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小話です。

話半分に読んでください。それと活動報告の方にお知らせがありますのでよかったらお読みください。

 私は要領が悪かった。センス、勘が悪いと言い換えてもいい。

 幼い頃から、何をしてもうまくいかない。よかれと思ってしたことは裏目に出て、「そうなるな」と思った方向に物事が転がっていく。


 だから、自分のセンス、勘を使うことのない、明確なルールに従って慎重に何かを行えば済む作業を好んだ。

 そうすれば、失敗することはない。決まりに従っていれば、私でもちゃんとできる。


 法というルールを破る犯罪を殊更に憎むようになったのも、当然と言えば当然か。


 そうして、アオイ・エンドウは探偵となった。

 問題は、探偵という職業もまた、要領、センス、勘といったあやふやなものに支配されているものだったということだ。

 だからこそ、あの本は私にとって革命的だった。

 犯罪捜査、そしてそれに繋がる司法を統一された判断基準、明確なルールを設けることで公平で分かり易く正確なものにするという、あの論文をまとめた書籍。


 私があの本を読んで抱いたものは、衝撃、感動、そして。

 嫉妬だった。





「本質的なところを理解してないんだよ、お前は」


 いざこざが片付き、以前よりも強大な力を持って探偵団と騎士団の団長に復帰したマサカドに呼び出されたかと思えば、第一声がそれだ。


「ほ、本質っすか?」


「今更言うのも何だが、何だあの推理は」


「うっ」


 剣聖殺人事件の推理のことだろう。

 古傷をえぐられて、思わず声が出る。


「俺にはよく分からないが、推理ってのはあれだろ、いかに多くの人を納得させられるかが重要なんだろう? だったら、まずは推理を聞く人間に土台を作っておかなくちゃ意味がない。あいつらが、予想外の方向からの攻撃では剣聖は殺せないって考えてるのに、お前一人で推理してそういう結論になったところで独りよがりもいいとこだ」


「は、はいっす」


 全くの正論で、返す言葉がない。統一された判断基準、というものに惹かれているというのに、結局あの時の私は自分の中の理屈だけを長々と喋ってしまっていた。


「しかし、勘で犯人見つけて、後は部下にまかせればいい俺と違って、大変だな、アオイも」


 とんでもないことを言うが、この上司は本当にそういうスタイルなのだ。

 私の逆。そして、あの探偵、私にとっての嫉妬の対象であるヴァン・ホームズともまた、逆だ。


 だがそれでも、この男、マサカドはこの世界、パンゲアに名前を響かせ、名実ともに世界を代表する七人の探偵、七探偵の一人だ。

 ゲラルト・マップ、ヴァン・ホームズ、ジャンゴ、不死公、インコグニート、トカレフ、そしてマサカド。

 この七人は、実績と共に世界への影響力から、七探偵と呼ばれている。


「まあ、だから一緒に行動するにはお前くらいがちょうどいいんだがな。俺が犯人を見つけた後、お前が推理する。まったく無駄がない。適材適所だ」


 鎧を着込んだ大男は傲慢にそう言うとふんぞり返る。特注の椅子がぎしぎしと軋みをあげる。

 あんまりな物言いだが、しかし真実なだけにそうも言えない。

 あの剣聖殺人事件の前までは、この二人で組んでそういう風にしてきた。あの事件については、妙にマサカドが大人しかったから、結果として私が前にでて大怪我をしてしまったわけだが。


「この話の流れからして、ひょっとして仕事っすか?」


 多少、うんざりした表情を作る。


「そういうことだ。久しぶりに二人で組んで出かけることになるな」


「団長が直々に出かけるなんて、よっぽどの案件ですか?」


「マツダイラ家だ」


 イスウ国の中でも三本の指に入る大貴族だ。


「馬鹿みたいに盛大なパーティーの途中で、家宝の首飾りとやらが盗まれたらしい」


 そうして、マサカドは突然私の体を下から上までじっくりと観察しだす。


「な、なんすか?」


「お前、パーティードレスとか持ってるのか?」


「えっ、いや、持ってないっすけど」


「まずいな。どうも、見栄があるらしく、盗難を客に隠して、パーティーを続行しているとのことだ。俺達も招待客みたいな格好をして行かないといけないらしいぞ」


「えっ」


 なに、それは?


「仕方ない」


 机の中に手を突っ込んだかと思うと、マサカドは金貨を無造作に取り出す。


「これで大至急、適当なドレスを見繕って来い。それで出発だ」


「はあ、わ、分かりました。ところで、団長」


「ん?」


「その、団長はパーティーに来ていくような服、あるんすか?」


「ない。別にいいだろ、俺は顔知られてるし、どんなとこでもこの格好なのは有名なんだ。このまま顔を出したって不審には思われんさ」


 ずるい。

 が、それを口に出してもしょうがない。


「分かったっす」


 渋々金貨を受け取ると、ドレスを扱っていそうな店まで駆け出す。

 思えば、ドレスなんて買うのはこれが初めてだ。

 初ドレスがこれか。何だか、げんなりしてしまう。

 気落ちしながら、私は走る。





 思ったよりも小さい。

 それがマツダイラ邸の印象だった。初めて見るが、思ったほどではない。もちろん、大きい。一般庶民の住宅に比べれば大きいが、つい最近行った剣聖の屋敷の方が大きいくらいだ。


「いい趣味してるな。本物の上流階級は違う」


 横のマサカドが、邸宅を見て頷く。


「素晴らしい。壁はもちろん、屋根の瓦、庭石にいたるまでこだわっているな」


「そうなんすか?」


 全然分からない。


「お前のパーティードレスも、まあ、悪くない。これで変に背伸びして派手なものを着ていたら、邸宅に合わないことこの上ないからな」


 私の真っ白いシンプルなドレスを見てから、マサカドは肩をすくませて見せるが、自分は無骨極まりない鎧を着込んでいるのだから説得力の欠片もない。


「お、待ってるな、早く行くぞ」


 マサカドに急かされて邸宅の近くまで行くと、そこには執事らしき老人が直立不動で待っている。


「マサカド様ですね」


「ああ。で、こいつは部下」


「承知いたしました。どうぞ、こちらへ。裏口から、まずは主人にお会いください」


 庭をぐるりと回らされ、本当に小さな目立たない扉から中に入る。

 薄暗い廊下だ。どこかから、喧騒がわずかに響く。パーティー会場のものか。


「こちらです」


 と執事は音も立てずにするすると進んでいく。

 マサカドと一緒に、その後を続いて階段を昇る。


 喧騒が遠くなっていき、そうして私達は扉の前に辿り着く。


「お待たせしました。マサカドさまをお連れしました」


 ドアをノックした執事の言葉に、


「入れ」


 と、返事が来る。


「どうぞ」


 執事がドアを開けながら、横によける。


 少し気後れしている私とは対照的に、マサカドはずかずかと部屋の中に踏み込んでいく。


 そこは、板張りの部屋の中心に椅子だけが一脚あるだけの妙な部屋だった。いや、よく見れば椅子の向こう側に、大きな金庫が一つある。

 だが、その椅子に座っている男に遮られてよく見えなかった。


 マサカドほどの大男ではない。中肉中背のごく普通の体格だ。

 だというのに、威圧感がある。ぞんざいに着ているようにも見える着流しも、高貴な雰囲気を持っている。

 ただ座っているだけで、こちらを押さえつけてくるプレッシャーを発している。


「久しぶりだねえ、マサカド。よく来てくれたねえ」


 低い声。

 これといった特徴を持たないが、男の目だけがぎらぎらと光っている。


「ギン。俺を呼びつけた代金は高いぞ」


 不敵に笑うマサカドが男の名を呼ぶ。


 ギン・マツダイラ。

 マツダイラ家の当主か。切れ者という噂だが。


「払う、払うさ、そりゃあ。貴族なんて見栄が全てだ。見栄のためのパーティーで大事な首飾りが盗まれるなんて、公にされたら致命傷だ。それを避けるためなら多少の出費は仕方ないねえ」


「金で済めばいいがな、大貴族殿。まあ、いい。しかし、俺を呼ぶとは面白いことをする。あんたの子飼いの探偵なんて、いくらでもいるだろうに。そっちの方が内々に済ますには都合がいいだろう?」


「君がそれを言うかねえ。うちの連中をほとんど失脚させたのは君じゃないか」


 呆れ顔のギン。


 そうか、マサカドがいない間に探偵団、騎士団で力を持った連中は、返り咲く時に全て羽を叩き折られた。それが、マツダイラの息のかかった連中だったか。


「ところで、そのお嬢さんは?」


「え、あ、わ、私っすか。私は団長の助手っす」


「部下だ」


 冷たくマサカドは訂正してから、


「まあ、いい。で、その家宝の首飾りとやらは、いつ無くなったんだ?」


「さあねえ。気付いた時には、という感じかな。この金庫に入ってるんだよ、普段は」


 ギンが顎で背後の金庫を示す。


「ダイヤル式か」


「番号は秘密だ。こういうパーティーだからねえ、一応ホスト役の私が家宝を見せびらかせなきゃいけない。恐れ多くも、我が家が先々代のイスウ王から頂戴したものだしねえ。今朝、パーティーが始まる直前に確認した時はあったんだ。ところが、パーティーの中盤、そろそろ例の首飾りをつけて再登場しようとしたんだがねえ」


「お色直し、というわけだ」


「そういうこと。ところが、いざ金庫を開けてみると、空っぽというわけさ」


 立ち上がると、ギンは金庫の傍にしゃがみこむ。そうして、私達には見えないようにしながら、ダイヤルを動かす。

 やがて、がちりと重い音がして、金庫が開く。


「ほら、見てみたまえ」


 促され、マサカドと私は金庫を覗き込む。


 大きな金庫は、ものの見事に空っぽになっている。


「なるほど。金庫の番号を知っているのは?」


「私が知る限り、私だけだ。ただ」


「ただ?」


「この番号自体は、うちの先々代の頃から変わっていない。先々代からの付き合いのある家から洩れている可能性はあるねえ」


 なるほど。

 二人のやり取りを聞きながら、私は考えをめぐらす。

 今回のパーティーに来ているのは、家柄がいいところの連中ばかりだろう。ということは、当然ながら、辿ればマツダイラ家の先々代と縁続きになっている可能性はある。どの家の連中も、金庫を開けられるということか。


「その口ぶりだと、大貴族殿はパーティの連中を疑ってるってことか?」


「仕方ないだろう。今朝からパーティの中ごろまでの間に盗まれたのは間違いない。そのタイミングに偶然賊が忍び込み、何故か金庫の番号を知っていて首飾りだけを取って逃げていく。それよりも、パーティ中、私が会場であいさつ回りをしている間にここまで忍び込み、私のメンツを潰すために首飾りだけを盗み出す。こっちの方が余程自然じゃないかねえ?」


「まあな」


 浮かない顔をしてマサカドは頷く。


「で、犯人を捕まえればいいのか?」


「まさか」


 大袈裟なくらいにギンは驚く。


「そんなことをしたら揉めるだけだよ。パーティが終わるまでに、首飾りを何とか取り戻してくれ。何せ、俺があの古臭い首飾りをつけて出てくるのを待ってる連中が沢山いるんでねえ」


「パーティーが終わるまでどのくらいだ?」


「そうだねえ。あと三時間ってとこかなあ」


 首を捻るギンに、


「充分だ」


 自信たっぷりに言い切ると、マサカドは部屋を出て行く。


 慌てて、私もそれについていく。

 一体、どこからその自信が出てくるのか。私にしてみたら、安請け合いしたところで自分の首を締めるだけのように思える。

 どこに首飾りを見つけるヒントがあるというのか。


「アオイ、紹介は俺がしてやるから、精々挨拶回りしておけよ」


 追いついた私に、振り返ったマサカドが言う。


「えっ」


「で、どいつが怪しいとか、聞き込みとかはお前に任せる。多少なら問題起こしてもいいぞ。俺が何とかする」


「え、いや」


「俺は、とりあえず飯を食っておく」


 とんでもないことを言い残して、呆然と立ち尽す私を残してマサカドはパーティー会場までどかどかを足を進めていく。

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