ドラゴンイーターの話(4)
忌まわしき名が発表され、場の空気が沈む。あのマサカドすら黙っている。
「ところで」
と、場が静まった間を狙うようにして、
「その怨公とやら、どうやって捕まえればいいんだ?」
不躾な質問をボブが言い放つ。
あまりにもと言えばあまりにもな質問に、誰もが呆気にとられる。相変わらず場の空気を読めない、いや読もうとしない奴だ。長所でもあるのだろうが。
「それは、プロである探偵諸君にそれぞれ立案して欲しいものだな」
しばらくしてから、呆れたような口調で不死公が答える。
「いや、僕とか横のキリオ、それにほら、そっちに座ってるレイ・コルトも探偵じゃない」
より正確に言えば、ずっと黙って控えているヘンヤも探偵では全くない。
「それに探偵って言うならあんただって七探偵の一人だろ。まさか他の探偵に丸投げして終わり、ノープランだってのか? ああ?」
あまりの柄の悪さに、斜め向かいのジャンゴが眉をひそめている。あの男を引かせるとは良くも悪くも大したものだ。
「ふむ、それぞれの探偵諸君に方針は任せようと思ってはいるが、確かに私が想定している方向というものもある。それは、ここに招待した人選にも表れているが」
不死公の顔から人間的な一切の表情が削ぎとられて、神の言葉を通訳する預言者の如き口ぶりに変わる。
「ヴァン・ホームズ。君はここに来た盟友と一緒に、レオ・バアルについて探って欲しい。先ほど言ったように、レオ・バアルについて怨公が興味を示さなかったということはありえない。何らかの接触があった可能性が高い」
キリオはいいとして、ボブは盟友とは思っていないが。
「ゲラルト・マップ。君は政治に強い。自国の中枢を探りたまえ。特にアイス王妃を。ここで、私から何があるのかを言うことはない。私が言ったところで君は信じないだろうし、どの道自ら調査することになるだろう。自分で情報を見つけるがいい」
黙って、ゲラルトは手で口を覆い、何かをじっと考えている。その目は、既に不死公を見ていない。
「私の父は、武術に関しても類稀な才能を持っていた。その長い年月の中で、己の技術を高め続けていた。その中でも気に入っていたのが剣術だ。名を偽り、流浪の剣士としてイスウ国に滞在していた時期もあるという。そして、そこで弟子をとったことも。その弟子の名は、シジマという」
その名前に反応したのは、マサカドではなくこれまでずっと何も喋らずにいたヘンヤだ。刀を持っていないはずなのに、その手が腰に伸びている。おそらく無意識だろう。眼光が刃のようになっている。
「マサカド。君はシジマについて調べてもらいたい。というよりも、イスウ国の御家流、それ自体に怨公の影響があるかもしれない。君は直感に非常に優れていると聞く。君の目と鼻で、怨公を探し出して欲しい」
「さあて、どうしたものか」
その言葉を受けて緊張しきっているアオイの横で、マサカドは首を捻っている。何かが引っかかっているのか、それとも面倒なだけか。
「ジャンゴ。非合法な捜査をできる君には、是非青い狼について調べてもらいたい。怨公は青い狼を作り出しただけではなく、何かの折につけて利用していたはずだ。君の手段を選ばない捜査ならば、何かを見つけることができるはずだ」
「言われなくとも、青い狼潰しは、俺の趣味みたいなもんだからよ」
ジャンゴは見るものをぞっとさせるような犬が牙をむくような笑顔を見せる。
「トカレフ。君は聖遺物を調べてもらいたい。父の作品があるかもしれない。特に、帰らずの地下迷宮について調査を重点的に」
懐かしい地名に、俺は思わず体をびくりと硬直させてしまう。
「あの事件が起きた場所か。うちのキジーツが死んだやつだ。三代目だったか? どうしてあそこが関係ある?」
凶暴な笑顔のまま、ジャンゴが口出しする。
「あのダンジョンは、随分昔の父の悪ふざけのための作品だ。父があのダンジョンを作ったわけではない。我が父、怨公がやったのは、壊れかけたダンジョンに、壊れた帰還石を運び込んだだけだ」
あの悪ふざけ、怨公だったのか。あれのおかげで、結果として何人もの人間が死んだ。
「さて、以上が私のプランだ。ボブ・メージン。納得してもらえたか?」
「まあまあだな」
椅子にふんぞり返るボブ。どうしてそんなに偉そうなのか訳が分からない。
「その怨公とやらの特徴は? 無論、ドラゴンイーターなのだろうが、他に特徴や、捜査の手がかりになる情報があるなら全て教えてくれ」
一方のトカレフは冷静沈着だ。
「その通り。ついでに言うと、彼の専門も教えて欲しいな」
軽くゲラルトが続ける。
「聖遺物がドラゴンイーターの専門技術によるものなら、つまりドラゴンイーターは自分の専門分野に限っては、我々から見れば奇跡のようなものを起こせることになる。怨公という存在がどんな奇跡を起こせるのか、教えてもらえないと捕らえるのに苦労しそうだし」
そこで、ゲラルトが浮かべたのは、ジャンゴのものとは対照的な、ひやりとするような微笑だ。
「どう利用していいかイメージも湧かない」
「なるほど。やはり、君の本質は探偵とは違うな」
不死公はついさっき繋げたばかりの左腕の手首を試すように動かす。
「教えたいのはやまやまだが、正直なところ私にも正確なところは分からない。父の研究は多岐にわたる。例えば、そうだ、ジャンゴ」
「あ?」
「君のところにいたローズ、父の侍女だな、彼女が顔を変えていたのも父の技術だ。一時的に顔を変えるのではなく、改造を施して恒久的に顔を変えてしまう技術。まだ不完全なために、表情を作ることが出来なくなるようだが」
つまり、整形手術の魔術を利用したものだと思えばいいのか。
「人間の体についての研究が専門なのか?」
トカレフの問いに、不死公はゆるゆると首を振る。
「違う。あの男の専門は、そう、言うなれば情報だ。別の世界のな」
別の世界。
心臓が跳ね上がり、体が硬直する。
どういう意味だ?
「別の世界?」
気だるげにマサカドが同じ言葉を返す。
「そう。ドラゴンイーター以上に胡散臭い話だとは思うが。私にも、父の言うことは理解できなかった。だが、父の研究成果を見る限り与太話とも思えない。理解できていないことをうまく説明できるかどうか分からないが、父から聞いた限りではこういうことだ」
不死公が大きく両腕を広げる。
「この世界の他にも、いくつもの世界があるらしい。そこでは全く別の原理、そこから発展した全く別の発想、技術が存在する世界だ。父はそういった世界の存在に気付き、研究の果てに、一番近い別の世界から情報を抜き取ることに成功したそうだ」
「情報を抜き取る? 覗き見るとか、そういうことかあ?」
首を捻りながら、ジャンゴが質問する。
「言っただろう、私も理解していない。ともかく、父が言うにはそういうことだ。小さな小さな穴を開けて、そこから情報だけを抜き取ることに成功したそうだ。技術はそのまま使えないが、その技術の根底にある発想、それをこの世界に応用して幾多の研究成果を出してきた。全く技術体系の違う世界の発想、それをこの世界で応用させ実現させることにも天稟が必要だろうが。トカレフ、君の国が研究していた人の心についての研究もそうだ」
「不愉快なことだ。ペース国にも、怨公と何らかの関わりがあったということか」
そのトカレフの顔は、言葉ほどに不愉快そうではない。
人の心の研究。マインドコントロール。催眠術。心理学。
「はっきり言って、怨公が何ができるのかすら、把握できていない。実際、我々に思いつくようなことは全てできて、そして思いつかないようなこともできるのかもしれない」
「お手上げじゃねえか」
ジャンゴが椅子に座ったまま大きく体を逸らす。
部屋の中がざわつく。怨公の能力の凄まじさに動揺しているのか。マサカドはアオイと、トカレフはコルトと、キリオはボブと、何やら囁きあっている。
俺は一人、おそらくは他の連中とは別の理由で震えている。震えを必死で抑えている。
整形手術。心理学。まるで、それは。
「ひとつ、聞きたいことがあります」
平静を装い、声を出す。
「何かな?」
「レオのことです。レオ・バアル。何らかの接触を持ったはずだということですが、そもそも、レオを創ったのが怨公ということは考えられませんか?」
「はあ? 人を作るって、何を馬鹿な」
ボブが喚こうとするのを、
「なるほど、ありえない話ではない」
不死公があっさりと可能性を認めるので、部屋が騒然となる。
「父が姿を消したのは五年前だが、我々の監視下でも父は種をまき、信奉者を作り出し、研究を進めて、あるいは実験をしていた。レオの誕生にそのような形で関わっていたということは否定できない」
「教会連中が聞いたら、発狂しかねないな」
騒然とした中でレイの呟きが妙に耳に残る。
そうか。人が人を創るなんて、連中には認められるはずがない。それは神のみに許された御業だ。
「その人をその人たらしめている元素、そのようなものが異世界には存在し、それを利用した技術もあると父は言っていた。生まれたばかりの赤子を利用した研究も行っていたようでもある。それら応用すれば、君が言ったことも可能かもしれない、が」
すっと不死公の黄金の目が細まる。
「発想が、常人離れしているな。まるで、父を見るようだ。革命家と呼ばれる理由がそれか」
「はは」
空笑いしてから、俺は波打っている自分の内心を必死で沈めようとする。横のキリオが目を丸くしてそんな俺を見てくる。
遺伝子操作。クローン。
間違いない、と言っていいだろう。
その怨公が見ていた世界。それは、俺の世界だ。
だとすれば。
無意識に、俺は爪を噛んでいる。
この世界の天敵が怨公ならば、その怨公の天敵こそが俺だ。
いや、俺にしか対抗できないかもしれない。
「そんな奴を、どうやって捕まればいい?」
当然の疑問を口にするボブ。
「一番簡単なのは、父の作品を用意しておくことだ。父は悪ふざけが好きだから、作品にサインのようなものを残している。具体的に言うと、怪しいと思う人物にその作品を触れさせればいい。その作品が本当に父のもので、触れているのが本当に父、怨公ならば、何らかの反応が起こる。父の癖のようなものだ」
「その癖はただの弱点だ。何らかの方法で既に対策をしていないと、どうして言えるんだい?」
こめかみを人差し指で叩きながらゲラルトが足を組む。
「しない。絶対に。神が悪ふざけをする際に、もっとも気をつけることは何か分かるか?」
不死公の問いに、誰も答えない。
「何でもあり、にすることだ。そんな悪ふざけは楽しくともなんともない。だから自分でルールを作る。そのルールを破ることなど、神はしない」
唐突に立ち上がると、不死公は部屋のドアに手をかける。
「さて、私はこれで失礼しよう。話すことは全て話した。何か質問があれば改めて私に聞きに来てほしい。少し疲れた。吉報を待っている」
こちらが止める暇も無く、不死公は部屋から出て行く。
後には、沈黙と困惑した者達が残った。




