不死公の話(2)
当然ながら、今から話す全てが私がその目で見てきたことではない。伝聞も混じっている。だがそれは、歴史ならば当然のことだ。何かが間違っているかもしれないし、あえて歪められている情報もあるだろう。それを承知の上で聞け。
かつて、人が野にいる獣とそう変わらなかった頃のことだ。
その頃、ただ他の獣や竜に怯えるだけでなく一応文明と呼べるものを形作っていたのは、エルフくらいか。
だがそのエルフとは比べ物にならない文明を持ち、獣を、そして他の存在にとって死と恐怖そのものだった竜をも殺す存在がいた。
ドラゴンイーターだ。
彼らは、生物として強く、何よりも死ななかった。だから知識の断絶も起きず、文明文化を育んでいった。
いつから彼らが存在していたのかははっきりしない。だが、彼らが他の種族から神とまで崇め奉られるようになったきっかけは分かっている。
始祖だ。今のドラゴンイーターの始祖と呼ばれる存在。そのただ一人の天才、神域の天才によりドラゴンイーターの文明は飛躍的に発展した。ダンジョン、聖遺物、今の我々にとっても理解不能なものを作り出していった。それに引っ張られるようにして、他の者達も研究に没頭し、それぞれの専門分野で大きな成果を上げていった。加速度的にドラゴンイーターの文明は発展していき、他の種族にとっては神の如き存在になっていった。
それがよかったの悪かったのか、評価は分かれるところだ。
彼らは自らを殺す手段をも発明した。繁殖力の弱さよりも殺し合いや自ら命を絶つことで消えていく数が上回り、元々少なかったドラゴンイーターはその数を徐々に減らしていく。長い、長い年月をかけてな。本当に、気が遠くなるような年月をかけてドラゴンイーターは数が減っていった。そして、ドラゴンイーターが自らの滅亡を予感し始めた頃、始祖にも匹敵するような天才が現れる。怨公と、後に呼ばれる存在だ。
もちろん、怨公は始祖に取って代わるようなことはない。才能は始祖にも劣らないが、積み上げてきた年月が違う。
だが、奴にはプランがあった。
滅びかけていたドラゴンイーターを繁栄させるプランだ。
エルフやドワーフ、ホビットそして人間といった種族に文明を与え、庇護し、それぞれに国を作らせる。そして、それらをドラゴンイーターが支配する。
他の種族を利用して、地の王になろうとしたわけだ。そうすることで、滅びかけていたドラゴンイーターの窮地がどうにかなると考えていた。
最後まで反対していたのは始祖だ。どんな結末が待っていたのか、予想がついていたのかもしれない、そんな説もある。
結局、怨公により始祖の一派は殺され、そのプランは実行に移された。
竜を殺し魔物を追い払い、人によって国が作られ、精霊暦が始まった後の話はもう話をしたな。
全ての血は一つになっていき、人の数は爆発的に増えて、相対的にドラゴンイーターは一気に衰退していく。もっとも、始祖と怨公の内乱によって疲弊していたのも大きかったのだろうが。
ドラゴンイーターを衰退させる原因を作った存在は他のドラゴンイーターから怨まれ、それでもその圧倒的な才能から他のドラゴンイーターの上に立ち続け、怨公と呼ばれることになった。彼は、世界に毒をばら撒き続ける。
その怨公の子とナムト国の重臣が結託、総力を挙げて彼を閉じ込めておくことができたのは、ごく最近のことだ。最近というのは無論、ドラゴンイーターの基準で言うところの、だが。既に、他のドラゴンイーターは滅びてしまっている。
そして、怨公は逃げ出した。
不死公の話は終わった。
「あんたが生まれたのはどのタイミングなんだ?」
マサカドが焔を片手に砕けた口調で訊く。
「私が怨公の子として生まれたのはナムト国が建国されてすぐだ。それから私が怨公を追い落とすのには大分かかった。私と怨公以外のドラゴンイーターが滅びるまで」
「母親は?」
「私を生んだ母か。私を生んですぐに死んだ。怨公に殺された」
さらりと話されたその衝撃的な事実にどう反応していいのか分からず、俺は戸惑う。マサカドは全く表情を変えない。
「ああ、気にすることはない」
俺の表情を見てとってか、不死公は疲れた顔に微笑を浮かべ、
「ドラゴンイーターは自然死をしないから、基本的に自ら命を絶つか殺されるかだ。別にどうという話ではない」
その言葉に甘えて、俺は話を元に戻すことにする。
「つまり、怨公は、ドラゴンイーターを滅亡から救おうとしていたということですか?」
「最初は、そのはずだ。もっとも、その姿を私は知らないが」
「今は違うと?」
「今は世界の敵だ。ただ、悪ふざけをしているに過ぎない。そもそも、今からドラゴンイーターを救おうにも手遅れだ。私と怨公しかいない。このパンゲアのどこかに隠れ生き延びているドラゴンイーターがいたとしても、どうせ数人。全て合わせても、種族としてのドラゴンイーターに未来はない」
「そうとも、言えないかもしれません」
思わず、口が動いている。
俺の頭の中にあるのは、ある技術。そして、家の金庫に入っていたマクガフ博士の手紙の一枚。
『家畜に対しては、同じものを作ろうという発想は昔からあった。どうしてこれまで人間を対象としなかったのか。師によって目を開かれた思いだ。私は私の実験に取り掛かろうと思う』
「どういう意味かな」
「ああ、いや」
全てを話すのには抵抗がある。
それに、自分でもうまく説明できる気がしない。理解できていないのだ。あの手紙は何だ? 俺の妹は、一体何者だ?
「マクガフ博士という怨公の協力者と思われる研究員がいました。その男の残した資料から、怨公とマクガフ博士は同じものを作る技術を研究していた可能性があります」
つまり、クローニングだ。
「同じものを作る?」
横のマサカドが意味が分からないらしく眉を寄せて鸚鵡返しにする。
「家畜では、どうにかして優秀な固体の性質をその子に継がせようしますよね。あるいは、いい部分だけを集めたり」
「品種改良か」
「ええ、怨公はそれと似た技術で、同じものを作り出す技術を作り出していたかもしれません」
「同じものを作る」
不死公が呟く。
「つまり、私から私を作り出すことができるのか?」
「ひょっとしたら。だとすれば、ドラゴンイーターを滅亡から救うこともできるんじゃあないですかね?」
具体的にどこまでの技術かは分からないが、発想としては大量にドラゴンイーターを生産すればいいのだ。
「いくつも怨公が出来上がるわけか。それは困るな。しかし、確かに父がその類の技術について関心があったことは知っている」
不死公の疲れた顔には不釣り合いな眼光が俺を貫く。
「具体的に、どうやって作るかは想像がつくか?」
正直なところ、前の世界のクローン技術の知識については曖昧だ。だが、知識がないわけじゃあない。とはいえ、それをここで詳しく説明すると俺が怪しくなってくる。最悪の場合、俺が信奉者と思われる。
「さあ、体の一部を使って、もう一人同じ人間を作るようなイメージですかね。思い付きですけど」
これくらいが限界だ。
「だとすれば、今はもういないドラゴンイーターの再生すら可能なわけだ。骨の欠片でも残っていれば」
顎を指でさすりながら、不死公は俺とマサカドを交互に見る。
「ひょっとして、それか? 怨公を名乗った男も、レオ・バアルも。そうやって複製された存在か?」
「可能性は、あると思います」
そうとしか言えない。
「そんなことは二の次だ」
だが、そこでマサカドが口を出す。
「それよりも重要なことがある」
「ほう、何だ?」
「ヴァンが言っていたことだ。つまり怨公が何が出来て何が出来ないのか。いや、もっと限定して言おう。その始祖だったか、そいつの技術を怨公は利用できるのか?」
「できない。それは言った通りだ。別に才に差があるというわけではない。おそらく、怨公の才は始祖に匹敵するだろう。だが、さっき言ったようにあまりにも積み上げた時間が違う。この世界が無明の闇の時代から生き続け、研究を続けた天才が相手だ。未だ、彼の技術を理解できるものは怨公も含めて誰もいないはずだ」
「つまり、例えば帰還石のような技術を自由自在に使えるということは、ないわけだな」
「当然だ。どうしてそれが気になる?」
マサカドの目が細く鋭くなって、焔を握る手にも力が入る。
「あの男、怨公が名乗る男が消えたことが気になっている。どうやって奴が消えたのか、それをはっきりさせない限り、俺達に勝ち目はない。そう思わないか? もしも、文字通り消えたのだとしたらどうする? 敵が、空間を支配する技術を持っていたら」
戦うだけ無駄だ、と珍しくマサカドは弱気な発言をする。自嘲の笑みさえ浮かべている。
しばらく、俺も不死公も、そんな見たこともないマサカドの姿を前に、言葉を失って黙る。




