調査(2)
「なるほど」
薄闇の中で、壁を撫でながら呟く。
地下への下り階段の先に降りてきていた。確かに、階段を降りきったらすぐにそこに壁がある。地下室も何もない。壁だけが存在する下り階段だ。
ここまでは、説明の通りだが。
どうして、こんなことになっているのか、その理由が分かった。
よく見てみれば、階段やその周囲の壁はほとんどつぎはぎがない。この下り階段の周囲は特にそうだ。
この階段の辺りは、寄せ集めではなくて一つの大きなピースだ。それは、どういうことを意味しているのか。
ダンジョンの破片を寄せ集めて作られたこの嵐の城。そこで、階段を作りたい時にどうすればよいのか。なるべくダンジョンの破片を使うことで頑丈なものに、と言うよりも不壊のものにしたいのであれば、ダンジョンに使われていた階段の部分の破片を使うのが一番だ。だが、言い方は妙だが、使うのにちょうどいいだけの「量」の階段が手に入るとは限らない。足りないのであればミスリルレンガで補えばいいが、余分な場合どうするのか。当然ながら、余計な部分を削ったりはできない。それができるなら、そもそもダンジョンの破片を使う必要はない。壊れるんだから。
要するに、この階段の部分は、上から下まで、ほぼ一つの大きなパーツなのだ。それを使っているから、階段一つ分が余ってしまったわけだ。とはいえ、それに合わせて地下室を作るのも本末転倒だから、このようになっているのだろう。
「ん?」
自分でそこまで考えたところで、何かが引っかかる。何か、おかしい気がする。
「まあ、いいか」
これは所詮、小さな疑問だ。ここに拘る必要もない。
次に行こう。
次に向かったのは、一階の空き部屋だ。つまり、詰め所、開かずの間、そして倉庫への扉が存在する、四方が扉の部屋。
まず気になるのは、開かずの間への扉だ。
相変わらず気持ち悪い扉だな。
無数の歯車、そこから出ている金属の糸というか線というか管というか、よく分からない無数のもの。それが中央の半球に繋がっている。金属製の半球だ。
まず、半球を撫でてみる。何も起こらない。
歯車を回そうとしてみる。がっちりと嚙み合った歯車はぴくりともしない。
扉を押してみるが、両開きの金属製の扉は動かない。
最後に、金属線を掴んで力一杯引いてみるが、千切れることなく、
「いてっ」
逆に手に食い込んで血が滲む。
「ああ、くそ」
まあ、どうやっても力任せじゃあ開かないというのが確認できただけでもいいか。
今度は、両側にある扉をそれぞれ調べていく。
まずは左手側にある扉を見る。片開きの、ごく普通の扉だ。とはいえ、銀樹製の扉だからミスリルのレンガやダンジョンには及ばないが、かなりの頑丈さを誇るはずだ。
開くだろうか、と思って軽く引いてみると、普通に開いて、中の詰め所になっている部屋が見える。鎧こそ着込んでいるものの、兜を外したり、椅子に座って談笑していたりとリラックスしていた親衛隊の兵士達が一斉にこちらを見る。
「あ、どうも」
へへへ、と無意味な笑いをしてから扉を閉める。
まずいまずい。何も考えずに扉を開けたりしてはいけないな。また一つ賢くなった。
逆側の扉も同じように銀樹製で片開きだが、サイズが違う。明らかに大きい。人間が三人くらいなら同時に通れそうな大きさの扉だ。
この奥は倉庫だ。何か大きなものを運ぶためには戸口が大きい方がいいのは当然だから、そりゃあそうか。
今度は奥に人がいることもないだろう。さてどんなものがあるのかと扉を開いてやろうとして、
「うおっ」
無造作に扉を引いたら、開かない。全く想定していなかった抵抗のため、完全に油断していた俺はバランスを崩す。
「な、何だあ?」
意味が分からない。鍵がかかってるのか、ここ。
だが、扉を見ても、そもそも鍵穴自体がないように思える。
もう一度、扉を引いている。がたがたと動きはするが、開くことはない。
「閂、か?」
鍵じゃないとしたら、閂がかかっているのか?
倉庫の内側から、閂がかかっているのかもしれない。しかし、誰だ?
位置的に考えれば、この扉に倉庫の内側から閂をかけるとすると、
「貴賓室のルートだから、不死公か?」
しかし、不死公がこんな場所の閂をかける意味が分からない。いや、待てよ。
そうか。至極まっとうだ。防犯上は、ここの扉を閉めておくのは正しいのか。せっかく貴賓室の前の扉を親衛隊で固めても、こちらから倉庫を通って貴賓室にいけるなら片手落ちだ。
納得できてすっきりしたので、俺はとりあえずその場を離れる。
さて、それではメインディッシュといこう。
あの牢獄部屋の現場検証を行う。
二階に上がると、まずは男性部屋、女性部屋の両側の扉にそれぞれ一人ずついる兵士に頭を下げながら廊下と通っていく。
もう話は二階まで通っているらしく、何も言われない。
よかった。
牢獄部屋に近づくにつれて、多少煙い気がしてくる。まだ煙が残っているのか。それとも、勝手に印象だけで俺の脳が誤作動しているだけか。
そんなことを思いながら、牢獄部屋の前に立つ。
金属製の分厚い扉。外から鍵がかけられるようになっている。だが、あの時は外から鍵をかけてはいなかったはずだ。そんなことをしたら、怨公だけでなくあの三人も閉じ込められることになる。
とはいえ、鍵をかける必要すらなかったのだ。
親衛隊に囲まれていたからだ。いくらとっさに煙を撒こうが、どうしようもないような囲いが。
「こちら側に来ることができれば、簡単だな」
牢獄部屋のすぐ傍、一方通行の壁を利用した窓に立つ。もちろん、触れないように注意をして。
「ここを抜ければ、ああ、でも、無理か」
城外にいた兵士もその全てがこの囲いを作るのに参加したわけじゃあない。外を見回っていた兵士、それにまだ退去しようとしていたイスウ国とペース国の兵士だっていたはずだ。
城の二階の壁から突如として現れて飛び降りてくる男を見逃すはずがない。
まあ、そもそも、どうやって親衛隊の連中を超えて窓に辿り着くかという問題があるが。距離としてはほとんどないも同然だが、だからといって簡単に辿り着けるというものでもない。
いくら煙が充満していたとしても。
天井を見上げる。
天井までの距離はそれなりにある。それなりといっても、全力でジャンプしながら手を伸ばせば届きそうな高さではある。
煙に撒かれていたあの瞬間、怨公は天井を走ったというのはどうだろうか? 別に天井に張り付いて走り続けたという話じゃあない。天井を蹴るなりして、天井すれすれを移動したのだ。
そうすれば、煙幕の中、兵士達の頭を飛び越えることができるかもしれない。煙の向こうに全神経を集中していた兵士は、後ろに降り立った怨公に気付くことはできないだろう。もっとも、よっぽど音も無く着地しなければならないが。というより、そんな激しい動きをしたら煙の中で動いているのを兵士が気付きそうな気もするが、まあいい。
普通の人間ならとても不可能な動きだろうが、相手はドラゴンイーターだ。それに、怨公は剣術でも一流だったという話だ。あのシジマの師だとも。何かを極めた人間がどれほど常識離れしたものになるかは、あの事件で何となく分かっている。ありえない、とこの可能性を消し去るつもりにはなれない。激しい動きをしても音も立てず煙を動かさず気配を消す技術を身につけていたのかもしれない。
まあ、それはいい。
だが、やはり難しい。
兵士の後ろに降り立ったとして、やはりそこの窓から外に出れば他の兵士に見つかるというのが一つ。
もう一つは、ヘンヤの存在だ。
通常の手段で部屋を出て行ったなら、それもそんな大きな動きをしたならば、あの男が見逃すはずがない。親衛隊の兵士や他の連中が見逃しても、あの男は見逃さない。
俺はそう思う。
相手は人間じゃあない。ヘンヤの力が及ばないような技量を持っているかもしれない。そういった反論もしようと思えば出来る。
だが、意味がない。
あのヘンヤが及ばない技量、それを俺は想像できない。それを想定してしまうなら、極論、俺の推理力の及ばない方法でどうにかして部屋から抜け出したのだ、と推理しているのと同じだ。それは推理じゃあない。
「ううん」
唸りながら、中に入る。
牢獄部屋の中には、足が切断された椅子がまだ転がったままだ。
証言どおりなら、この部屋の中にはかなりあの男の血が撒き散らされたはずだが、その跡は全く無い。やはりドラゴンイーターの血は傷の回復と共に消えてしまうらしい。どういう仕組みかは知らないが。
部屋を見回す。天井と床も見る。叩いたりもしてみる。
ダンジョンの破片とミスリルのレンガが入り混じっていて、破壊不可能な部屋ではない。とはいえ、窓も穴もない。抜け道ができているわけでもない。
出入り口以外から移動するのは不可能に思える。
隠し通路とか、ないかな。
壁や床を叩きながら調べまわるが、何もない。
特に床を念入りに調べる。何故か?
答えは簡単で、隠し通路があるとしたらそれはこの牢獄部屋の真下、倉庫に繋がるものだろうと予想できるからだ。まさか詰め所に繋がる隠し通路があったところで利用しないだろう。誰か一人でも詰め所に兵士が残っていたらその時点でアウトだ。
これでストックなくなっちゃいました。




