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「期待のホープって感じですよ、よろしく」
「おお、よろしく、お嬢さん。しかしマサカド君、君は相変わらず鎧姿だなあ」
最後の一人への挨拶と紹介が終わる。
パーティー会場で出会う、マサカドと親交のあるお偉いさんに一回り挨拶と私の紹介を済ませると、マサカドは本当にテーブルに並んでいる料理を豪快に皿に盛っては食べるだけになった。
仕方なく、私はパーティー会場をうろつきまわる。
さっき、一応マサカドに紹介してもらったとはいえ、さっき会ったばかりのお偉いさんにがつがつと話をしにいく気にはなれない。
ちらちらと、何か怪しい振る舞いの人間がいないのかを見回るくらいだ。
しかし、すごい。
黒く磨き上げられた板張りの床と壁。そこに並べられた銀樹製のテーブル。真っ白い絹の布がかかっていて、その上には豪華絢爛な料理の数々。
そして、歩いているのは、イスウ国でもトップの貴族達だ。
イマガワ。オニオダ。ヤザキ。
そういった面々が、料理と酒を片手に談笑している。
この中で、一体どうやって捜査しろというのか。私には、ヴァンのような実績や名声もなければ、マサカドのような強引さもない。
どうしよう。
会場の隅に行き、正に頭を抱えてしまったその時。
「どうかしましたか?」
声をかけられ、はっと顔をあげると、爽やかに笑う、目元が涼やかな青年が一人いる。
このパーティーには似つかわしくない、地味な黒染めの着流しを来た地味な格好。
だが、どこかで見た記憶がある。
「おや、これはこれは。ドレスなんて着てらっしゃるから、誰かと思いましたよ」
微笑むその青年が誰なのか、ようやくに思い当たる。
「す、スライスさん!?」
いや、間違いない。
あの剣聖の屋敷で見た時のスライスは、死んだ目をした暗い男だったが、今の彼はまるで別人だ、十も二十も若く見えるし、そもそも目が輝いている。死んでいない。
けれど、スライスだ。顔も体つきも、スライスのものだ。
猫背だったはずが、ぴしりと背筋を伸ばしているから、やけに背が高く見える。
「アオイさん、でしたね。どうも」
声もまた、爽やかな、生き生きとしたものだ
「あ、え、いや」
あまりのことに混乱していると、すっとスライスが顔を寄せてくる。
「護衛の仕事だ」
耳元で出されたのは、死人の声だ。
「いつもの調子で、パーティー会場に潜んだんじゃあ、俺が護衛だとあからさまだし、目立つことこの上ない。だから、無理してこんな調子にしてるんだ。お前も合わせろ」
と、またスライスは顔を離すと、にこりと笑う。
「それで、アオイさんはどうなさったんですか?」
「あ、いえ」
そこで、きょろきょろと一度辺りを見回して、誰も私達を不審がっていないのを確認してから、
「実は、捜査です」
と声を潜める。
スライスに協力してもらおう、と瞬時に判断する。
「捜査」
と、スライスが生気に満ちた声で鸚鵡返しをする。
「ええ、協力してくれませんか? 聞き込みしようにも、どうにもうまく行かなくて……」
「別に構いませんよ」
爽やかに微笑む。
「ええと、じゃあ、そもそもスライスさんは」
そこで声を潜めて、
「どなたの護衛をされているんですか?」
「言うと思うか?」
いつの間にか距離を詰めていたスライスが、死人の声で言う。
「うっ」
「パーティーが始まってから、誰かが怪しい動きをしていないかには目を光らせておいた。それを教えてやるから、それ以上は関わるな。いいな」
こちらの心臓に刃を突きたててくるような眼光で念を押してから、スライスはすっと離れる。
「さて、それじゃあお教えしましょう」
衝撃でまだ動けない私に、スライスは次々に情報を渡してくる。
慌てて、私はその情報を何とか整理する。
四時間前にパーティーは開始された。
そして、大抵の客は、開始と同時に執事に案内されて会場に入り、そのまま会場でパーティーを楽しんでいたらしい。
その中で、特別な動きをしていたのは三人だけだそうだ。
大貴族、イマガワの令嬢、レミ・イマガワ。
今も真っ赤な派手なドレスで会場を飛び回っている彼女は、パーティが開始して二時間後、ちょうどホストのギンが引っ込むのと同時に現れたそうだ。
他の用事があって遅れてしまったと本人は言っているそうだが、どこまで本当かは分からない。
家柄と美貌を鼻にかけて、傍若無人に振舞うという噂は私にまで伝わってきている。催しごとに遅刻するのも日常茶飯事だそうだ。
大富豪、ジャン。
大勢の取り巻きを引き連れてきた彼は、パーティー会場から離れることはない。
だが、彼の取り巻きが入れ替わり立ち換わり、消えたり現れたりをしていたそうだ。
というか、今も確かに、ジャンの周辺にいた人間が消えたり、またいなかったはずの人間が増えていたりと忙しいのが見てとれる。
どうも、取り巻きが代わる代わる耳打ちしているところを見れば、どうも現在商談中だから、パーティーに参加しながらも取り巻きを使ってやりとりをしているようだ。
ギンの従弟にあたる、コウ・マツダイラ。
今はつまらなそうにタバコをふかしている。
放蕩息子と陰口を叩かれているあの男は、こういうパーティーの場には必ず顔を出して、そうしてあんな風に退屈そうな態度をするらしい。暇でしょうがないから顔を出すが、出しても結局暇なのだろう。
コウは、一時間に一度くらいのペースで、時折会場から姿を消すということだった。
おそらく、外をぶらついているくらいのことだろうが。
さて、このうち、犯人は誰か?
私はスライスと世間話でもするように装いながら、横目で容疑者三人を観察する。
駄目だ。誰しも怪しげに見える。
レミはあのやたらと布地の多いドレスのどこかに首飾りを隠せそうだし、世間知らずの傲慢さでこういう類の犯罪をやりそうだ。
ジャンはとにかく、使える人間が多い。あれだけの人数を使えばなんとでもなりそうだ。あの狸じみた男が、マツダイラ家から金をひっぱるために何か悪さをしてもよさそうだ。
コウはふらふらしていても、それが当然だから目に付かないだろうし、身内ということで屋敷の内部の方にも簡単に忍び込めそうだ。
さて、どうすべきか。
悩んでいるうちに、スライスは好青年の皮を貼り付けたままで離れていき、パーティー会場を回りだす。ああやって、さりげなく護衛を続けているのだろう。誰の、かは知らないが。
ええい、ままよ。
とりあえず、私は偶然を装いながら人に囲まれているレミの方に近寄る。
間近で見て、何か怪しいところが無いか観察してみるしかない。
人と人の隙間から覗き込むように、私はレミの顔を見てみる。
と、派手に化粧をしたレミと目が合う。しっかりと。
まずい。
慌てて目を逸らして、レミの一団から遠ざかろうとする。
それが逆によくなかった。目立ってしまったらしい。
「そこの貴女」
傲慢極まりない声色で呼び止められる。
足が勝手に止まる。
「わたくしの顔を見て、逃げ出すとはどういう了見かしら?」
レミの声で取り巻きも全員こちらを向く。
「あら」
そうして、改めて私の格好を上から下まで見て、
「そもそもあなた、誰ですの? どうも、この場に似つかわしくないような気がするのですけれど」
上品に口元を手で隠しながら、かなりムカつく言葉を吐く。
「どこから紛れ込んだのやら。ひょっとして盗人かしら?」
あまりにも腹が立ったので、
「いやあ、実は、探偵なんすよ。このパーティーに盗人が紛れ込んでいるって聞いて」
意味あり気にレミをちらちらと見ながら、
「何か知りませんか?」
「どういう意味!? わたくしが、盗人を知っているとでも言うのっ」
思った以上に即激昂するレミ。短気な。
「いえいえ、そういう意味で言ったんじゃないっす。何か、ご存じないかなあと思って」
さも心外だ、とばかりに手と首を振る。
「ふん、卑しい成金にでも聞いたら? もしくは、こそ泥ならすぐそこにいるわよ」
「おやおや、卑しいとはお言葉ですなあ」
いつの間にか近寄ってきていたのはジャンだ。太鼓腹を揺らしてにこにこと笑っているが、目尻がびくびくと痙攣している。結構腹が立っているのかもしれない。当然か。
「あら、お耳に届きまして? それはごめんなさい。ある意味で尊敬していますのよ。何しろ、お金になることでしたら強請たかりもされるということですものね。凄いわあ。そこまでお金に拘れるなんて」
レミもまたにっこりと笑い返す。
「いやあ、貴族様ではないので、日々を生きていくのに必死なだけですよ。貴族様は、貴族様同士で足の引っ張り合いがお好きなようですがな。特に、レミ様はその道では一流だとか」
笑顔と笑顔なのに空気が凍る。
そこに、
「おい、こそ泥とはどういうことだ? 俺のことか? ああ?」
いきなり大声で叫びながら、レミとジャンの取り巻きに割って入り、人の輪の外からやってくるコウ。
普通、こそ泥という単語が出てからと言って自分のことだと即座に思ったりはしないと思うが、余程後ろめたいことがあるらしい。
「おや、マツダイラ様。どうされましたかな?」
激昂するコウに対して、ジャンはふてぶてしく笑う。
「そんなに大声で。何かありましたの?」
レミは冷淡だ。相手にしていないのが声と顔で分かる。
「お前、人のことをこそ泥扱いしやがって」
「あら? 別にあなたのことを言ったつもりではありませんでしてよ。ただ、パーティーに潜り込んでは、会場を抜け出してその屋敷をこそこそ忍び足で動き回って、金品をかすめとる」
一度言葉を切って、令嬢然としてにこりと笑い、
「そんな噂がある方が、このパーティーに参加してらっしゃるというのは事実らしいですね。けど、それが何かあなたに関係ありまして?」
「てめえ」
コウの顔が真っ赤に染まる。
まずい。
大騒ぎになっている。
いつの間にか、レミ、ジャン、コウを中心に、パーティーの参加客のほとんどが集まって来ている。
もうめちゃくちゃだ。
「てめえ、ふざけ」
「そこまでです」
レミに向かって伸ばされたコウの手が、影のように忍び寄っていたスライスによって掴まれる。
「離せ、てめぇっ」
暴れだすコウ。
もう、聞き込みどころじゃあない。
止めに入る取り巻き。グラスが床に落ちて割れて、料理もぶちまけられる。
パーティー崩壊。
呆然としている私の耳に、
「ああ、ちょっと、何をしているんですかねえ」
やや慌てたギンの声が届く。
見れば、奥から小走りにギンが会場に入って来ている。当然ながら、その首には首飾りはかかっていない。
「皆さん、ホスト役がいないからって暴れられちゃあこまりますよ」
困りきったギンがそう言いながら、冷たい目で私を見てくる。
まずい。
これは、責任問題になる。
「あら、ギン様。お色直しだったんじゃあありませんの? 首飾りは?」
目ざとく気付いたレミが、薄ら笑いを浮かべながらそう言う。
「ああ、いや、着替え中だったんだよ。騒ぎが起こっているから、慌てて出てきたんだ」
「お着替えに戻られて、結構経ちました。もう、とっくの昔に着替え終えていてもいい頃では?」
ジャンの目が蛇のように光る。
「ああ、いや」
ギンが言いよどむ。
睨むようにこちらに何度か目をやる。
そうして、しばらくの沈黙の後、ギンは大きく息を吐く。諦めたように。
「分かったよ。ああ、全く、マサカドに任せて酷い目に遭ったねえ」
「マサカド? ああ、そう言えばさっき会場でちらりと見たな」
ジャンが呟く。
「ええ、皆さん、聞いてください。実は、私は皆さんもご存知の探偵団長のマサカドにある依頼をしました」
会場中に聞こえるような大声で言う。会場がしんと静まる。
まずい。これじゃあ、マサカドの、そして私の面目が丸つぶれだ。
「それは」
「ああ、ギン。ようやく追いついた、ほら、忘れ物だ」
ギンの発表と途中で断ち切るように、マサカドの声が響く。
「ほら」
といつの間にか私の傍らに来ていたマサカドは、何かをギンに投げつける。
それを受け取ったギンは、呆然とした顔で固まる。私も同様だ。
それは、真っ黒い石をつなげたような首飾りだった。あのギンの反応からして、あれが例の首飾りなのだろう。
けれど、どうして?




