロイツの顔からは既に例の笑みは消え、眉間にしわを寄せた陰鬱な表情に戻っている。
「彼女が、どれほど父の頭を痛くしたものか」
理事長の頭痛の種だった、ということか。だがそれも想像できる。芸術学校の中に、一人だけ通常の芸術とは全く違う方向で実験を繰り返している生徒がいるのだ。それはそうだろう。
「ふふっ、確かにクロイツ先生、いつもニャンに怒鳴ってたわよね。ニャンは平気な顔してたけど」
「覚えているか? あいつが『芸術は爆発だ』と言い出して、本当に爆弾を爆発させた時のことを。父は気絶寸前だった」
「覚えてるぞ。あれは傑作だった。絵描きしてるから化学反応にもある程度詳しくなる。爆薬もちょっと調べりゃあ作れるような気はするが、普通は作らない。まさか本当にそれを作って、しかも爆発させてそれを作品だって主張するとは。ああ、彼女は俺とは違って凡才だが、発想だけは常人離れしていたな」
思い出話に花が咲き、
「懐かしいな……」
ぽつりとタリィが呟いたところで、
「ほら、持ってきたぞ」
酒瓶のいくつか入った箱を肩にかつぎ、エーカーが戻ってくる。
「おいおい、そんなに持ってきても、飲む奴がいるか?」
呆れた口調のクロイツに、
「何言ってんだ、俺は飲むぞ」
エーカーは笑って箱を下す。
「俺もまだ飲み足りないな」
タリィが言うのと同時に、がん、と鈍器でぶつかるような音がする。
はっと全員が息をのみそちらを見ると、さっきから黙っていたヴァンが思い切り頭をテーブルにぶつけている。そのまま起き上がる気配はなく、かすかに寝息も聞こえる。
「おいおい、ヴァンが寝ちまったぞ」
「さっきから限界っぽかったからね。あたしも、もうちょっと酔っちゃった。ねえ、ここらへんでいったんお開きにしない?」
「ああ、そうか? 俺はまだ飲むぞ。タリィ、お前も飲み足りないんだよな?」
「ああ。もう少し飲みたいな。天才にふさわしい高級ワインは飲み干してしまった。凡人用の安酒でも飲むとするか。二代目は?」
「二代目と呼ぶな……私ももう部屋で寝る」
ということで、ウィッチとクロイツが立ち上がる。二人とも多少ふらつく。どうやら、結構酔っているらしい。
「なんだなんだ、俺の村ではまだこんなの飲んだうちに入らないってのによお。全く……ああ、ココアはどうすんだよ?」
正直なところ、そんなに酔っているわけではないが、このままタリィとエーカーだけが飲むのに付き合っていてもいいことはない気がする。いったん、ここは引き上げて明日、インタビューした方がいいような。
「僕も、ちょっと酔ったみたいなんで……」
「そうか。じゃあ、前もって言っといたように、部屋は用意してあるから、適当にどれかの個室使って寝てくれ。また明日な」
どっかとソファーに腰を下ろすと、エーカーは自分とタリィの前に一つずつ、酒瓶をどん、と置く。
「じゃあ、今日は飲み明かすとするか、タリィ」
「俺は酒の強さも天才的だからな。お前が先につぶれることになるぞ」
「馬鹿言うな。これは俺の村の酒だぞ。それにな、村の飲み比べでは俺は負けたことがないんだ」
どうでもいいことで二人は火花を散らしている。
「じゃ、あたしたちは寝るから」
ウィッチが言って、ふたふらとした足取りでダイニングを離れていこうとする。
「おい、大丈夫かよ。部屋までついていってやろうか?」
さすがにその足取りに不安を覚えたのか、エーカーが言うが、
「大丈夫大丈夫」
そう言ってウィッチは去っていく。続いてクロイツも無言で消える。
「あ、それじゃあ僕も」
と立ち上がったところでやはり僕もふらつく。そんなに飲んだつもりはなかったが、やはりかなり飲んでいるらしい。
「ああ、ココア」
エーカーが声をかけてくれるので、心配しているのかと思いきや、
「そこで寝ているヴァンを空いてる部屋に放り込んどいてくれ」
嘘でしょ。
げんなりしつつヴァンを担ぎ、背中に背負う。背丈からは想像できないほどに軽い。これなら何とかなりそうだ。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おお、また明日な」
「おやすみ、凡人記者」
最後まで失礼な天才だ。憤慨しつつヴァンを背負い、リビングダイニングから離れる。扉が閉まっている部屋はウィッチかクロイツが入っているのだろうから、ドアが半開きになっている部屋を見つけて中に入る。やはり、だれもいない。ベッドだけの個室。そのベッドに背負っているヴァンを投げ込む。
「ぐえっ」
ベッドに投げ落とされたヴァンは衝撃に呻き、薄目を開ける。
「……誰だ?」
意識を取り戻したらしい。
「ココアです」
「違う……浮気じゃあない。違うんだ、信じてくれ」
前言撤回。どうやら、薄目は開けているがまだ眠りの中にいるらしい。完全な寝言で、おそらくは妻に対して弁解している。
これが、あのヴァン・ホームズか。
死んだカエルのような無様な体勢でベッドに寝ている姿を見て、自分の中にあった憧れが音を立てて崩れていくのが分かる。
「はあ……」
思わずため息を吐いた拍子に、頭がくらりとする。まずい、思った以上に酔いが回っている。
重い足を動かし、何とかヴァンの隣の部屋、空いている部屋に転がり込み、ベッドに飛び込む。
助かった。ベッドにそのままずぶずぶと沈んでいくような感覚。ここから立ち上がる日がくるとは信じられない。瞼が勝手に閉じていく。
ごうごうと、風の音。かすかにどこからか聞こえる。
妙だ。この寮の外、そんなに暴風が吹いているのだろうか。ここまで来た時には、ほとんど風などないような天気だった気がしたけれど。まあ、山の天気だから変わりやすいのだろう。
確かめに起きることなどできるはずもなく、僕はそのまま眠りに落ちる。




