調査(1)
「ああ、悪い、悲観的なことばかり言ってしまった」
しんとした空気を断ち切るように、マサカドは大きく伸びをすると肩を回す。一緒に焔も動く。
「物騒だな。鞘に仕舞え」
「そうしたいのはやまやまなんだが、どうなってるんだろうな、あれ。まあ、いい。それよりも、不死公、訊きたいことと許可が欲しいことがある」
「ほう」
幾分か、不死公の顔色はよくなっている。というより、不死身のくせに顔色が悪かったさっきまでが妙なのだが。
挑戦的なマサカドにつられるようにして、不死公の顔には不敵な笑みが、目には光が宿りつつある。
「言ってみるがいい」
「訊きたいことから先に言うか。この城の中を隅々まで調査していないことに対する質問だ。何故だ? どうして、あの男がもう城内に存在しないかどうか徹底的に調査しないんだ」
「何を言っている? 徹底的な調査は行っている」
「していない。あの扉の奥を調べていないだろう」
あっ、と声が出そうになる。
横で聞いていた俺は、ようやくそこでマサカドが何のことを言っているのかを理解する。
「あの扉か」
不死公は右手で自分の顔を掴むようにして、その指の隙間から覗かせる目が細くなっていく。
「そうだ、あの扉。開かずの間の向こうだ」
「無意味だ」
己の手で顔を隠すようなポーズを崩さないまま、不死公は言う。
「まず、あの牢獄部屋から親衛隊の囲いを突破することが不可能、更にあの扉は私以外には開けることができない。だからあの扉の向こうに行くことが不可能。二重に不可能なことをどうして想定して調査する必要がある」
「そんなことを言ったら、一つ目の不可能の時点で城内の調査の意味がないだろう。なあ、どうしてあの奥を調査しない?」
立ち上がり、一歩踏み出したマサカドは顔を掴んでいる不死公の右手の甲に鼻が触れんばかりだ。
「あの奥に、何がある?」
「……あの奥には、ドラゴンイーターの秘密がある」
その言葉と共に、細められていた不死公の目が、見開かれる。
「あの扉を開けるつもりはない。あの奥には、決して誰も入れない。誰もだ。怨公ですら、あの奥に進むことはない」
「とはいえ、怨公を名乗る男は不可能な状況から煙のように消えうせた。あの奥にいる可能性もあるんじゃないか?」
マサカドは引かない。
「何と言われようと、あの奥に怨公がいると証明でもされない限り、あの扉を開けることはありえない」
「そうか。なら、それでいい」
突然、マサカドはひょいと後ろに引くと再び腰を下ろして、足を組む。
「じゃあ、それで納得する代わりに、こっちのお願いを聞いてくれ。そっちとしても大変だとは思うが、自由に城内を調査する権利が欲しい。いいだろ、そこら中に親衛隊がいるんだ。何か悪さをしようにもできない」
「君達全員を自由に動けるようにしろというのか? 馬鹿な」
覆っていた右手を下ろし、不死公は天を仰ぐ。
「通るわけがない」
「全員とは言わない」
「君だけだろうと自由にするのはまずい。今、既に自由に動いている君に更に権利を与えたらどうなるか想像がつかないほど愚かではないつもりだ。君は動物的な勘で私や親衛隊、いや城内にいる全員の間合いを計っている。そうだろう? 近いうちに、君はそれを見切る。全てを利用して我を通す。それを手伝ってやる義理はない」
「いやいや、俺も大人しくしておく、あの部屋で。その代わりに、一人にだけ調査の許可が欲しい」
「誰だ?」
「そこのヴァンだ」
二人の化かし合いを完全に観客として椅子に座って観賞していた俺は、そこでいきなり名指しにされると共に二人の視線に晒されて硬直する。
「うえ」
変な声まで出る。
「どうして、彼を?」
「ああ、事件を解決することだけを考えるなら、この男が最適だ。そう俺が感じたからだ。悪いか?」
異様に光る不死公の目が俺を捉えたのは一瞬、
「いいだろう」
そして、緊張の糸が切れたように、不死公は背もたれに体重を預けて、ふっとまた疲れた顔に戻る。
「親衛隊に言っておく。すんなりとは納得しないだろうが、ヴァン、君だけということなら何とかなるだろう。マサカド、君はもう帰れ。疲れた」
「ああ、はい、何かすいません」
思わず謝りながら、俺は立ち上がり、
「ところで、何でそこまで疲れているんですか?」
と、気付けば訊いてしまっている。
しまった。
あまり愉快な話じゃないだろうと分かっているというのに、思ったことが口に出ていた。
横で、マサカドがにやついている。
「生きているからだ」
だが、予想に反して、不死公は不愉快な顔をすることもなく、疲れた顔にもう一度生気を蘇らせて、笑う。今までの不死公からはあまり想像できない、獣のような笑い顔。
「予想不能な困難に立ち向かう。これが生きているということだ。全く、疲れる。疲れるが、こんなことは何十年、何百年振りか。枯れていた血が滾るな」
その言葉と笑い顔に、俺はレオ・バアルを思い出す。
レオ、ドラゴンイーターは、本当の意味で全員お前の同類なのかもしれない。
親衛隊に俺の調査権について伝えてもらってから、俺達は貴賓室を後にする。
「マサカド様」
そこで、貴賓室の扉の両側に控えていた兵士のうちの一人が、マサカドに声をかけてくる。
「ああ、俺はもう戻る。もう、部屋で大人しくしておくさ。動くのはこいつだけだ」
どん、とガントレットごと拳を胸に叩きつけてくる。軽く、だが拳自体が重過ぎて、
「ぐえええ」
呻く。
「いえ、それはよろしいのですが」
何やら口ごもる兵士を見ているうちに、自信に満ちていたマサカドの表情が曇っていく。
声で気付く。この兵士は、さっき出入り口の扉でマサカドがアオイ捕獲をお願いした兵士だ。
「ひょっとして、アオイがどうかしたか?」
違っていてくれ、という願いを込めているのが俺にも分かる。
「申し訳ありません。お引止めしておいて欲しいというお話でしたが」
「ふん縛っておいてくれって話だ。それで?」
「いえ、お二人が不死公の部屋に入った後で、またアオイ様が現れまして、必死な様子で詰め所に入ったりとうろうろとされていたので、止めようとしたところ、何やら叫び声を上げて二階に上がられました」
「なるほど、迷惑をかけたな」
酷く沈んだ顔をしているマサカドを見て、本当に気の毒になってくる。ボブが俺の部下じゃなくてよかった。一応仲間だというだけでも肩身が狭いことがあるが、部下だとここまでダメージを受けるのか。
「いえ、そこまではいいのですが」
「まだあるのか」
嘘だろ、とマサカドの顔色は最早蒼白に近くなっていく。
「一度二階に上がられた後、もう一度駆け下りるようにして戻ってこられまして、また一階を走り回られたので、少々強引に止めさせてもらおうと思ったところ」
そこで、兵士はふっと横にずれる。
すると、兵士の後ろ、貴賓室の壁の隅に横たわっている見覚えのある眼鏡の女の姿がある。
「逃げようとされて、頭を思い切り壁に打ち付けまして、ついさっき気を失われました。動かすことも危険かと思いましたので、できれば二階の医師の方を呼んでいただければと」
「いやあ、このまま寝かせておけばいいんじゃないか? どうせ、これくらいで死ぬようなタマじゃあない」
言っているうちに、突然がばりとアオイが上半身を起こす。
眼鏡の奥の目を何度も瞬かせ、きょろきょろと辺りを見回している。
「げっ」
呻くマサカドに焦点があったらしく、
「団長、うっす」
「うっす、じゃない。何しているんだ、お前」
冷たく見下ろすマサカドの質問に、
「ええっと」
ふらふらと頭を揺らしながら、アオイは頬に指を添えて、
「頭痛いっすね」
「壁にぶつかったからな」
「え、どうしてっすか?」
「何?」
しばらく無言で、マサカドとアオイは見つめあう。
「お前、今まで自分が何をしていたか覚えているか?」
「というか、ここどこでしたっけ?」
またしても数秒の沈黙の後、引きずられるようにしてアオイはマサカドに二階に連れて行かれる。
しかし、思い切り頭を打って記憶喪失なんて冗談みたいなこと、本当にあるんだな。キリオとシロナに診察してもらって、大事なければいいけど。
ともかく、俺がすることは唯一つ。
調査だ。
とは言っても、既にこの城内に怨公、正確には怨公と見られる男が未だに潜んでいるとは考えにくい。既に親衛隊による調査が行われた後だ。
それに、嵐のために屋上や屋外の調査は控えるべきだ。そう考えると、一体何を調べるべきかというのは難しいところではあるが。
「気になるところを、片っ端から調べてみるか」
一階の中心で、親衛隊の耳に届かないようにひっそりと呟く。
そうなれば、まず一番に調べたいところがある。




