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事件の終わり(1)

 残されてしばらくして、遊戯室にトウコとウーヘイが戻ってくる。


「あれ、どうしたんだあ?」


 訝しげなダイゼンに、


「道場で、ヘンヤとスライスがばちばちの試合をしているから、落ち着いて稽古もできないんですよ。まあ、あの二人がよくぞ今まで我慢していたと褒めてあげるべきなのかもしれません」


「気持ちは痛いほど分かるがな。さすがにあれでは、横で稽古する気にもなれん」


 言いながら、ウーヘイは袋竹刀を手にする。


「マサカドさんは、何してるんすか?」


 アオイの質問にトウコが肩をすくめ、


「道場の隅で座禅を組んでいました。いつ、巻き添えを食らうかもしれないあの状況で、よくそんなことができるものです。いえ、そういう環境で明鏡止水に至ることこそ肝要なのかもしれませんが、私にはとてもまだ無理ですね」


「じゃあ、ライカさんは?」


「外を歩き回ってる」


 既にウーヘイは素振りを始めている。


「どう、思う? 実際のところ」


 袋竹刀を振るのを止めず、ウーヘイが俺を横目に訪ねる。


「どうって?」


「こうやって、警戒している意味だ。いや、警戒しているのはお前達くらいで、剣士達は既に好き勝手に動いているわけだが……これは、剣士という人種が異常だから、というだけの理由ではない。分かっているだろう」


「ど、どういうことですか?」


 アオイが目を白黒させる。


 簡単な理由だ。


「もう、これ以上、被害者がでないだろう、ってことですか?」


「そうでしょうなあ」


「おいらもそう思う」


 横でヒエイとダイゼンも同意する。


「え、そ、そうですか?」


 アオイだけが難色を示すが、


「そう思いますね」


「やはり、そうか」


 トウコとウーヘイも頷く。


「感覚的なものだが、これ以上被害者が出ることはないような気がする。少なくとも俺はな。犯人の目的は、あくまでもセキウンを殺すことだったように思う」


 ウーヘイの感覚は、俺にも共通している。

 そう、何となく、そんな犯人の意思を感じる。


「逆に、もしも殺されるとしたら、お前かアオイが殺される可能性が高い」


 物騒なウーヘイの言葉に、


「ええっ」


 とアオイが飛び上がるが、俺からしてみれば当然の話だ。


「これ以上殺す必要がないなら、後は殺すのは邪魔な場合のみ、ですからね」


 ようするに、俺かアオイが真実に到達しそうな時だ。


「そうですね。マサカド様も同じようなお立場ですが、あの方を殺すのは骨が折れるでしょうし」


「だなあ。腕が立つ上に頭が切れて、おまけに自分勝手だからなあ」


 うんうんとヒエイとダイゼンが頷き合っている。


「そう考えると、結局探偵団が捜査に乗り出すことになったのは、お前達にとっては幸いかもな。これで、殺されることはなくなる」


 ウーヘイの言葉に、ちょっと同意してしまう。確かに、俺達だけがこの状況で捜査するのが終わって、安心している俺がいる。


「さて、それじゃあやるか、トウコ」


「マントの下が空になったウーヘイと戦うのは始めてかもしれませんね」


 そして、トウコとウーヘイの打ち合いが始まる。


 それをぼんやりと見て、しばらくの間は時間が過ぎていったが。


「暇っすね」


「暇ですな」


「暇だなあ」


「……確かに」


 集めた武器の周りに座ったまま、トウコとウーヘイが袋竹刀を打ち合っているのを眺めているうちに、とうとう耐え切れなくなって三人が暇だと言い始めて、ついつい俺も同意してしまう。


 しかたない。だって、実際暇で暇でしょうがないし。


「もうすぐ昼食の時間ですから、いつもなら準備をしていんですがなあ」


 ため息をつくヒエイ。


「昼食ってことは、そろそろ探偵団が来るんじゃないかぁ?」


 ダイゼンもそわそわとしている。


「ん?」


 と、ずっと黙ってぼおっと何かを考えていたアルルが、きょろきょろと辺りを見回している。

 だが辺りで変わった光景と言えば、ちょっと打ち合いがウーヘイの有利になっているようなくらいだ。


「アルルさん、どうかしたんですか?」


「ううん、いや、ちょっと、ルーペがどっかいっちゃったみたいで」


 アルルはばたばたと自分の全身を探り始める。


「ルーペ? ああ」


 刀狩の際、アルルが持っている様々な道具も調べられた。その中に確かにルーペがあった。

 が、当然ながら危険物ではないということで、まとめられることもなくアルルに戻されたはずだ。


「あれ、持ってないんですか?」


「ううん、確かにしまったはずなんだけどー」


「別にルーペくらいいいじゃないかあ、大体、今すぐルーペが必要な理由でもあるのかあ?」


 ダイゼンが言うと、


「いやー、どうも、正式に探偵団が来たら、自由に調査できない気がするからー。どうも、ちょーっと気になることがあってねー。ルーペで詳しく調べてみようかなーって」


「そんなことを言っていると殺されるぞ。さっきした話を忘れたのか?」


 トウコの攻撃を防ぎながら、珍しくウーヘイが冗談めかす。


「ちなみに、気になることって言うのは?」


 俺が質問すると、


「それがはっきりしなくて。セキウンさんの死体が、どうも気になるような気にならないようなー」


 アルルははっきりしない。


「ちょっとちょっと」


 と、そこで遊戯室に走りこんできたのはライカだ。


「うおっ、どうしましたかな?」


 驚きながらもヒエイが聞くと、


「来た来た、ついに来たわよ、探偵団が」


 その言葉に全員が同時に立ち上がっている。


 来たか。

 安心とほんの僅かな落胆。

 これで、少なくとも俺にとってはこの事件は終わることになるかもしれない。


「さっさとマサカドにも知らせに行かないと」


 ライカが来た時と同じように遊戯室を飛び出していく。


「終わりか、これで」


 知らず知らずのうちに、俺は呟いている。

 一気に緊張から解き放たれて、ぼうっとしてしまう。


「さて、それでは探偵団の皆様を迎えましょう」


 ヒエイも遊戯室を出て行くので、俺達も何となくそれに続いて遊戯室を出る。

 そのまま屋敷を出て、外に出たところで、向こうからやってくる一団が目に入る。

 あれが、探偵団か。いや、明らかに鎧を着込んでいる連中もいる。どうやら騎士団と合同で来ているらしい。人数は二十名足らずか。


「ごくろう」


 いつの間にか合流していたマサカドが声をかけて、事件の説明を始める。


 事件の区切りがつこうとしているのを誰もが感じているのか、その場にいつしか集まっていた全員が、何やら感慨深げな顔をしてそのマサカドの様子を見ている。


 そう、全員が。


「あ?」


 いや、全員、じゃ、ない?


 ぞくりと、背骨が震える。


「おっ、あっ、あれ?」


 慌てて辺りを見回す。

 いない。


「どうしました?」


 トウコが訝しげな顔をする。


 それ以外の全員が、探偵団や騎士団の面々も何事かと俺を見ている。


 俺は、見たままを口に出す。


「アルルさんが、いない」


 一瞬の間を置いて、到着したばかりの探偵団騎士団の面々を除いた全員がざわめく。


「いない、本当だ」


「いつから?」


「気にしてなかった」


「トイレにでもいってるんじゃないのか?」


 口々に勝手なことを話すが、何も結論はでない。


「さっきのが、予言にならなければいいが」


 呟くウーヘイの顔色が悪い。

 嫌な予感がしているのだろう。

 俺もだ。


 マサカドが手早く状況を探偵団、騎士団に伝える。

 そして、すぐに全員で手分けして探すことになる。


 嫌な予感がする。

 とてつもなく嫌な予感が。


 そうして、その予感は当たる。


 食卓のある部屋の、クローゼットのひとつ。

 その中から、首を何かで穿たれている、アルルの死体が発見される。





 その後の展開は、まるで激流のようだ。

 当然のことながら、俺達は全員、取り調べられる側になり、過酷な尋問を二、三日ほとんどぶっ続けで受けることになる。

 それと同時に、どうやらイスウ国内で、この事件をどう処理するべきか議論が分かれているというのも取調官からもれる言葉や、雰囲気から読み取れる。


 事件について考える気力もなく、ぼろぼろになった俺がようやく解放されたのは、明け方。

 用意されたベッドに倒れこみ、ただひたすら眠り続けた。


 次に起きた時には、馬車に揺られていた。

 横には、俺を引き取りに来たゲラルトがいた。


「大変だったね。もう、大丈夫だ」


「どう、なりました?」


 体を起こすのも億劫な俺は、寝転んだままそう訊く。


「事件はイスウ国が引き取った。さすがにアルルまで殺されたんじゃあ、事件自体を隠蔽するのは難しいけれど、多分うやむやになるだろうね」


「うやむや、ですか?」


「適当な下手人をでっち上げて、そいつが卑劣な手を、イスウ国が誇る剣聖ですらどうしようもないほど卑劣極まる手を使って、セキウンとアルルを殺した。そうだね、青い狼の連中を犯人にするのが楽かもしれない」


 そう、なるのか。


「他の連中は、納得してるんですか?」


 特に、マサカドなんかは。


 俺の言いたいことを読み取ったらしく、ゲラルトは寂しそうに馬車の外に目をやる。


「彼は、現場で指揮を取っていたにも関わらずアルルを死なせたということで、その能力が国で疑問視されている。上層部に知らせる前に、強引に部下を呼んだのも問題になっていてね。元々、そういう奴だが圧倒的な力と実績で黙らせてきたようなキャラクターだから、今回みたいに事件が結局解決できなかったとなったらまずい」


 そうか、あいつも。


 考えているうちに、頭が重くなってくる。


「アルルさん、は?」


「死んでいるよ、間違いなく。残念なことだ。本当に、残念なことだ。優秀な医師だったが」


 瞼が、勝手に閉じる。


「君は疲れている。しばらく、眠るといい」


 もう、何も考えられない。

 俺はゲラルトの言葉に甘えて寝る。


 夢を見る。

 真っ暗い部屋の夢だ。


 そこで、俺は一人、剣聖と、セキウンと対峙していた。

 セキウンは目を閉じたまま、刀を鞘から抜き、そしてまた戻している。何も言わず、その動作をずっと続けている。

 いつの間にか、横にヘンヤがいる。ヘンヤは、額から血を流している。


「秘剣は受け取った」


 ヘンヤが言うと、途端にセキウンの姿が消える。続いて、ヘンヤも。


 俺一人になる。


「何か、違和感あるのよねー」


 アルルの声がする。


 ルーペが転がっている。


「自分自身にさえ、証明できればいい」


 トウコの声もする。


 そうして、後は闇。

 俺の意識も闇に沈んでいく。


 後は、もう、夢も見ない。





 こうして、俺にとって、この事件は終わりを告げた。

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