推理(5)
「不思議な感覚だよ」
笑みを浮かべて、怨公は至近距離で俺を見ている。
「君は私にとって、息子のようなものだった。君の言う通り、君がどういう風に生きていくかも含めて実験だ。非常に興味深かった。ただ埋没していく可能性もあったが、君が世界にとってここまで大きな存在になるとは予想外だったよ。実に面白い」
そして、凍りついている周囲を見回し、
「それにしても、妙だ。大掛かりな罠かと思ったが、他の誰も、この展開をほとんど予想していなかったように見える。君も、ついさっき推理してこの結論に辿り着いたのだろう? 黒幕はマサカドか。一体、この事件は何のつもりなのか」
「いつだ」
ようやく、ウーヘイが搾り出すように声を出す。
「ん?」
「いつ、入れ替わっていたんだ、不死公と」
「ああ、無論、逃げ出してすぐさ。我が子を殺して入れ替わった。君達が気づかなかったことを気にすることはない。顔はそっくりに作り変えたし、そもそもが不死公と私は似ている。親子だからな」
「顔を変える手術は、まだ不完全だったはずだぜ。表情が作れなくなるはずだ。ローズみたいによ」
おそらくは緊張から、汗をかきながらもジャンゴが言う。
「ああ、ローズ、彼女か。偽物の方だな。そう、この技術は不完全だ。顔の表情を作る機能を傷つけてしまう。が、私がする分には問題ない。ドラゴンイーターだから、人なら再生不可能な傷であろうとも再生する」
そうして、顔を撫でる。
「逆に、手術だけだとその全てが再生によってなかったことになるからそこは工夫する必要があるが。これでも、顔の内側に色々と人工物を埋め込んでいるんだ」
くすくすと怨公は笑う。
明らかに、これまでの、不死公を名乗っていた時とは違う。姿形は同じなのに、こうも違うものか。
「しかし、ヴァン、君はこの後のことをどう考えている?」
「え?」
予想外の問いかけに、一瞬、無防備になる。
「この後はない。お前はここで、捕らえられる。それが無理なら殺される。それだけだ」
目を尖らせ、四足の獣のように背を丸めて、ジャンゴが既に飛び掛る用意をしている。
「親衛隊、準備を」
ウーヘイが呟くと、親衛隊が全員剣を構え直す。トカレフが右手を上げると、同様にペース国の兵士も臨戦体勢に入る。
既にイスウ国の兵士達は構えている。その先頭に立つのは、ヘンヤだ。
「捕らえる? トカレフが言っていたように、それは難しいな。ドラゴンイーターを捕らえるのは難しい。かつて私が捕らえられたのは、同じドラゴンイーターであり私のことを知り尽くした不死公が、聖遺物を含めたあらゆる準備を行った上でのことだ。今の君達には、捕らえられない。では、殺せるか? 無理だな、ドラゴンイーターは殺せない」
「とりあえず、どこまで不死身なのかじっくり試してやるよ」
引きつるように笑って、ジャンゴが身を沈める。飛び掛るつもりだ。
「それもできない。死なないと言うことは、自分の身を省みないでいいということだ。だから、こんなこともできる」
そうして、怨公の目が見開かれる。
背筋が凍る。
まずい。
「伏せろ」
短く、強張った声でトカレフが言う。何が起こるのか反射的に察して、俺は身を屈めると同時に体を丸めて耳を塞ぐ。
次の瞬間、世界が白く染まって、音が消える。
きいいん、と耳鳴りがずっとしている。
重力がない。自分が、どういう体勢なのかすら分からない。宙を漂っているような気分だ。視界は、まだ戻らない。
「誰も死んでいないのか」
先に、聴力の方が回復して、耳鳴りに混じってそんな声が聞こえる。
「無動作無詠唱とはいえ、全力で爆破させたはずだが、ああ、なるほど、マーリンか。咄嗟に空気の壁で私を覆ったか。まったく、人間とも思えない。ドラゴンイーターでもそんな芸当のできる魔術師は両手で数えるくらいだというのに」
顔。動かせる。ようやく感覚が戻ってくる。
視界が回復していく。顔を、声の方向へと動かす。耳鳴りがようやく収まっていく。
多少焼け焦げ、しかしその焼け焦げている部分も急速に回復しつつある怨公が、ふらつきながら立っている。それを床の方から斜めに見ている。俺は、床に転がっているのだとようやく分かる。まだ、頭が完全には働かない。同じように倒れている連中が沢山いる。誰も、まだ立てていないのか。怨公以外は。
怨公の喉元には、短剣が突き刺さっている。
面倒そうに、それを無造作に引き抜く。
「それと、これのせいか。ウーヘイめ、余計な真似を。気が散った」
引き抜いた後には、傷一つない。
「おい」
「む?」
その怨公の後ろから、声をかけるものがいる。
振り返った怨公の顔に、拳がめり込む。
「言っただろう、どこまで不死身か試してやるって」
ふらつきながらも立ち上がっていたのはジャンゴだ。ジャンゴが、怨公を殴りつけた。
「なるほど、ジャンゴの名を継いだのは伊達ではないか」
殴り飛ばされながら怨公は呟き、
「ぐっ」
ジャンゴの胸が切り裂かれる。
何もないというのに、突然。そうして、ジャンゴは悔しげな表情のまま倒れる。
風の刃。魔術か。
「さて、では全員一気に片付けるか」
そうして、ジャンゴから目を離した怨公の表情が固まる。
「君も回復が早いな」
俺の方を見ている。俺のことか? だが、未だに腕一本すら動かせない。指は、動くか。
「ひひ、夢が叶ったな。大師匠の師匠と、だ。勝負といこう」
俺ではなかった。俺の後ろ、立ち上がる気配。そして、声。
ヘンヤだ。
「いいとも、来たまえ」
余裕なのか、怨公は魔術を使うことすらせず、倒れていた親衛隊の一人から無造作に剣を拾い上げると、構える。
そして、ヘンヤと怨公の剣の勝負が始まる。
だが。
「ひひ、こうも、違うか」
「素晴らしい。人の身でよくぞここまで。間違いなく、君は最高の剣士だ。人としては、だが」
俺には理解不能なほどのヘンヤの剣を、怨公は褒めながらも柳のようにかわし、剣で受け、そして反撃をする。
ヘンヤの攻撃はかすりもしないが、怨公の攻撃はヘンヤの手に、足に、体に少しずつ傷をつくっていく。
「才能では互角かな。私には剣の才もある。その話はしたな。だが、才は互角でも、剣に費やした時間が違う。君が生涯の全てを剣にかけようとも、私には」
そして、ヘンヤが崩れ落ちる。
「敵わない」
息を吸う。まだ、怨公はこちらを見ていない。息を吐く。いけるか?
指を動かす。続いて、腕を少しだけ。動く。ようやく、腕が動く。
ゆっくりと、懐に手を突っ込む。しびれもない。
まだだ。まだ、こちらを向くな。
木箱。壊れていて中身が半分出ている。むしろ好都合だ。
不死殺しの短剣。
それを、握る。
「ほう、ヘンヤは時間稼ぎにはなったようだ。何人か、動けそうだな」
怨公の言葉通り、数人がよろよろと立ち上がっている。今度はヘンヤから、そちらに目を向けている。幸いには俺の方向ではない。
腕だけでなく、全身が動くか? ゆっくりと、わずかずつ体を動かす。いける、いけるはずだ。
「だが、同じことだ。皆、まとめて死にたまえ。名残惜しいが」
気配で分かる。
魔術を使うつもりだ。さっきのように、城内を無差別に、自分自身すらも傷つくほどの大規模な魔術を。
今しか、ない。
腕は、動く。多少のずれなら、魔術で誘導してやる。
殺せるのか、俺に?
一瞬の疑問。だが、もう、いい。このままでは死ぬ。俺も、皆も、やるしかない。手を血で染めろ。
そうして、俺は、
「ぐっ」
声を出さないように歯を食いしばったが、それでも勝手に押し殺した声がその奥から漏れる。
体を起こし、全身の力をこめて、短剣を投げつける。
魔術。風の魔術だ。怨公の喉まで、空気の筒、いやチューブを作るイメージ。正確に誘導し、そして加速させる。
いけ。
短刀は、凄まじい速度で、まっすぐ怨公の喉元まで飛んでいく。怨公はこちらをまだ向かない。
いける。いってしまう。殺せる。殺してしまう。
一瞬で、矛盾する感想が脳内を交差し、
「いつ投げるかと、待っていたよ」
その短剣を、怨公はこちらを向くことすらなく、手で掴み取る。
「これで、終わりだ」
ゆっくりと、怨公がこちらを向く。
穏やかな笑みをたたえて。
ああ、と勝手に息が洩れる。
終わった。
これで、本当に、終わりだ。
「ひひ、まだまだ」
声。
怨公は声の方を素早く向く。
「何?」
立ち上がり、再び刀を構えているヘンヤを見て、怨公が目を見開く。
どうして、まだ立てるんだ?
俺の疑問は、ヘンヤの傍らで体を引きずっている少女を見て解決する。
キリオ。
そうか、回復魔術か。
「しぶといな。悪いが、もう時間切れだ。もう遊んでやる気はない」
怨公の目が細まる。
「ひひ」
ヘンヤが剣を振り上げ、一気に距離を詰める。
「無駄だ」
怨公は片手に持った剣で受けようともしない。魔術でけりをつけようと言うのだろう。
ああ、と俺は内心で感嘆する。
あの構えは、あれだ。
一瞬の後、風の刃で切り裂かれたのか、ヘンヤが片足から血を吹き出しながら、その勢いのまま転倒する。
だが。
「何?」
困惑する怨公。
怨公の首筋、そして短刀を掴みとっていた左手もまた、切り裂かれている。
「ひひ、才でも経験でもあんたを上回れないかもしれないが」
倒れたまま、ヘンヤが笑う。
「剣に注ぎ込んだ熱量や狂気は、俺の方が上だ」
秘剣『月無し』だ。
原理すら定かでないその秘剣が、怨公を切り裂いた。
握っていた短刀が、その衝撃で宙を舞う。
もう一度、あの短刀で。
立ち上がろうとするが、よろける。ダメだ。間に合わない。
怨公の傷は既に回復しかけている。にやりと笑い、怨公が宙を舞う短刀に手を伸ばす。
まずい。
だが、その短刀に疾風のように走り寄る影。親衛隊の一人だ。
おそるべき速さで短刀に迫る親衛隊員に、怨公は目を見開く。だが、笑いは消えない。
嫌な予感がする。
タッチの差で、怨公よりも先に親衛隊員は短刀を掴み取る。
やった。
だが、次の瞬間、
「おめでとう」
怨公の祝福と同時に、その親衛隊員の顔が、縦に、兜ごと断ち切られる。
瞬時に、怨公は短刀を無視して、短刀を掴んだ親衛隊員を殺すために魔術を練っていたのか。何てことだ。
「これで」
何かを、怨公は言おうとする。しかし、それは。
「う」
胸に深々と突き刺さる短刀によって、遮られる。
「……お前」
信じられないのか、目を大きく見張り、笑みを消して怨公は目の前の親衛隊員を凝視する。
頭を断ち切られた親衛隊員は、そのまま短刀を握りしめ、目の前の怨公に突き刺したのだ。
「そんなところに、いたのか」
顔色を急激に失いながら、怨公が言う。
親衛隊員の断ち切られた兜が、床に落ちて鈍い音を立てる。
そうして、露わになった親衛隊員の頭には、傷一つついていない。
いや、傷はあったのだろうが、再生したのだ。
その親衛隊員は、黄金の髪を持ち、肌は浅黒く、そして、振り向いてこちらを見る瞳は金色だ。
いや、そんなことよりも。
「レオ」
呆然と、俺は名を呼ぶ。
「よお、ヴァン。随分久しぶりだな」
懐かしい声で言い、懐かしい声で笑う。
「全て、お前が。この、始祖の亡霊めが」
真っ白になった怨公の顔に、石膏のようにびしりと亀裂がはしる。よろよろと、後ずさり、短刀が刺さったままでレオから距離を取る。
「ヴァン、君も、利用されていた、いや、利用されている。利用され続けている」
そうして、レオから十分に距離を取ったところで、ぎろりと、怨公の目が俺を向く。
「おのれ、これで終わりか、私はまた負けるのか。そうはさせない。お前の思い通りにはさせない。ただ死んでなるものか」
怨公の亀裂が大きくなる。
同時に、突如として俺の体の内部からみしみしと何かが壊れる音が聞こえる。その場で転がる。全身が燃えるようだ。激痛。意識が白く染まりかける。
「いかん」
レオが笑みを消し、怨公に跳びかかる。
だがそれよりも早く、怨公の目が見開かれ、俺の全身の激痛が激しくなる。
魔術だ。どんなものかは分からないが、魔術を使われている。
逃げられない。
死ぬ?
嫌だ。生まれ変わりが本当にあるのかどうか分からない。前のはただの幻想だった。それに、まだまだ、分かっていないことだらけだ。
今回の事件の真相も、レオがそこにいる理由も。何もかも、分からない。
死にたくない。
そうして、一際大きな激痛が心臓を襲う。
逃げられない。
意識が、真っ白になっていく。




