推理(4)
ふ、ふ、ふ、と空気の洩れるような音。
しばらくして、不死公が笑っているのだと分かる。
「いいだろう」
組んでいた腕をほどき、両手をローブから出す。その手には、焔が握られている。
一瞬で空気が張り詰め、全員が身構える。
だが、不死公はその焔をそのまま地面に落とす。真っ赤に熱した刃がレンガとぶつかり音をたてる。
「ヴァン、しかしまだ足りないな。証明には、もう一歩だ。言ったはずだ。怨公は自分の作品に署名をしていると。それを触れさせることで怨公の証明になると。これは、そういうゲームだ。ヴァン、怨公の作品は見つかったのか?」
やはり、か。
俺は大きく息を吸う。
「ええ」
やはり、こうなるのか。
「元々、あなたの発言にもおかしな点はありました。その署名の件といい、怨公がルールを曲げないと断言している様といい、明らかに怨公に詳しすぎた。内面にまで。怨公を誰よりも危険視しながらも、怨公がダンジョンに関する技術を使えないことは断言していた。その時から、無意識のうちに違和感はありました」
「御託はいい。作品を見せてくれ。そして、その作品がどうして怨公のものだと推理したのかも」
「いいでしょう」
頷く。
「怨公は、異世界の情報を扱う。それが、我々の持っている情報です。更に、怨公は幼児を使った何らかの実験をしていた。これは、あなたが教えてくれたんですよね、不死公」
「そうだ。実験の内容は分からないが」
はっきりと、不死公は笑みを浮かべている。
「更に言うと、不死公の協力者、信奉者だったマクガフという博士は、自らの手で人を作り出す実験をしていたようです」
正確にはクローンだが、今はその概念を説明している暇がない。
「では、どうでしょうか」
喉が、渇く。
「生まれつき、異世界の情報、つまり異世界の記憶をもった子どもが作り出されたとしたら、その子どもは怨公の作品の可能性が極めて強いと言えないでしょうか?」
無音。
耳に痛い沈黙。
俺も続きを喋れない。
周囲の沈黙は、意味が分からないための沈黙。そして、俺の沈黙は、この続きを話すことで何かが壊れてしまう予感のための沈黙だ。
それでも、話さないといけない。余裕たっぷりに。
俺は名探偵だ。
「実は、俺は実家で手紙を発見しました。それは何と、マクガフ博士から俺の父への手紙のようでした」
一斉に、ざわめく。
「手紙の内容は、衝撃的だったので一言一句覚えています」
そして、俺は脳裏に焼きついた文面を読み上げていく。
『名前を悩んでいるということだが、リーナというのはどうだろうか。それにしても貴殿の細君について杞憂でよかった。小生も我がことのように嬉しい』
『あの子が才能豊かであることは、貴殿にとっても私にとっても喜ばしいおそらく師にとっても。それはおそらく、実験の成果のひとつだ』
『いずれ士官学校を受けるつもりとのこと、非常に驚きだ。師も喜び驚いておられた。いずれ会うこともあるかもしれない』
『こちらの実験は良好。そちらの細君の調子もいいとのことで何より』『家畜に対しては、同じものを作ろうという発想は昔からあった。どうしてこれまで人間を対象としなかったのか。師によって目を開かれた思いだ。私は私の実験に取り掛かろうと思う』
『自らの子の様子を定期的に小生に報告することに抵抗があるのは理解できる。それでも、その子は普通の子ではない。何かあった時に対処するためには、小生に詳しく情報を教えてもらわなければならない。その子に兄のような不幸が訪れないためにも』
『師の発想は異常だ。私は違う。もっとも、私の発想も師の影響を受けたものではあるが。情報というものについて、師は異常な興味を示している』
『今更の礼ではあるが、何もいわず、あの子を預かってくれてありがたい。小生としては、貴殿の弱みに付け込んだようで心苦しかったのだ』
『薬がなくなったが取りにいくことができないという貴殿からの手紙を頂き、どうしてそんなことに気付かなかったかと自省するばかり。一緒に同封した薬が追加分となる。必ず、毎日それを飲ませるように』
『願いを聞き届けていただいて感謝する。貴殿には世話になった。手に入れたいものは全て手に入った。この借りは必ず返す。しかし、その前に、小生はこれから怨公と会わなければならない。いずれまた、シュタイン殿』
「上から順に、この内容の手紙が並んでいました」
「どうして、それを言わずに」
もどかしげにゲラルトが首を振る。
申し訳ないな、という気になる。
「すいません、俺も混乱していて、整理できなかったんです」
ケジメとして謝っておいてから、続ける。
「俺は内容自体の衝撃で、特に疑いもせず、上から順に理解して、俺の妹がマクガフ、そしてその延長線上にいる怨公と関係がある、いえ、作られたのだと思って、混乱しました。妹と両親を恐れました。最後の手紙の直後に、怨公と会ったマクガフ博士は死んだのだと。しかし、今、落ち着いて考えれば、何もこの手紙の束が上から下にかけて新しくなっていくとは限らないわけです。むしろ、普通は上にあるものの方が新しい」
人差し指と親指で、ひっくり返すゼスチャーをする。
そう、逆なのだ。あのダンジョンのように。キジーツのナイフのように。
「さて、この一連の内容を逆にしてみると、次のようになります」
『願いを聞き届けていただいて感謝する。貴殿には世話になった。手に入れたいものは全て手に入った。この借りは必ず返す。しかし、その前に、小生はこれから怨公と会わなければならない。いずれまた、シュタイン殿』
『薬がなくなったが取りにいくことができないという貴殿からの手紙を頂き、どうしてそんなことに気付かなかったかと自省するばかり。一緒に同封した薬が追加分となる。必ず、毎日それを飲ませるように』
『今更の礼ではあるが、何もいわず、あの子を預かってくれてありがたい。小生としては、貴殿の弱みに付け込んだようで心苦しかったのだ』
『師の発想は異常だ。私は違う。もっとも、私の発想も師の影響を受けたものではあるが。情報というものについて、師は異常な興味を示している』
『自らの子の様子を定期的に小生に報告することに抵抗があるのは理解できる。それでも、その子は普通の子ではない。何かあった時に対処するためには、小生に詳しく情報を教えてもらわなければならない。その子に兄のような不幸が訪れないためにも』
『家畜に対しては、同じものを作ろうという発想は昔からあった。どうしてこれまで人間を対象としなかったのか。師によって目を開かれた思いだ。私は私の実験に取り掛かろうと思う』
『こちらの実験は良好。そちらの細君の調子もいいとのことで何より』
『いずれ士官学校を受けるつもりとのこと、非常に驚きだ。師も喜び驚いておられた。いずれ会うこともあるかもしれない』
『あの子が才能豊かであることは、貴殿にとっても私にとっても喜ばしい。おそらく師にとっても。それはおそらく、実験の成果のひとつだ』
『名前を悩んでいるということだが、リーナというのはどうだろうか。それにしても貴殿の細君について杞憂でよかった。小生も我がことのように嬉しい』
「この順番で理解すれば、父はマクガフ博士を何らかの形で手助けし、その代わりに子どもを預かったようです。父はおそらく怨公のことなど全く関係なく、おそらくは手紙の中に書いてある薬のためにマクガフ博士を助けていたのでしょう。後の手紙から、俺の母のための薬だと分かります。そして、『その子に兄のような不幸が訪れないためにも』、この文章を最初は『その子』を妹、そして当然『兄』を自分だと理解していました。しかし、俺に何の不幸があったというのでしょう。今では、分かります。『その子』が俺、そしてきっと、俺には兄がいたのでしょう」
そう、いた、のだ。きっと。
「母の調子が悪く、薬を必要としていたこと。父が子どもを預かったこと。兄には不幸が訪れたこと。そして、最後の手紙。リーナ、俺の妹が生まれたことで、母のことが杞憂でよかったと書かれています。ここから考えれば、おそらくはこういうことでしょう」
推測でこんな話をするのは嫌な気分だ。しかし、話さないわけにはいかない。
俺も身を切るから、勘弁してくれ。済まないな。
父と母に心の中で謝る。
「父と母の間には子どもがいた。しかし、母の病でその子は産まれなかったか、産まれてすぐに亡くなってしまった。そして、母はもう子どもを産めない体になってしまったのではないかと父も母も思い、だから母の薬のことで付き合いのあった医術師の提案に乗って、子どもを一人引き取った。どうでしょうか?」
誰も、何も言わない。
「その子どもが俺です。そして、この推理を補強する証拠は、俺自身にあります」
唾を、飲み込む。
「俺には、記憶があります。生まれた時からずっと。別の世界で産まれ、生きて、死ぬまでの記憶です。ずっと、前世の記憶だと思っていました。そう、俺は革命家なんて呼ばれて、まだ若いのに数多くの偉業を達成して、素晴らしいなんて讃えられたりしてきましたが、何のことはない、全て借り物です。その前世の記憶があったから、別の世界の発想、知識があったから、行えたことです。俺自身の力ではなく、俺の前世が残してくれた遺産のようなものです。ずっと、そう思っていました」
だが。
「けれど、それすらも違ったようです。どうやら、俺は別の世界の生まれ変わりなんかではなく」
階段を下りる。
ゆっくりと、不死公に近づいていく。
「別の世界の人間の記憶を、生まれたばかりの子どもに植え付けるという実験の産物。俺という作品が、この世界でどのように振舞うかも含めて、あなたの実験だったわけですか?」
そして、不死公の前に立ち、右手を差し出す。
「握手を、してくれますか?」
微笑んで、不死公は俺の右手を握ってくる。
何も、起こらない。
あれ?
まさかの、外したか?
「ヴァン……」
だが、全員が俺を見ている。キリオが、呻いている。
「どうした?」
「目が……」
「目?」
「ヴァン、私の目を見ろ」
まだ微笑んでいる不死公が言う。
「私の目を、しっかりと見ろ」
見る。
不死公の目に映っている、自分が見える。
俺の目が、その瞳が、金色に輝いている。
「おめでとう、ヴァン。君は辿り着いた」
手が離れる。俺の目が元の深緑に戻っていく。
「私が、怨公だ」
そうして、不死公改め怨公はそう言う。




