ドラゴンイーターの話(3)
「ドラゴンイーターはほとんど滅びてしまっている。生き残りは私くらいのものだ。母も死んだ、が、父はまだ生きている。おそらくは」
「まさか」
俺はつい口に出してしまう。この話が、ひょっとしてこれに繋がるのか。
「レオが、父親」
その俺の言葉に、ボブとキリオが息を呑む、が。
「違う」
あっさりと不死公が否定してくれて、拍子抜けすると同時に安心する。
「ああ、そうか。そこの三人には先に説明した方がいいか。レオ・バアル。ドラゴンイーターの特徴を持つ男についてだ。有名人だから、名前くらいはこの場の全員が知っているな」
数人が黙って頷く。
「名前どころか、大体何が起こったのかも多分、ここにいる連中は全員薄々知っているだろうさ。ただ、それを声高に叫んだらアイスと本腰を入れて潰し合うことになるから口を閉ざしているだけだ。ヴィクティー姫はあの国の生命線の一つだからな」
薄く笑うマサカドを見て、驚く。
そうなのか。てっきり、完全に秘密は守られているのかと思っていた。が、よく考えれば無理か。あの事件の関係者は、後から来て現場を封鎖した騎士も含めれば数十名。完全な秘密になどできない。他国で耳を澄ませていた連中には届いているわけか。
当然、アイスの方も、彼らが知っていることを知っているはずだ。暗黙のうちに、それを交渉材料にするならどちらかが潰れるまで徹底的に争う羽目になるという了解があって、一応の秘密が保たれているわけだろう。
「なるほど。ともかく、当然、私もレオについては知っていた。その名前と、浅黒い肌と金色の髪、そして髪と同じ黄金の瞳を持っていることを。残念ながら、何かしらのトラブルに巻き込まれたらしいが」
金色の眼光が俺から始まってボブ、キリオ、そしてゲラルトを射抜く。全員、必死で平静を装う。
「それはいい。さて、何故彼がドラゴンイーターの特徴を持っていたか、だが、私にも分からない。調べたところ、彼の両親はドラゴンイーターではない。いくつか推論はある。一つは、偶然にもオーガの巨躯と浅黒い肌、他種族から金色の髪、そして何かの間違いで金色の瞳を持って生まれてきた」
考えられないことではない。元の世界で言うところの、突然変異のようなものが起こって瞳の色が珍しいものになったのかもしれない。
「もう一つは、先祖がえりだ。遥か昔にドラゴンイーターの血が混じっていた血筋から、ドラゴンイーターが産まれる。記録にある中では、長いドラゴンイーターの歴史の中でも二件ほど、同様のことが起こったらしい」
だが、と不死公はその議論を振り払うように手で払う仕草をする。
「そんなことはどうでもいい。レオ・バアルという傑物がかつて存在し、今はどういうわけか存在しない。それならばそれでいい。偶然ドラゴンイーターに似た特徴をもっていたのか、それとも真にドラゴンイーターなのか、問題はそこではない」
いや、大いに問題だ。
俺は背中にじっとりと汗をかいている。
もしも、本当にドラゴンイーターだとしたら、不老不死に近いわけだ。ならば。
脳裏に蘇るのは、切り離されて動いていた不死公の腕。
確実に処分されたとばかり思っていた。あのアイスが相手だ。絶対に逃すわけも無く、完全に闇に消されたのだろうと。
だが、もしも殺しても死なないのならば。
「生きているのか」
小さく呟く。それに反応してこちらに目を向けるのは、横のキリオとボブだけだ。
「問題は、ドラゴンイーターの可能性があること、それ自体だ。それを私の父親は見逃さない。おそらく、何らかの形で接触をしているはずだ。ゆえに、レオ・バアルの線から辿っても私の父の居場所に辿り着くかもしれない」
ようやく、俺だけでなくキリオとボブが呼ばれた理由の見当がつく。
レオと縁があるという理由で呼ばれたわけか。
「さて、レオ・バアルについての説明は以上だ。本題として、私の父の話を進めたい。異論はあるかな?」
誰からも反論は上がらない。
「あんたの父親ってことは、そいつも当然ドラゴンイーターなんだよな」
いつの間にか頬杖をついていたジャンゴが確認する。
「無論だ。そして、能力という意味では、おそらくドラゴンイーターの中でも史上最も優れている存在だ。天才と言っていい」
浮かぶのはレオの姿だ。
「想像してみて欲しい。時折、とてつもない天才が生まれるだろう? 学術、運動、芸術、なんの分野でもいい。何か一つ、非常に優れた才能を持つ。しかし、父の場合は三つあるいは四つの優れた才能を持った稀有な存在だ。おまけに、ドラゴンイーターであるがゆえに、死なず衰えず、成長し続ける。どれほどのものか想像できたか?」
まるでできない。
「身内を褒めるようで言いにくいが、私の知る限り神に一番近い存在は父だ。ただ、その能力の高さゆえか、人格的には壊れてしまっていた。少なくとも、私が物心ついた頃には既に」
とんとんと不死公はこめかみの辺りを指で叩いてみせる。
「愉快犯だよ。有り余る能力を全て自分の快楽のために、それも大抵は周囲に迷惑をかける方向に注ぎ込んでいた。妙なカリスマはあったから信奉者も多かったが、それ以上に敵が多かった。同じドラゴンイーターの中ですら。とはいえ、その高い能力のために殺すようなこともしなかった。結局、軟禁のような形で父の才能だけを利用していたようだ。もっとも、父が本気で悪ふざけをする時には結局止めることができず、いつも犠牲を出していたようだが」
そんな厄介な存在でありながら、殺すことが出来ないくらいの利用価値のある才能。あまり想像できない。
「生き残りが少なくなり、私がこの国を管理するようになってからは、私が父を監視していた。ずっと。だが」
「逃げられたわけだ」
トカレフが先取りする。
「そういうことだ。五年前のことだ。侍女兼監視役はつけていたが、いつの間にかその女が父の信奉者となってしまっていた。非常に優秀な女だったが、信頼しすぎた」
ゆるゆると不死公は頭を振る。
「女だったのかよ。はっ、ひょっとしてデキたとかか? あんたの父親と」
似合わない頬を歪めるような笑い方をするジャンゴ。
「そういうタイプではない。君も知っているように」
「あ?」
「父と一緒にその侍女は消えた。ナムト国は総力をあげて父とその女を捜していたが、結局見つからなかった。正確には、女の方は見つけることはできたが後の祭りだった。なにせ、死んでいたからな」
ジャンゴの表情が硬くなるが、不死公はそのまま続ける。
「顔と名前を変えて、よりにもよってジャンゴ一派にもぐりこむとは、中々大胆なことをする女だ。おかげで見つけるまで時間がかかり、見つけた時には事件に巻き込まれて殺されていた。もっとも、青い狼の設立者が我が父であることを考えれば、自業自得とも言えるか」
ローズ。いや、偽者のローズ。あの女のことか。
「死んでしまったために、あの線から辿ることができなくなった。痛手ではあった」
「弟分が、金色の目をしていたと、そう言っていたな」
動揺を押し殺し眉間に皺を寄せたジャンゴが声を搾り出す。
「ほう、そうなのか。弟分か。確かに、父はまるきり子どもではあった。たちの悪い、悪戯好きの、しかし神のような力を持った子どもだ。弟分とは、なるほど、母性をくすぐられて信奉者となったか」
少し面白げに、不死公が口の端を歪める。
「まあ、いい。ともかく、父は逃げ出し、そして手がかりは消えてしまった。ことがことだけに、大々的に捜すわけにもいかなかったから秘密裏に手を伸ばしていたが、もう手がない。五年も経って今更ではあるが、人手を借りようと思ったわけだ」
「それで、俺達か」
あまり興味を見せず、マサカドは頭をかいて天井に目をやる。
「一つ、確認したいことがある」
レイが、冷たさを感じさせる声を出す。
「何だ?」
「青い狼の設立者がお前の父と言った、それは本当か?」
冷静なレイの目、その瞳から地獄のようなものが溢れそうになっている。爆弾と一緒だ。いつ、感情、いやそうとも呼べない何かが爆発して撒き散らせてもおかしくない。
「そりゃあ、俺も興味あるなあ」
薄ら笑いを浮かべるジャンゴだが、こちらも同じだ。皮膚の皮一枚下に、危険な衝動を波打たせているのが見てとれる。
この二人にとって、青い狼の話は鬼門か。それはそうだ。
「真実だ。父のやった中で、もっとも影響が大きかった悪ふざけの一つだ。厄介なことに、父は青い狼の首領となったわけではない。始めただけだ。我々に軟禁されたまま、種をまいたのだ。勝手に大きくなる災いの種を。今や、それは世界を食いつくそうとしている」
「乗ったぜ、俺は」
ジャンゴが首を鳴らす。
「個人的に興味が出てきた。あんたの親父、俺が捕まえてやる。死なないなら、多少手荒な真似をしたっていいよな」
その目が血走っている。
「それ以前に、だ。青い狼については、世界の問題となっている。その創設者の情報を隠匿するという行為、許されると思っているのかい?」
ゲラルトが冷静かつ容赦なく、不死公に言い放つ。
「それを言われると弱い。ただ、我が父の影響は全ての国々に深く根を張っている。父が軟禁状態でも青い狼を作り上げたことから分かるように。君は捜査よりも政治がお好きなようだが、父の件で政治的取引を行おうとするならばよした方がいい」
不死公の指が宙を撫でるように動く。ただ、それだけなのに首筋がぞっとする。
「自分の寝首をかかれるのがおちだ」
「シャーク国にも、シンパがいると?」
「どこにもだ。シャーク国で言えば、そうだな、そもそもその中枢が父の強い影響にある」
「おい、いい加減なことを言うな」
ボブが激昂して立ち上がる。
「アイスの奴に聞いてみるがいい。私の父とは古い付き合いだ。我々が父を危険視しながらも、殺しきれず、軟禁して利用しようとした意味も分かるだろう」
あっさりと、不死公の口からアイスの名が出る。
場の空気が凍る。
どうして、あいつの名前がこのタイミングで出てくる?
「話を先に進めていいかな。ともかく、君達の力を借りたい。聖遺物やドラゴンイーターの話は基本的には極秘だ。ナムト国でも知っているものは一握り。だからこそ、私の父の捜索も秘密裏に行いたい。君達、パンゲアを代表する探偵達の力量に期待している。捜査力、推理力、人脈、権力、財力、全てを駆使して、私の父を捜索して欲しい。私の父は世界の毒だ。少量ならば利用価値もあるが、好き放題にさせれば世界を腐り殺す」
「報酬は?」
まだ不安定に視線が揺れているレイを目で押さえつつ、トカレフが問う。
「聖遺物でいいなら、いくつか出そう。ナムト国が保管しているものを」
「個人に渡されても困るな。国から睨まれて下手すれば殺されて奪われるだけだ」
面倒そうに、それでいて的を射たことをマサカドが言う。
「君達は腐っても国を代表する探偵だろう。国に聖遺物を献上する代わりに、国から欲しいものを得ればいい。その交渉くらいお手の物だと思ったが」
「面倒だなあ」
マサカドはまだ渋る。
「あのお」
そこで、俺はおそるおそる口を挟む。全員の視線が俺を向く。
俺だってこんなタイミングで口を挟みたくはなかったが、どうしても気になったから仕方が無い。というか、どうして他の連中は誰も気にならないんだ。
「何だ、ヴァン・ホームズ」
こちらを観察するような無味乾燥した不死公の視線が俺を向く。
「名前?」
「何?」
「いや、だから、その、あなたのお父さんの名前ですよ。俺達は結局、何ていう名前の奴を捜せばいいんですか?」
呆気にとられたのか口を開いていた不死公は、一呼吸おいてから笑い出す。
「はっはっは、悪い、これは悪かった。そうか、父としか呼ばず、名前を伝えていなかった。捜索には無関係とはいえ、意思疎通に不便だったな、済まない、教えよう」
そして、不死公は表情を消す。
「私の父の名は、怨公という」




