エピローグあるいは喫茶店での話(3)
「今回の事件の計画って……でも、そもそも、今回の事件は不死公、というか怨公が、怨公の調査を依頼したことから始まって……あれ?」
頭を捻る。
そもそも、それがおかしい。どういうことだ?
「ああ、怨公が怨公の調査を依頼したことか? あれは、複数の理由が絡み合って起こったものだ。一つは、親衛隊やナムト国の重臣の手前、必死で怨公を捜索する形を取らなければ怪しまれる、というもの。一つは、怨公特有の悪ふざけ。そして、一番大きな理由は、ヴィクティーの亡霊だ」
「ああ」
そして、俺は頭で理解するよりも早く、勝手に心の中ですとんと腑に落ちる。
そういうことだったのか。
「あれは、マサカドさん達のやったことだったんですか」
「正確にはインコグニートだ。噂を流し、そして実際のヴィクティー姫の顔を知っている連中の前には、本物のヴィクティーがちらりと顔を見せる。逆に、お前やキリオの前には、お前達にとってのヴィクティー姫が顔を見せたはずだ」
レオだ。顔を変えたレオ。
キリオが見たのは、それか。
「あえて、噂にはある程度ぶれがあるように仕向けた。自然発生した噂は、普通はぶれるのが当然だからな。あまりにもしっかりとした噂だと情報操作を疑われる。だからローブの色が違ったりしている」
「ああ、そうそう。違和感があったんですよ。俺にとって、ヴィクティー姫は白のイメージだし、実際そのはずなんですよ。だって聖女ファタが白い布を纏っていたわけですから。それなのに、黒いローブって噂があったから」
「実際には白いローブの噂も広めたんだ。事実、レオは白いローブを被るスタイルだったみたいだしな」
そう言えば、キリオも白いローブと言っていたか。
「あの一件で、怨公がヴィクティーの死に疑問を抱いていたのは間違いない。この策は、それを刺激するものだ。要するに、生きていたヴィクティーが何かをしていると思わせて、怨公を動かそうとするのがそもそもの目的だったんだよ」
「調査ってことですね」
「そう。怨公に調査させる。その尻尾を捕まえるのが目的だった。怨公としては、もう一つの懸案事項もあった。レオだ。レオ・バアル。あの事件では、ヴィクティーと一緒にレオも消えた。今更説明する必要もないだろうが、レオもまたおそらく怨公の作品の一つだ。ヴィクティーの噂とレオを結びつけて考えるのは当然だな」
「じゃあ」
俺と、キリオ、そしてボブ。
三人に、怨公からあった依頼は。
「怨公について調べるために、レオ・バアルについて調べろ。それが、目くらましだったわけですね。レオ・バアルについて調べること自体が、目的だった」
「もちろん、その過程でお前達があの事件の再調査をすることも織り込み済みだったんだろうな。怨公は、怨公について調査しろと言いながら本当はお前達がレオ・バアルとあの事件を徹底的に調査してくれることこそ望んでいた。自分の深く張った根でも探り出せない真実を、お前達が明かしてくれることを。今思えば、それにプラスして実験って面もあったんだろう。お前のな」
「なるほど。自分の作品が、どんな風に調査するかもまた興味深かったわけですね」
苦笑して、俺もコーヒーを飲み干す。
「俺達としては、まさか外部の探偵に怨公の探索を依頼するとは思ってもみなかった。だが、これは使えるという話になったんだ。カムフラージュのための依頼とはいえ、実際に怨公を捕まえたと言えば奴は出向かざるを得なくなる。自業自得だな。そうやって、奴をナムトの中心から引きずり出す算段が出来上がった。問題は、引きずり出した後、どうやって料理するかだ。俺達は計画を練り、そして作り上げた。それが」
「今回の事件ですか」
「その通りだ」
マサカドは頷いて、
「その前に、コーヒーのお代わりをもらうぞ」
「怨公を倒す。その一点で俺達は動いていた。インコグニートの面々は、使命として。俺は負け犬の汚名を返上するため。そしてレオは、おそらくはヴィクティーや自分のために。一生逃げ回って生きたくなかったのだろう」
新しいコーヒーを一口、その後でマサカドは喋り出す。
「ドラゴンイーターである怨公を殺すことは可能だ。聖遺物を使えばいい。インコグニートが保管している不死殺しの聖遺物を。だが、ただ殺しただけでは駄目だ。それは、ナムト国の王である不死公を殺したことになる。殺した実行犯も、その仲間も全てテロリストとして処分され、怨公が世に放った青い狼をはじめとする毒はそのまま残る。それでは意味がない」
「まず、不死公が怨公であることを明らかにしなければならないわけですね」
「そうだ。だが、通常の手段でそれをしたところで、ナムト国側は絶対に認めないだろう。当然だな。そうこうしているうちに、怨公が何らかの手段でそれを切り抜けて終わりだ。だから、奴の最大の庇護者であり弱点でもある親衛隊の目の前で、言い逃れる方法がないくらいに完全に、奴が怨公であることを証明しなければならない」
「あの消失事件は」
ほう、と息を吐く。
全く、何てことだ。そもそも、あの事件は真相とかそういう話ではなく、そのために計画され、作られたものだったということだ。
「解決されることを前提にした事件だったわけですか」
「そういうことだ。解決した後で、不死公が帰還石のことを知らなかったという矛盾が明らかになる。そういう仕掛けだ。元々、俺は嵐の城をいくらでも調査できる立場にあったし、不死公から帰還石のことを聞いていた。だからこそ、あの事件を計画したんだ」
「怨公を名乗ったあの男は、レオの変装で合ってますよね?」
「ん、ああ、そうだ。その通りだ。ところで、お前はどこで奴がレオ・バアルだと気付いた?」
「不死公が怨公だと気付いた瞬間です。怨公を名乗っていた男が、本当に怨公なのかどうかは分からなかったけれど、自ら怨公を名乗るということは怨公側だろうとは思っていました。協力者なのか洗脳されたのかは別にして、です。ところが、不死公が怨公だとすると、彼は怨公にとってまるで都合のよくない行動を取っていたことになる。怨公に敵対するなんてとんでもないことをするドラゴンイーターを考えた時に」
ふっと俺は笑ってしまう。
「俺の中には、レオ・バアルって男しか浮かばなかったんですよ」
だから、レオは死んでいないと確信した。いつか会えると思った。
だがまさか、直後に会うとはさすがに予想していなかったが。
「なるほど。じゃあ、消失事件については特に他に疑問はないのか?」
「ああ、いや、屋上での一件と、それと黒衣の女について、教えてもらっていいですか?」
「ああ、それか。黒衣の女については、まあ、分かっているだろう。インコグニートの一員だ。レオの脱出から目を逸らすための役者だよ。というか、ヴィクティーなんだがな」
「えっ」
大胆だな。
「奴も、もうインコグニートの一員になっている。どうしても、この計画のために何かをしたいってことで立候補したんだ」
「へえ」
「屋上でのことだが、まあ、想像通りのことが起きたわけだ。思ったよりも早くに親衛隊の一人が屋上に来たから、レオはそいつを気絶させざるを得なかった」
「で、飛竜にのってどこまでも、ってわけですね」
「ああ、その時、一緒に親衛隊の奴を飛竜に咥えさせざるを得なかったわけだ。まさか、口封じに殺すわけにもいかないからな。幸い、分厚い鎧を着込んでいるから、飛竜に噛み砕かれることもなかった」
「その代わり、剣が一本、途中で落下した、と」
「そうそう」
くすくすとマサカドは笑う。
「あれは、途中で親衛隊の奴が目を覚まして暴れ出したから落ちたんだ。結局、飛竜も死んだと思っていた餌が暴れ出したから驚いて口から離した。仕方なく、レオも一緒に落ちて、魔術による空気のクッションで、二人で不時着したんだ」
「ああ、巣までは行かなかったんですね」
それは知らなかった。
「消失事件はそんなところだ。後は、レオがもう一度気絶させて背負って用意しておいた山小屋まで運んだりとか苦労したらしいが、そんなことはどうでもいいな」
そういう言い方するとレオがかわいそうだが。
「シロナ殺害については、教えてくれるんですか」
俺が切り出すと、
「ああ、うん、そうだな」
コーヒーに口を付けたまま、マサカドはしばらく考えて、
「あれは、完全なイレギュラーだ。メンバーの中にシロナを入れたのは、奴が怨公の信奉者だと分かっていたからだ。妙な話だが、俺達が恐れていたことの一つに、今回の仕掛けが不発に終わるということがある」
「不発?」
「怨公が尻尾を出さなかった場合だ。怨公が協力者なしで嵐の城に来た場合、手も足も出ずに何もせずにいてもらっては逆に困るんだ。帰還石のことだけで追い詰められるかどうかも微妙なところだからな。材料は多くないとまずい。だから、ある程度怨公を動き易くしてやる必要があった。だが、まさかな。確かに怨公サイドからすれば俺が怪しいとは思うだろうが、まさか直接的に排除してくるとは思わなかった」
無意識になのか、マサカドが腕をさする。針が刺さった部位だろう。
「ゲラルトが話を長引かせてくれて助かったが、正直なところそれがなくとも俺は貴賓室に入るつもりはなかったんだ。シロナと俺を呼んで、それで怨公と一緒に貴賓室だぞ? 入るわけがない。お茶にでも薬を混ぜるつもりだったんだろうが、ともかくゲラルトが話を長引かせてくれたのをこれ幸いと、部屋に戻ろうとしたんだがな、シロナが中々しつこい。こっちとしても、何か動いてボロを出してくれるのは有難いわけだから、微妙なところでな。結果として、空き部屋で二人で話すことになった」
当然襲い掛かってくるかもしれないとは予想していたよ、とマサカドは言う。
「それを反撃して、帰還石でその場で消えてしまったら、それはそれで新しい事件になる。帰還石が絡めば、怨公への絶好の攻撃材料だ。そう思ってはいたが」
大きくマサカドは溜息をつく。
「鈍ったよな、俺も。まあ、逆に考えれば、向こうだって自信があるから空き部屋に行ったんだろうが、さすがは一流の冒険者だ。片腕を持ってかれた。まずい、と思った。瞬間的に。全身に痺れが広がっていくんだ。とにかく帰還石を使って、城から離れて、全身は痺れ始めるし嵐だしで死にそうになっているところに、轟音と同時に後ろで扉が吹っ飛ぶ。本当に、訳が分からなかった」
「はっはっは」
そりゃそうだろう。
思わず笑ってしまう。
「結局、途中でぶっ倒れたんだが、まあ、何とかレオの奴に回収してもらって、応急処置を受けたわけだ。一応、この作戦を始める時に全員で確認していたことがあってな、こちらのメンバーの誰かが命を落とそうとも、作戦成功を優先するって。だから、医者を呼んだりはしなかったそうだ。レオも薄情だよ」
ちっともそうは思っていない顔でマサカドが言う。
「こんなところだ。後は、俺は意識をなくしていたから大したことは知らない」
「怨公を、倒すために今回の事件が仕組まれたというのは分かりました」
だが、まだ疑問がある。
「俺の役割は、何だったんですか?」
俺は彼らの仲間ではなかった。それは、そうだ。何も事前に教えてもらっていない。
「お前の役目は、推理だよ。事件を推理して、解決することだ。お前はそれしかできないんだ。というか、この話は前にしただろ」
マサカドはあっさりと言う。
「俺がお前と協力して、事前に情報なんかを渡していても仕方がないんだ。いいか、今回の目的は、あくまでも不死公が怨公だと、何の先入観もなく第三者に、いや、それどころか否定的な立場を取るはずの親衛隊に納得させることにある。いきなり、こちらが嵌めるようにして不死公の知識不足を突いたり、あるいは作為が見え見えの作戦で怨公だと告発しても失敗する可能性がある。親衛隊の面々が持っているのとほとんど同じ材料から、事件の推理を組み立て、その先に不死公=怨公だという事実を確定できたのなら、親衛隊も納得せざるを得ないだろう?」
「俺が、真っ白な状態から推理を組み立てなければ意味がないってことですか?」
「そうだ。それにはお前が適任だった」
「じゃあ……」
一瞬、ためらってから、口を開く。
「俺が、怨公の作品だったってことは、関係ないんですか?」
「ないな。そのことを考えてお前を探偵役にしたつもりはない」
きっぱりと言い切られて、俺は何故だか安堵する。
「というより、お前が怨公の作品だという確証はそもそもなかった。お前の両親がマクガフと関わりがあったという情報は入手していた。そしてお前の特殊な才能。ひょっとしたら、とは思っていたが、確証はない。レオも同じだ。奴も怨公の作品だとは思っていたが、確証がない以上、それを証拠にはできない」
そこで俺に笑いかけて、
「お前自身に前の世界の記憶があったとは、な。お前自身が、誰よりも、自分が怨公の作品だと分かっていたわけだ」
「俺の目が金色に染まったのは、そっちとしては予想外だったんですね」
「そうだよ。あそこまでお前がきっちり怨公を追い詰めるとは予想していなかった。だから、一歩間違えば大惨事になるところだったんだ」
その言葉に、俺は赤面する。
「追い詰めた後のこと、確かに考えてませんでした。おかげで俺も死にかけましたけど。じゃあ、本来のプランではどうなっていたんですか?」
「お前という証拠がいなくても、それまでの段階で不死公に対する絶対的な不信はあの場にいる全員に打ち込まれていた。本来なら、そこで不死公、というより怨公が悪あがきしているうちにレオが仕留めるはずだったみたいだな」
「親衛隊の鎧を着て、紛れ込んでいましたね」
「あれも偶然の産物だがな。本来なら、俺達が用意していた聖遺物、不死殺しの矢を、騒動に紛れてレオが撃ち込むはずだったんだ」
どちらにしろ、俺が不死公を怨公だと、全員を集めて推理、告発するのを前提とした計画だったのか。
「ずいぶん、俺に頼った計画ですね」
照れ隠しに少し横を向きながら言う。
「お前ならやるさ。俺の直感はそう叫んでいたし、あいつも同意していた」
「あいつ?」
「もう、俺の話せることも少ない。充分さぼったしな」
マサカドは立ち上がると、
「ご馳走様。あとは、あいつから聞いてくれ」
そう言うと、そのまますたすたと去っていく。
「あ、ちょっと」
ご馳走するなんて言ってないぞ。まったく。
そして。
「やあ、席が空いたようだ。座ってもいいか?」
「どうぞ」
「それじゃあ、失礼して」
レオが、腰を下ろす。




