芸術家たち
「ペテン師は眠りたい2」買ってください(ダイマ)
ペース芸術学校。広大な国土を持つペース国で最初の芸術学校だ。もともと、ペース国はどうも芸術や文学といったものが低く見られる下地があったらしく、できた当初はほとんど生徒もいなかったという。ほとんど、創設者である芸術家、クロイツによる私塾のようなものだったそうだ。
だが、そこの出身者がそれなりに有名な芸術家として国内外で活躍することも多くなり、ペース国でも文化的な事柄が評価される風潮になっていく中で、今では国内外から芸術家を志す入学希望者がひっきりなしに訪れているという。
クロイツの名は芸術に詳しくない僕でも知っていた。芸術家として、というよりも発明家としてだ。チューブ入り絵具の発明。それぞれの画家の秘伝だった絵具を、チューブに入れて販売する。これによって画家は工房の外で絵を描くことが可能になった。
この同窓会を取材するにあたって改めて調べてみたところ、どうもクロイツというのは元々芸術家としては二流もしくは一流半程度の評価だったらしい。だが、色、もっと言うと絵具の色の作り方だけは一流だと認められていたとか。そんなクロイツが配合した絵具を、チューブに入れて売り出したからこそ広く受け入れられたのだろう。ともかく、彼の絵具は芸術界に多大な影響を与えた。それに加えて、彼はチューブ入り絵具によって手に入れた莫大な財を、芸術界のために投資した。ペース芸術学校を創設したのもその一環だ。とにかく、それによって彼は芸術界の重鎮となり、芸術家としての名声もそれに伴い上がっていた。どうもそういう経緯らしい。
そんなわけで、画家としても元々の評価の高くなかったクロイツだから、建築家としては全然話題になったこともないし、おそらく実力的にも大したことはない、はずだ。そのクロイツが設計したというこの真っ白いサイコロのような寮は、なるほど奇抜ではあるが、それだけの気がする。別に感動も何もない。
「小さいですね、それにしても」
近づくにつれ、その寮のサイズがはっきりしてきて呟く。窓がなく入り口のドアしかない、真っ白い立方体。その異様な形状のために近づくまで分からなかったが、サイズとしては広さはココアの住居の二倍くらいだ。高さ的にもおそらく二階建て程度。いや、下手をしたら二階建てにも足りないかもしれない。天井の高い一階建て。
だとすれば、とてもじゃあないが寮としてはスペースが足りない気がする。
「だから今では寮として使われてないんだよ。校舎からも遠いしな」
足を止めずにエーカーが言う。
「俺らの時代は生徒は五人で、クロイツ先生の授業もこの寮で直接やってたんだ。その後もしばらくは生徒は少人数だった。だから部屋は六つだけ、それもかなり狭いやつな。それにデカめのアトリエ、後は物置と炊事場とかトイレくらいしかないんだよ」
「それにしたって狭くないですか?」
「こいつは、地下もあるんだよ」
「ああ」
地下か、盲点だった。外観から、全く地下の存在を考えていなかった。
喋っているうちに僕とエーカーはドアの前までたどり着く。カギはかかっていないらしく、エーカーはそのままドアを開けて寮の中に入っていく。
サイコロの中は意外に普通で、ドアを入るとすぐにリビングダイニングになっている。大きめのテーブルとそれを囲むように二人掛けのソファーが三つ。男と女が一人ずつ座って何やら話している最中のようだ。
あれ? さっきは、リビングダイニングがあるなんてエーカーは言っていたか?
「元々はここがアトリエだったんだ。ここで授業受けたり、作品作ったりな」
こっちの疑問を読んだかのようにエーカーが言う。その言葉で僕とエーカーが入ってきたことに気が付いたのか、男の方が顔を向けてくる。
「エーカー……そっちが、記者の?」
「おお、ココアって名前だってよ」
「あ、はい、僕はココアです。よろしくお願いします」
男はエーカーとは対照的に痩せている。目は切れ長で鼻筋も通っており、どちらかといえば整った顔立ちだが、表情は陰気だしどことなく神経質っぽい印象がある。ちょっとお近づきにはなりたくないタイプかもしれない。
「よろしく、ココア」
軽く会釈してくる男は一切陰気な無表情を崩さない。黒っぽい服で素肌をほとんど見せないくらいに身を包んだ男は、それだけ言うと興味をなくしたのか視線を外す。
「へえ、記者さんが来るんだったね。忘れてた」
快活な声を出すのは女の方だ。栗色の髪。ぱっと見は少女のようにも見える童顔。だがくっきりとした眉が強い意志を感じさせる。飾り気がなく動きやすそうな体にぴったりとしたシャツとパンツ。
「よろしくよろしく」
にこっ、と笑うと女の勝気な印象ががらりと変わり人懐っこくなる。
「紹介するぜ、こっちの女がウィッチ。ウィッチ・テノール。一応貴族だ」
エーカーの言葉に、
「うるさいわね。一応は余計だって。弱小だから、今ではあってなきがごとし家名なのは確かだけどね」
そうして、ウィッチは指で引っかくようなゼスチャーをする。
「彫刻やってるの。そんなに有名じゃないけどさ。エニグマ広場の柱の彫刻はあたしのだよ、知ってる?」
「あっ、あの馬のやつですか?」
ペース国の名所の一つであるエニグマ広場くらいは知っているし、そこに数年前に馬の彫られた柱が立てられたというのも聞いてはいる。残念ながら実際に見てはないが。
「そうそう、へへっ、よかった、知ってもらえてて」
「へっ、いいよな、そういう代表作がある奴はよ……んで、そっちの男がクロイツだ」
「えっ」
その名前に思わず硬直する。だって、あのクロイツだったら全然年齢が合わない。それとも、どう見ても二十代後半から三十代前半に見えるこの男は、実は五十代なのだろうか。
「その言い方をすると混乱するだろう、エーカー」
かすかに顔を歪ませて男が抗議する。
「はっはっは、悪い悪い。ココア、こいつはクロイツ、クロイツ・シャカル。正確にはクロイツ二世だ」
「じゃあ……」
「息子だ。父と同じく画家だ。ペース芸術学校の講師もしている」
短く言って、それきりクロイツは黙ってしまう。
「はっはっは、まあ、こういう奴だ。別に機嫌が悪い奴じゃあないんだ。いつもこんなだ」
「そうそう。さっきも、それじゃあ生徒が委縮しちゃうから改めろって説教してたんだけどね」
とウィッチが頬を膨らませる。
「はん、学生時代から変わらんなあ。クロイツのそういうとこも、ウィッチの説教好きなとこも。それも、無駄な説教が好きなんだよな。今更言ったところで、こいつの性格が変わるかよ」
「うるさいわね。あんたも相変わらずね、エーカー」
「はっはっは、どうかな? 少なくとも絵の腕は上がったと思うがな。今夜でも見てみてくれよ」
「別にいいけど……それより、ねえ?」
とウィッチがこっちに神妙な顔を向けてくる。
「うぇっ? はい、な、なんですか?」
どきっとして、声がうわずる。
「こういうこと、初対面で訊いていいか分からないんだけどさ」
「はあ」
「ココアって、その、女の子……で、いいんだよね?」
躊躇いながらのその質問に、またかよ、とやりきれない気分になる。
ひくひくと頬が痙攣するのを感じながらも笑顔を作り、
「あのですね、僕は……」
ばん、とそこで背後でドアが開き放たれる。
「おお、揃ってるか、待たせたな、凡人共」
振り返ると、いきなりの失礼な言葉と共に現れた人物は、どこで売っているのか想像もつかない真っ赤なダッフルコートを着込んでいる。真っ黒い髪を無造作に伸ばし、ひもでまとめている。彫りの深い顔立ちだが、何よりも目がぎょろぎょろと動き、強烈な意思をそこから発散している。
間違いない。息を呑む。彼が、タリィだ。タリィ・モウディ。彫刻家であり、建築家。ペース芸術学校の出身者の中では一番の出世頭と言ってもいいはずだ。なにせ、芸術関係に疎い僕でも名前を知っている。タリィについては特に調べてきた。
元々は画家志望だったらしいけれど、ペース芸術学校に在学中に試しのつもりで始めた彫刻から立体を使った表現に興味を持ち、ついには在学中に古い小さな教会の改装に携わった。その改装した教会が話題となり、それを足掛かりとして世界的な芸術家に。
「いやあ、しかし久しぶりに来たが相変わらずセンスのない建物だ。気がめいるな。おおっ、二世、どうだ、絵具屋は元気にしているか?」
快活な口調で暴言を吐くタリィに対して、二世呼ばわりされたクロイツは無感動に目を向けて、
「父は元気だよ。お前以上に俗物だ。学校の経営がうまくいっているし、絵具も売れている。元気がないわけがない」
「そりゃあ、なによりだ。一応は恩師だからな。芸術の才能はほぼゼロだとしても」
「相変わらずねえ、タリィ」
呆れ顔のウィッチに、タリィは鼻を鳴らす。
「なんだ、まるで自分たちは学生時代とは変わっているとでも言いたげだな。俺くらいの芸術家になるとぱっと見ただけで分かる。お前らも大して精神的に成長してないぞ」
さっきから無礼な言い方だが、口調のためか雰囲気のためか、不思議と暴言という印象はない。
天才というのはこういうものなのだろうか。
「どうでもいいけどよ、タリィ、お前どうしてこんなに遅れたんだよ」
エーカーの問いに、タリィはああ、と目を見開いてから、
「そうそう。そうだった。あのな、実は一人ゲストを連れてきたんだ」
「ゲスト? この同窓会は内々のものだろうが」
「構わないだろう、そこに既に部外者が一人いる」
タリィがびしりと僕を指さす。
「こっち側が呼んだ記者だろ、ココアはよ」
「まあ、そうだ。しかしそれについてはお前らの許可を事前に取っただろう? この天才タリィの同窓会ということで話題性があるから記者が来る。その取材を受ければ俺は一層有名になるしお前たちも多少は名が売れる。金が稼げるということだ。その説明でお前らは納得した。違うか?」
「それは違わないけど、で、誰なのよ?」
ウィッチは特にゲストの参加に拒否反応を示さず、むしろ興味津々といった様子だ。
「ああ、俺のパトロンの一人だ。どうしても、ということでな」
ああ、と声に出さずに僕は納得する。
そう。タリィという芸術家は、とにかく金持ちや権力者との繋がりが深い。芸術家なんてものは大抵その側面があるのだろうが、タリィは特にそれが強く、創作活動よりも営業活動の方が才能がある、と陰口をたたかれていると聞く。無数のパーティーに参加する合間に建築する男、だとか。
僕のような記者を入れるのも、そして興味本位のパトロンを強引に参加させるのも、全ては営業活動ということか。
「お前らだってここで顔を売っておいて損はないと思うぞ。なにせ有名人だ。色々と使える」
清々しいほど俗物的なことを言うタリィに、クロイツがため息まじりに、
「どちらにしろ、今から帰ってもらうわけにもいかないだろう。紹介してくれ」
「もちろん、そうするとも……どうぞ、入ってくれよ」
タリィが背を向けてドアから顔を外に出し、入るように促す。
その口調に、おや、と違和感を覚える。
パトロンというから、てっきりかなり年配の金持ちだとか暇を持て余している貴族なのかと思っていた。だが、それにしてはタリィはフランクに接しているようだ。
やがて、入ってくるのは、僕がぼんやりと予想していたパトロンのイメージとはかけ離れた人物だ。
僕が予想していたのは、着飾ったマダムとか、太って口髭を蓄えた中年の男。だが、まるきり違う。
真っ黒い装束。古典的な魔術師が好むローブだ。ローブのため体形はいまいちはっきりとしないが、手や首からして痩せているのであろう、まだ若い男、いや、ひょっとしたらそれなりに歳をとっているのかもしれない。どうも年齢が分かりにくい。
肌や顔立ち自体はまだ若いように思える。だが、多少長めに伸ばした髪は、元々は金色だったのかもしれないがあまりにも白髪の割合が多いためか、白金と表現した方がいい。
男には右目しかない。左目は、何の装飾もない黒い眼帯によって隠されている。目の下には恐ろしく濃い隈。右目もどんよりと濁っており、倦怠や憂鬱を隠そうとしてもしない。老人じみている。眉間に染みついている皺も彼の不機嫌さと老いを象徴しているように見える。
姿勢が猫背なのも老人じみて見える理由の一つだろう。
「失礼するよ」
ため息まじりにその男が言って、室内へと入ってくる。声は低い。この同窓会に参加することの憂鬱さを隠そうともしていない。
「紹介するぞ」
タリィは胸を張り、彼と知り合いであることを誇らしいと思っていると僕たちに見せつける。
「彼はヴァンだ――ヴァン・ホームズ。知っているだろ?」




