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異世界の名探偵(旧題:ファンタジーにおける名探偵の必要性)  作者: 片里鴎(カタザト)
ドラゴンイーターあるいは黄泉がえる首無し姫の問題 出題編
156/345

不死公の話(1)

 レイがそのままトカレフとずっと隅で話し続けているので、俺とボブだけですごすごと男性部屋に戻る。


「あれ」


 と、戻ったところで、マサカドが暇そうに抜き身の焔を揺らしているのに目を丸くする。


「おお、どうだった」


「いや、伝えましたけど、アオイさんは?」


「来てないぞ」


 すぐに取ってくるくらいの勢いだったのに、何してるんだ?


 俺の困惑が伝わったのか、マサカドも首を傾げる。


「どうした?」


「いや、取ってくるって出て行ったんです」


「嵐だぞ、何を考えているんだ?」


「そうですね」


 全く同感だ。


「おい、ウーヘイ」


「何だ?」


「ちょっと、俺の部下が行方不明だ。捜しにいってもいいか?」


「お前が自由に動くことは許可できないと言っているだろう」


「大丈夫だろ、多分。何ならお前も付いて来い。とにかく、息が詰まる。散歩くらいさせろ」


 そう言って、マサカドは立ち上がるとウーヘイの返事もまたず部屋を出て行く。あまりの傍若無人ぶりにウーヘイすら呆気に取られて止めることができない。


「ああ」


 ひょこっとマサカドは顔と片腕だけ部屋の中に戻す。


「一人で散歩は退屈だ、付き合えよ」


 ぐっと肩をつかまれ、そのまま外に連れ出される。


「うおっ」


 親衛隊の一人、男性部屋の扉の横に立っていた兵士と目が合う。正確には、兜を被っているからおそらくは目が合っている、としか言えない。


「ああ、ちょっと散歩する。悪いな、気になるなら付いて来てくれ」


 ぽん、と鎧の肩の部分を叩くマサカドに、おそらくはその親衛隊の一人は固まってしまっている。それはそうだろう。この状況でこんな無茶苦茶な動きをするなんて思ってもいなかっただろう。

 ともかく、親衛隊やウーヘイが面食らっているであろう間に、俺を引きずるようにしてマサカドはずんずん進むと、そのまま階段を下りていく。


 さすがにそこも引きずられていくと階段を転げ落ちる羽目になるので、自分の足で立ってついて行く。


「無茶しますね」


「じゃれ合いみたいなものだ。このくらいで俺をどうにかすることはできない。軟禁している今の状態だって、ナムト国側からすれば怯えているはずだ、内心はな。俺はイスウ国の騎士団長であり探偵団長だぞ。そして何よりも、俺はマサカドだ。俺と敵対したいか?」


 俺だったら、絶対したくない。


「向こうも同じだ。向こうが強気に出ているようにも見えるがな、実際には俺もゲラルトもトカレフも、向こうのお願いをきいてやっているだけだ」


 そんなものか。


「お前は違うな。ただ、向こうの高圧的な命令を聞いているだけだ」


「はあ、どうせ俺はそんなもんですよ」


 いじける。


「違う。俺達とは違って、そこに力を割いていないだけだ」


「え?」


「目の前の事件の方が主体なんだよ、お前は。だから他の奴らが解決できないものをお前が解決できる」


 マサカドが見たことのないような静かな目をして俺を見ている。


 いつしかマサカドの掴んでいた手は離されて、俺とマサカドは一階へ下る階段の最後の一段で足を止めている。


「七大探偵なんて呼ばれている奴らは、俺も含めて巨大なものを見がちだ。能力があるんだからそっちに目が行くのは仕方ない。ゲラルトがいい例だ。あいつにとって、目の前の事件はより大きな状況を動かすための手段だ。お前は逆」


 マサカドは人差し指を立ててくるりと回す。


「目の前の事件の解決にしか興味がない。それを取り巻く大きな状況は、事件を解決するためのヒントにしかすぎない」


「つまり、視野が狭いってことですか?」


「悪く言えばな」


 結局悪口じゃねえか。


「だが、そういう尖った奴じゃないと解決できない事件もある。俺なんか、目的を達成できりゃあ事件の解決なんて適当でいいじゃないかと思うが、お前にとってはそうではないんだろう?」


「そうですね」


 それはもう、ミステリマニアだった頃からの性というやつだ。


「剣があるなら、握って使えばいい」


 ぼそりと、自分に言い聞かせるようにマサカドが呟く。


「え?」


「これも同じだ」


 焔を目の高さまで上げてにやりと笑うが、俺にはそのマサカドの笑みと言葉の意味が分からない。


 そこで、一階を二人一組で警備しているらしい親衛隊の二人組みがこちらに気付いたらしく、近づいてくる。


「マサカド様、ヴァン様、どうして一階に?」


 冷たい声で一方が問いかけてくる。

 そりゃあ、疑問になるよな。


「上の連中には許可はとった。どうしても不死公にあって話さなければならないことがあるんだ」


 息を吸うように嘘をつく。


 とはいえ、あからさまに疑うこともできないようで、兵士二人はそれ以上は追求しない。


「ああ、そうだ。あんたら、うちのアオイを見ていないか?」


「見ました」


 一人が、即答する。


「あれは、あなたの命令ですか? 入り口の扉を無理を言って開けさせた後、外に飛び出したと思ったらびしょ濡れで戻ってきて、あとは一階をうろちょろと走り回ってますが」


「マジで? 申し訳ない」


 珍しく、マサカドの顔が強張っている。見れば首筋が真っ赤だ。これは、本当にかなり恥ずかしがっている。


 話が終わり、その二人は二階の警備に移る。

 

 マサカドは、今度は入り口の扉の両側に立っている二人の兵士に歩み寄る。


「ああ、ちょっと失礼。訊きたいんだけど」


「はい」


 明らかに声が困惑している。それはそうだろう。マサカドが城内を勝手に歩いている上に、いきなり話しかけてきたのだ。


「俺の部下がここを通った?」


「え……ああ、はい。外は嵐ですし、そもそも今の時点で城外に出すことはできないとお止めしたのですが」


 言いよどんでから、


「土下座せんばかりで頼まれまして、すぐそこの忘れ物を取るだけだからと。それに、その、特に彼女なら大事にはならないのではないかと判断しました」


 どうでもいい奴だと判断したわけか。あながち間違ってないかもしれない。


「アオイ様はお言葉通り、すぐに戻ってきました。嵐のせいでずぶ濡れでしたが、忘れ物は確かに持ち帰っていました。あの、鉄の棒のようなものがそうなのでしょう?」


「ああ」


 おそらく鞘だ。


「迷惑をかけた。で、そいつはどうしてる?」


「さて。我々が見る限りでも、さっきからこの扉の前を何度も往復したり、詰め所に顔を出したりと落ち着かない様子でしたが」


「なるほど、今度見つけたら、拘束してくれ。全然構わないから。その件でイスウ国は一切抗議しないと約束する」


 耳まで真っ赤にしながらマサカドが言う。


 その間、俺はずっと入り口の扉を観察している。

 巨大な金属製の両開きの扉には同じように巨大で頑丈そうな閂がかかっている。これは、この扉を開けるのにはなんぎしそうだ。おそらく、この親衛隊員二人掛りでこの閂をかけたり外したりしているのだろう。


「頼むぞ、本当に。見つけたら絶対に拘束してくれよ。あの恥さらしめ」


 なおもマサカドは門番に頼んでいる。


「自分だって勝手に城内をうろついているから同じようなものじゃないですか」


 こそこそと小声でなだめてみるが、


「俺のこれとあいつが走り回ってるのは意味が違う。イスウ国の沽券に関わる」


 という反論には何も言えない。実際、そうだと思うし。


「ああ、不死公と話せるか?」


 そうして今度は貴賓室に近づき、そこに立っている二人の兵士に話しかける。


「お待ちください。今、あなた方と不死公を簡単に会わせるわけにはいきません」


 と至極真っ当なストップをかけた後で、


「それより、あなた方はどうして出歩いているのですか?」


 当然の質問だ。


「ああ、不死公に話があったから来たんだ。許可はとっている」


 一方的に話して反対が出ないうちにここまで来ただけだ。


「お待ちください」


 二人のうち一人が、部屋の中に入る。

 やがて、兵士は部屋から重々しい足音を響かせて出てくる。


「不死公が、お会いになるそうです」





 赤い絨毯の上、木製の椅子に腰掛けた不死公は明らかに憔悴している。


「座ってくれ」


 そう言って手で空いている椅子を示すのにも、多大な労力を費やしているようだ。


「お疲れのご様子だ」


 どっかとマサカドは腰を下ろす。


「君は元気だな。そして、こちらの制限を無視して勝手に動き回っている」


「制限か。お前達に制限をかける権限も力も、この状況下ではないよ。それこそ、俺達、というよりもナムト以外の三ヶ国を完全に敵に回して事を構える覚悟がなければな」


「それでも、普通は怯えるものだ。ひょっとしたら、と思うから人は一歩引く」


「そうだな。そして、いつだって引くのは俺じゃあない。俺の相手側だ。ああ、ヴァン、座れよ」


 二人の静かな、しかしどこかに緊張感を孕んだ会話に気圧されて座れていなかった俺は、そのマサカドの言葉でようやく腰を下ろす。


「さて、それで何の用かな?」


「不死公」


 ぐい、とマサカドは身を乗り出す。


「今回の事件、お前が企んでいるとは思わない。その憔悴ぶりも演技ではないだろう。だが、お前が全く関わっていないとも信じられないんだ。あの男、怨公と名乗った男は、誰だ?」


「それを聞くということは、君が黒幕でもないのか。それとも、そう思わせるために質問しているのか」


 ああ、と呻いて不死公は首を振る。


「考えるだけ無駄か。全く、疲れた。疲れたことだ。訳が分からない事実に直面するというのはひたすらに疲れる。どうにかして理解しようとしてしまうからだ。いいか、私にとってもその男が何者なのかは分からない。そもそも、目にする前に彼は消えてしまった」


「だが、奴はドラゴンイーターだった。それはどうも確からしい」


「だから何だ? 私は全てのドラゴンイーターの生き残りを把握しているわけではない。そうであったら君達に怨公の捜索を頼まない。確かに、ドラゴンイーターは滅びかけている種族のはずだ。私と怨公以外にいるとは思えない。だが、それでも存在していた可能性はゼロではない。彼が本当に怨公なのかどうなのか、私には知る由もない。現に、ドラゴンイーターの可能性のある人間は存在している。いや、いた」


 疲れ果てた不死公の目が俺を向く。


「レオのことですか」


「レオ・バアル。奴はまさしくドラゴンイーターのようだった。それだけで、怨公が興味を持つ、あるいは怨公が関わっているのではないかと考える根拠になる。だが、それがどうしたというのだ。馬鹿馬鹿しい」


 唐突に、不死公の態度が投げやりになる。全体重を椅子の背もたれにかける。


「ドラゴンイーターなど、所詮は滅びる種族だ。怨公は世界の敵だから取り除かなければならないが、それだけだ。ドラゴンイーターが人類にとって代わることもなければ、かつてのように人にとっての神の如き存在になることもない。精々が、敵になるくらいだ。怨公のように。下らん。私という存在も同じだ。怨公を名乗ったあの男がドラゴンイーターであったからといって、どうということもない」


「奴が怨公とは別のドラゴンイーターだとすれば、怨公はドラゴンイーターの仲間が一人はいることになる。それは、厄介な問題じゃあないんですか?」


 俺の質問に、不死公は乾いた笑いと共に、


「ドラゴンイーターであることが即ち存在としての凄まじさを表しているわけではない。ただ死ににくいだけの、滅びかけている哀れな生き物だ。それに、殺す手段はそこまで難しいものではない」


 そこで、俺は思わず胸を押さえる。

 その場所には、木箱が収められている。不死殺しのナイフ、アイスからの証拠品が。ついさっきの身体検査で取り上げられるところだったが、結局はそれぞれが武器の保有が許されたために俺が未だに所持している。

 そう、例えばこのナイフで突き刺せば、ドラゴンイーターですら殺せる、らしい。


「長生きだから、何かに熱中する。長い長い時間をそれに費やすから、ついには他の存在には再現不可能な何かを作り出すまでになる。聖遺物だな。だが、それだけだ。結局、死ににくいから暇なだけだよ。とはいえ、時折天才が現れる。人間と同じだな。問題は、ドラゴンイーターの天才は死なずに生き続けることだ。才能の上に、延々と積み重ねていき、ついにはとてつもない存在となる」


「怨公のことか?」


 マサカドの質問に、


「ああ。あるいは、神代のドラゴンイーターもそうだ。かつて、同じような大天才が生き延び続けて神にも等しい存在になった。そういう存在がいたからこそ、ドラゴンイーターは人から畏れられたのだ。まさしく、竜をも喰らう者として」


 そこで、不死公は壁を拳で叩く。

 乾いた硬い音がする。


「ダンジョンなどその最たるものだ。我々からしても全く理解不能な原理によって作り出されている。建国以前、神話の時代に、神のようなドラゴンイーターが発明し、作り上げたのだろう」


 だから、と不死公は笑う。


「最後のドラゴンイーターの大天才、怨公が死ねばそれでドラゴンイーターは終わってしまうのだろう。きっと、私がいようといまいとな」


 ふと、そこでちょっと気になっていたこと思い出す。何か違和感があったのだ。ダンジョンとドラゴンイーターの関係について。そうして、ここで話していてようやく何が違和感だったのかが分かる。


「ちょっといいですか。じゃあ、怨公にとっても、ダンジョンを作ることはできないわけですか」


「当然だ。ダンジョンやそれにまつわる聖遺物は、私や怨公にとっても神が創ったようなものだ。この城も、単にダンジョンの欠片を集めて作っただけ」


「じゃあ、ダンジョンから見つかっている聖遺物も当然、理解不能なものばかりなんですよね」


「大部分はな。ダンジョンの中においてある聖遺物の全てが理解不能なものではない。時代的には同じように古いが、古いものが全て高度というわけでもない」


「ああ、そう、その辺りがよく分からないんです。例えば、怨公がダンジョンの製作者が同じ時を生きていた、ということはないんですか? その時にダンジョン製作の原理の一部を聞いたとか」


「何が言いたい?」


 不死公が眉を寄せる。話がどこに落ち着くのか見極められないようだ。


「つまり、ドラゴンイーターの歴史についてです。あまりにもざっくりとした説明しかあなたからは聞いていないし、ジャンゴが調べた資料にもその辺りのはっきりとした話はなかったようです。けれど、現実問題として、例えば怨公がダンジョン製作者から帰還石の原理の一部でも伝えられているかいないかで俺達が想定する怨公の手ごわさは全く変わります。あなたはさっきから怨公と自分との差を話し、更にその怨公と神代のドラゴンイーターとの差を話した。けれど、俺達からしてみれば誰もが人間とは遥かにかけ離れた存在、神に近い存在です。だから、あなたの感覚がよく分からない。ああ、長々とすいません。つまりですね」


 うまく言いたいことが口に出来ず、ともかく口を動かしながら頭をかきむしる。そうして、ようやく自分が何が言いたいのかが整理できる。 


「そう、つまり、怨公が何が出来て、何が出来ないのか。はっきりとは分からなくとも、大体の感覚を、つまりあなたにとっての常識的な線を知りたいんです。相手が人間なら大体分かります。これが出来て、あれはさすがに出来ないだろうというのが。しかし、怨公に関しては全く分かりません。今回の事件も、推理のしようがない。だから、ドラゴンイーターについて、もっと詳しい話が知りたいんです」


 俺の言葉に、不死公は少しだけ遠い目をして、


「もっともなことだ。だが、どこからどのように話せばいいか」


 と、首を振る。


「大まかな歴史と、そして私がドラゴンイーターという種族にとって何であるか、を話すしかないか。それで、説明になるはずだ」


「興味があるな」


 椅子をぎしぎしと言わせてマサカドが大きく身を乗り出す。


「つまらん歴史だ」


 そうして、少しだけ詳しいドラゴンイーターについての話が始まる。

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