エピローグ
「じっくり論文読まれたら、どうするつもりだったわけ?」
じとっとした目で睨まれて、俺は黙って肩をすくめるしかない。
幕引きから、半月。
シャーク国王都のカフェで、ようやく落ち着いて休暇が貰えた俺とキリオは向かい合ってお茶を飲んでいる。
「全く、まだまだ実用化には程遠い技術の論文を無理矢理書かせては、しかもそれをあの場で、さもうちの国の最先端だ、みたいに発表しちゃって」
うまく行かなかったら研究者としての信用がた落ちよ、とキリオは頬を膨らませる。かわいい。
実際、指紋をちゃんと採取する技術もなければ、できたところでそれは証拠にはならなかった。
だが、ハッタリを使って打ち崩す以外に、あの男を倒す方法が見つからなかったのだ。
「実際には、うちはもちろん他の国も、指の模様、ええと、指紋か。指紋を使った捜査技術に興味を示すことになったんだからいいじゃないか。お前が第一人者だ。そのうち、国際的な有名人になるな。歴史に名を残すんじゃないか?」
「いい気なものね。まあ、確かに、ついでにあたしの今までの論文、医学を使った犯罪捜査全般に興味を持たれたのはいい傾向だけどさ」
くるくるとティースプーンを回転させて、
「それで?」
「ん?」
キリオが何を促しているのか分からない。
「ヴァンの話、一応犯人が誰かまでは分かったけど、何だかはっきりしないところが多すぎるでしょ。あたしの名前で論文書かせて、あの剣術馬鹿に斬り殺されかけまでしたんだから、あたしには全部教えてくれてもいいんじゃない?」
「ああ」
返答に困り、俺は店内に目をやる。
カップルの客が多い。俺達くらいの年齢のカップルが、お茶をしながら楽しげに談笑している。話の内容がここまで血生臭いのは俺達くらいのものだろう。
「まあ、な。とは言っても、俺にもよく分からないことが多い。ゲラルト団長にいくつか補足説明をもらって、ある程度は分かったところもあるが」
「じゃあさ、とりあえず教えて欲しいんだけど、マサカドが事件を予想していたとか、そういうセリフあったじゃない。あれ、何? 強がり?」
「それが、あながちそうでもないらしいんだ。団長から聞いたけど、マサカドさんの解決スタイルはかなり変わっていてな。全部直感らしい」
ある意味で、俺の真逆だ。
「は? 勘ってこと?」
「ああ。マサカドさんは、直感が優れていてな、ともかく、一目で真相を見抜く。今回の話も、多分最初からダイゼンが犯人だということは分かっていたんだ」
が、直感で犯人が分かれば事件が解決するというものでもない。
「マサカドさんは、大体の真相を見抜いたら、後は組織力、権力、武力、財力で無理矢理に解決する。答えが先に分かったうえで、力づくで途中の式を作り出す。そんなスタイルらしい。馬鹿だってことじゃあないぞ。むしろ、頭は切れる。今回も、あいつはある程度真相を即座に見抜いた上で、自分の計画に組み込んだ」
「計画?」
「今、マサカドさんがどうなっているか知ってるか?」
「ああ、返り咲いたんでしょ」
流石に知っているか。国際的に話題になったしな。
あの後、真犯人がダイゼンだと分かった後、イスウ国では大規模な人事異動が発生し、紆余曲折の後、探偵団と騎士団の団長には再びマサカドが就いた。
「イスウ国の象徴である剣聖の後継者、ヘンヤが殺してしまったわけだから、ダイゼンは事件と何の関係もありません、ということにするわけにもいかない。おまけに、シャーク国の俺とナムト国のウーヘイさんも噛んでいる」
「確かに、イスウ国としても惚けようがないわね。まさか、折角新しい象徴にしようとしているヘンヤを斬り捨てて、うちとナムトと喧嘩するわけにもいかないわけだし」
「そこらへんは、団長が大活躍だったらしいけど」
やはり、あの人はそこらへんがうまい。もう、探偵というより政治屋だ。
「決着がついてみれば、先に発表していた犯人は偽物にせざるを得ない。おかげで数人の首が飛び、そしてその何十倍の人間の力がなくなった」
「で、左遷されていたマサカドが戻ってくる。そうか、マサカドからすると、チャンスがあれば自分を追い落とそうとしていた連中が、全員勝手に落ちて行ってくれた形ね」
「勝手にかどうかは微妙なところだな」
苦い顔をして、お茶をすする。
「俺が恐ろしいのは、そこだよ、キリオ。ひょっとして、あの人、それが目的だったんじゃあないか?」
だから、あんな形で後日に全員を集めて、なおかつ自分ではなく俺に事件を推理させた。
「考えすぎじゃない?」
「だといいけどな。もし本当にそうだとしたら、あの人は正真正銘の化け物だ」
ともかく、結果として、マサカドはイスウ国での権力を一層強固なものにしたと言っていい。
「が、そのマサカドさんにもどうしても分からなかったことがある」
「え?」
お茶を混ぜていたキリオの手が止まる。
「何?」
「ダイゼンがアルルさんを殺した理由だよ。というか、ダイゼンが犯行を隠蔽しようとしていた理由だ。マサカドさんみたいなタイプには、理解しようもなかったのかもな」
「え。というか、普通、捕まるのは嫌だから犯行って隠さない?」
ごくごく常識的なキリオの反論。
「だが、あいつらは剣鬼だ。普通じゃない。剣聖を殺すことに全てをかけたなら、殺した時点で目的は達成したはずだ。その後、捕まらずにいることなんてどうでもいい。そのはずだ。マサカドさんはそう理解していたし、だからあいつにもその理由は分からなかった」
アルル殺害について、首を傾げていたマサカドの姿を思い出す。
「逆に、理解していたのはヘンヤだな。あいつは多分、分かっていたんだ。だから、あんなセリフを吐いた」
落ち着いてから、あの時のセリフを思い出し、ようやくそのことに思い至ったのはごく最近だ。
「どういうこと?」
「結局、闇討ちで最強を殺したところで、自分自身が納得できなかったんだよ。当たり前って言えば当たり前だけどな。最強の実感なんて、手に入るわけがない」
それしか勝つ方法がないと考えて、何十年もそのために牙を研いだ。
だが、何のことはない。
そもそも、それは勝つ方法ではなかったのだ。その方法で勝っても、自分が勝ったと思えない。
執念と、その方法にかけたあまりにも長すぎる時間が、見誤らせたのか。
「自分が納得できるなら、それを見せて誇ることもできただろうが」
「じゃあ、何? ダイゼンは、自分のやったことが情けなくて恥ずかしいから、隠そうとしたってこと?」
「そういうことだな。どこまで自覚していたかは別として」
酷い話だ。
剣を極めようとした結果が、それとは。
「ううん」
まだ、キリオは唸る。
「何だよ、まだ納得できないのか?」
「いや、まあ、動機に関しては、最初から常人とは違う連中の集まりだから、納得しようと思う方が間違っていたのかもしれない、とは思うけれど」
お茶を飲み干して、キリオがじっと俺の目を見る。
「じゃあ、教えてくれない?」
「ん?」
「最後に、『月無し』でヘンヤがダイゼンを斬ったのは、一体どういうこと?」
「ああ、それね」
目を閉じる。
あの瞬間のことは、目に焼きついている。
ゆっくりと目を開いて、
「知らない」
「えええっ?」
キリオが素っ頓狂な声を出すので、店内の客の視線が全部こちらを向く。
「し、知らないってどういうこと?」
恥ずかしそうにキリオが声を潜める。
「本当に知らないし、分からない。セキウンが使っていた『月無し』は、確かに魔術だったはずだ。そして、それはヘンヤには受け継がれなかった」
あの額の傷がそれを教えている。
「だから、あの時使われた『月無し』は、それとは別のもののはずだ。あの日、セキウンからヘンヤに秘剣伝授がされた。そこで伝授された、魔術ではない『月無し』、ヘンヤの額を切ったその『月無し』が、あの時の剣技なのかもしれない」
「けど、見たところ、剣は振り上げられていたままだったんでしょう? やっぱり、魔術なんじゃあ」
「だから知らないって」
俺は伸びをする。
「ひょっとしたら、ヘンヤも魔術を使えたのかもしれない。もしかしたら、超能力かもしれない。そもそも、セキウンから伝授されたものじゃあなくて、ヘンヤが編み出した秘剣なのかもしれない」
けど、それを知りたくはない。
「なあ、キリオ」
「え?」
「とんでもない話だよ。誰が強いとか弱いとかに一生をかけて、剣を振ることが全ての世界もあるんだ」
そこに、少しだけ踏み込んではみたが。
「これ以上はやめておこう。秘剣は、秘されるからこその、秘剣だ。もしも、俺達があの新しい秘剣の秘密を知ってしまったら」
ゆっくりと指で自分の喉をなぞる。
「ヘンヤに、殺されてもおかしくないよ」
「う」
俺の言葉に、キリオが顔を青白くしてぶるぶると震えだす。
「ああ、眠い」
もう一度、俺は大きく伸びをする。
「本当は、あいつらの気持ち、分からないでもないんだけどな」
聞こえないように、呟く。
元の世界での日々。
憧れていた名探偵にもしもなれるのなら、俺は人生をかけていたはずだ。どんな努力だってしていたはずだ。
誰にも理解されなくとも。
あいつらが、最強を目指して、剣を振り続けていたように。
だが。
「夢が叶ったって気はしないな」
今、俺は名探偵になっている。
だけど、必死だ。ただ、日々を必死に生きている。
「難儀なものだよなあ」
「え?」
今度は聞こえたらしく、怯えて俯いていたキリオが顔を向けてくる。
「ああ、いや」
背もたれに、体を預ける。
「剣聖も、それを継いだヘンヤも、必死なんだよな、きっと。そう思ってな」
いや、俺やあいつらに限らない。
きっと、誰もが、他人には理解できない目的のために、必死に日々を生きているんだろう。
「剣聖は失敗したな」
「剣を拭かなかったって話?」
「いや」
俺は苦く笑う。
「本当の剣聖の失敗は、心眼で人を完全に見通せると思ったことだな。見通せる人間なんていない。誰もが、他人から見れば不可解なことのために、生きているんだ」
きっと、と俺は自分とキリオを交互に指差す。
「俺もお前も」
「それ、あたしのことを信用できないってこと?」
また、キリオが頬を膨らませる。
「はっはっは」
反応が面白くて、笑う。
「信用はしてるよ、もちろん。だけどそれでも、人間に理解できるほど、人間の底は浅くないんだろうな」
目を閉じて、思い出すのは俺の知る限り、誰よりも優れた人間である男。
金色の髪と目を持つ、一人の男だ。
「人は、人を理解できない。心眼で全て見通すことなどできない」
俺は呟く。
それさえ肝に銘じていれば、剣聖は生涯無敗だったかもしれない。
「俺も、肝に銘じなきゃな」
探偵をしている以上は、誰よりも。
「でも、理解できないからこそ、もっと深く知りたいってこともあるでしょ」
少し顔を赤くしたキリオが、俺の袖を摘む。
「ん?」
「久しぶりの休日だし、お茶だけっていうのも、あれでしょ。どう、その、この後、デートでも」
どんどん語尾が弱くなってきている。
「ああ、もちろん、いいよ。今回の件、世話になったしな」
そこで俺はにやりと笑う。
「ちなみに、ヴィクティー記念美術館に行くっていうのはどうだ?」
「えっ、あっ、ど、な、なんでっ!?」
いきなり慌て出すキリオ。
おそらく、自分からその場所を提案しようとしていたのだろう。
椅子の背もたれにかけられた、キリオの鞄から少しはみ出している冊子に見覚えがある。あれは王都の様々な観光スポットを紹介する雑誌だ。
一応、俺も読んだ。今月号の特集は、雰囲気のいいデートスポット特集。特にオススメがその美術館だった。
「ど、どうして、その、あ、あたしが行きたかった場所を、その」
混乱しているキリオは、自分の鞄からヒントがはみ出していることに気付かない。
苦笑しながら、俺は自分の目を指差す。
「何せ、俺はほら」
キリオの瞳の中を覗き込むようにして、
「心眼があるから」
リアルが忙しく、書けずにお待たせして申し訳ありません。例の一応完結です。これまでと同じく。
ただ、本当にもうネタがありません。トリックを思いつくかどうか、不明です。思いついて、プロット組めて、書ける時間が出来たら、次話を書いていこうと思います。
それでは、ありがとうございました。ひとまずさらばです。




