嵐の城(1)
鈍く黒い光沢のあるレンガが積み上げられている。
ミスリルを混ぜたレンガだ。古くから製法の存在する、鉄よりも遥かに強固なレンガだが、あまりにも単価が高い。そのため、現在は重要な建造物には、それなりに安価でありながらほとんど同程度の強度を持つ、魔術の発展によって作り出せるようになった魔術強化石レンガを使うようになっている。それでも、通常のレンガと比べれば高価ではあるのだが。
そのため、このレンガが使ってあるというだけで、その建造物は五十年以上前に建てられた、重要なものだと判断できるというわけだ。
そのミスリルを使ったレンガを惜しげもなく使った、中流貴族の邸宅程度の大きさのそれを、俺は見上げる。
小さくはあるが、これが城と呼ばれるのも分かる。堀に囲まれ、更にミスリルレンガを使った城壁に囲まれ、その奥に同じくミスリルレンガを使って建てられたこの建造物。二階建てと背は高くないが、二階部分には侵入はできないが逆に中からは矢や魔術を撃てる小窓がいくつもついており、更に屋上部分もちょうど大人の胸の辺りまである壁にぐるりと囲まれている。あれも外からの攻撃や侵入を防ぎつつ、中側、つまり屋上から地上を攻撃するためのものだろう。
「この『嵐の城』の大きな特徴の一つは、この空だ」
解説を頼む前にしてくれるボブは指を空に指し示す。
その指の先では、空一面の暗雲が渦巻いている。薄暗い中、時折突風が吹く。
「とにかく天候が悪い。山の頂上にあるから天気が変わりやすいというのもあるんだろうけど、それにしても晴天に恵まれることがない。常に曇っていて、風が強く吹いている。夜になるにつれてその天気は悪くなり、ほとんど毎日、日が沈む頃には嵐が起きている。これが、かつて戦争でこの嵐の城が小規模でありながら難攻不落と言われた理由の一つだ」
「さすがボブ・メージン。ガイドブックいらずね」
キリオが褒めているのか馬鹿にしているのか分からないようなことを言うと、ボブは素直に胸を張って説明を続ける。
「もう一つが、この辺りが飛竜の巣であることがあげられる。飛竜はあれで大人しい生物だから通常人を襲うことはないが、弱って抵抗できない人間、あるいは子育て中に巣の近くにいる人間は襲って食べることがある」
「飛竜の巣の近くでドンパチしたり、戦闘して弱ったりは避けたいわけか」
なるほど。そうなるとそもそもこの土地自体が、極めて攻めにくい立地だったわけだ。
「これが、名高い嵐の城。まさか、来ることになるとはな」
パンゲアで国同士の戦争があった頃、ペースとイスウ、そしてナムトの三国の国境沿いにあるこの城は、常に最前線にあったという。
元々はナムトとイスウが共同で作り上げ、ペースが土地ごと征服した後には、今度はペースの守りの要と化した。
結局、現在はイスウ国の所有となっている。戦乱時代のパンゲアを象徴する建造物だ。
「早く入らない?」
ぶるりとキリオが体を震わせる。
なるほど、確かに、風が体を冷やす。
「だな」
逃げてきた。
結局、詳しく自分で調べることが怖くて実家からも逃げてきた。両親が、妹が何者なのかを知るのが恐ろしくて逃げてきた。
そんな俺には、城の中で身を守るのがお似合いなのかもしれない。
家族にはほとんど何も説明をせずにここに来た。仕事だ、としか説明していないが、よく考えればどちらにしろそれしか説明のしようがないのかもしれない。
巨大な門を潜り、そこで待っていた多少は疲れが取れた顔をしたゲラルトに迎えられる。
「ようこそ、嵐の城へ」
いつも通りの余裕のある笑みを見て安心する。
どうやら調子は戻っているらしい。
準備をして、ボブとキリオと一緒にここへ向かう直前。
モックから王都まで向かう馬車の車中での会話を思い出す。
「アイスは崩れる。ウラエヌスも同じだよ。おそらくは傀儡王政になるとは思うけど、下手をしたら制度自体が崩れるかもしれない。激動だね」
疲れ切った顔で、ゲラルトはそんなことを話した。
「他人事みたいに。崩したのは、どうせ団長でしょう?」
家族から離れるにつれて気が楽になってきたので、軽口を叩いた。
「否定はしない。けど、必要なことだよ。君も思っただろう? 姫の話を聞いて。あんな歪みを持ったまま国を運営することは危険だよ。爆弾を体の中に入れたようなものだ。中からか外からか、火をつけられればおしまい。それしかなかったのだろうし、それを背負って国を立て直した彼女のことは尊敬するけれど、もうその役目は終わった。彼女には退場してもらわないといけない」
「そうして、そんな負い目がなく、かつ優秀な人物がシャーク国を動かすわけですね。例えば、団長のような」
「他に、誰かその器があるかい?」
多少隈のあるゲラルトの目がぎらついていた。その時、目の前のとらえどころのない男にも野心が、それも下手をしたら俺の知る限りでは一番強いくらいの野心があったことに、初めて気がついた。
「ともかく、他の誰でもない、僕が一番にその爆弾の確かな導火線を握れたのは幸いだった。僕がコントロールできる。それに忙しかったから、怨公のことを放っておいたんだ。そうしたら、まさかのトカレフが捕まえてしまうというね」
そう、ペース国内で捕まったと聞いた。物量に物を言わせたのか。
「とはいえ、ことがことだし、そもそも本物の怨公かどうかどうやって確かめていいのか、正直僕らからすると分からない。そうだろう? 一応、ドラゴンイーターであることは確かだし、本人も怨公を名乗っているから間違いはないだろうということだけどね」
それはどうだろうか。
例えば、ドラゴンイーターを作り出して、おまけに洗脳しているかもしれない。ドラゴンイーターを作り出す。そんなこと、俺以外には発想すらないかもしれないが、俺には絵空事と笑い飛ばすことはできない。クローン。それは既に、怨公が手に入れている発想のはずだ。
「それで、あの『嵐の城』に連行ですか?」
「ああ。イスウ国のものだけど、今回はマサカドが全面協力してくれるということで、あの場所で取調をすることになった」
「どうして?」
嵐の城に怨公が向かうということで、一番の疑問はそれだ。
「嵐の城は、防御能力という意味では、現在でもパンゲア中の施設でトップクラス。決して、時代遅れの遺物ではない。そして、我々が警戒すべきは外から怨公が奪われること、というわけだよ。ナムト以外の国の中枢にも信奉者がいるらしいし」
「何よりも、青い狼ですか」
「そういうこと」
あの犯罪集団を作ったのは怨公だという。ならば、非常事態に自分を助け出すように何かしらの仕込みをしておいてもおかしくないわけか。
疲れた顔に無理矢理笑みを浮かべようとして、ゲラルトの表情が逆に少し悲惨なものになった。それなのに目だけがぎらぎらと光っていた。
「僕は先に行く。君も王都に着いたら、あの二人を連れてできるだけ早くに城に来るんだ。怨公が到着する前に着いておきたい。肝心な情報を他の連中が全部聞き出した後に到着なんて、詰まらないだろう?」
「なるほど。確かに」
正直、この件にはもうこれ以上関わりたくない気もする。が、そんなことも言ってられないか。
「当然ながら、現在嵐の城はイスウの連中で警備されている。このままではペース国とイスウ国が重要な情報を握って、シャーク国だけが遅れをとることになりかねない。気合を入れないとね」
最後に笑うが、そのゲラルトの微笑みからはやはりいつもの余裕は感じられなかった。




